間章 5 演習
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第1空母機動群はトラック泊地を出港し、各種試験、各種演習を行う事にした。
元の時代にいた時も、第1空母機動群は基本的な艦隊運用と艦内であらゆる事態に対する訓練を行っていたが、本格的な訓練は今日から始まる。
「対空戦闘用意。第1空母航空団第101戦闘飛行隊は全機発進せよ」
牟田は司令席に座ったまま、受話器を持って、指示を出した。
「了解」
航空管制室にいる関島の声が艦橋に響いた。
航空管制室とはリアルタイムで音声等が届くようになっている。もちろん、CDCでも艦橋及び航空管制室等の部署の音声がリアルタイムで届くようになっている。
「航海長。速力20ノット。艦首を風上に向けよ」
緒方は艦長席に腰掛けたまま、指示を出した。
「了解。操舵手。速力20ノット、艦首を風上に」
坪井が復唱する。
[あまぎ]が速度を上げて、艦首を風上に合わせるように舵を切る。
緒方は艦橋に設置されているモニターを見た。
モニターに映し出されている映像は飛行甲板で海空の作業員たちが発艦するF-35CJの発艦準備をしている。
「航海長。各艦はきちんとついて来ているか?」
緒方が聞くと、坪井は航海レーダーのディスプレイを見た。
「はい、問題なく、各艦が[あまぎ]に合わせています」
坪井の報告に緒方はうなずいた。
「航空管制室より、群司令へ、第101戦闘飛行隊発艦準備完了。これより発艦させます」
関島から報告が入る。
牟田はうなずいただけだ。
緒方は再び艦橋に設置されているモニターを見上げる。
2機のF-35CJがカタパルトに設置されて、発艦の姿勢をとっている。
[あまぎ]のカタパルトはこれまでアメリカ海軍の空母[ニミッツ]級が使用していた蒸気型カタパルトでは無く、[ジェラルド・R・フォード]級空母が使用している電磁式カタパルトだ。
電磁式カタパルトは蒸気型カタパルトと違い、メンテナンスが簡単で効率性が高く、寿命も長い。さらに蒸気型カタパルトに必要な蒸気発生装置と蒸気配管が必要ない利点もある。
ただし、どんなシステムも欠点はある。1つは電源が故障すると使用不能になる。もう1つは消費電力が大きく、専用の発電装置が必要である。
カタパルトで発艦準備を終えたF-35CJのパイロットから通信が入る。
「こちらサンダー1。第2カタパルトで発艦準備完了。発艦の許可願う」
パイロットから緊張した声が響く。
「サンダー1。発艦を許可する」
航空管制室の管制官から許可が出る。
1機のF-35CJがカタパルトを滑走し、そのまま飛び出す。
「ふぅ~、1機目は成功だ」
緒方は無事に空に上がったF-35CJを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
艦橋要員たちも歓声の声が上がる。
「歓声の声を上げるのは早い!まだ、1機目だぞ。それに今は戦闘配置だ!」
艦橋にいる海曹長が怒鳴る。
モニターに映し出されている映像では2機目が発艦し、無事に空に上がった。続いて3機目、4機目が発艦する。
[あまぎ]が搭載する20機のF-35CJが無事に発艦した。幸いな事に今回は、事故は起こらなかった。
「群司令。第101戦闘飛行隊全機発艦しました」
関島から報告が入る。
「うむ」
牟田はうなずいた。
「しかし、予定していた全機発艦完了時間を20分も遅れています」
関島が申し訳なそうな声で言った。
「問題ない。この程度は想定範囲だ。本格的な演習はまだまだ始まったばかり、初日がこれなら最終日にいい結果を出せばいい」
牟田は落ち着いた表情で言った。
「艦長。対空戦闘の配置ですが、総員が配置するのに予定時間を5分遅れています」
水野が報告した。
緒方はその報告に少し考えると、艦長席を180度回した。
「乗員の数は他の護衛艦の比では無い。さらに海上自衛官だけでは無く、空自、陸自、そして民間人がいる。最初の結果はこの程度のものだ」
緒方がそう言った後、付け足した。
「それに南太平洋上で行った時の、各種戦闘配置の訓練の時と比べれば問題ない」
この時の訓練では[あまぎ]の全乗組員が配置につくのに、30分も遅れた。確かに予定時間が5分しか遅れていないのだから、全乗員の練度は上がっている。
[あまぎ]の艦載機であるF-35CJが全機発艦した後、20機のF-35CJはそのまま着艦した。
しかし、着艦作業は予定時間より20分遅れた。
全機着艦すると、そこで午前の演習は終了し、昼食の時間になった。
緒方は第1士官室に入室すると、いつも通りの手順をした後、食事を開始した。
「そう言えば、今日は金曜日だな」
緒方はそう言って、スプーンを持った。
