荒ぶる妖蝶 第8章 災難は雪と共に降って来る 後篇 石垣の試練 自衛官の試練
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
厚木飛行場での乱闘騒ぎの件は不問になった。
「喧嘩両成敗、という事でかまわないな?リン中佐」
「結構です。一応報告は上げておきますが双方共、叱責処分という事で手を打ちましょう」
「よろしく頼む」
東洋系の顔立ちの陸軍中佐に、御堂は話をつけた。
「まあ、メリィが殴り返してくれて良かった。側瀬が殴りっぱなしで終わっていたら、彼女を拘束しなくてはならなくなったからな。案外あいつも人が好い」
「少なくとも、側瀬3尉は自分なりの答を主張しました。正解かどうかは問題ではありませんので」
リンと呼ばれた、アジア系の中佐はそう答えた。
「大丈夫、石垣君?辻中佐も・・・」
日米の連携(?)攻撃でKOされた2人に霧之は声をかけた。
「イタタタ・・・」
「・・・・・・」
情けない呻き声を上げる石垣に対し、辻は殴り飛ばされた際に外れた眼鏡を拾って無言で立ち上がったのはさすが陸軍軍人と言える、しかし2人がかりだったとしても女性にKOされたとあって動揺しているのか、眼鏡を上下逆さまにかけてしまっていた。
それに気が付いて、慌てて直していたが・・・
この場合、指摘しないのがせめてもの優しさだろう。
それを無言で眺めている御堂に警務官(MP)と随伴してきたアメリカ陸軍犯罪捜査コマンド(CID)の捜査官(1等准尉)が声をかけてきた。
CIDは同じくアメリカ陸軍で編成されているMP(憲兵)ではない。例えるなら、MPをアメリカで言う州警察又は市警察にすればCIDは陸軍のFBI(連邦捜査局)とDEA(麻薬取締局)になるだろう。そのため、捜査官たちはかなりの専門性の捜査能力を持っている。
さらに共通しているのはCIDの捜査官になれるのは准士官である。これは士官でもなく下士官や兵でもないから捜査に都合がいいのだ。
アフリカ系アメリカ人の1等准尉が代表して口を開く。
「私闘の件はともかく、その際の上官に対する暴言及び暴行行為の方はいかがいたしましょうか?」
「女の喧嘩にちょっかいを出す男が悪い。よって不問だ」
「了解しました」
冷たく一刀両断された。
この騒ぎで忘れ去られた存在になってしまった、山本以下の面々。
「・・・しかし、女の方が戦争に向いているのではないか?」
「参謀長、女に戦争を任せたら戦争は永遠に続きますよ。男は引き際を弁えていますが、女は絶対引きません。それこそ双方の国土が焦土と化してもやめないでしょう」
「確かに、男は殴り合いから友情が生まれる事があるが・・・女の場合は・・・」
宇垣と黒島亀人大佐の囁きあう声を聞きながら、山本は無言だった。
「長官、とんだ醜態をお見せいたしました。申し訳ございません」
坂下と御堂、そしてリン中佐が頭を下げた。
「貴官は中国人かね?」
リンを見て山本は尋ねた。
「はい、中国系アメリカ人です。祖父の代にアメリカに移住しました。ニューワールド連合軍連合陸軍情報コマンド第2グループ所属ジェームズ・リン中佐です。ケッツァーヘル少尉と共に観戦武官として[大和]に乗艦させていただきます」
「同じく、ジョージ・スミス1等准尉です」
「うむ、大日本帝国海軍聯合艦隊司令長官山本五十六大将だ。貴官らを歓迎する」
挙手の敬礼をして自己紹介をする2人に、山本は答礼をした。
「・・・しかし・・・歓迎と言いましても・・・」
自己紹介を終えて、宇垣は渋い顔で苦言を述べる。
「白人が我々東洋人を見下しているのは仕方ないかもしれないが、あのような露骨な態度を取られれば、いらぬ波風を立てる・・・正直、あの娘を[大和]に乗艦させるのは賛成しかねる」
「宇垣参謀長、出過ぎた発言をお許し下さい。先ほどの様な事にならないよう私からも彼女に釘を刺しておきます。ケッツァーヘル少尉の乗艦を許可してください」
御堂が頭を下げる。
「宇垣君、俺は構わないぞ」
「長官!?」
山本はリンに顔を向けた。
「リン中佐、先ほどの言い争いを聞いていて思ったのだが、ケッツァーヘル少尉は石垣君たちにああ言っていたが、本当は日本人に好意的では無いのか?それに彼女の言葉は相手を見下していたが、目は違った。彼女の心にはとんでもない傷・・・いや、癒える事の無い深い傷があるのでは無いか?」
