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こぼれ話 翻るハーケンクロイツ 前篇

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 ドイツからはるか北方の土地。


 ソビエト社会主義共和国連邦首都モスクワ。


 かつてはソ連の首都であったが、今は砂漠の狐として知られるドイツ第3帝国国防軍陸軍ロンメル軍集団司令官であるエルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル元帥によって占領統治されている。


 史実では1941年代では、まだ元帥では無かったが、ソ連侵攻軍最高司令官に任命された時、アドルフ・ヒトラー総統の命令で元帥に昇進した。


 さらにヒトラーから特別な命令を受け、陸軍最高司令部の判断を求めず、独自に幕僚や各軍司令官、師団長等を人選する事もできる権限を与えられた。


 そのため、ヒトラーや閣僚たちが予想した以上に早くモスクワを陥落する事ができたのだ。


 さらにドイツ国防軍空軍総司令官であるヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング元帥はソ連侵攻の時、彼にこう語りかけた。


「私の親戚の息子が少佐として貴官の軍に配属された。そこで私は貴官からのあらゆる要請をすべて受諾する。我が空軍の精鋭の航空部隊を好きに使ってくれ」


 奇妙な事に史実と異なり、ゲーリングはロンメルというより、陸軍に対し好意的であった。


 もっとも、これはこの時代の誰もが知らない事である。


 ロンメルはもっとも信頼できる空軍の将官を自軍の幕僚として迎え、地上部隊の航空支援等を任せた。


 ロンメルはかつてソ連陸軍参謀本部が置かれていた建物に司令部を置いて、そこでソ連全域の掌握について作戦を練っていた。


 ロンメルは執務室で総参謀長が提出したモスクワを軍事拠点とした東進案に目を通していた。


 執務室のドアがノックされる。


「入れ」


 ロンメルが許可すると、若い参謀が入ってきた。


 彼はロンメルの高級副官であり、彼にあらゆる作戦面で助言を担当する事を任されているクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐である。


「失礼します。閣下、お手紙です」


 シュタウフェンベルクが1枚の手紙をロンメルに渡した。


 ロンメルは手紙を受け取り、差出人を見る。


 差出人の名はユスティーナ・ビルクナー・ロンメルであった。


 ロンメルが5年前に引き取った養女である。


 シュタウフェンベルクは、では、失礼します、と言って、執務室を退室した。


 ロンメルは封筒を開けて、手紙を取り出した。





『お父様。お元気でいらっしゃいますか?私は元気です。お母様、お兄様と一緒に仲良く暮らしています。お兄様はお父様のように陸軍には行かず、総統閣下の武装親衛隊に入隊したいそうです。お父様。もうじき私の13歳の誕生日です。できれば家に帰って一緒に祝ってほしいのですが、お仕事が忙しいでしょうから、それは叶いません。でも、無事に帰って来てくださいませ。その時、祝ってください。ご無事にお帰りなる事をお母様たちと一緒に願っています』





 義娘からの手紙はそれで終わりだった。


 ロンメルは丁寧に手紙を折り、それをデスクの引き出しに仕舞った。引き出しには義娘からの手紙がいっぱいあった。


 ユスティーナは一週間おきに手紙を送って来てくれる。


 ロンメルにとってはそれが何よりの楽しみであった。


 その時、また、執務室のドアからノック音がした。


「入れ」


「失礼します」


 シュタウフェンベルクが執務室に入ってきた。


「閣下。偵察隊から緊急連絡です。1個旅団規模のソ連軍がこちらに向かっています。3時間後には第2軍と衝突します」


 シュタウフェンベルクからの報告にロンメルは落ち着いた顔で口を開いた。


「また、いつもの威力偵察だろう。第2軍司令官トロイ大将にすべて任せる、と伝えてくれ」


「はっ!」


 シュタウフェンベルクはナチス式に敬礼して退室した。





 モスクワから少し離れた雪原でドイツ軍防衛陣地に展開したパンツァーヴェルファー群の車輛は防衛陣地に進撃するソ連軍の1個旅団に対し、15センチロケット弾を発射する。


 100発近いロケット弾が進撃中のソ連軍に襲い掛かった。


 すさまじい連続爆発により、ソ連軍の1個旅団は進撃速度を落とした。


「トロイ閣下。敵の動きが鈍くなりました」


 小さい山頂で戦況を確認していたロンメル軍集団第2軍の幕僚の1人が報告した。


 ドイツ第3帝国国防軍陸軍の外套を着込んだ長身の若い男が双眼鏡を覗きながら、幕僚に指示を出した。


「第3戦車師団は重戦車連隊を先導に前進し、ソ連軍戦車群を撃破せよ。第16猟兵師団はその後方から前進し、ソ連軍の残存兵を掃討せよ」


 若い男は冷静な口調で的確な指示を出した。


 彼はロンメルに才能を認められ、隼のごとく、大出世した若い司令官だ。名はフィデリオ・ヨハヌク・トロイ大将。


 ヒトラーや陸軍参謀本部からはソ連侵攻の功績により、陸戦の神、と呼称された。


 トロイの命令で彼の麾下の戦車師団と猟兵師団が攻撃を開始し、ソ連軍の1個旅団に反撃の隙を与えない猛攻を加えた。


「閣下」


 副官が話しかけた。


「よろしいのですか?これは単なる威力偵察です。ここまでの猛攻を加えてしまいますと、敵に我々の能力を把握されます。そうなれば、敵はすぐに対策を練って、攻勢に出てきますが?」


