荒ぶる妖蝶 8.5章 平和、その軽かざる意味
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
山縣は会議室から彼に貸し与えられている執務室に本庄と共に移動した。
「本庄君。飲むかね?」
山縣は棚から私物の高級ブランデーを取り出して、聞いた。
「いただきましょう」
本庄はうなずいた。
山縣は来客用に用意している高級なグラスを2つ取り出し、そのグラスにブランデーを注いだ。
氷をグラスの中に淹れて、水を淹れて水割りにする。
山縣は水割りのブランデーが入ったグラスを本庄に渡す。
「いただきます」
本庄はそう言って、グラスに口をつけて、水割りのブランデーを飲む。
「これはなかなかいい酒ですな」
本庄は山縣の私物である高級なブランデーの感想を口にした。
「それはそうだ」
山縣はそう言いながらグラスに口をつける。
「本庄君。俺は石垣君や側瀬君にこの役目を与えたのは間違いだっただろうか?」
山縣はつぶやいた。
「いえ、自分個人の意見としてはあの2人が正しいと考えています」
本庄はグラスを応接用の机の上に置いて答えた。
「幕僚たちが言っていたように菊水総隊の自衛官たちの中には石垣君や側瀬君以上に優秀な自衛官はいくらでもいた。外交能力がある者や日本の平和について強く主張できる者もいる。彼らに菊水総隊7万人の自衛官(常備自衛官)の命運を託すべきだったと思うような気がした」
山縣の言葉に本庄は首を振った。
「貴方の人選は間違っていません。それははっきりと言えます」
本庄の言葉に山縣は本庄の顔を見た。
彼はそのまま続けた。
「石垣2尉は我々の戦いを目にしました。宮城前の暴動で第4機動隊、特科車輛隊、機動予備隊の戦いを自分の目で見ました。その後、私のところに来て、自衛隊と警察の戦場について語りました」
本庄はそう言いながら、石垣に付けた国家治安維持局の新谷が彼についての感想を口にした事を思い出した。
「彼は自衛隊では珍しく心から愛国心がある自衛官です。しかし、平和についてはわかっていないような気がします。恒久的世界平和とは何か、世界に存在する各国の平和とは何か、日本の平和とは何か、そして、平和について本当に必要な物とは何かについて考えているようです。山縣さんも、そんな青い考えがあるから彼を選んだのではありませんか?」
「・・・・・・」
山縣は何も答えない。
まったくその通りなのである。
山縣は石垣が防衛大学校の卒業試験で彼が書いた論文を読んだ。世界平和について日本が世界にどうするべきか、という題目だった。
石垣の論文はとても印象に残っていた。社会保障がしっかりできていて待遇も安定している等の今時の自衛隊を目指す若者とは違った答を出した。
「平和・・・」
山縣は良く通る声でその単語を口にした。
「言葉にすれば一言で、文字にすれば3文字でしかない。口にすれば一瞬でその重みも理解できないが、その意味を理解し、守ろうとすればそれはとても重い事だ。同じ言葉である平和でも、国が違えばそれは大きく異なる。アメリカにはアメリカの平和、イギリスにはイギリスの平和、フランスにはフランスの平和、国によって平和の意味が違う。そして、どの国の人々もその平和を信じ、それを脅かす者はいかなる手段を使っても排除する。自分たちの平和を脅かされたら、どの国の国民も躊躇わず軍人若しくはレジスタンスとなり、命を捨てても戦う。だが、我々はどうだろうな?戦後から80年間。戦う事を禁じられ、自分の主張を否定された。自分の言葉や力で相手を納得させる事をせず、法律や何かを盾にして抗議し、逃げる。ケッツァーヘル少尉が我々を責めるのは当然の事だ」
自衛隊等を含めて日本の組織はクレームや抗議、侮辱を受けると無視する若しくは謝罪する。又は後でその国や組織に何かを盾にして抗議する事が当たり前だと考えている。しかし、世界の人々からは口には出さないが、心の中ではこう思われている「奴隷精神」と。
