間章 4 国家か法か
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第1空母機動群と新世界連合軍は日本海軍から派遣された哨戒艦の誘導に従い、西太平洋カロリン諸島にあるトラック諸島トラック泊地に錨を降ろした。
トラック諸島。史実では日本海軍の一大軍事拠点として使用されている。これはトラック諸島の地理的重要性からの意味合いが強い。
この世界のトラック諸島はとりあえず日本海軍と菊水総隊の重要拠点として整備されているが、泊地に停泊している艦艇は重巡、軽巡、駆逐艦、潜水艦が錨を降ろしているだけで、主にハワイとフィリピンを結ぶ日本のシーレーン確保と南太平洋から侵攻して来る連合軍に対する防衛拠点として機能している。
トラック諸島四季諸島に属する春島と夏島の飛行場も整備され、現代のジェットエンジンを搭載した航空機が離着陸できるように滑走路が延長され、強度が高められた。
基本的な運用として春島は菊水総隊の空自の航空部隊と新世界連合軍連合空軍及び連合海軍等の航空部隊が使用する。
夏島は日本海軍と陸軍、そして新たに創設された航空予備軍が使用する。
「これ程とはな・・・」
トラック諸島に錨を降ろし、トラック諸島と日本本土の海上防衛とシーレーン確保を担当する日本海軍第8艦隊司令長官である三川軍一中将は新世界連合軍(第1空母機動群は除く)の艦隊を見て驚愕した。
新世界連合軍に所属する空母はこれまで三川が見て来た空母とは比べものにならない。
「我が海軍が保有する正規空母がまるで子供のようだ・・・」
三川はアメリカの星条旗を掲げる大型空母を双眼鏡で眺めながら、つぶやいた。
「長官。菊水総隊からもたらされた情報ではアメリカ海軍とフランス海軍の空母は燃料補給する必要がないそうです」
第8艦隊参謀長である大西新蔵少将が上官と同じく驚いた顔で言った。
「ああ、知っている。アメリカ海軍の空母は50年間艦艇用の燃料を補給する必要が無い。そしてフランス海軍の空母は20年以上艦艇用燃料を補給しない。とても、信じられない」
三川はただの冗談かと言いたいような口調だった。
アメリカ海軍とフランス海軍の空母が艦艇用の燃料補給する必要が無いのは動力が原子力であるからだ。
「長官、参謀長。あれが菊水総隊の空母です」
作戦参謀の中佐が双眼鏡を眺めながら、報告した。
三川がその方向に双眼鏡を向ける。
マストに海軍旗(自衛隊旗)と日本国旗が掲げられている。
「未来の日本軍が空母を保有していた事をすっかり忘れていた。新世界連合軍の空母を見るあまり、一番大事な事を忘れていた」
三川の言葉に大西はうなずいた。
菊水総隊が保有する空母(ヘリ搭載護衛艦は除く)は試験航海しか行っておらず、空母としての運用試験はこれからなのだ。つまり、未来の日本人たちが運用する空母は三川たちから言わせればただの卵である。
これから孵化し、ひよこになるのだ。
「長官!」
通信参謀が通信文を持って、ウィングに現れた。
「夏島より電信です」
「読んでみろ」
三川が言った。
「はっ!発、トラック諸島駐留軍総司令長官、宛、第8艦隊司令長官。本日の12時に第1空母機動群と新世界連合軍の司令長官クラスと幕僚たちと共に親睦会を開催する。第8艦隊司令長官は海軍代表として出席されたし、以上です」
通信参謀の言葉に三川は笑みを浮かべた。
「なるほど・・・まずは、相手を知る、という事か」
