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荒ぶる妖蝶 第10章 村主とレイモンド

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 侵入者拘束の翌日。


 村主は[いずも]の司令室に呼び出された。


「失礼します」


 その声に、デスクの前で書類に目を通していた内村は顔を上げた。


「司令、お呼びでしょうか?」


「昨日の件で、憲兵隊から要請を受けた」


「?」


「君に憲兵本部から出向の要請が来ている」





 侵入者を拘束した後、初動捜査を行った警務隊(MP)は憲兵隊に2人の侵入者を引き渡した。


 これは、侵入者を拘束した後の処置は、警務隊の管轄ではないからだ。


 民間人であった場合は、初動捜査の後ホノルル警察に引き渡す事になる。


[陽炎団]からも現地の治安維持のために警察官が派遣されて来ているので、その辺りは地元の警察と連携が取れるようにしている。


 今回の侵入者は、自らアメリカ軍と所属を名乗ったので、捕虜という事になる。


 捕虜の管理は憲兵の管轄であるからだ。


「・・・貴官らは何の目的で、この基地に潜り込んだのか?」


 自分の前で、威圧的に質問をする憲兵を、レイモンドは不遜とも取れる態度で見返していた。


「通訳を通さずに、ご自身で質問なさったらいかがです?」


 横で、棒読みのような英語を喋る通訳官を見ながら、レイモンドは答えた。


「・・・・・・!!」


 通訳を聞いて、憲兵の表情が怒りで歪む。


「・・・いい加減にしろ。今頃もう1人の方はペラペラ喋っている頃だ」


 それでも、深呼吸1つで怒りを飲み込んだのは大したものだと言っていいかも知れない。


「それは、無理ですね。彼は僕の護衛です、詳しい事は知りませんよ」


「・・・・・・」


「まあ・・・そうですね。こんなむさっ苦しいMPじゃなくて、飛びっきりの美女でも現れたら、僕も男ですから見とれてペラペラ喋ってしまうかもしれませんね」


 人の悪い微笑を浮かべて、レイモンドは人をくったようなセリフを述べる。


 憲兵のこめかみに青筋が浮かんだ。


「・・・そうか・・・よぉ~く、わかった。希望通り美女を呼んでやろう」


 何度も何度も深呼吸をしてから、地獄の底から響いてくるような、低い声で憲兵は答えた。


「・・・覚悟しろ・・・その減らず口を後悔するほどの美女を用意してやるからな」


「それは、楽しみですね」


 悪魔のように口の端を釣り上げて笑う憲兵に、レイモンドは爽やかな微笑を返す。





「司令・・・それで何故、私に要請がくるのでしょう?」


 極上の微笑を浮かべて村主は問う。


「・・・何故だろうな・・・」


 ヤバい、かなり怒っている。内村はそう感じた。


 この女性は極端に潔癖な所がある。自分の職務を冒されるのも嫌うが、他人の職務を冒すのも嫌う。


 女性がいいと言うなら、女性警務官を差し向ければいいではないか。


 村主の目がそう語っている。


「勿論、君がどうしても嫌だと言うなら無理にとは言わない。しかし、いいのか?君が例の捕虜にかなり興味を示していたと聞いている。本来なら管轄外の事に首を突っ込む事が出来ると考えてはどうかね?」