「なぜそう思われます?」
山本の言葉にリンが驚いた。スミスも同じである。
「そう言えば、彼女の口調は白人が黄色人種を侮辱しているのでは無く、何か自分の心をえぐられているような口調だった」
宇垣はメリッサが叫んでいた問題発言を思い出す。
「海軍と陸軍という違いはあっても、俺も戦場を経験した軍人だ。例え住む国が異なっても人がいだく感情は歳相応にわかっているつもりだ。彼女は未来の日本人を侮辱した。つまり、日本人を嫌い差別していると思うのは自然かもしれんが、それでは説明できない事がある。彼女はアメリカ訛りではあるがかなり完璧な日本語を話している。しかも日本に好意的な感情がなければ絶対に発音できない言語を正確に話した。これは何か彼女の過去に未来の日本人ではなかなか経験できないとんでもない事が起きて、彼女の心に今も癒えない深い傷が刻まれている。そして、未来の日本人たちは彼女の心の傷を深めるような事をしたのでは無いか?」
「・・・ご明察恐れ入ります。さすがは大日本帝国が関係したすべての戦争を見て、経験した方です。そうです。ケッツァーヘル少尉の心には本人にしかわからない、深い傷が刻まれています。そして、これは例え記憶を消去したとしても癒える事はないでしょう。少尉の誕生日がそれを教えます。長官もアメリカの悲劇をご覧になったでしょう。ケッツァーヘル少尉はその被害者の1人です。そして、他国の不幸を傍観し自分たちは平和と繁栄を築いていき、それが自分たちの努力であると考えている日本人と、大国の力を外交政策の武器として得た平和をそれが当たり前のように考える日本人が彼女の傷ついた心に針を突き刺したのです」
「そうか・・・」
それ以上、山本は何も聞かなかった。いや、ここにいる宇垣、黒島も何も言わなかった。
それどころかメリッサに同情するような表情も見せている。
山本たちも日本の終戦後、日本がどのような道を歩き、アメリカを含む国々がどのような道を進んだかは知っている。
「あの時の3人の対応を思い出しましたが、側瀬少尉は感情には流されましたが、主張しなくてはならない事をはっきりと主張しました。しかし、石垣中尉は責任を他者に擦り付けただけでは無く、正論を盾にして逃げました。これは日本の平和とアメリカの平和について問われていたにも関わらず、石垣中尉は国を守る軍人、平和を守る日本人としてそれらをすべて放棄して、逃げました」
控えめながら黒島がつぶやいた。
「・・・・・・」
石垣は何も喋らない。それは事実であったからだ。
本来作戦参謀である黒島の仕事ではないのだが、彼も1人の日本人であり、日本の防衛と国民の安全を守る軍人だ。あれがただの子供じみた喧嘩では無い事を理解した。
「そうです。我々軍人はただ銃を持って人を殺せばいいという訳ではありません。軍人は軍人で独自に敵対国及び敵対勢力と対話をしなければならないのです。その際に抑止も法も武力なども武器にしてはならない。あくまでも自分の言葉で自分の責任で対話をしなければならない。当然、まったく友好的な言動をしない者もいるでしょう。その状況下でそういう者たちの心を動かさなくてはならないのです。そうでなければ戦争は単なる薄汚れた暴力に成り下がります」
自嘲気味に微笑を浮かべて語るリンに、宇垣は唸った。
「確かに。我々軍人が世間に出るのは武力で敵を倒した時だけ。だが、それ以外の工作はすべて世間には流れない。戦争はスポーツでは無い。ただ勝てばいい訳でもない。そして負けてもならない」
宇垣の言葉に山本はリンとスミスに聞いた。
「俺個人として聞きたい。ケッツァーヘル少尉の心の傷の原因は何なのだ?その原因がわかればどう接していいかわかるが・・・差支えなければ教えてほしい」
「彼女の悲劇は2001年9月11日です。3度目の誕生日の日、彼女の母と3つ上の姉がある飛行機に乗りました。しかし、その飛行機は過激派テロリストによりハイジャックされました。その飛行機はそのままビルに突っ込みました。もっとも悲惨だったのはその飛行機がビルに突っ込む際にリアルタイムでテレビ中継されていたのと、姉と電話をしていたそうです。轟音と共に姉と母の悲鳴を彼女はしっかりと聞いていました」
「・・・・・・」
山本たちは言葉を失った。