「敵を知り、己は知るは・・・日本武人の常識ですからね」
大西がうなずいた。
「通信参謀。返信、了解した」
三川の言葉を復唱し、通信参謀が挙手の敬礼をして、立ち去った。
トラック諸島駐留軍総司令長官からの招待を受けて、第1空母機動群は牟田、鷲尾、上条、折原の4人と緒方、関島、辻村を含む第1空母機動群に所属する各艦の艦長が夏島から派遣された内火艇に乗り込み、夏島に向かった。もちろん、[あまぎ]に乗艦するアメリカ海軍の2人の大佐も乗船している。
緒方は新世界連合軍旗艦[ロッキー]から夏島の桟橋に向かう日本海軍の内火艇に振り返った。
新世界連合軍の規模が大きいため、内火艇の数も多い。
緒方たちを乗せた内火艇が夏島の桟橋に上陸すると、日本海軍の純白の制服を着た大柄な男が立っていた。
牟田が挙手の敬礼をする。
「ようこそ。トラック諸島へ。自分がトラック諸島駐留軍総司令長官の古賀峰一大将だ」
古賀が答礼する。
「菊水総隊第1空母機動群司令の牟田信康海将補です」
牟田が名乗る。
(史実では古賀閣下はまだ中将のはず・・・我々が介入した事により、歴史が大きく変わったのか・・・)
緒方が心中でつぶやいた。
大日本帝国海軍古賀峰一大将はブーゲンビル島上空で戦死した海軍元帥、山本五十六大将(当時)の後任として第28代聯合艦隊司令長官に就任した。彼に対する評価は緒方たちもある程度知っている。古賀は言葉数が少なく、軍令系統の人だと。そのため山本とは異なる最適な人材とされた。
(しかし、それは資料上の事であり、我々の前にいる古賀大将は違う世界の人間)
緒方たちが知っている通り、古賀は自己紹介しただけで、それ以外は何も言わなかった。
ちなみに古賀は前任の山本と違い戦死では無く飛行機事故により殉職した(公式には行方不明)。当時の日本海軍としては山本に続く優秀な海軍指導者を失い日本海軍は大打撃を被った。死後、彼は元帥に任じられた。
緒方は古賀と同行している随行員たちを見回した。
ほとんどが日本海軍の士官たちであり、まったくでは無いが陸軍の姿は無い。
ここにいる陸軍の兵士たちは憲兵の腕章をつけている。
(ここは海軍基地であり、陸軍も一応駐屯しているが、それは航空部隊と支援部隊に限られている。トラック諸島の各島々の防衛も海軍陸戦隊が担当している)
緒方がそう思っていると、新世界連合軍からの代表者たちを乗せた内火艇が桟橋に上陸した。
古賀以下陸海軍の随行員たちが挙手の敬礼をした。
軍刀を持つ陸軍憲兵隊の士官たちは抜刀し、儀礼した。
夏島の桟橋に上陸した高級な背広を着た長身の男は新世界連合軍最高司令官であるグレン・フォード・ハンプソン。彼は現役の軍人では無い。前職はアメリカ合衆国国務長官だ。さらに未来から送られて来た人物の中では一番の年長者だ。
一流の外交能力を持ち、武力による解決では無く外交的に解決する事を優先する。実はベトナム戦争に従軍しており、帰還後は戦争神経症で1年以上軍病院に入院し、3年以上も通院し精神ケアを行った。
緒方たちもニュースや衛星放送等で流される演説やトーク番組で見た事はあるが、実際に会うのは初めてである。
ハンプソンの右側にパールハーバー(元の時代)で[あまぎ]に乗艦した桐生の姿もある。
「?」
ハンプソンの左側に桐生より背が低い若い女性の姿があった。顔立ちや雰囲気から桐生と同様に日系アメリカ人というより、日本人だろう。
(どうして、日本人が?)
