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時間跳躍 第2章 暇人たちの思惑2

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 石垣(いしがき)達也(たつや)2等海尉はパソコンの画面から顔をそらすと、目を閉じて、休憩した。


 かなりの時間、パソコンの画面を見ていたので、目が疲れた。肩も首を凝ったから、ついでに背伸びをして首をぐるぐる回す。


 石垣が所属しているのは、統合幕僚監部統合戦史研究室である。


 室員は石垣と数10人いる。


 地下に設置されている統合戦史研究室は、人類が誕生してから、繰り返される戦争の記録をコンピューターに入力し、仮想シミュレーションを行い、その時代の兵士たちがどうやって、戦ったか、知るためである。


 時代ごとに兵器や戦術は変わっているが、戦争の本質は変わらない。なぜなら、戦争をするのはいつも人間であるからだ。人間がする以上、戦争の本質が変わる訳がない。


 石垣が所属している統合戦史研究室は陸戦、海戦、空戦すべての戦いを研究し、戦争の本質を知る事にある。


 本質を知る事ができれば、現代に起こる戦争や紛争は、回避できるのではないか、と思われているからだ。


 統幕(統合幕僚監部)は市ヶ谷駐屯地に設置され、陸海空全自衛隊の中枢である。


 スタッフは全員、制服組のエリート集団であり、自衛隊の舵とりも彼らが担う。


 石垣も防衛大学と幹部候補生学校を優秀な成績で卒業し、将来は約束されたエリートである。


 彼の曽祖父と祖父は帝国陸軍の将官と佐官であった。祖父の息子3人のうち1人は、自衛隊に入隊した。それが、石垣の父である。


 石垣の兄姉2人も防衛大学、幹部候補生学校を首席ないし、優秀な成績で卒業し、自衛隊の重要ポストに身を置いていた。


 石垣も25歳で2等海尉に昇進した実力を持ち、自衛隊上層部から期待されている。


 そんな彼がなぜ、統合戦史研究室にいるかと言うと、自ら志願したのである。


 その理由は、曾祖父、祖父が経験した戦争を知りたい、ということである。


 戦争の話は嫌という程、祖父から聞かされていたが、どんな気持ちで戦ったかは教えてくれなかった。曾祖父は、石垣が生まれる前に亡くなっていた。石垣は曾祖父や祖父がどんな気持ちで戦ったのかそれが知りたくて、統合戦史研究室に志願したのである。


 統合戦史研究室に勤務してから数ヶ月、石垣にとっては発見の毎日であった。コンピューターを武器に色んな時代の戦史を研究すると、その時代の人々の気持ちがわかったような気がするからだ。


 もともと頭の回転が速い石垣は戦史の本を1回読むだけでだいたいの事は頭の中に入ってくる。


 統合戦史研究室に勤務してから、石垣は自分の仕事は戦史研究が向いていると思った。


 しかし、兄姉の2人からはいい顔はされなかった。もともと統合戦史研究室は統合幕僚監部の中では左遷された者が行くところだと思われているからだ。


 兄姉や同僚から言われると、石垣は反発した。


「戦史の研究も馬鹿にはできない。兄さんたちもこの世界に入れば理解できる」


 石垣はそう言うが、兄姉や同僚たちには理解されない。


 彼はデスクの上にある写真を眺めた。


 今は数を少なくしている写真屋で兄と姉の2人と撮影した写真だ。


 3人とも満面の笑みを浮かべている。


(最近は会ってないけど、兄さんたち元気にしているかな・・・)