「随分と策士ですね」


 それを聞いて、内村は心中で君に言われたくないとつぶやいた。





 1時間程時間が経過した。


 尋問担当の憲兵が席を外して1人取り残されたレイモンドは暇であった。


 もちろん、監視のために1人憲兵が付いているが、これがまた、不動の姿勢を取ったまま全く微動だにしないのだ。


 まるで、人形だなと思った。


「ねえ、少し頼みがあるのだけれど。コーヒーをもらえないかい?」


「?」


 人形が僅かに困惑の表情を浮かべた。それは、レイモンドの言葉がわからないかららしい。


 この基地にいる日本人は、どうもわからない。


 昨日、自分を拘束した日本人の1人は訛りが多少あったが、きれいな英語だった。


 通訳官の言葉は、聞き取りにくくて苦労した。


 全く、言葉が通じない者もいる。


「ふう~」


 ため息をついて、レイモンドはコーヒーを飲む仕草をした。


 どうやら、今度は通じたらしい。


 憲兵は部屋の隅に移動し、置かれていた水差しの水をコップに入れて、レイモンドの前に置いた。


「・・・・・・」


 仕方なく、水を1口飲んだ。


「・・・英語が喋れるというのを付けるのを忘れた・・・」





 それから更に1時間後。





 取調室のドアが開いて、憲兵に連行されて、マーティが入室してきた。


「・・・少尉・・・」


 レイモンドの姿を見て、マーティはホッとした表情を浮かべた。


 昨日、拘束時にかなり抵抗したと聞いていたが、相当格闘したらしく、傷だらけだった。


「随分とやられたようだね。抵抗しないように言っておけば良かった。すまなかった」


「・・・いいえ」


 マーティの無事を確認できたのは良かったが、同時に疑問も浮かんだ。


 普通の尋問なら、個別に行うはずだ。2人を同じ部屋に入れるなどあり得ない。


「要求通りの尋問官を用意した。最初に注意しておくが、くれぐれも失礼のないようにしろ」


「大袈裟ですね」


 相当、不本意な要求でもされたのか、憲兵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


 コンコン。


 2回のノック音の後で、開いたドアから現れた人物を見て、レイモンドは驚きのあまり目を見開いた。


 純白の詰襟の制服に、参謀飾緒を付けた海軍士官だった。


「村主大佐、わざわざご足労をお掛けして申し訳ありません」


 挙手の敬礼をして出迎えた憲兵に、その士官は答礼を返す。


「・・・・・・」


「・・・女の人・・・?」


 マーティは呆然とした表情で、つぶやいた。


 その女性士官は自分たちを見て、柔らかい微笑を浮かべた。


(・・・これは、とんでもない事になった・・・)


 女性と目が合った時、レイモンドはそう感じた。


 まるで野生の狼だ。


「・・・何て、綺麗な人だ・・・」


 横からうわ言のようなつぶやきが聞こえ、我に返った。


 マーティは、呆然と女性を見詰めている。というより、完全に見とれている。


「初めまして、私は菊水総隊海上自衛隊第1護衛隊群首席幕僚村主京子1等海佐。貴方がたの名前を教えてもらえるかしら?」


 当然ながらアメリカ英語である。


 言葉が耳に自然に入って来る。


「・・・キクスイソウタイ?カイジョウジエイタイ?」


 冗談交じりで言ったはずが、冗談で済まなくなった。


 本気で魂ごと心を持っていかれそうな感覚を覚えて、レイモンドは軽く頭を振った。


「そう、海軍と思ってくれれば結構よ」


 それなら、最初からそう言えばいいのでは。と思ったが、国によって何か特殊な呼び方があるのかもしれない。


「・・・アメリカ合衆国海軍レイモンド・アーナック・ラッセル少尉」


「そちらの貴方は?」


「え!?・・・あ、はい。アメリカ合衆国海軍マーティ・シモンズ2等水兵です」


 魂を抜かれた感じになっていた、マーティは裏返った声で答えた。


「そう緊張しなくてもいいわ。私はMP(警務官)ではないのだから、少し話をしに来ただけよ」


 苦笑をしながら、村主は声をかけた。


「は・・・はい」


「ところで、夜はよく眠れた?」


「ええ、ベッドの寝心地は悪くなかったですね」


 この女性は危険だ。そう心の声が訴えている。


 レイモンドは注意深く言葉を選びながら、答えた。


「そう怖がらないでほしいわ、別に取って食おうというつもりはないのだから」


 相変わらずその女性は穏やかな態度だ。


 この場合、高圧的ないし威圧的な態度で来られた方が、気が楽だ。


 レイモンドは、人の悪い笑顔を浮かべた。


「取って食われてはたまりませんね。オバさん」


「きっ・・・貴様!!大佐殿に向って、何て口を!!無礼なっ!!!」


 挑発的な言葉に、反応したのは2人のやり取りを横で通訳を通して聞いていた憲兵の方だった。


「少尉!!上官に対して失礼です!!アメリカ軍人のモラルを疑われます。謝罪して下さい!!!」


「・・・失礼、失言でした」


 憲兵が言うならわかるが、マーティ・・・何故君が怒る?


 謝罪しながらレイモンドはそう思った。


「オバさんというのは事実だから、失言ではないでしょう。私が興味があるのは、1国の軍人が他国の軍の基地内で鬼ごっこと、かくれんぼに興じていた理由を知りたいという事ね」


「ここは、我がアメリカ合衆国の基地ですよ。アメリカ軍人がいても不思議はないでしょう。それより、何かの仮装パーティーに参加でもされていたのですか?僕の記憶では日本海軍に女性はいないはずですが。士官はおろか、兵士でも」


