こぼれ話 居眠り艦長 奮戦する
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
大日本帝国の占領統治下にある、ハワイ諸島。
海上自衛隊予備艦隊である第5護衛隊群からハワイ領海の海上警備に派遣されている、3隻の汎用護衛艦。
[はつゆき]型9番艦[まつゆき]、11番艦[あさゆき]、[たかなみ]型6番艦[ながなみ]である。
その1隻である[ながなみ]は現在、新設された真珠湾警備戦隊に所属する駆逐隊と共同で領海の哨戒任務に当たっていた。
「陽光に輝く海は、いつ見ても飽きませんな」
「・・・・・・」
副長の3佐の言葉にも艦長席に座ったままの彼は無言であった。
「・・・艦長?」
「・・・・・・」
「・・・まさか・・・また、寝ている?」
53歳という年齢にも関わらず、深い皺が刻まれた2佐の艦長の顔は、70代を越える老人に見える。
海士たちからは、「じいちゃん艦長」「居眠り艦長」等と呼ばれているそうだ。
「副長」
不意に艦長が、モゴモゴと口を動かした。
「何でしょうか?」
「茶はまだか?」
「・・・・・・・」
良く言えば平和、悪く言えば緊張感皆無の空気が流れた。
副長は深くため息をついた。
正直に言って、不運続きだ。戦時下だと言うのに、上の連中はアメリカ軍が本格的な攻勢に出ない限りは武力行使は過剰と判断した。
つまり、ハワイ諸島を本気で奪還する目的でアメリカ軍がやって来た場合は自衛隊法で認められている自衛隊の行動でもっとも重大な決断が求められる防衛出動の交戦規定が認められるが、単なる威力偵察や挑発行為を目的とした大日本帝国統治下であるハワイ諸島の制限海域に侵入した場合は海上警備行動の規定に従うよう指示された。
奪還を目的にした攻勢か、威力偵察や挑発行為を目的とした制限海域への侵入なのかについては規定され、10隻以上の戦闘艦で編成された艦隊には防衛出動の規定で対処、10隻未満の戦闘艦で編成された艦隊には海上警備行動で対処と規定されている。
しかし、戦艦や空母等の極めて強力な艦が存在した場合は艦数を配慮する必要は無いと決められた。
実に驚くべき事なのだが、自衛隊は日米開戦に参戦したが、すべて日本国憲法や自衛隊法に違反していない。もっとも、これは見る人によって変わるが、すべて詭弁を並べれば全部自衛隊の行動は合法なのである。
2010年後半以降、日本国憲法で認められている自衛権の解釈が変更され、禁止されている交戦権に該当しない(もっとも交戦権については世界的にも定義は存在しない)。変更がされた。そのため、これまでの自衛隊の行動は合法なのだ。
(人間が作る物には必ず抜け穴がある。その抜け穴を知っているのは組織の上部だけ・・・考えただけでも、笑えない)
副長は心中でぼやく。
「なあ、防衛出動が発令されたと思ったら、今度は海上警備行動が発令されるとはな。何か、戦時中に来た実感が無い・・・」
艦橋要員のひそひそ話が副長の耳に入る。
(確かにな)
副長も同調する。
海上警備行動とは、強武装の艦船が領海に侵犯し、海上保安庁では対応できないと判断された時に発令される海上の治安維持のための自衛隊の行動だ。
出動回数は少ないが初めて発令された1999年以降、タイムスリップするまで何度も発令された。
基本的には警察官職務遂行法と海上保安庁法が準用され、武器の使用は正当防衛又は緊急避難の場合に限り認められる。
ただし、本格的な攻撃又は侵攻の意思が明らかであれば海上警備行動では対応できないため、手順に従い防衛出動が発令される。
太陽は徐々に西に傾いている。
青い海の色は、朱色に染まっていた。
今日1日、何事も無かった・・・そう何事も・・・
「・・・なあ、[ながなみ]・・・つくづく俺たちは、ついてないよな・・・前の艦長はアレだったし・・・今度は今度でコレだ・・・お前も折角、大怪我から直ったっていうのになぁ・・・」
副長は1人、ウイングで黄昏ていた。