 石垣はそう思ってから、もう一度、大きく背伸びをした。


 デスクの上に置いてある冷めたコーヒーを一口すすり、一息つく。


 インスタントコーヒーではあるが、コーヒーを飲むと気分が落ち着く。


 デスクワークは疲れるのが仕事だと言うが、石垣はそう思わなかった。これほど、楽しいものはない、と彼は思った。





 石垣が今、研究しているのは、太平洋戦争(大東亜戦争)である。


 彼の祖父が戦った戦争であり、大日本帝国最後の対外戦争である。


 小休憩を終えた石垣は再びパソコンの画面を見た。


 日本の中国侵攻に反対するアメリカ、イギリス、オランダは日本への石油輸出禁止等の経済制裁を加えた。日本は南方進出を有利に行うため、真珠湾攻撃を開始した。


 真珠湾攻撃により、アメリカ太平洋艦隊は壊滅したが、作戦当初からの計画である空母2隻を沈める事はできなかった。それに、燃料タンクも無傷であった。


 大本営は真珠湾攻撃を大勝利と発表したが、聯合艦隊司令長官である山本五十六(やまもといそろく)大将は大失敗だと唱えた。


「確かに、大失敗だな・・・」


 石垣は資料を見ながら、つぶやいた。


 山本の言う通り、真珠湾攻撃は失敗だった。なぜなら、真珠湾で撃沈された戦艦群は修理可能で、ほとんどの戦艦が戦列に復帰した。


 しかし、石垣がもう1つ思う事があるのである。


 仮に空母2隻が真珠湾にいたとしても、戦況には何ら影響はしないだろうと。撃沈したとしても、すぐに引き揚げられ、修理されただろうし、造船所では新型空母が建造中だった。


 だから、仮に撃沈したとしても何の意味もなかった。


 だが、もし、燃料タンクを攻撃していたら、太平洋艦隊は1年間は行動不能になっただろう。


「南雲中将が第2次攻撃を決断していたら、戦況は変わっただろうな」


 石垣は冷めたコーヒーを飲み干しながら、つぶやいた。


 この真珠湾攻撃により、アメリカは艦隊決戦思想から航空機中心の攻撃に切り返った。


「また、太平洋戦争?」


 傍らからの声に石垣は振り返った。


 上官である霧之(きりの)みくに3等陸佐がコーヒーカップを2つ持って立っていた。


「3佐。ええ、そうです」


 石垣は上官の顔を見ながら、言った。


「はい、コーヒーのおかわり」


 そう言ってコーヒーが入ったカップを1つ渡した。


「ありがとうございます。いただきます」


 石垣はコーヒーカップを受け取った。


 上官である霧之は、佐官なのだが、全然そんな風に見えない。今年31歳のはずなのだが20歳そこそこにしか見えない上に超カワイイという容姿なのだ。そして、それだけではない。彼女は自分の部下にコーヒーや飴、クッキー等をあげるから、上官とは思われていないのだ。