 副官の助言はもっともである。


「その必要は無い」


 トロイは双眼鏡を降ろし、その整った顔を副官に向けた。


 年齢は40歳になったばかりだが、その整った顔立ちは30代前半に見える。


「ロンメル元帥の麾下には百戦錬磨の将軍たちが集結している。そして、その命令に従う将兵たちはドイツ陸軍から集められた精鋭たちだ。今のソ連軍の将兵たちではたとえ我々の情報を収集しても我々を倒す事はできない」


 ロンメル軍集団はヨーロッパ戦線で戦った経験のある将兵とロンメルの息のかかった幕僚たちが選抜した新兵たちで編成されている。


 そのため、その戦闘能力は極めて高く、わずか10万で10倍の軍隊に匹敵する練度を持っている。


 その反面、北アフリカ戦線には2流の将兵が回されたが、北アフリカ方面軍司令官であるダーヴィット・ルーカス・ベーテルス大将は超1流の用兵家であり名参謀だ。


 2流の将兵でもロンメル軍集団以上の戦闘能力を有する。


 そのため、イギリス、アメリカでの判断ではロンメルより強いと認識されている。


 ベーテルス大将も聞いた話では、10日前にヒトラーからの命令で、上級大将を飛ばして元帥に昇進したそうだ。


「閣下。第3戦車師団より報告。ソ連軍の1個旅団を7割撃破。残りの2割は撤退していきます。1割を捕虜にしました」


 幕僚から報告が上がった。


「わかった。追撃は無用だ。防衛線を維持し、前哨偵察を厳にせよ」


 トロイは命令すると、暖房の効いた司令部として使われている民家に入った。


「閣下。ご苦労様です」


 トロイが指揮する第2軍の参謀長であるカール・ハインリッヒ中将がナチス式の敬礼をして労った。


 トロイよりも10歳年上だが、顔立ちはかなり老けて見える。特にトロイと一緒にいるとそれが増す。


「閣下。軍集団司令部から連絡が入っております」


「わかった」


 トロイはうなずき、通信室に向かった。





 ロンメル、トロイ、シュタウフェンベルク、そしてトロイの高級副官であるバリッシュ少佐の4人はドイツ国防軍空軍輸送機に搭乗し、2機の戦闘機の護衛を受けて、モスクワからベルリンに向っていた。


 ロンメルとトロイがベルリンに呼ばれた理由はソ連侵攻で主力を担い、モスクワ攻略で大活躍したトロイに騎士鉄十字章を授与するという通達があったからだ。


 これはヨーロッパ戦線で活躍し、北アフリカ戦線の初期で活躍したロンメルと同等の扱いでトロイをロンメルに次ぐ国民的英雄にするためだ。


 トロイは政治的宣伝のために将兵を最前線に置いて、自分だけベルリンに戻るのには抵抗があったが、ロンメルは「仕方ないだろう。我がドイツは電撃戦により、ヨーロッパはもちろんの事、北アフリカまでを支配下に置いた。ドイツ国民とそれ以外の国民の意識を固めるためには国民的英雄が必要なのだ」と告げた。


 しかし、ロンメルもトロイの気持ちはわかる。


 飛行場から総統官邸に向かう公用車に乗ったロンメルはベルリンの町並みを眺めていた。


「大佐」


「はい?」


 ロンメルはシュタウフェンベルクに声をかけた。


「貴官から見て、このドイツをどう見る?」


 ロンメルの質問にシュタウフェンベルクは正直に言った。


「正直に申し上げて、総統の政策は驚く限りです」


 シュタウフェンベルクは説明した。


 史実と異なり、ヒトラーの政策は未来人たちが知る政策とは大きく異なる。


 例えば史実であった他民族迫害はこの時代ではまったく行われていない。確かに強制収容所に送られているが、それは何らかの罪を犯している者か、国家に反抗的な態度があまりにも目立つ者だけだ。


 そして、ヒトラーの名の下で、他民族への略奪、暴行、殺害は厳に禁ずる、という布告を出している。


 中でも違うのはドイツが占領したヨーロッパ諸国及び一部の北アフリカの地域を併合せず、国家の主権や司法等はそのまま認めた。


 さらに軍の保有もドイツに敵対行為をしないのであれば保有を認め、あくまでもその国にはドイツ軍の駐留を認めさせる事と、ドイツ寄りの政権を樹立し、それに則った政策をするのであれば無茶苦茶な事はしない。