彼の脳裏にあの日の光景が思い浮かぶ。
菊水総隊に組み込まれる1年前、[ながなみ]は海賊対処派遣群の派遣艦隊に組み込まれて、インド洋に派遣されていた。
マラッカ海峡に出没する海賊が、インド洋にまで勢力を伸ばし、広範囲に貨物船やタンカー、旅客船が襲撃される事件が多発していたからだ。
中国が崩壊した事で、大量に流出した武器兵器で武装した海賊は凶悪化していた。
そのため、日本船籍の船舶を守るための派遣だった。
その日、[ながなみ]は他の護衛艦と共に、タンカーの護衛をしていた。
その時、近くの公海を航行していたイギリス船籍の貨物船から、海賊の襲撃を受けているという救難信号が入り、派遣艦隊の隊司令の判断で[ながなみ]が現場に向かったのだが、そこで当時の艦長が、誰も予想しない事をやらかした。
警告も警告射撃も効果がなく、この派遣に当たって「あんたらは、日本のシーレーンを破壊して日本を滅ぼしたいのか?」と言いたくなるような、一部の反戦団体や野党の戯言のせいで、著しく交戦規定を制限された状態では仕方なかったと言えば仕方ないのだが。
イギリスの貨物船を逃がすために、襲撃してきた海賊船に[ながなみ]を体当りさせるという暴挙に出たのだった。
結果、[ながなみ]の艦首はその衝突によって、破損。
前艦長は、その責任を取らされて解任された。
その問題は、「乗員を危険にさらした行為」として、一部マスコミや反戦団体に騒がれたが、イギリスから感謝され、アメリカ等の第3国の調査で、あの状況下では最善だったと結果が出た。
むしろ、そんな手足を縛った状態で派遣させた、一部政党や団体に対し、他国の非難が出た程だった。
何が笑えると言っても、それまで自衛隊を散々叩いていた一部のマスコミが、コロッと態度を変えて非難の矛先を変更したのはこれ以上ない醜態だろう。
厚顔無恥の見本だ。
当時の内閣は、責任を取って総辞職。その後の総選挙の結果は、与党が大勝、勝ち誇った顔で自衛隊を非難していた野党は議席を大きく減らす事になったのと、一部の野党は解党に追い込まれた。(自業自得ではあったが)
その前後はかなりゴタゴタしたが、今では思い出したくもない出来事ではある。
ちなみに、前艦長は『護衛艦をぶっ壊した男』と不名誉なあだ名が付けられ、[ながなみ]は、『ぶっ壊された護衛艦』と呼ばれるようになったのだった。
「はぁ~」
ため息をつきながら、グチグチと[ながなみ]に話しかけている姿は、不気味以外の何ものでもなかった。
1人、自分の世界に引き籠っている副長と、CICに移動して呑気に緑茶をすすっている艦長は対照的だった。
「うん?」
対水上レーダーに反応があった。
「水上レーダーに感あり。領海内を航行する不明艦3隻です」
「民間の船舶か?」
「いえ、速力約20ノットでオワフ島に接近中です」
「艦長、水上レーダーに接近する船舶を確認。指示を」
砲雷長の報告に艦長は、ズズッーと音を立てて緑茶をすすってから、指令を出した。
「艦橋見張り員は、視認にて船舶を確認。哨戒中の他の艦に連絡、本艦は現場海域に向かう。後は任せる」
「了解しました」
のんびりとした口調で指示を出す艦長の指示に従って、砲雷長は第3配備から第1配備への移行を通達した。
「そうだ、副長は艦橋か?」
「はい」
「艦橋から、確認するよう言ってくれ」
2杯目の緑茶を急須から注ぎながら、艦長はそう述べた。
「艦長、上空を警備飛行中の海上保安本部航空隊から派遣された、ダッソーファルコン900より通信、領海侵犯の不審船団はアメリカ海軍の軽巡洋艦[アトランタ]級1隻、駆逐艦[シムス]級2隻です」
「何だと!?」
通信士の報告に驚きの声を上げたのは、CICに駆け込んできた副長だった。
「2式飛行艇の哨戒網をくぐり抜けたというのか!?」
「副長、儂は艦橋にいろと言ったはずだが」
「そんな事を言っている場合ですか!!」
「慌てるな、巡洋艦と駆逐艦3隻でハワイを奪還しに来るわけがなかろう。大方、いつもの威力偵察だ」