緒方は2人の謎の人物に疑問がますますと深くなるのだった。
第1空母機動群と新世界連合軍から夏島に上陸した要人、軍及び自衛隊の高官、一部の随行員たちは陸軍憲兵隊の憲兵たちに警護されながら、親睦会の会場に向かった。
トラック諸島は日本海軍の最大の基地として整備されているだけで無く。ハワイに継ぐ観光地としても整備されていた。
さらに新世界連合軍の拠点としての機能を整備する為に日本本土から日本にやってきて外国人たちも多く雇った。雇われた外国人のほとんどは台湾人、朝鮮人、中国人ではあるが、日本の文化に心を奪われた他の外国人たちもいる。
台湾と朝鮮は独立が約束されたが、すべての朝鮮人、台湾人が故郷に戻った訳では無い。中には日本に残りたい、と言う者もいた。
「史実にあるトラック諸島とは違いますね」
緒方が夏島の雰囲気を感じながらつぶやいた。
史実でもわかるようにトラック諸島は軍港であり、あくまでも娯楽設備は長期航海等で疲れている海軍軍人たちのために整備されていた。
トラックには高級な料亭等がいくつか出店していた。
だが、緒方たちがいる夏島には日本人だけでは無く、外国人、現地民たちが色々な店の掃除等をしておる。
「しかし、ここまで人種が異なると憲兵たちではやりにくい事があるのでは無いか?」
辻村がつぶやいた。
「トラック諸島の治安維持を行っているのは我々憲兵だけではありません」
隣にいた憲兵少尉が答えた。
「ここの治安維持には憲兵だけではありません。内地から派遣された警察官吏もいる上に現地住民と外国人に不信感を与えないように現地人と外国人出身者たちの一部を憲兵補助員、警察官補助員にしました」
「朝鮮での教訓か?」
緒方が憲兵少尉に顔を向けた。
「そのようなものです。しかし、朝鮮の憲兵補助員とは異なるものです。詳しく話すとかなり長くなるので、お暇になりましたら、後でトラック警務本部にお越しください。専門の方が説明します」
憲兵少尉の言葉に緒方はうなずいた。
緒方が周囲を見回すとサーベルを携帯した警察官たちが巡回していた。恐らく、憲兵と同じく我々の安全を確保しているのだろう。
緒方もこの時、何も気にしていなかった。しかし、ここは自分たちが知っている日本でも無ければ世界でも無かった。
上司からの極秘命令でトラックに入港した新世界連合軍と名乗るアメリカを基幹とした西洋諸国の客人の安全を守れと受けた佃悟朗巡査は同僚と共に巡回をしていた。
彼の目に憲兵に警護された日本人、西洋人等が目に入った。
「まったく、世界の盟主である俺たち日本を侮辱する豚どもめ、なんで、俺たちがあいつらの安全を守らなければならんのだ」
同僚が吐き捨てるようにつぶやく。
佃はそれを咎めようとせず、ただ、彼を見ていた。
彼らの顔を見ているうちに佃の心の中に黒い闇が膨れ上がっていく。
佃の心の中にいる内なる者が彼に囁く
「奴らは我らの祖国を滅ぼす破壊者だ」
佃が目を閉じた。
「佃?」
同僚が声をかけるが、彼の耳には届かない。
佃は目を開け、携帯しているサーベルを抜剣し、駆け出した。
「き、貴様!何の真似だ!」
憲兵の1人が叫ぶ。
しかし、警備要員がこのような真似をするとは思わなかった憲兵たちは不意を突かれ、対処できなかった。
佃はサーベルを振りかざし、背広を着た長身のアメリカ人の男に斬りかかろうとした。
だが、彼のすぐ横にいた日本人の顔立ちをした青年が目にも止まらない速さで、サーベルを持った腕を掴み、それを止めた。
「ウェイト!」
佃が殺そうとしたアメリカ人の男が叫ぶ。
青年は佃が気付く前に彼を地面に叩きつけ、取り押さえた。
周囲の者たちはそれを呆然と見ていた。
「か、確保!」
警護責任者である憲兵の士官が叫んだ。
トラック諸島四季諸島夏島で発生した新世界連合軍最高司令官グレン・フォード・ハンプソン暗殺未遂事件は夏島事件と呼称された。
当然ながら親睦会は中止になり、参加者たちはそれぞれの搭乗艦に戻った。
夏島事件の犯人である佃は憲兵に拘束されたが、その後、トラック諸島に派遣されている特高警察に引き渡され、尋問を受けている。