「似合わないかしら?」


「いいえ、凛々しくて素敵だとは思いますよ」


「褒めていただけて、うれしいわ」


 側から見ていれば双方共、微笑を浮かべて会話をしているようにしか見えない。


 だが、どちらもお互いの目を見据えたまま視線を外さない。


 相手の心理を探るように、鋭い火花を散らしていた。


(参ったな・・・)


 正直疲れて来た。


 この女性の目を見ていると何か、心の内をすべて見透かされているような気になる。


 女性の瞳に映る自分の姿に意識を集中して、精神的な抵抗を続けていたが、かなり心理的に追い詰められてきた。息が詰まりそうだった。


「ところで、食事はどう?」


 僅かに視線を逸らして、村主の方から話題を変えてきた。


 それで、救われた気になった。


「夕べから何も食べていません」


 小さく息をついて、レイモンドは答えた。


 村主がチラリと憲兵に視線を向ける。


「夕食も朝食も、我々と同じ物を出しています」


 通訳を介して憲兵が答える。


「メニューは?」


「はっ、夕食はイカの煮つけに、野菜とがんもどきの焚き合わせ、豚汁と漬物です。朝食は味噌汁と焼き魚と納豆に漬物です。飯の方は、箸が使えないと思いましたので麦飯の握り飯を出しています」


「あら、美味しそう。このところ洋食ばかりだったから、陸軍の食堂に行けば良かったわ」


 見事に和食のオンパレードに、村主は苦笑した。ただ単に彼らの口に合わなかっただけらしい。


「あれのどこが美味しいのだか・・・匂いも酷いし・・・日本人の味覚はおかしいのじゃないか?」


 わざわざ2人の会話を訳して聞かせてくれている、通訳官も十分変だ。


 尋問に対する講習も受けたが、自分たちの会話まで捕虜に聞かせるなんて前代未聞だ。


 こちらの心構えを突き崩すつもりなのか、それとも何も考えていないのか・・・


「お腹はすいている?」


「ええ、背中と腹の皮がくっ付きそうな位にね」


「貴方も?」


「は・・・はい」


「お腹がすいているなら、話をする気にもなれないわね。何か食べたい物はある?」


「そうですね、贅沢は言いませんが、コーヒーとパン、スープにハムエッグかオムレツ、サラダがあれば十分かな」


 どこが贅沢は言わないだと?遠慮のないレイモンドの要求に、村主を除く全員の顔にそう書いてあった。





 食事の為の休憩時間を2人に与えた村主は、席を外しオワフ島憲兵隊本部の隊長の執務室に向かった。


 そこには、憲兵隊隊長の中佐と、栗林、南雲、内村がいた。


「会話はお聞きできたでしょうか?」


 挙手の敬礼をした後、村主は口を開いた。


「勿論、笑いを堪えるのが大変だったがね」


 耳からイヤホンを外しながら栗林が言った。


「国際法で言えば、捕虜が国籍と階級と認識番号を申告している以上、それ以外何も喋らなくても問題は無い。このまま収容所に送るのが定石だが、君の事だ、何か企んでいるのではないかね?」


 憮然とした表情で、イヤホンを外しながら南雲は村主に視線を送る。


「企んでいるという程、大袈裟ではありません。ただ、アメリカは本気でハワイ奪還に動いてくるでしょう」


「わかり切った事ではないか」


「はい、ですがどう出て来るかに些か確信がもてませんでしたので」


「確信出来たと言うのかね?」


「取っ掛かりは出来ました」


「ふむ」


 南雲は腕を組んだ。


「君の予想については私も異論は無い、草鹿君も似たような予想をしている。あの2人の処遇は君に一任する」


「はい、ありがとうございます」


村主は一礼をして、内村に振り向いた。


「君の具申について、山縣司令官から許可はもらっている。君に任せる」


「了解しました」



 


 村主が退室した後、内村は立ち上がって3人に頭を下げた。


「栗林司令官、南雲長官、憲兵隊長。こちらの無理に便宜を図っていただき、ありがとうございます」


「いや、こちらは向こうの出方待ちの状態だ。陸軍も様々な予測を立てているものの、その全てに対応できる程の兵力はない。アメリカにある程度の方向性を与えるように仕向けて行くのは悪い事ではない」


「とんだ、大博打だな。外せば目も当てられない」


 腕を組んだまま、南雲がつぶやく。


「南雲さん、貴方の所の山本長官も無類の博打好きではないですか、村主君を信じてみては?」


「無論だ。信じなければ、こんな突飛な具申を受けたりしない。空恐ろしいのは彼女の予測の的中率だ。まるで、運命の糸を操るように予測を的中させている。我々は彼女の予測に従って、潜水艦狩りに専念する」


