間章 2 出港
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
[あまぎ]の乗組員が全員乗艦すると、第1空母機動群に所属する各艦は出港の準備に取りかかっていた。
航空用燃料、艦用燃料、車輛用燃料(陸自が保有する車輛)、食糧、水、弾薬等のその他補給物資が積み込まれていた。
すでにノーフォーク海軍基地には第1空母機動群に所属している全艦が集結しており、出港準備をしながら、日本からここまで来た疲れを癒やしていた。
緒方と牟田は艦内の散策をしていた。これは[あまぎ]艦内を把握し、各分隊長と担当部署について感想を聞くためだ。
「やはりなかなか広いな」
牟田は建造されたばかりの[あまぎ]の通路を見回しながら、つぶやいた。
「これまで海上自衛隊が保有する自衛艦の中では最大ですからね。さらに長期航海と長期の作戦行動を想定していますから、かなりゆとりのある設計がされています」
緒方はそう言いながら航空管制室と書かれたドアを開けた。
アメリカ海軍の航空母艦の[ジェラルド・R・フォード]級とは異なり、[あまぎ]の艦橋は[ニミッツ]級と同じ位置に設置され、その後方に航空管制室がある。
「群司令と艦長が上がられます!」
先任の曹である海曹長が声を上げる。
航空管制室で作業していた空母航空団司令と副司令の関島と渡邉、第5分隊長(飛行長)である柏崎千種1等海佐(3等)の女性自衛官が作業をやめ、2人に振り返り挙手の敬礼をした。
牟田が答礼する。
「どうだな、新しい部署は?」
牟田が聞いた。
「はい、陸上基地以外での航空管制と固定翼航空機の運用は初めてですから、比べようがありませんが、なかなかいいと思います。ある程度はアメリカ海軍で訓練を受けてきましたが、詳しい事は出港して、試験航海と試験運用しない事には、わかりません」
関島が言った。
「飛行長の意見は?」
緒方が柏崎に聞いた。
「自分が前に乗艦していたヘリ搭載護衛艦[いずも]に比べると、設備は格段に違います」
柏崎が答えた。
彼女は1年前までヘリ搭載護衛艦[いずも]の飛行長であった(当時は2等海佐)。
[あまぎ]を運用する海自と空自の自衛官は日本に駐留するアメリカ海軍基地に派遣され、空母の操艦と航空運用について学び、実際に横須賀基地に入港しているアメリカ海軍の原子力空母に乗艦し、各種研修を行った。
ちなみに空母に搭載する艦載機のパイロットたちはアメリカに派遣され、離着艦の訓練を積んでいる。
「では、作業を続けてくれたまえ」
牟田がそう言うと、緒方と共に飛行管制室を退室した。
2人はその足で艦内に設置されている娯楽区に向かった。
[あまぎ]の売店では、売店スタッフが総動員で品出しと品出しのチェックやレジとその他の機材のチェックが行われていた。
「群司令、艦長。上がられます」
売店の主任が声を上げた。
本来であればこのような事はしないのだが、売店が設置されているのは空母であり、自衛隊の陸上基地や駐屯地のような事はせず、あくまでも海上自衛隊の規定に従って行われる。
そのため、このようなセリフが出るのだ。
しかし、売店スタッフは牟田と緒方に会釈して、作業に戻った。
カウンターで作業していた1人の年配の男性が出て来て、2人に挨拶した。
「牟田海将補、緒方1佐。ようこそ、売店へ」
白髪が混じった50代後半の男はあまり背は高くないが、屈強な体格をしている。それもそのはず、彼は元陸上自衛隊第1空挺団に所属していた陸曹長である。
そのため、すでに[あまぎ]に乗艦している即応レンジャー隊の隊員の間ではかなりの人気がある。
彼が売店の店長である田中洋哲である。
緒方は彼の顔を見た時、とてつもないカリスマ性があると感じた。恐らくその能力は新任の初級幹部は足元に及ばず、経験のある中級幹部でも互角と言ったところだろう。
牟田と緒方は田中としばらく会話すると、艦内視察に戻った。
昼食の時間になり、緒方は第1士官室と書かれたドアを開け、第1士官室に入室した。
[あまぎ]は他の護衛艦と異なり、幕僚室と3つの士官室が設置されている。士官室はそれぞれ第1から第3と書かれている。
基本的に第1士官室は艦長等を含む1佐クラスの陸海空自衛官の幹部と娯楽区に設置されている売店、ゲームセンター、フィトネスクラブ等のスタッフを管理、監督する業務監理長、民間スタッフの安全等と業務管理長が管理する施設等を警備する警備長が使用する。
第2士官室は2佐から1尉までの陸海空幹部自衛官が使用する。この場の責任者は先任の2佐が担当する。第3士官室は2尉から准尉までの陸海空自衛官の幹部と准幹部が使用する。第2士官室と同様に第3士官室の責任者は先任の2尉が担当する。
なぜ、このような事態になっているかと言うと、[あまぎ]の乗組員は陸海空自衛官と民間のスタッフを合わせると2400人を超える。当然、幹部の数もそれなりのものだ。そのため、このような面倒な事態になった。