[あまぎ]の司令室で牟田と緒方の2人は、トラック警務本部から派遣された幹部警察官から夏島事件の詳細について報告を受けていた。
なぜ、警察官なのかと言うと、今回の事件は警察官の不祥事だからだ。
「佃容疑者についての詳しい報告はまだ特高から上がっていませんが、憲兵の尋問の際に容疑者はこんな事を口走っていたそうです」
幹部警察官が出された緑茶を飲みながら、言った。
佃は新しい世界秩序が構築されるという話を聞いて、日本が滅亡するでは無いか、という被害妄想が強くなり、その妄想が日に日に強くなってしまい心を壊してしまったのだ。
報告によれば佃は精神病歴があり、その病気が再発していたそうだ。彼の直属の上司もその事を気にしており、本人が任務を継続すると主張したため、結局、病院に入院等の治療がされなかった。
その結果がこのような事態になった。
(まるで大津事件の再現だな・・・)
緒方は幹部警察官から報告を受けて、心中でつぶやいた。
大津事件。
1891年(明治24年)9月29日に発生したロシア帝国(当時)皇太子ニコライ暗殺未遂事件である。
沿道警備中の滋賀県警察の巡査が突然抜剣し、人力車に乗ったニコライに斬りかかった。ニコライは頭部に9センチにも及ぶ傷を負ったが命には別状なかった。
この事件は極めて有名な事件で、日本の対応も後世に語り継がれている。三権分立した国家の生末とその後の国家としての在り方が問われた事件でもある。
これは、当時の日本政府はニコライを暗殺しようとした暗殺犯を天皇や皇族に危害を加えた者に適用される大逆罪を適用すべきだ、と働きかけた。
しかし、司法側は当時の日本の刑法には日本の天皇及び皇族に対する危害を加えた場合に反逆罪が適用されると定められていたが、外国の皇帝、王、皇族、王族に対する犯罪は定められておらず、刑法上は民間人とまったく同じ扱いにしなければならない。
つまり、怪我をさせただけで反逆罪及び死刑判決ができる訳が無い。
そのため、政府と司法(大審院院長現在で言う最高裁判所長官)は対立した。わかりやすく言えば[国家か法か]というとてつもない問題に直面した。
結局、裁判は皇族に対する罪では無く、民間人に対する謀殺未遂罪が適用され、無期懲役の判決が出た。
今回の事件は本来であれば外国の要人に対する暗殺未遂であり、刑法上は死刑になる犯罪だ。しかし、新世界連合軍はこの時代には存在しないし、彼らの身分を保障する国家は無い。
つまり、国籍も戸籍も無い人間を殺そうとしただけだ。そのため、要人暗殺に関する法律はまったく適用されない。
日本刑法・・・いや、どの国家の法律でもこの事件を起こした犯人を裁く法は無い。
(また、日本は、国家か法か、の2つに1つの選択をしなければならない)
緒方は大日本帝国の首相である近衛文麿の決断が今後の日本の命運を決めるだろう、と思った。
だが、前例のないこの事件を近衛は国家の責任者として恥じない決断をした。それは容疑者である佃を新世界連合軍に引き渡す事であった。
日本の法律ではどうにもならないので、彼らに容疑者を裁いてもらう事にしたのだ。
新世界連合軍は軍人だけでは無く、民間人も数多くいる。そのため、独自に軍法会議及び刑事裁判を行えるよう裁判官、検察官、弁護士(軍法会議の場合は軍人)が同行している。
夏島事件が発生してから3日後、佃は特高警察からFBI(連邦捜査局)に引き渡された。
FBI捜査官と検事による10日間の事情聴取の結果、その10日後に刑事裁判が開廷された。
新世界連合軍憲章及び刑法により、被告人には陪審員が付く事になった。そして、陪審員にも規定があり、佃の刑事裁判の陪審員たちは日本本土から派遣された現役の警察官吏たちであった。
ただし、佃は重度の精神病を発症しており、彼を担当した精神科医もそれを法廷で明かしたため、裁判長と裁判官の全員一致の意見で刑事責任を問えない、と判断して、無罪とした。
その後、佃がどうなったかの記録は無い。
間章4をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は4月12日を予定しています。