海上自衛隊では、金曜日はカレーライスだ。
これは日本帝国海軍時代の伝統であった。これは艦艇勤務をしている海軍軍人たちは曜日感覚を忘れてしまうため、休日の前日にカレーが出されるのだ。
基本的に帝国海軍では聯合艦隊旗艦になる軍艦の食事が特に一番うまく。その中でもカレーが一番人気だった。しかし、帝国海軍ではそれ以外でも人気がある。
[あまぎ]では民間スタッフが使用する食堂も金曜日はカレーが出される。
緒方はスプーンをすくいカレーを口に運ぶ。
「艦長。空母の運用はやはりなかなかに大変なものですな」
水野がカレーを食べながら、告げた。
「確かにそうだ。空自はこれまで陸上の基地でしか戦闘機を運用していなかった。海上での運用はまったく違う。空に上がれば問題は無いが、発艦と着艦の難易度は離陸と着陸とは比べものにならない」
関島が緑茶を飲みながら、言った。
もちろん、[あまぎ]に乗艦している航空自衛官たちもアメリカ海軍の空母で研修を積み、海上自衛隊の護衛艦(主に[いずも]型と[ひゅうが]型)に乗艦し、経験を積んでいたが、実際に運用すれば問題も見つかる。
「グティレス大佐。貴官から見た意見は?」
アメリカ海軍のデジタル迷彩服を着ているグティレスに意見を求めた。
ちなみに、1佐クラスの海上自衛官は海上自衛隊が採用しているデジタル迷彩服を着ている。アメリカ海軍と海上自衛隊が使用しているデジタル迷彩服はどちらも青をメインにしたデザインだが、少し異なる。
グティレスはスプーンの手を止めた。
「うむ。俺からの意見では、これだけ少ない時間で、まったく事故が起きなかった事が不思議なぐらいだ。ましてや貴官たちは空母を運用した経験は戦後には無い。それでこの結果なのだから、別に焦る必要は無い」
グティレスは短く答えた。
彼の意見はまったくその通りだ。アメリカ海軍は空母を運用してかなりの歴史がある。しかし、現在でも発艦及び着艦で事故を起こし、死傷者を出している。その事を考えれば時間の遅れなど恐れぬに足りない。
一番、危惧しなければならないのは事故である。特にF-35CJは1機の価格がF-15Jを3機購入できる物である。ここで発艦若しくは着艦で失敗し、損失すればとんでもない事になる。戦闘機はどうにか予備はあるが、パイロットは補充が効かない。
「まあ、とにかく、急がずゆっくりやる事にしよう。ある民族の中の部族のことわざにこんな言葉がある。急いで修得した技術はまったく役に立たないが、ゆっくり時間をかけて修得した技術は将来にわたって役に立つ、と」
緒方の言葉にこれまで黙って話を聞いていた辻村が口を開いた。
「日本では、短気は損気、又は急がば回れ、ですな」
辻村の言葉に緒方はうなずいた。
「そうだ」
試験航海及び試験運用開始から2日目。
第1空母機動群はトラック諸島を含む複数の島々や諸島含むカロリン諸島に属する無人島の1つで運用試験が行われた。
昨日はあくまでも第1空母機動群の対空戦闘を想定した訓練を行い、[あまぎ]から第101戦闘飛行隊を全機発艦させた。
これは海空の自衛隊の練度を確かめるのと、それぞれが艦隊においての役割分担を確認するためだ。
今回の演習は第1空母機動群に所属する陸海空自衛隊の練度を把握する事と、それぞれが艦隊においての役割分担を確認するためだ。
わかりやすく言えば、今日の演習は陸上自衛隊が参加するだけだ。
「状況開始」
牟田が艦隊通信で演習の開始を告げた。
今日の演習では牟田やその幕僚たちや緒方や水野等もCDCにいる。
「作戦地域の情報が入ります」
CDCに詰めている陸上自衛隊即応レンジャー隊本部中隊に所属する陸曹がコンピューターを操作しながら、報告した。
CDCに映し出されているディスプレイの1つに無人島が映し出される。
「群司令。作戦計画通り、戦闘機を発艦させます」
CDCで指揮をとる関島が言った。
「うむ」
牟田がうなずくと関島はヘッドセットで航空管制室に指示した。
「発艦を許可する」
関島の指示を聞いて緒方は飛行甲板の状況を映し出しているディスプレイを見る。
1機のF-35CJが発艦位置についている。
このF-35CJは戦闘を目的にしていない。離島奪還と同様にまず戦術偵察を行う。
近年の自衛隊は無人偵察機で偵察するのだが、この時代では衛星が無いため、無人機を運用するには艦や車輛(操縦設備を搭載した車輛)を作戦地域までかなり近付ける必要がある。
中継車を上陸させれば問題ないが、防衛や警備目的ならそれも可能だが、奪還や奪取ではそれを行うのは非常に困難だ。
そのため、1機のF―35CJに偵察機材を搭載し、作戦地域での戦術偵察を行う。