幕僚室は1つしかなく、ここは群司令と幕僚たちが使用する。幕僚室の位置は第1士官室の隣である。
ちなみに科員食堂や浴室もいくつか設置されている。だが、民間のスタッフたちは自衛官とは隔離され、専用の食堂がある。
もちろん、士官会議が行われる場合は別に設置されている会議室が使用される。これは陸海空が別々に使用する。統合会議をする場合は第1士官室で陸海空自衛官の1佐たちのみで行われる(この時、自衛官以外は入室できない)。
緒方が第1士官室に入室すると、水野が「全員、起立!」と号令を出す。
1佐とそれに相当する者たちが起立する。
緒方が自分の席に立つと、海上自衛隊の規定通りに全員を席に着かせる。
テーブルには第1士官室係の陸海空自衛官の士たちがお膳を並べていた。
「今日の昼食は天ぷらか。では、いただこう」
緒方がそう言うと、手を合わせた。
それと同時に全員が手を合わせて、箸を持った。
緒方は海老天を半分かじり口を動かす。
(うん、なかなかうまい)
緒方は満足したようにうなずいた。
「それでだ。ある程度の事は艦内視察で聞いたが、改めてここで聞く、各部署はどうだ?」
緒方は食事を楽しみながら、聞く。
「まだ、試験航海も模擬戦も行っておりませんので、どうなるかはわかりませんが、どのシステムも問題ありません。それどころか我々が予想していた以上のものです」
水野が代表して言った。
「そうか」
緒方はうなずいた。
第1士官室にいるのは緒方と水野を除くと、関島、渡邉、柏崎、辻村、浜中だけでは無い。第1空母機動群警務隊司令の鈴山義輔1等海佐(3等)、空母[あまぎ]医務長である榎本征大1等海佐(3等)、民間人からは業務管理長の古市誠司、警備会社から派遣されている警備長の諏訪修治である。
第1士官室にいるのは11人である。
第1士官室で食事をする事が許されている2人の民間人は空母[あまぎ]の艦内編成では一応独立している。名称は特別分隊である。分隊長は業務管理長が兼務し、警備長は分隊士である(ただし、これはあくまで指揮系統を明らかにするための配慮である)。
業務管理長は[あまぎ]に乗艦する民間スタッフの管理と監督、及び自衛官たちとの調整を行う。
警備長は民間スタッフの風紀の維持、事件と事故の防止、業務管理長が管理する設備の警備、盗難防止、民間スタッフが使用する護身用具及び拳銃の管理を担当する。その下に警備員がいる。
もちろん、事件や事故の捜査は第1空母機動群警務隊に所属している海上自衛隊警務隊の警務官(MP)が担当する。
出港の日を迎え、第1空母機動群はアメリカ海軍ノーフォーク海軍基地を出港した。
「航海長。速力12ノット。僚艦の位置を確認し、艦隊速度を維持せよ」
緒方が艦長席に腰掛け、[あまぎ]の航海長である坪井小春3等海佐が復唱する。
「了解。操舵手。速力12ノット。僚艦の位置を確認し、艦隊速度を維持せよ」
坪井の指示を聞きながら、緒方はうなずいた。
緒方は艦橋の様子を見回す。
艦橋要員は慣れない手つきではあるが、きちんと艦の操艦を行っている。彼らは海自が保有している4隻のヘリ搭載護衛艦[いずも]型と[ひゅうが]型から選抜されたベテランの隊員たちだ。もちろん、艦の能力を早く修得させるため、経験の浅い若い隊員もいる。
「艦長。アメリカ空軍の航空基地より本艦に搭載される陸海空自衛隊に所属する艦載機が全機離陸したそうです」
通信士が報告する。
緒方は通信文を受け取り、通信文をすばやく目を通す。
「わかった。飛行長と航空団司令に伝えろ。歓迎の用意だ」
緒方の言葉に通信士は笑みを浮かべてうなずいた。
「了解しました」
緒方は艦長席から立ち上がり、ウィングに出た。
彼は双眼鏡を覗き、ノーフォーク海軍基地がある方向を見た。
「もう1つの過去のノーフォーク海軍基地は貴方がたに爆撃される」
背後からアメリカ訛りの英語が聞こえた。
緒方は双眼鏡を降ろし、声がした方に振り向くとアメリカ海軍のデジタル迷彩服を着た長身の男が傍らにいた。
彼は[あまぎ]に乗艦するアメリカ海軍の士官の1人である。
名はバート・グティレス大佐である。彼の役目は[あまぎ]の操艦についての助言と緒方たち1等海佐たちへの空母運用についての助言である。
もちろん、牟田や幕僚たちに助言する海軍大佐も同じく乗艦している。
グティレスの表情は少し複雑そうであった。
それもそのはず、B-52によるノーフォーク海軍基地空爆はアメリカ合衆国統合参謀本部が防衛省統合幕僚監部に提出した作戦であるからだ。当初、統幕は工業地帯であるアメリカの五大湖周辺を空爆するはずだったのだが、アメリカ国防総省はそれを却下した。民間施設への空爆は新世界協定1に大きく違反しているという事で、そこで代案として統合参謀本部は軍事施設であり、アメリカ海軍基地最大であるノーフォーク海軍基地の空爆を提出した。