苛立った叫び声を上げる副長を諭すように、艦長は声を掛けた。
「し・・・しかし」
「まあ、海上警備行動の規定に従って、領海退去の指示から始めるとしよう」
「・・・・・・」
相手は漁船等ではない。れっきとした戦闘艦である。
しかも巡洋艦までいるだ。
今までも何度か、この手の領海侵犯は行われたが、大抵は駆逐艦や、偽装された商船だった。
こちらの艦影を確認すれば、すぐに針路を変更して領海外に退去していたが、今回は今までとは明らかに違う。
それを相手に単に領海退去を命じるという、悠長な事を言う艦長に、副長は唖然となった。
「制限海域内を航行中のアメリカ小艦隊に告げる。ここは、大日本帝国の統治下であるハワイ諸島の領海である。速やかに、制限海域外へ退去せよ・・・繰り返す・・・」
本来なら、日本語を含む数か国語で呼びかけるのだが、星条旗を掲げて堂々と航行している相手であるから、英語のみで警告を発する。
無論、まったく無視されたが。
「警告効果なし!」
「アメリカ艦隊、針路、速度変わらず!」
ウイングからの見張り員の報告が届く。
「効果がありませんな」
「まあ、そうだろう。向こうにこっちの指示を守る義務はないからな」
距離を取って単縦陣で進む、艦隊に並走する[ながなみ]のウイングで、双眼鏡を覗きながら、海曹長はそう述べた。
再び、警告が響く。
「もう1度警告を」
副長の具申に、それまで好々爺の様だった、艦長の様子が一変した。
何か、シャキーンというような擬音が聞こえたような気がした。
「ウザい」
ボソッというつぶやきと共に、艦長が一気に若返ったように見えた。
艦長は立ち上がると、ツカツカと警告を発していた通信員の側に行き、通信マイクを奪い取った。
「警告!さっさと、家に帰れ!!ケツの青い餓鬼どもが!!いいか、これが最後の警告だ。速やかに制限海域外に退去せよ!!」
艦長の口調は強く、殺気を帯びていた。
「艦長、マジモード。あ~あ、血の雨が降る・・・」
艦長の豹変振りに唖然となった副長を尻目に、旧知の間柄の砲雷長はニヤつきながら、物騒なセリフをつぶやいた。
「艦長!我々はあくまでも、海上警備行動の規定の範囲内でしか行動できません!!間違ってもこちらから攻撃はできませんよ!!」
「知っとるわ!!貴様もギャーギャー言っとると、奴らと一緒にシメるぞ!!」
完全に人格が変わってしまった艦長に怯えながらも、副長は注意を喚起するが一喝されて、沈黙してしまった。
「副長、こうなったら逆らっちゃ駄目ですよ」
砲雷長が、小声でささやく。
「CICより艦橋、機関全速前進!!連中の進路の前へ出る!!」
「了解、機関全速ようそろ」
艦長の命令に、[ながなみ]は機関出力を最大にして、加速する。
「警告射撃1回![アトランタ]級の鼻先に撃ち込んでやれ!」
「警告射撃1回!」
「撃て!」
大きく舵を切った[ながなみ]は、アメリカ艦隊の進路を横切りながら、127ミリ速射砲を旋回させると、自動装填された砲弾を発射した。
砲弾は、最先頭の巡洋艦のほぼ直前の海面に着弾し、水柱が上がる。
巡洋艦は大きく舵を切り、回頭し針路を変えた。
それに続くように、駆逐艦も針路を変更する。
「アメリカ艦隊は、針路を変更。制限海域外に退去するコースを取る模様」
見張り員からの報告が届く。
「効果があったのか?」
「阿呆、水上レーダーをよく見てみろ。これ以上は時間切れという事だ」
「?」
水上レーダーには、この海域に急行して来る帝国海軍の駆逐艦や、海保の巡視船の光点が映っていた。
「単に向こうが引いただけだ。警告射撃程度でビビるわけなかろうが。配備そのまま、本艦はアメリカ艦隊が制限海域外に退去するまで、監視を続行する」
「り・・・了解しました」
「はぁ~、疲れた。まったく、最近の若い者は年寄りを労わるという事を知らんのか・・・」
いや、艦長。貴方はまだ年寄りではないです。何を勝手に隠居しようとしているのですか?