 彼らの目前のテーブルには、村主の提出した作戦案と共に、英文の新聞の切り抜きと、所々破れた新聞のコピーが置かれている。


 コピーの方は、コレヒドールで押収されたもので、新聞の切り抜きは捕虜の1人、ラッセル少尉が所持していたものである。


 昨年の元旦に起こった、東京府での人質籠城事件の記事だったが、多分に誇張され、民間人に犠牲者を出した悲惨な事件であるのに、ふざけ半分に面白おかしく書いている。


 現実を知る者が読めば、腹を立てて抗議文を送りたくなる怪しからぬ内容であった。


[日本に宇宙人現る]と書かれた見出し。


 冗談半分の内容だが、これが冗談ではなく事実だと知った時、アメリカ軍はどう動くか。


 もっとも、宇宙人ではなく未来の人間だが。





 時間を見て村主は取調室に戻った。


 すでに食器類は片付けられて、2人は食後のコーヒーを飲んでいた。


「これをお使いなさい」


 村主はマーティの顔を見て、ハンカチを差し出した。


「え?」


「ケチャップが付いている」


 自分の口許を指差して、村主は小さく笑った。


「あ・・・ありがとうございます」


 マーティは受け取ったハンカチで、慌てて口を拭った。


「お話を再開させてもらってもいいかしら?」


「国際法はご存知ですか?捕虜は自分の所属と名前を申告すれば、それ以上は答える義務は無い事を」


「知っています。だから最初に言ったはずよ、話をしに来ただけと」


「話って、ベッドの寝心地と食事の話だけですが・・・」


「国が違っても、人間にとって睡眠と食事は重要と思うのだけれど?」


「それはそうですが・・・後1つ忘れていますね」


「忠告しておくけれど、人によってはそれをセクハラ発言と取りかねないわよ」


「?・・・まあ、肝に命じておきます」


 レイモンドは少し楽しくなってきた。


 この風変りな女性大佐が何を考えているのか知りたくて堪らなくなってきたのだ。


「僕たちがここに来たのは、貴女がた日本軍の新兵器が何なのかを確認するためですよ」


「!!」


「少尉!?」


 あっさりと白状したレイモンドに1人を除く全員が目を丸くした。


(さて、これでどう出る?)


 予想通り、彼女は驚かなかった。


「それはそうでしょうね。貴方がたは攻勢に出るときは必ず勝てる態勢を整えて出て来る。今も昔も・・・でも、1つ聞いていいかしら?」


「どうぞ、僕が答えられる事なら」


「貴方は何故、ここへ来たの?」


「・・・知りたいですか?」


「ええ」


 微笑を浮かべたまま村主はうなずいた。


「この任務に成功すれば、中尉に昇進させるとある人が約束してくれたからですよ」


「・・・・・・」


「予備役の少尉から、中尉に昇進できるのですよ。こんないい話はないでしょう?」


 取調室にいる者たちは、村主を除いて呆れた表情でレイモンドを見ていた。


「・・・それだけ?」


 村主は真剣な表情で、レイモンドを見返す。


「いいえ僕自身が、興味があったからですよ。貴女がたが何者かということに・・・昇進の話はオマケみたいなものです」


「フフッ・・・」


 急に村主は吹きだした。


「何か、変な事を言いましたか?」


「あら、ごめんなさい。でも、面白い人ね」


「貴女程ではないと思いますが」


 心外といった表情で、レイモンドは眉を寄せた。


「それで、本当に私たちの事を知りたい?」


「ええ、是非!」


 レイモンドは身を乗り出して力強く、答えた。


「いいでしょう。既に栗林司令官、南雲長官、私の上官の許可は得ています。でも、私たちの事を知って良かったと思うか、後悔するかは貴方次第ですけど、その覚悟はあるかしら?」


 楽しそうに、それでいてその双眸には強い光を湛えて村主は問いかけた。





 これより後、7ヶ月半後に行われる日米の総力戦とも言われる[ハワイ会戦](後世の歴史家たちはこの陸海空の会戦をこう呼んだ[ヘル・アイランド会戦]と)。


 双方の参加兵力を合わせて70万規模で行われる激戦である。


 その水上戦となるハワイ沖海戦において、村主の知略に真っ向から立ちはだかる事になるのは、現在は一介の少尉でしかない彼である。


 村主は、後に彼の事を「最高の友人であり、最恐の敵」と語る事になる。





 本来なら交わる事のなかった、時代を越えた日米の天才戦術家の邂逅であった。

 荒ぶる妖蝶 第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は3月1日を予定しています。

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