 そして、驚くべき事は2月程前に締結された条約だ。


 ドイツを盟主とした軍事条約であり、ヒトラーの配慮で国家として存続する事を許されたフランス、ベルギー、ポーランド等のヨーロッパ諸国の国家元首と北アフリカの一部代表者たちがフランスの首都であるパリで集まり、軍事条約に調印した。


 その条約名は[ヴェルサイユ条約機構軍]である。


 これはドイツ軍を中心とした各国の軍隊が集まり、戦う事である。


 第1次世界大戦後にパリでドイツと連合国の間で調印された、ドイツにとって屈辱的とも言えるヴェルサイユ条約に対する痛烈な意趣返しであった。


 ロンメルやトロイは知る由もないが、未来から派兵された菊水総隊、ニューワールド連合軍の将兵等の知る歴史では無く、まったく別の歴史になっているのだ。


 シュタウフェンベルクからの説明を聞いて、ロンメルは口を開いた。


「総統閣下はより良いドイツと世界を築くために奮闘している。どんな世界が誕生するのか・・・」


 ロンメルはそうつぶやいた。


「元帥。間もなく総統官邸です」


 運転手が言った。





 総統官邸の待合室に通されたロンメル、トロイ、シュタウフェンベルク、バリッシュは総統付の国防軍陸軍大佐に、準備が整った事を伝えられるとロンメルとトロイは腹心の部下を待合室に待たせて、総統執務室に案内された。


「「ハイル・ヒトラー」」


 ロンメルとトロイがナチス式に敬礼する。


「ロンメル君、トロイ君。待っていたよ。諸君等は私に絶対的な忠誠を誓う生粋のドイツ人であるのに私を警護する指揮官どもは貴官等の身体検査を行ってからでは無いと、私には会わせんと主張した。まったく、申し訳ない」


 ヒトラーが素直に謝罪した。


「総統」


 ヒトラーの傍らにいる長身の女性が窘めた。


 年齢は30代後半ではあるが、その長い金髪に碧眼はまさしく生粋のドイツ人を象徴するような女性だ。


 彼女はヒトラー政権のナンバー2であり、第1副首相であるロザリンダ・ベレ・クラウゼン。


 ヒトラーとは10年以上の付き合いで、これまでヒトラーが行ったあらゆる政策は彼女の助言によるものだと、ロンメルは聞いた事がある。


 噂レベルでかなりの眉唾ものだが、彼女は未来を予言する事ができると聞いた事がある。


 ナチス党の幹部にロンメルの知り合いがいるが、彼から聞いた事がある。クラウゼンの予言した事はすべて的中したと。


 日本が、アメリカ合衆国ハワイ諸島オアフ島の海軍基地等の軍事施設を奇襲攻撃する事を5年前に予言していたと言う。


 しかも破壊工作ではなく、空母艦載機による攻撃と発言したと、ナチス党の幹部は言った。


 しかし、ロンメルはそんな話を鵜呑みにはしなかった。


 そして、彼女が何者なのか?それを知る者もヒトラーしかいない。なぜなら、彼女の記録はドイツ第3帝国どころか、それ以前のドイツにも無い。


 これも噂だが、彼女は別の国の人間である、と言われている。


「ローゼ君。少しは私に愚痴を言わせてくれたまえ」


 ヒトラーは苦笑しながら、言った。


「ふふふ」


 クラウゼンは美しい微笑を浮かべた。


「トロイ君。貴官の働きは誠にすばらしいものだ。我がドイツの誇りだ」


 気を取り直し、ヒトラーはトロイの手を取った。


「ありがとうございます」


 トロイは武人らしく一切の緊張も見せず、礼を言った。


「貴官等の奮闘により、我がドイツはヨーロッパの盟主に君臨できた。貴官等のような優秀な軍人がいなければここまではならなかった。これからも期待している」


「勿体なきお言葉です」


 トロイが恐縮した。


「総統閣下。まだ、緒戦に勝利しただけです。ソ連との戦争はこれからです。慢心するのはまだ早いと存じます」


 ロンメルは控えめに言った。


「ふむ。さすがは砂漠の狐だな。しかし、結構な事だ。貴官等が慢心していては思わぬところで、足を掬われる。貴官をソ連侵攻軍総司令官にしたのは間違いでは無かったな」


 ヒトラーは指導者らしい口調でうなずいた。


「総統。明日の予定の説明を」


 クラウゼンがタイミングを見て口を挟む。


「おお、そうだった。トロイ君、明日の貴官への授与式は盛大に行う。立会人としてロンメル君にも出席してもらう」


 ヒトラーの説明にトロイは武人として、返事をした。


「承知いたしました。小官レベルの将にそのような待遇をいただき、感謝に耐えません」


 トロイの言葉にヒトラーは機嫌がよさそうな表情を浮かべた。


「うむ。では、明日を楽しみにしている」

 こぼれ話 翻るハーケンクロイツ 前篇をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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