そう言いたかったが、さすがにあの別の人格を見ては何も言えない。
(ブラック艦長)
副長は心の中でそう命名した。
その視線の先では、艦長席に座り直し緑茶をすすっているブラック艦長の姿があった。
この時、別の場所ではアメリカ軍機が制限空域を侵犯していたという事は、まだ知らされていなかった。
「村主、神薙。君たちはどう思う?」
ヘリ搭載護衛艦[いずも]の司令公室での、艦長会議の席上、数日後に実施予定の帝国海軍の新型駆逐艦との合同演習の計画書を提出しに来た、イージス護衛艦[あかぎ]艦長の神薙真咲1等海佐と第1護衛隊群首席幕僚の村主京子1等海佐を前に、群司令の内村忠助海将補は今回のアメリカ軍の領海侵犯行為に問いかけた。
「・・・恐らくこちらの行動を偵察していると思われます。領海の侵犯から、発見、現場海域に急行して来る時間等といったものでしょう」
少し考えてから神薙は答えたが、自分でも納得できていない表情を浮かべていた。
「ただ、今回は向こうが自分から引き下がった形ですが、このまま挑発行為がエスカレートしないかが心配です。海上警備行動の規定の範囲では、哨戒活動をしている護衛艦や巡視船の乗員の安全確保にも限界があるかと思われます」
控えめな発言ではあったが、慎重な神薙でも不満を感じているらしい。
今は戦時である。
攻撃を受けない限り、敵に対して船体射撃を認められないのでは、乗員の命と安全を預かる指揮官としては心許ないのだろう。
今までは、相手からの攻撃がなく双方とも無傷であるが、基本的に威力偵察と言われるものは、小規模な戦闘を起こして敵の情報を収集するものだ。
今まではそうだったから、これからもそうだとは限らない。
もしも、警告中に砲撃を受ければ、駆逐艦クラスとしても侮れない。
帝国海軍の駆逐艦ならともかく、汎用護衛艦や巡視船ではそんな近距離で砲撃されればと考えれば、神薙としても気が気ではないのだろう。
「君の懸念はもっともだが、上からの指示である以上従うしかない。山縣司令官も意見を入れてくださっているようだが、現場とそうでない場所の意見に開きがあるのはいつもの事だ」
「・・・何かあるまで、動かないという事ですね」
「・・・・・・」
僅かではあったが、神薙にしては珍しく、怒りのようなものを含んだ口調だった。
「神薙艦長」
それまで無言であった村主が、口を開いた。
「ここで、上の批判をしても始まりませんよ」
「そんな事はわかっている!!」
どこまでも穏やかで冷静な村主に、感情を刺激されたのか、神薙は声を荒げた。
それで、我に返ったらしい。
「失礼した、どうやら気が昂っていたらしい・・・」
「いいえ、神薙艦長の危惧はわかります。第1航空艦隊の草鹿参謀長とも話し合って、哨戒任務に就いている各艦艇には常に連絡を密にするように、指示を出しています。領海侵犯の艦艇に対しては、即座に応援を要請し2隻以上で対処をするようにすれば、安全度はかなり上がると思われます」
微笑を浮かべたまま、説明をする村主を窺いながら、内村は内心でため息を付いていた。
村主にしても、こんな付け焼刃的な対応しかできない事に納得できてはいないだろう。
第1艦隊がハワイに到着すれば、多少は息が付けるだろうが。
「甘い、甘い首席幕僚」
それまで、居るか居ないかわからない存在だった、男が口を開いた。
「現場の気持ちなんて、雲の上の方々に伝わっているわけないでしょ、昔から・・・これが、アメリカだったら、『俺が責任を取る』なんて、熱血親父が出て来るところなのだけどね。残念ながら、我が日本では、奥ゆかしい方々ばかりだからね。良くも悪くも」
「橘田・・・」
窘める、内村の声にチラリと時代劇の俳優張りの流し目を送っているのは、イージス護衛艦[こんごう]艦長の橘田雄史1等海佐だ。
「司令、折角の機会です。[あかぎ]に搭載されている、新型の対艦対地用のミサイルの実弾試射実験を行っては?」
「あれは、菊水総隊の総隊幕僚によって、使用しない事が決定している」
「使えない兵器なんて、無駄以外の何ものでもないですよ。この時代に来て試射実験を行うはずだったのが、事故で中止になったわけですし・・・この際、それもありでは?」
「・・・・・・」
「そうそう、折角アメリカ海軍の士官さんが来てくれているのだから、特等席で視察っていうのもどうです?喜ぶと思いますよ」
どこまで本気かわからない口調であった。
「・・・橘田艦長、冗談はやめていただきたい。防秘の塊の試射実験を客人とはいえ、敵対国の軍人に見せるなどできる訳が無い」
僅かに眉を寄せて、神薙が反論する。
「あのさ、考えてもみなよ。想像を絶する兵器を保有しているってわかっただけでも、講和を考える人が増えると思わない?向こうがそれで態度を軟化させれば、外交交渉も楽になるだろうし、無駄に戦闘で失われる命も減る。試射実験でそれができるならそれもいいでしょ」
楽観的にすぎる。と、取られかねない意見であるが、この橘田という男は真面に意見をしない。
要は不測の事態は起こり得るのだから、それに備えるべきだと、言っているのだ。
内村は軽く頭を振った。
「残念だが、橘田。君の意見は採用できない。総隊司令部の決定事項だからな」
「まあ、そうでしょうね」
それだけ言って、橘田はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、新型対艦対地ミサイルは、意外な形で使用される事になる。
こぼれ話 居眠り艦長 奮戦するをお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