結局、統幕はこれを承認した。
「心中を、お察しする」
緒方はそれだけしか言えなかった。
「艦長。対空レーダーが本艦に接近中の航空機群を探知しました。すべて自衛隊機と確認」
水野が報告した。
「わかった。空自の戦闘機部隊は探知したか?恐らく無理だろうが」
緒方が聞くと、水野は首を振った。
「いえ、探知したのは戦闘機以外です」
水野の報告を聞いた時、緒方は、そうだろうな、思った。
その時、上空からジェット音が聞こえた。
緒方と水野はその方向に双眼鏡を向けると日の丸のマークがついた灰色の戦闘機の機影が確認できた。
「あいつら、俺たちをからかってやがる」
水野がつぶやいた。
やがてその戦闘機はどんどん大きくなる。
「あれが、[あまぎ]艦載機である艦上戦闘機」
その戦闘機群は[あまぎ]上空を通過した。まるでパフォーマンスを見せるように・・・
その機は航空自衛隊が日本仕様に改良したF-35CJ[ライトニングⅡ]である。
ステルス戦闘機であるため、[あまぎ]の対空レーダーが探知できなかったのは仕方のない事だ。
「操縦技術は一人前だな」
グティレスが感想を漏らした。
「しかし、空母への着艦・・・発艦も同じだが、陸上基地とは違う。その点ではまだまだ初心者マークしか与えられんな」
グティレスの言葉に緒方はうなずいた。
この航空艦隊が航空艦隊として機能できるかはこれからだ。
[あまぎ]の艦載機が全機着艦すると、パイロットたちが搭乗機から降り、[あまぎ]の飛行甲板に立った。
「着艦は問題無く、うまくいったな」
緒方がウィングから見下ろしながら、言った。
「風は無風で、速力12ノット以下、それに単に陸上の航空基地から[あまぎ]に着艦しただけ、これなら、空母航空団のパイロット訓練生でもできる。まだまだ、彼らを評価するのは早い」
グティレスが言った。
「副長。パイロットたちをパイロット待機室に待たせてくれ、後で群司令と共にパイロットたちと顔を会わせる」
緒方がそう言うと、水野がうなずいた。
「わかりました。そう伝えておきます」
水野がそう言うと、艦橋に戻っていた。
それとは入れ違いに牟田がウィングに出た。
「あれがF-35CJかね?」
牟田は甲板作業員たちに固定されているF-35CJを見下ろしながら、つぶやいた。
「はい」
緒方がうなずいた。
「聞いた話だが、F-35CJは1機当たりの価格はF-15J(近代化改修前)の3機分に相当するそうでは無いか?」
牟田の言葉に緒方はうなずいた。
「そのようですね。関島1佐から聞きました。それどころかこの艦で運用される物はすべて大変な高価な物です」
緒方の言葉に牟田はF-35CJを見下ろしたまま、答えた。
「そうだ。この艦隊に所属する艦及び航空機(一部は除く)、車輛は通常の単価より高額だ。これを無駄にはできない」
牟田は飛行甲板から格納庫に収納される陸自の航空機を見ながら、つぶやいた。
「さて、パイロット待機室に行こう」
牟田の言葉に緒方はうなずき、2人はパイロット待機室に向かった。
パイロット待機室は陸海空自衛隊のパイロットたちが使用する部屋だ。基本的には非番以外のパイロットはここに常に待機し、出動に備える。パイロット待機室では、会議、食事等はすべてここで行われる。
パイロット待機室に入室するとすでに関島と渡邉がいた。
「全員起立!」
渡邉が叫ぶ。
陸海空自衛隊のパイロットたちは全員立ち上がった。
「休んでくれたまえ」
牟田が言った。
陸海空自衛隊のパイロットたちが席に着く。
牟田は陸海空自衛隊のパイロットたちの前に立つと、口を開いた。
「陸海空の精鋭のパイロット諸君。よくぞここまで厳しい訓練に耐えてくれた。そして、このような極秘任務に志願してくれて、群司令として感謝する。ありがとう。だが、残念な事に我々はまだ実戦部隊としては認められてはいない。すべては新世界連合軍と共に1940年にタイムスリップしてから、各種試験が行われる。これらをすべて終了して、初めて実戦に投入される。菊水総隊の実戦部隊の初陣には遅れるが、耐えて欲しい」
牟田はそう言った。
正直に言って、陸海空自衛隊及び民間スタッフたちも[あまぎ]がノーフォーク海軍基地に入港して数日してから、顔を会わせた。パイロットたちが顔を会わせるのは今日が初めてである。
つまり統合運用部隊としてはかなり心配な事がある。
「各種訓練及び各種試験はタイムスリップしてから開始される。それまで諸君等パイロットはこれまでの疲れを癒やしてくれ。本艦には娯楽設備が充実している。まあ、陸程では無いがな」
牟田は笑みを浮かべて言った。
パイロットたちが少し笑った。
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