時間跳躍 第3章 閣議決定
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
統幕議長である山縣に機密事項を知らされてから、1日後、石垣は統合戦史研究室にこもっていた。
太平洋戦争のデータに自衛隊の戦力を入力し、仮想シュミレーションを行っていた。
「太平洋戦争時に自衛隊を送る。確かにおもしろいな・・・」
石垣はそうつぶやきながら、キーボードを叩いていく。
「随分と熱心にやっているわね」
霧之が声をかける。
「はい。これほどやりがいがある仕事は他にはありません」
石垣は手を止め、霧之が立っている方向に振り向く。
「でも、休まないのは身体に毒よ。いくら、近日中に閣僚会議が開かれるとはいえ、すぐじゃないと思うわ」
霧之はそう言いながら、クッキーとコーヒーを石垣の机の上に置いた。
「気分転換にどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
石垣はクッキーを1つ口の中に入れた。
ほどよい甘さが口の中に広がり、頭の中がさえる。その後、石垣はコーヒーをすすった。
甘いものを食べた後に苦いコーヒーを飲むと、なんとも言えないうまさが広がる。
「さて、続きをしましょう」
石垣はパソコンに向かい、キーボードを叩く。
「しかし、太平洋戦争時代に自衛隊を派兵するなんて、誰の発想だろう」
石垣は小声で独り言をつぶやいた。
もともと自衛隊は独自で戦う軍隊ではない。アメリカ軍と共同して戦う軍事組織なのである。
その自衛隊が過去の日本に行き、過去のアメリカ軍と戦う。なんとも皮肉な話である。
石垣の予想ではなく、確信なのだが、アメリカ、イギリス等との戦争は海戦がメインである。つまり、海上自衛隊が主役だ。
データ上では海自の1個護衛隊群でアメリカ海軍の機動部隊と互角にやり合う事ができる。
だが、単にアメリカと戦争をするだけではだめだ。過去の過ちは絶対繰り返さない、そうでなければ、自衛隊を派兵する意味がない。
しかし、日本は資源のない国だ。南方に進出しなければならない。原油の確保だけなら満州だけで足りるのだが、日本を侵略国家ではなく解放国家にするためには南方進出が不可欠だ。その為には護衛隊群は最低でも2個は送り込まなくてはならない。
さらに、1個潜水隊群も送らなくてはならない。
これは作戦上、潜水艦も必要になるからだ。
現代の潜水艦は当時の潜水艦と比べれば隠密性、生存性が格段に違うからだ。海自の潜水艦なら、米海軍駆逐艦に発見される事もなく、アメリカ本土に接近する事ができる。そこで対地攻撃が可能なハープーン・ミサイルで攻撃できる。
安全深度も旧海軍とは比べものにならないほど深く潜れる。当時の潜水艦は安全深度100メートルぐらいだったのに対し、海自(海上自衛隊)の潜水艦は500メートル以上潜れる。万が一、敵の駆逐艦に発見されたとしても、200メートル以上潜れば、回避することも可能だ。
海自の戦力だけで、アメリカ太平洋艦隊を壊滅させる事ができる事がわかる。だが、アメリカは化け物並の工業力を持っている。1年あれば太平洋艦隊を再建する事は可能だ。
そこで、石垣は航空戦力の投入も考えた。
航空自衛隊にはF-15J改とF-2改戦闘機がある。どちらも制空戦闘の能力が高く、当時のレシプロ戦闘機に遅れをとるはずがない。さらにF-2改戦闘機は対艦攻撃能力だけではなく、対地攻撃も可能だ。太平洋戦争ではかなり活躍してくれるだろう。
それに、空中給油機を同伴させれば、航続距離を延ばす事も不可能ではない。
さらに空自(航空自衛隊)が持つ、高射群も派遣すればアメリカの戦略爆撃に対し、東京防衛ができる。
B-29は1942年には完成しているため、戦況が悪化すれば、予定より、早く実戦配備するだろう。これを迎撃できる戦闘機も配備していなくてはならない。
石垣は次に陸自の投入戦力を考えたが、これはすぐに結論が出た。