戦術偵察が終了すれば、制空装備をしたF-35CJと対地装備をしたF-35CJをそれぞれ2機ずつ発艦させて、作戦地域の制空権を確保する。もちろん、状況把握と作戦予備機としてE-2D[アドバンストホークアイ]1機と護衛機のF-35CJと予備機のF-35CJが作戦地域の近辺で待機及び監視する。
偵察機材を搭載したF-35CJは[あまぎ]から発艦し、作戦地域に向かう。
「艦長。我々も出撃待機に入ります」
緑色を基調した迷彩服を着ている辻村が告げた。
辻村が着ている迷彩服は陸自が採用している迷彩服3型若しくは2型とは異なるデザインだ。これは辻村が指揮する即応レンジャー隊のみに採用されている迷彩服だ。デザインはアメリカ陸軍で採用されている緑を基調したBDUに似ているところがあるが、少し異なる。これまでの迷彩服と異なり、黒色がない。黒色は自然界にはほとんど存在しないため、敵勢力が暗視装置を使用すると、黒色部分が目立ってしまうからだ。
「了解」
緒方がうなずくと辻村は浜中に顔を向け、うなずいた。
浜中は艦内電話の受話器を取り、指示した。
「レンジャー中隊の第1小隊と第2小隊は出撃の準備をせよ」
[あまぎ]の格納庫からエレベーターに乗せられた陸上自衛隊に所属している戦闘ヘリと多目的ヘリが飛行甲板に姿を現した。
海自の甲板作業員と陸自の航空科に所属する誘導員等が陸自のヘリの発艦準備に取りかかる。
飛行甲板上に完全装備した陸上自衛隊即応レンジャー隊レンジャー中隊第1小銃小隊の隊員たちが整列していた。
即応レンジャー隊は陸上自衛隊の部隊であるが、第1空母機動群司令の指揮下に置かれている。
基本的な編成は本部中隊、戦闘部隊であるレンジャー中隊、後方支援隊、航空隊で編成されている。レンジャー中隊は偵察小隊、3個の小銃小隊、対戦車対航空機小隊、迫撃砲小隊、狙撃班で編成され、偵察小隊、3個の小銃小隊、車輛小隊、狙撃班は幹部、曹、士すべての隊員がレンジャー徽章若しくは空挺資格(正し一部の隊員は除く)を有している。
これはアメリカ陸軍の第75レンジャー連隊に相当する。その任務も第75レンジャー連隊と同じだ。
特殊作戦と通常作戦の両方を遂行できる部隊として創設された部隊だから、連隊扱いを受けている。
3個の小銃小隊はそれぞれ専門の作戦がある。第1小銃小隊は空挺作戦や空中機動部隊である。第2小銃小隊はボート等を使用して、隠密上陸する。第3小銃小隊は山岳戦を専門とする。
「お前たちも知っての通り、即応レンジャー隊が創設されてから本格的な運用試験だ。これまでは日本本土で何度も訓練を重ねたが、即応レンジャー隊が本格的な部隊として認められるのは昨日から開始された試験航海と運用試験の結果だ。しっかりやってくれよ。我々の努力が無駄にならないよう」
第1小銃小隊の小隊長である落合稚人1等陸尉が整列した部下たちに告げた。
長身で精鋭の隊員を思わせる落合の声はかなり迫力のあるものだ。
それもそのはず、彼は陸上自衛隊最強で特殊部隊である特殊作戦群の元隊員である。
即応レンジャー隊には元特戦群の隊員は少なくない。ほとんどが小隊長若しくは班長に任命されている。
「では、各員。ヘリに搭乗!」
落合の号令で隊員たちは駆け出し、エンジンを始動しローターを回転させている多目的ヘリに搭乗した。
彼らが搭乗する多目的ヘリは陸自が導入しているUH-60JA[ブラックホーク]を即応レンジャー隊の使用状況に応じて改良した機だ。
さらに、即応レンジャー隊が使用するUH-60JAには対戦車ミサイル等の装備を購入している。
陸自隊員を乗せた状況で対戦車ミサイル、ロケット弾ポッド、機関砲を装備する事ができるため、ガンシップとしても使える。
第1小銃小隊が搭乗する4機のUH-60JAの護衛機として同行するのは、アメリカから購入したAH-64E[ガーディアン・アパッチ]2機だ。
6機の陸自のヘリは[あまぎ]からの誘導に従い、低空を飛行しながら、無人島に接近する。もちろん、地上の情報収集のためにOH-1[ニンジャ]が偵察飛行している。
「降下地点」
機長がそう言うと左右のドアが開き、ロープが降ろされる。
「降下!降下!」
落合の指示で第1小銃小隊の隊員たちがロープに掴まり、ファストロープする。
展開した第1小銃小隊の隊員たちはすばやい動きで小銃を構えて周囲の安全確保と降下隊員たちの援護をする。
彼らは89式5.56ミリ小銃を持って、展開する。
「小隊長。全員降下と配置につきました」
副隊長の2等陸尉が報告した。
落合は腕時計を確認する。
「1分の遅れも無い。いい結果だ」
落合はうなずき、小隊長付け無線員を呼び、[あまぎ]に報告した。もっとも、報告するのは[あまぎ]のCDCにいる本部中隊である。
間章5をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