もちろん、これが悪い訳では無い。これも日本の長所であり、誇るべきものだ。
だが、勘違いしてはいけないのは長所という事は短所でもあり、日本の誇りは恥でもある。
何事にもすべての物事には必ず裏と表がある。
対義語、1つの言葉にはその逆の意味を持つ言葉の存在がある。それを忘れない事だ。
「山縣さん。これは日本民族が戦後から80年間しなかった事へのしっぺ返しです。これをうまく解決できれば日本人たちが夢に見た恒久的世界平和と核なき世界をニューワールド連合軍と肩を並べて実現する事ができます。ですが、もし、失敗すればニューワールド連合軍に所属するアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍、カナダ軍、ドイツ軍、イタリア軍、シンガポール軍から完全に信用を失います。それだけでは無く、この時代の大日本帝国、アメリカ等を含むすべての国家、勢力、民族からも信用を失い。我々がここに来た目的を完全に失います。これは平和ボケをした日本人に与えられた試練なのです」
本庄の言葉に山縣はうなずいた。
「そうだ。そして、その平和ボケした我々の命運が20代後半以下の若者たち2人に託された。ケッツァーヘル少尉は2度も無責任な日本人の発言によって、彼女の心に深く傷つけられた心の傷をさらに深くした。その責任は我々が取らなくてはならない」
メリッサについての身上調査はニューワールド連合軍人事部と連合陸軍人事部からも届いている。当然、彼女の過去についてもすべて記載されている。
山縣はグラスに入った水割りのブランデーを一気に飲み干した。
「本庄君。おかわりは?」
山縣が2杯目を注いでいた。
「いただけるのなら」
本庄がグラスの中に水割りのブランデーを飲み干した。
ちなみにグラスには半分以上は水割りのブランデーが入っていた。
「そう言えば、本庄君の元に良く訪れる若い警察官はどんな信念を持っているのかね?たしか、新谷君と花木君だったかな?」
山縣は本庄のグラスにブランデーを注ぎながら聞いた。
恐らく新谷と花木は石垣と変わらない年齢であるから気になるのだろう。
「あの2人は最高の公安警察官です。何処ぞの、劣等生と平凡な優等生の自衛隊初級幹部ではありません」
本庄は山縣からグラスを受け取りながら、挑発的な口調で言った。
「そうか、どう最高なのかね?」
山縣は冷静に聞いた。
「山縣さん。警察官の役目は何ですか?」
本庄の質問に山縣はその意味を理解できなかった。何をわかりきった事を聞いている、と思った。
「個人の生命及び財産等の保護、犯罪の予防、公安の維持等だろう」
山縣は一般的な警察官の役目を口にした。
本庄はその答えを聞き、目を閉じ、グラスに口を付けた。
「まあ、世間一般的な考えはそうでしょうね」
水割りのブランデーを少し飲んだ後、つぶやいた。
「日本の治安と国民の生命、身体、財産を守る。それが我々警察の任務です。そしてその答は平和と同様に答は存在しません。それぞれの国家及びこの世に生まれているすべての人間1人1人が持つ答がすべて正解なのです。警察官も同じです。警察官としての制服を着て、警察官の宣誓をした時、警察官としての役目はなんだろうと考え、1人1人出した答が100点満点の答なのです。しかし、その答を出した者はその答によって、絶望し、後悔し、命を失う者、大切な者を失う者、法を破る者になります。答えを出した警察官が模範警察官になれるのはそういった困難な壁を乗り越えられた僅かな者がなれるのです。私が言えるのはここまでです。後はご自分でお考えください」
本庄はそう言って、再びグラスに口をつけた。
「・・・・・・」
山縣は何も言えなかった。
荒ぶる妖蝶 第8.5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は2月15日を予定しています。