南進政策をする事を考えて、第7機甲師団と数個の旅団を派兵する。もちろん、それだけではない。第1空挺団、水陸機動団、特科団、施設団も投入する。
精鋭部隊がいなくなるのは、今の情勢下かなり痛いが、これぐらいの戦力は必要だ。
上官である霧之と相談したが、彼女はここまでの規模になるとは、思ってもいなかったのか、驚いていた。しかし、太平洋戦争時代の各種作戦(史実の戦史)を1つ1つ研究していると、これだけの規模になるのは仕方ないと思った。
太平洋戦争の戦史の研究を一通り終えた後、石垣は統合幕僚監部に設置されている喫煙室にいた。
煙草の箱を取り出し、1本口に咥える。
ジッポーライターの火をつけて、煙草を近づける。
まずい煙草の煙を吸い、吐き出す。この仕草は何度やっても気分が落ち着く。
健康に悪い事はいやという程知っているが、煙草を吸うと思考がまとまるのである。だからこそ、やめられない。
上官の霧之から、煙草を吸っていると嫌な顔をされた。
「こんな事が許されるのか・・・?」
石垣は小声でつぶやいた。
珍しい事に喫煙室には彼1人しかいないが、普通の声でぶつぶつとつぶやいていて、いきなり、喫煙室に誰か来ると、石垣2尉は、ついにおかしくなったか、と思われる。だから、小声でつぶやくのだ。
戦史研究室では、そんな考えはでなかったが、ここで一息つくと、そんな考えが頭の中を過ぎる。
もし、第2次世界大戦で日本が敗北せず、休戦ないし講和に持ち込めたとしても、日本に未来があるのか、そう思っている。
日本は日清、日露、第1次世界大戦で勝利した、それが問題なのである。日本は勝ち過ぎた。
負けを経験しなかったから、アメリカに勝利できると夢を見るようになった。
その結果が太平洋戦争だ。
日本が負けた事によって、現実を見るようになった。
しかし、これから、我々がする事はどうであろう。
石垣は煙草を吸いながら、思うのであった。
「俺たちはいつから、神になったのだろう・・・」
石垣が小声でぼやく。
「随分と思い悩んでいるようだな」
「?」
突然、背後から声をかけられた。
石垣が振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
薄い褐色肌に灰色の目をした青年だった。
「貴方は?」
なんとなく想像がつくが、あえて彼に尋ねた。
「日本政府に過去の日本の歴史を改善する案をだしたものだ」
石垣は煙草の煙を吐き出しながら、うなずいた。
「やはり」
「驚かないのか?どうやって、ここに来たのか、部外者は入れないはずだ、とか」
男の言葉に石垣は笑みを浮かべた。
「統幕議長から話は聞いている。それにいずれ俺のところに来ると思っていたからだ」
「なるほど」
男は納得したかのようにうなずいた。
「名前はダニエルだったな」
「そうだ」
ダニエルはうなずいた。
「しかし、どうやって来ているのだ?」
石垣の問いにダニエルは苦笑した。
それはどうやって説明するかわからない様子だった。
ダニエルは少しの間悩んでから口を開いた。
「君たちの言葉で妖術や魔術に近いものだ」
「なるほど、納得した」
石垣はうなずいた。
「それで、何を思い悩んでいる」
ダニエルの言葉に石垣は頭を掻いた。
「たいした事ではない。我々、未来人が過去の日本に介入し、歴史を変える事が許されるのか、と思ってな」
「たいした事ではないと思うが、まあいいだろう」
ダニエルが言い終えると、石垣は心の中にしまっていた疑問を口にした。
「ダニエルさん。貴方の目的はなんだ?神にでもなろうとしているのか?」
石垣の言葉にダニエルは突然笑い出した。
なぜ、笑う、と思い石垣は訝しげな表情をした。
「いや、すまない、すまない」
ダニエルは笑いながら、言った。
「君は原田首相と同じ事を言うのだね」
「総理と・・・」
「ああ、そうだ。原田首相も似たような事を言っていた。同じ事を言うが、神は人間が創ったものなのだよ。だから、神など存在しない」