 彼女が自衛隊に入ったのも、愛国心があったと言う訳ではなく、一般会社とは違って倒産しないからだ。


 そんな話を石垣は霧之と飲みに行った時に聞いた。


 愛国心がある石垣にとってはそんな理由で自衛隊に入隊した上官を快く思っていなかったが、彼女と一緒に仕事をしていると、少しずつ考えが変わった。


「よく、太平洋戦争時代の戦史を見ているけど、好きなの?」


「ええ。私の祖父が陸軍士官で太平洋戦争を経験したのです。祖父がどういう思いで戦ったのか、これを見ていたら、わかる気がするんです」


 石垣の言葉に霧之はコーヒーをすすりながら、うなずいた。


「確かにね。この最新のコンピューターはまるで自分がそこにいるかのような錯覚に捕らわれるから」


 石垣も上官が淹れてくれたコーヒーをすすりながら、うなずいた。


「そろそろ、昼食の時間だし、食堂に行かない?」


 霧之に言われ、石垣は腕時計を見た。


 確かに、昼食の時間になろうとしている。


「そうですね」


 石垣はパソコンの電源を切って、立ち上がった。





 食堂は賑わっていた。


 長い列に並んだ石垣と霧之はトレイを持って順番を待った。


 陸海空自衛官と防衛省の事務官たちは素早い動きで料理を盛り付けている。


「今日は何かしら?」


 霧之が期待した顔で、つぶやいた。この女性は、容姿に似合わず色気より食い気が脳内を占めている。


「今日はたしか、丼だったと思います」


 石垣が記憶を探りながら、つぶやいた。


「そう。それは楽しみね」


 今日の昼食は石垣が言ったように丼だった。


 2人は自分のトレイに丼とおかずを乗せ、空いている席を探した。


 空いている席を見つけると石垣と霧之は席に着いた。


 席につくと、石垣と霧之は丼のご飯とおかずを一緒に口の中に放り込んだ。


 入隊以来からやっている早食いである。身体に悪い事は承知しているが、自衛隊ではこれが当たり前だ。


 教育隊時代の事は身体が痛い程、覚えている。


「さっきの話だけど、石垣君のお爺さんは帝国陸軍なの?」


 霧之が話しかけた。


「ええ。そうです」


 石垣も箸を動かしながら、答えた。


「そうか。私とは違うね」


「何がですが?」


 石垣が首を傾げる。


「私の祖父は帝国海軍だったの。それも士官ではなく、下士官。巡洋艦乗りだったわ。私が小さい頃は、よく戦中の話をしてくれたわ」


 霧之の話を聞いて石垣は1つ疑問を持った。


「では、なぜ、陸自に、お爺様が帝国海軍なら、海自を選ぶのでは?」


 石垣の問いに霧之は笑みを浮かべた。


「その質問だと、石垣君もなぜ、陸自ではなく、海自を選んだの、となるけど」


 上官の言葉に石垣は、それもそうか、と思った。


「そうですね」


「それで、何で海自に?」


 霧之が質問する。


「え?ああ、そうですね。私が海自を選んだのは祖父や曾祖父とは違う道を歩きたかったからです。私の血には陸軍軍人の血が流れています。しかし、他の道も行けるんじゃないか、と思い、海自を選びました」


「ふうーん。それで風当たりはどうだった?」


 霧之の質問に石垣は箸を止めた。


「それは新しい発見ばかりですよ。海自はいつも私を驚かせてばかりでした。しかし、自分としては陸上勤務より、艦艇勤務を希望していたのです最初は、ですが、今の勤務も悪くありません」


「そう。貴方にとっては天職だったのね」


 霧之が目を細めながら、言った。


「3佐。どうして陸自を選んだのですか?」


「私?」


 霧之は少し考え込んだが、すぐに答えてくれた。


「私はただ、陸の方が海より楽そうだったからよ。石垣君も知っているでしょう。私は愛国心がある訳じゃない。ただ、勤めていても潰れない会社に入りたかっただけよ」


「そうでしたね」


 石垣は苦笑した。


 この人はどこへ行ってもマイペースだ。


 それは逆に言えば、自分を見失わないとも言える。


「石垣君。食事を再開しましょう。冷めるとおいしくないわ」


 霧之に言われ、石垣は食事を再開した。


 丼の具を口の中に入れると、その味が口の中に広がる。


(うん。やっぱり自衛隊の飯はうまい。やはり、俺には、自衛隊の窯の飯があっているんだな)