大切な人を失うにはあまりにも幼な過ぎる。特に3歳という事は最も母親の愛情が必要な時期、そして、毎年必ずやってくる誕生日に肉親を2人も失う。
母親の温もりも愛情も感じられない人生。
「もしかして、未来の日本人が彼女の心の傷をえぐるような発言でもしたのか?」
山本は察しがついた表情で聞いた。
「その通りです。ケッツァーヘル少尉が15歳の誕生日になった時、中学校の行事で日本に行く事がありました。恐らく日本語はその時にマスターしたのでしょう。それが悲劇の始まりでした。その時、日本のある学生たちが戦争反対の活動をしていました。しかし、彼らは彼女の前で絶対に言ってはならない発言をしていたと聞いております」
「例えば?」
宇垣が聞いた。
「アメリカがテロ攻撃を受けるのは当然の事だ。あいつらは、世界が自分たちの物だと考えている。アメリカ人の女や子供がテロ攻撃で死ぬのはいい事だと言っていたそうです」
ちなみにこの情報はたまたま休暇中でその地区を観光していたアメリカ軍の一兵卒が国防総省に報告した事で、その一兵卒は日本語があまり理解できないから、実際にどのような事を言ったかは不明だが、その学生たちの発言はかなり非道なものであり、とても真面な人権思想の高い人間が発言する言葉では無かったと、聞いていた外国人たちは証言した。
むろん、アメリカ合衆国の国務省は日本に抗議したが、反戦団体の発言であり、我が国には言論の自由があるし、反対運動のデモも規定の範囲内であったので何もできない、と解答した。
そのため、その学生たちには何のお咎めもなかった。
「それは怒るわ」
リンの説明に黒島が感想を漏らした。大日本帝国の軍人たちは、三国同盟破棄、満州撤退、朝鮮、台湾の独立の件で、反対派の抗議行動を受けた経験がある。
だが、反対派はそれこそ命懸けで自分の責任で、持論を主張し抗議活動をした。都合が悪くなれば自分を守る法を盾に逃げるような事はしなかった。
「しかし、どうして、そんな経験をした彼女が新世界連合軍に志願したのだ?」
山本が首を傾げる。
リンとスミスは顔を見合わせた。
「ケッツァーヘル少尉は志願していません。強制されたのです。ニューワールド連合軍の政治宣伝として使うために」
「え!?」
石垣が驚きの声を上げた。
御堂以外の自衛官、山本たちも驚いた。
「アメリカ政府は、ケッツァーヘル少尉は幼女の時に母と姉を失ったという境遇を知っています。それも誕生日に。悲劇のヒロインとしてはこれほど政治的な宣伝になる適役はいないでしょう。彼女が経験した事をこの時代のアメリカ人に公表すれば、同情から軍資金はもちろんの事、アメリカ人の心をこちらに向ける事もできるでしょう。さらに彼女はかなりの美人。それも政治的宣伝をする際に強力な武器になる、という事です」
「ふざけた事を!肉親を失って、悲しむ人の心を土足で踏みにじるとは!!」
宇垣が怒りの声を上げながら地面を踏み付けた。
「誤解なさらないでください。ニューワールド連合軍最高司令官を含めた文民たちの一部は彼女を悲劇のヒロインとして政治的宣伝に使う事は反対していますが・・・あくまでも個人的意見で止まっています。もちろん、ニューワールド連合軍の軍部も彼女の父親である参謀長も反対していました。しかし、大統領命令には逆らえません」
スミスが付け加えた。
「これが未来のアメリカの実態か・・・いい方向に光が傾けば同時に闇は強くなる。闇は光がある限り、消えない。特に政治はそれが強い。その中で軍人は弄ばれる・・・」
山本は悲痛な表情を浮かべながらつぶやいた。
「・・・・・・」
「どうした御堂?」
「いや、さすがは山本長官と思っただけだ。あの人自身もアメリカに駐在武官として派遣された事があるからアメリカの抱える光と闇を感じていらっしゃると思っていたが、メリィの抱える闇を一瞬で見抜いたのだ・・・本当に凄い方だ」
山本を見ながら御堂はつぶやいた。
「しかし、これで決まったな」
「ああ、決まった」
少し意地の悪い笑みを2人は浮かべた。
「「石垣」」
「はひぃ?」
メリッサの心情を知った石垣は心の中で重たい石がのしかかっているような思いの中で2人に呼ばれたので変な返事をした。
「ケッツァーヘル少尉を貴官の補佐に任命する。しっかり面倒を見てやってくれ」
「了解って、えぇぇぇぇぇ!!!それって、完全に俺に丸投げって事ォ!!?」