「・・・・・・」
石垣は無言になった。
「石垣2尉。何も悩む事はない。この世に決まっている事はない。すべて人が創るものなのだよ」
ダニエルの言葉に石垣の心を占めていたものがなくなったような気がした。
随分と簡単にと思ったが、1人になって頭の中に過ぎったものだ。簡単に解決しても納得がいく。
その3日後、原田は国会議事堂の会議室で閣僚全員を集めた。
その中には統幕議長の山縣、統合戦史研究室の石垣、霧之の姿があった。
「全員、揃ったようだな」
原田は閣僚全員の顔を見回しながら、緑茶を飲んだ。
「これから、私が言う事はすべて事実である。私の頭がおかしくなった訳ではない。この国と世界の未来のため、重大な決断をした」
閣僚たちの表情が変わる。
「私は自衛隊の出動を決定した。それも現代ではなく、過去の日本、大東亜戦争時代だ」
原田の言葉に閣僚たちはざわめき出した。
彼は気にせず、話を続けた。
「信じられないのも無理はないが、これは事実である。ある人物の力を借りて、自衛隊を過去の日本に送り込む」
だが、閣僚たちは顔を見合わせている、原田が何を言っているのか理解できない様子だった。
「総理。自衛隊を過去の日本に送る、とおっしゃいましたが、それは可能なのですか?そんな技術聞いた事はありません」
国土交通相が言った。
「可能だ。その証拠を見せよう。皆、あそこの壁を見てくれ」
原田は指を指した。
「「「?」」」
そこには何もなく、ただ、白い壁があるだけであった。
「ダニエル氏。姿を見せてくれ」
「わかった」
どこからともなく男の声がした。
「「「!?」」」
閣僚たちは驚いた。
何もないところから、いきなり若い男が姿を現したのだから・・・
「どうだ。これで信じてくれるか?」
原田は閣僚たちの顔を見回した。
閣僚たちは再び顔を見合わせた。
「総理。自衛隊を、過去の日本に送るというのは本当の事ですか?」
文部科学相が尋ねた。
「本当でなければ、ここまでしないだろう」
防衛相の正岡が腕を組みながら、言った。
「防衛相。なぜ、貴方はこんなに落ち着いていられるのですか?」
法務相が問うた。
「私と黒田君、石田君とはすでに面識があるからだ」
防衛相の言葉に再び閣僚たちはざわめいた。
ここまで、見せられた以上、信じるしかない事は誰の目を見ても明らかだ。
だが、自衛隊の出動に関してはまた、別ものである。大東亜戦争の時代にタイムスリップする事は、その敵は言わずともわかる。
今の日本の最大の同盟国であるアメリカだ。
そして、今の秩序も崩壊する。
「総理。貴方は大日本帝国を復活させるのですか?あの暗黒の時代を現代まで続けるつもりですか!」
声を上げたのは法務相だった。
一部の閣僚たちもうんうんとうなずいている。
「アメリカに敗北した事により、今の平和な日本がある。そのアメリカを倒し、日本がアジアの覇権を握る。そんな事になればドイツ第3帝国以上にアジアに償いきれない罪を犯す事になります!」
法務相は立ち上がり、叫んだ。
「今の世界も平和とは言えないだろう」
ダニエルが言った。
「何!」
法務相はダニエルを睨む。
「考えてみろ。アメリカとロシアという大国が世界の覇権を握り、自分たちの価値観を強制しているではないか」
この言葉に別の閣僚たちはうなずいた。
「それに、大日本帝国のままにはしない。我々は80年という長い月日で得た知識がある。これをうまく使い大日本帝国をより良い道へ導く」
原田が緑茶を飲みながら、言った。
「・・・・・・」
法務相は言葉を失い、椅子に腰掛けた。
「では、自衛隊の出動を支持してくれるか?」
原田は閣僚たちの顔を見回した。誰も異議を唱える者はいない。
「それでは、自衛隊の出動を決定する」
原田が自衛隊の出動を決定してから、石垣に仕事が回って来た。
石垣の仕事は、過去の日本で自衛隊をどうするか、それを説明するためにここにいるのだ。