 丼を食べながら、石垣は心中でつぶやいた。


「霧之3佐、石垣2尉」


 突然背後から声をかけられた。


 石垣と霧之は振り返る。


 振り返った先には3等陸尉の階級章をつけた男が立っていた。


「統幕議長がお呼びです。昼食を終えたら、議長室に来てください」





 昼食を終えた石垣と霧之は統幕議長がいる議長室に足を向けた。


「失礼します」


 霧之がノックしながら、言った。


「入れ」


 統幕議長である山縣の声がした。


「失礼します」


 霧之はもう一度言いながら、統幕議長室に入室した。


「よく来てくれた。霧之3佐、石垣2尉」


 統幕議長は執務室の椅子から立ち上がり、2人を歓迎した。


「統幕議長。私たちを呼んだのは、どのようなご用件でしょうか?」


 霧之が言った。


「ああ、君たちを呼んだのは他でもない、君たちが研究している戦史が重要なのだ」


 統幕議長の言葉に霧之と石垣は顔を見合わせた。


 今まで、このような事はなかった。


「重要というのは・・・」


 石垣が尋ねる。


「これは超極秘事項なのだが、君たちは知る権利がある。しかし、これは極秘事項だ。他に漏らしていけない。いいな」


 山縣は2人の顔を交互に見ながら、告げた。


 石垣と霧之はコクリとうなずいた。


「それでは説明しよう。我が国の総理は自衛隊の派兵を決断された」


 この言葉に石垣と霧之は驚いた。


「自衛隊の派兵と言いますが、それは朝鮮半島ですか?」


 石垣が口を開く。


「いや、朝鮮半島ではない」


「では、どこに派兵するのですか?」


 霧之が尋ねる。


「過去の日本・・・大東亜戦争時代の日本にだ」


 山縣が落とした爆弾に、最初、石垣と霧之は理解できなかった。しかし、それを理解すると、再び石垣と霧之は顔を見合わせた。


「言っておくが、冗談ではないぞ」


 山縣が念を押す。


「そ、それはわかっています。ですが・・・」


「にわかには信じられないか?」


 霧之が言おうとした事を山縣が告げた。


「それはそうであろう。私も初めて聞いた時は、同じ心境だった。だが、これは事実だ」


 山縣の言葉に2人はやはり、信じられないと言った心境だった。


 しかし、山縣が冗談を言っているようにはどうしても思えなかった。第1に冗談を言うメリットがない。


「どうだ、信じてくれるか?」


 山縣が2人に問う。


「私は信じます。ここで私たちを騙すメリットが思い浮かばないので」


 石垣が言った。


「私も信じます」


 霧之がうなずいた。


「そうか、信じてくれるか。ほっとした」


 山縣は胸を撫で下ろした。


「正直、信じてくれるか不安だった。君たちが私を精神異常者か何かと思うかと思っていたよ。本当によかった」


 山縣は本当に安心したようにうなずいた。


 その後、山縣は霧之と石垣という順で握手を交わした。


「過去の日本を救うと言いましたが、敵は連合軍の事ですか?」


 石垣が尋ねた。


「そうだ。大東亜戦争時代に自衛隊を派兵し、アメリカ軍と戦う」


 山縣の言葉に霧之は真剣な表情で告げた。


「ちょっと待てください。自衛隊を派兵させれば、今の日本は存在しません。歴史が変わります」


「ああ、そうだ」


 山縣があっさりとうなずいた。


「霧之3佐。冷静に考えてみてくれたまえ、第2次世界大戦が終結してくれてから、何が起きたかね。アメリカとソ連の冷戦が始まり、世界は核の恐怖に支配された。それだけではなく、代理戦争までもが始める始末だ。我々が自衛隊を派兵させるのは本当の平和な世界を作るためだ」


 山縣の説明に霧之は頭の中に靄がかかったような感覚に捕らわれたが、納得したかのようにうなずいた。


「統幕議長。私たちは何をすればいいのですか?」


 石垣が尋ねた。


「君たちは自衛隊の中では大東亜戦争に詳しい。派兵する自衛隊の各種作戦に助言して欲しいのだ」


 山縣は石垣の問いに即答した。


「あの、1つよろしいですか。統幕議長」


 霧之が声を上げる。


「何かな、3佐」


「各種作戦に助言といいましても、当然帝国軍との共同作戦という事になる・・・と、考えてよろしいですか?」


「おそらく、そうなるだろうな」


「統幕議長もご存知だと思いますが、あの時代の軍は陸海ともそれぞれの独自路線をとり、お互いが、足を引っ張りあっています。それに、各軍部内での派閥争いも酷い状態でした。そんな所に自衛隊が行っても、振り回されて共倒れ・・・なんて事になりかねません」


 まだ、検討段階にもなってないであろう状態で、変なスイッチが入ったのか霧之が問題点を指摘する。


「霧之3佐、何か思う所があるのかね?」


 山縣が、話を促す。


「はい、実働部隊の幕僚とは別に、オブザーバー的なチームが必要と思います。戦略だけでなく、政略的にも介入できる権限を持ったチームです。統合作戦室のような存在と言えばいいでしょうか・・・とにかく、旧軍の体質を変えなければ、始まりませんから」


 霧之の意見は、問題点をついている。石垣は感心して上官を眺めた。


「ふむ、君の意見は考える価値がある。その件は私の方で調整しよう。近いうちに閣僚会議で、決議されるだろう・・・それまでに、資料をまとめておいてくれ」

「「はい」」


 霧之は、満面の笑みを浮かべている。


「ウフフ・・・何か楽しくなってきたわ・・・」


 なぜか、俄然やる気満々の女性自衛官に、2人の男性自衛官が引き気味になったのはここだけの話だ。

 時間跳躍 第2章をお読みいただき、ありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は6月22日までを予定しています。

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