非公式の場とはいえ、敬語を完全に無視した状態で石垣は絶叫した。
「そうだ、最も歳が近いお前なら彼女の心の傷を癒やす事もできるかもしれん。ついでに側瀬もな・・・観戦武官の職務はリン中佐とスミス1等准尉で十分だし・・・」
「そんなぁ~」
「良かったね、石垣君。大抜擢じゃない」
霧之が無責任な発言をする。
「だったら、霧之3佐の補佐でいいじゃないですか。陸軍と陸自なのだし」
「それに悲劇のヒロインの心を癒やすのはいつもヒーローよ。アメリカ映画の常識じゃない」
霧之のセリフに、この場合は心の傷を負ったヒーローをヒロインが救うのでは?と石垣は考えた。
「どうしてもって、言うなら辻中佐と交換でいい?」
「それもヤだ」
即答。
「私は物では無い!」
自分より下位の者に、物扱いされて憮然とした表情で辻が口を挟むが、完全にスルーされていた。
「・・・こいつらは、わかっていない・・・」
その様子を見ながら、坂下はボソッとつぶやいた。
史実で語られる辻の人間像を考えれば無理からぬ事ではある。
色々と動き回っていた石垣や霧之と違い、チーム長兼主任として国内で政府や軍部とのパイプ役を務めていた坂下はそれなりに、史実に出てきた陸海軍の将校たちと顔を合わせる機会が多かった。
当然、悪名高い軍人たちとも会っている。
坂下自身にもそういった先入観が全く無かった訳では無い。
しかし、いざ会ってみると多少の頑なさはあっても、意外に柔らかい思考を持っていると考えを変える場合もあった。
少なくとも、個人差はあったが彼らも彼らなりに日本という国の行く末を偏った考え方はあっても持っていた。
自分たちが持ち込んだ未来の情報は、少なからず彼らの考え方を良い方向へ導く影響を与える一助にはなったらしい。
ただし、良い事ばかりでは無い。
中には重い事実に耐えられず、自決という最悪の選択をした者もいたからだ。
辻が関わる事になった、第2次226事件にしてもそうであった。
反乱を企てた将校たちの説得を辻は買って出た。
結局、説得は失敗し辻は狙撃され重傷を負う事になった。
あの事件の首謀者たちの中で生き残った者は、軍民の高官らの嘆願を受けた天皇陛下により罪に問われる事はなかったが、全員が予備役に編入された。
辻は、重傷の身を押して様々な所へ働きかけ、彼らが原隊復帰できるように力を尽くしていた。
陸軍、海軍を問わず大日本帝国軍の軍人たちは、より良い未来を創るために自ら変わろうとしている。
それを認めた上で、協力し合わねばならないのだが、若い2人にはそこまでの考えに至っていないのだろう。
それを、理解させるのも自分たち年長者の務めだろう。
「貴官もそうガチガチに考える事はない。多少時間はかかるだろうが、あの2人も自分なりの答を見つけるだろうよ」
「そうだな」
御堂の言葉に坂下はうなずいた。
そんな2人の視線の先では、重責にガックリと肩を落とした石垣が皆に慰められていた。
「若い者同士なら意見の食い違いがあっても、時間をかけて理解し合う事も出来るだろう。これは、石垣君にしか出来ないと俺は思うぞ」
と、山本が。
「少なくとも、全軍の士気を下げる事だけは避けて頂きたい」
黒島がプレッシャーをかける。
「はっはっは。女の全てを受け止めるのが男の度量だ」
貴方がそれを言いますか?という事を述べる宇垣。
石垣は重圧に胃がキリキリと痛くなった。
医務室から戻って来た2人は、冷静さを取り戻していた。
バツが悪いのか不貞腐れた表情でそっぽを向いているメリッサに対し、側瀬の方は平静を取り戻して、自分が何をしたのかを思い出し、青ざめていた。
「スミマセン!スミマセン!スミマセン!!」
このまま土下座でもしかねない勢いで、側瀬は石垣に頭を下げた。
「ハ・・・ハハ・・・いいよ、気にしていないから・・・」
「本当に、済みませんでした」
半分泣きそうな表情で謝る側瀬に石垣は苦笑しながら答えた。
ついでに余計な一言も・・・
「しかし、本当にいいパンチだったよ。これなら、プロのヘビー級ボクサーもKOできるんじゃないかな。女の子にしとくのは勿体無い程スゴい怪力だった」
石垣としては、フォローのつもりだったのだが・・・
側瀬からブチッ!という音が聞こえたような気がした。
「バカァァァァ!!!サイテー!!!」
側瀬はそう叫びながら、顔を真っ赤にして、拳を振り上げた。
ドカッ!!