彼はスタッフたちと協力して、準備に取りかかる。
プロジェクターを起動し、スクリーンに映し出す。
「閣僚の皆さん、これから説明する事は我々統合戦史研究室が時間をかけ、研究した結果です。過去の日本に介入するなど前例がないため、至らぬところがありますが、ご了承ください」
霧之が前もって説明した。
彼女はそう言うと、石垣に振り返り、うなずいた。
石垣がうなずき返し、閣僚たちに振り返ると、緊張した声で説明した。
「皆さんもご存知とは思いますが、太平洋戦争は緒戦では大日本帝国が有利な戦況に持っていきますが、ミッドウェー海戦で正規空母4隻を失い形勢が逆転します。以降は攻勢から守勢に代わり、アメリカ軍の進撃を防ぐ事ができず、後退を繰り返します。最終的には硫黄島、沖縄に侵攻され、原爆を2発投下されます。太平洋戦争を簡単に説明しますとこういう事です」
石垣の説明に閣僚たちは、わかっている、と言う顔をした。
「ここから本題に入ります。ダニエル氏の力を借り、自衛隊を真珠湾攻撃前の日本に送ります。仮想シュミレーションの結果では、海自から2個護衛隊群、1個潜水隊群、空自から1個航空団、陸自から水陸機動団を投入すれば太平洋艦隊に打撃を与えるだけではなく、ハワイ諸島を占領する事もできます」
閣僚たちは顔を見合わせた。
「それは当然だろう。今の自衛隊と当時の米軍なら、兵器の差が歴然だから我々が遅れをとるはずがない」
国家公安委員長が当然のような口調で言った。
「それどころか、アメリカ本土上陸も可能だろう」
閣僚たちがうなずく。
「それは難しいだろう」
正岡がきっぱりと言う。
「なぜです?」
文部科学相が首を傾げる。
「それは、石垣君が説明してくれるだろう」
正岡に振られ、石垣は説明を再開する。
「皆さん、日中戦争の事を思い出してください。あの戦争では中国は国土を武器にし、日本軍の侵攻を阻止しました。アメリカ本土上陸もこれと同じ事が予想されます。仮に上陸をするとしても、西海岸を占領するのが精いっぱいです」
閣僚たちが顔を見合わせた。
「それからもう1つ言っておきますが、自衛隊を派兵したとしても、アメリカに勝つことはできません。どんなに頑張っても講和に持ち込むのが、やっとです」
石垣の言葉に閣僚たちはざわめいた。
「統幕議長。貴方の意見も同じか?」
国家公安委員長が山縣に問うた。
「はい。彼らとは別に研究しましたが、やはり、同じ結果がでました」
山縣がきっぱりと言った。
「80年も前の軍隊に遅れをとるという事か?」
文部科学相が言った。
「アメリカの工業力を甘く見ないでいただきたい。当時のアメリカでも1年あれば太平洋艦隊を簡単に再建する事ができます。なんと言いましても無限の補給力を持った化け物のような超大国です」
山縣が立ち上がり説明した。
閣僚たちは顔を見合わせた。
「これは私の願いのようなものですが、アメリカとの戦争は自衛隊を派兵させたとしても1年以内に講和に持ち込まなくてはなりません。そうでないと弾薬に限りがある我々にとって、不利になります」
ダニエルの話では1度過去の世界に送ると、2度と元の世界に戻ることはできないそうだ。まさに決死隊である。
「石垣君。戦争はアメリカだけなのか?」
原田が質問する。
「いえ、大日本帝国に義があるように見せるため、南方進出もしなければなりません」
石垣の言葉に原田、正岡、黒田の3人はうなずいた。
「つまり侵略軍ではなく、解放軍として行動するのか?」
原田の問いに石垣はうなずいた。
「はい、そうです。これに関しては過去の日本軍との打ち合わせる必要もありますが、侵略軍としてではなく解放軍として行動します」
石垣の言葉に閣僚たちは、おお、とつぶやいた。
時間跳躍 第3章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は6月29日までを予定しています。