「・・・・・・」
目の前で、星が瞬いた。それが真っ白になり・・・
「・・・あ・・・」
自分の拳を見詰めて、側瀬が固まっていた。
「1佐・・・この場合は・・・」
「・・・乙女心を傷つけた、馬鹿が悪い。不問だ・・・こいつは絶対女にモテん」
大の字でひっくり返っている石垣を見ながら、疲れ切った表情で聞く警務官(MP)に、付き合っていられないという表情で御堂はぼやいた。
「・・・石垣君、女運が悪いね・・・」
ヤレヤレという感じで肩を竦めている霧之の後ろで、右手で胃の当たりを押さえた坂下が深いため息をついていた。
「・・・バカ・・・本当に最低な男・・・」
それを横目で見ていたメリッサが小さく悪態を付く。
「長官。石垣中尉はヒロインを救うヒーローに向いていないと思いますが」
地面でのびている石垣を見ながら、宇垣は山本に小声で言った。
「参謀長。これは映画では無い。誰でも簡単にヒーローになれる」
山本も小声で答える。
当然ではあるが、この報告は山縣の元にも届いた。
昨年の12月8日に起こった、朝鮮人の独立反対派による離島占拠事件の詳細な報告を纏めた本庄も、同席した総隊会議の席上であった。
「若い連中には困ったものだ・・・」
山縣は苦笑を浮かべてつぶやいた。
席上の幕僚たちは、山縣と同じ苦笑を浮かべる者と憮然とした表情を浮かべる者に二分されていた。
「司令官、呑気に笑っている場合では無いのでは・・・確かにアメリカ軍士官の発言は問題ですが、殴り合いにまでなるとは・・・いくら、暴言とはいえ無視をすれば済む事でしょう。はっきり申し上げて、あの2人では荷が重いでしょう。外交能力に優れた者、平和について持論を主張できる者。優秀な者は他にいるのでは?あの2人を物差しにされては、我々自衛隊の能力を疑われます」
陸自の幕僚が立ち上がって意見を述べた。
「君なら、あの場で無視という態度をとったのかね?確かにそれも1つの方法ではある。しかし、それが最善だろうか?」
山縣は静かに語った。
「人によりけりだが、人間はその真価を試される場面に必ず遭遇する。時には流す事も必要だがそればかりでは何の問題の解決にならない。まあ感情を暴走させたのは良くなかったかもしれないが、模範的解答では無く自分の意見をはっきり言う事も必要ではないか。新世界連合軍は我々を見ている。そして、試している。それは、単に戦闘の結果だけでは無い。考えの違う人間と相対した時、ただ避けるだけなのか、解決策を導きだすために向き合うかとな。確かにあの2人より優秀な者は大勢いる。だが、ケッツァーヘル少尉の投げかけた質問に答える事ができるとは思えない。むしろ、平凡であるあの2人が悩みながら出す答が正解に近いのではないかと私は思うのだ」
(子供に教えるような言い方だ)
その言葉を側で聞いていた本庄は心の中で皮肉を述べた。
しかし、それは仕方がないかもしれない。
これは、日本国民の漠然とした戦争=悪というイメージが、彼ら自衛隊を縛っていた結果だ。
本庄は少し、お節介をする事にした。
「その、報告の中にあった反戦団体の件ですが、我々警察の方にも報告が届いていましたね。一部のマスコミが視聴率稼ぎのために、面白おかしく利用した勘違い集団の事ですね。外国人だけでなく大半の日本人も連中の主張の異常さを感じたのか、警察の方に何故、あんな連中を野放しにするのかと、苦情が寄せられました。何しろ、連中の過激な発言を注意したり、諫めたりしただけで、言論の自由を侵害されただの、公安に目を付けられただの理解不能な事を喚きたてていましたので」
「公安は、実際にマークしていたのかね?」
山縣の質問に、本庄は鼻で笑った。
「まさか、公安に目を付けられたと言えば、箔が付くと勝手に思っているだけですよ。我々は暇ではありません。しかし、それのせいで日本人全体のイメージに泥を塗られたのは確かです。それを払拭するには、貴方がたが、高級幹部だけでなく末端の士に至るまで、日本人の考える平和とは何かを本気で考える覚悟が必要でしょう」
この時代に派遣された自衛官たちは、メリッサの投げつけた問題に正面から向き合わなければ、彼らは創り直そうとする未来から、とんでもない反撃を喰らう事になる。
本庄はそう思った。
日本を守るために、自分たちを守るために。それは、決して避けられない試練である。
荒ぶる妖蝶 第8章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




