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荒ぶる妖蝶 第7章 災難は雪と共に降って来る 前篇 暴風襲来

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 今回の話は人によっては不快に感じられる部分もあると思いますが(私も心の中で不快な感じで書きましたが)、この話は今後の展開で重要なものになりますので、ご了承ください(どのように重要かと言うと、多国籍軍の問題点であり、人種の違いと考え方の違い等です)。

 市ヶ谷、陸軍参謀本部。


 その敷地内の統合軍令部の建物の一室を間借りして、菊水総隊総司令官付き特殊作戦チームの執務室がある。


 朝、石垣が出勤すると、まだ誰も来ていなかった。


「1番乗り・・・あんまり楽しくはないか・・・」


 早朝に陸軍幼年学校の生徒や陸軍の兵士たちが掃除等をしてくれるので、部屋は隅々まできれいなのだが、ストーブに火を入れて時間が経っていないのか底冷えがする。


 石垣は自分のデスクの前に座り、パソコンの電源を入れた。


 数日後には、[長門]から[大和]に旗艦が変更された第1艦隊に同行して、トラック諸島方面に向かった後、ハワイ方面に向かう事が決定している。


 ふと隣の霧之のデスクを見ると、何通かの白い封筒が目に入った。


「ファンレターですか・・・」


 霧之は相変わらずのマイペース振りで、雑用をしてくれる生徒や若い兵士たちに飴やお菓子を差し入れするから、彼らに人気がある。


 気さくで人当たりが良く、その上誰が何と言おうがカワイイから、ほとんど彼らのアイドル状態であった。


 だから、いつも行動を一緒にしている石垣や坂下などは物凄~く、嫉妬の籠った視線で見られたりする。


「俺は一応妻子持ちなのだが・・・」


 そうぼやいた坂下は、自分のデスクに家族写真を飾って、嫉妬の矛先を躱している。


 おかげで恋人無しの石垣は1人でその視線に耐えねばならない。


「彼女ねぇ、恋愛なんてしている暇なんてないし・・・」


 1人でぼやいていても空しいだけだった。


 そこで、先日第1護衛隊群、首席幕僚の村主(すぐり)京子(きょうこ)1等海佐から送られてきた資料の入ったUSBをパソコンにセットしてそれに目を通した。


「考えたら、GPS衛星はおろか通信衛星がないのは不便だな」


 ハワイと日本は遠い。情報のやり取りも航空便が頼りとは不便であった。


 現代戦では必須の情報の共有ができないのはかなり痛い。


 特にハイテク化されている分、人間の方がそれに頼り切っているからだ。


 村主から送られてきたUSBは、アメリカ軍が採るであろうハワイ奪還作戦の幾つかの予測と、それに対する防衛策のデータだった。


 村主自身もシミュレーションしたであろうが、石垣と多分、海自総隊幕僚長の秋山(あきやま)(さとる)海将補にも同様の物を送って、検証を要請しているだろう。


 村主は、その中で奪還戦前に起こるであろう通商破壊戦を特に警戒していた。


 防衛戦に必要な人員や物資を航空機で空輸するには限りがある以上、海運に頼る事になる。


 広大な太平洋に潜んで獲物を狙っているであろう、狼の群れから輸送船団を守るのは骨が折れる。


「はあ~」


 ため息が出た。


「ため息をついていると運が逃げるぞ」


「!!!」


 急に後ろから声を掛けられて、石垣は文字通り椅子から飛び上がった。


 振り返ると、陸自の制服姿のすらっとした長身の女性自衛官が、気配を感じさせる事無く立っていた。





「私は元アメリカ合衆国防衛駐在官、今は菊水総隊総隊司令官付特殊作戦チーム副チーム長兼新世界連合軍参謀長付連絡将校の御堂(みどう)(らん)1等陸佐だ」


「「肩書き、長過ぎ!!」」


 坂下、霧之が揃ったところで、彼女は自己紹介をした。


 思わず石垣と霧之は声を揃えて感想を叫んだ。


「ごほん!!」


 坂下が咳払いをする。


「その前に、副チーム長という事は、チーム長は誰なのですか?それに新世界連合軍って、何なのですか?」


「私だ」


「ええぇ~!!?坂下さんは主任じゃないのですか?」


「・・・主任と兼務している・・・」


「「・・・・・・」」


 知らなかった。


「随分と面白そうな部下を持っているじゃないか、坂下」


「・・・・・・」


 苦笑しながら声をかける御堂に坂下はため息をついた。


 ふと、石垣は疑問に思った。なぜこの人は坂下に対してタメ口なのだ?と。


「あの~、つかぬ事を聞きますが、御堂1佐は何歳なのですか?」


「女に年齢を聞くとは失礼な男だな、君は」


「すみません」


 肩を竦めて石垣は謝ったが、どうしても疑問だったのだ。


 見た目は20代後半にしか見えないのだが、そんな年齢で防衛駐在官、ましてや1佐になれる訳がないのだ。


「まあいい、神薙、村主とは防大の同期だと言えばわかるだろう」


「「!!!」」


 唖然となった。


「・・・負けた・・・」


 霧之のつぶやきに「何が?」と思いながら、石垣の脳裏に「女が!!?」と絶叫する聯合艦隊参謀長の宇垣纒(うかきまとめ)少将の姿が一瞬浮かんだ。


 一応免疫は出来てきているとはいえ、これ以上インパクトが強い女性が出て来るとまたショックを受けそうだ。


 この任務に参加した女性自衛官は、自衛隊全体で見れば人数は1割程度なのだが、神薙、村主等のインパクトがありすぎて、実際の人数より多く錯覚されてしまう傾向があるのだ。


「・・・・・・」


 こうなったら、開き直って笑うしかない。


「石垣、何を不気味に笑っている?」


 それを見咎めた御堂に軽く睨まれた。


「・・・すみません、何でもないです」


「ふん、まあいい。君たちに聞いてもらわないとならない事もある。さっきの霧之の質問にもあった新世界連合軍についてもね」


「?」


「御堂、その件については、各隊指揮官クラスだけの極秘事項だぞ」


「山縣司令官から許可が出た。これからは、彼らの知識がより重要となるとね・・・」


「そうか」


 訳知り顔でうなずきあっている2人の上官の姿に石垣と霧之は顔を見合わせた。


「それと、その前に1人紹介しておく」


 そう言って、御堂は部屋のドアを開けた。


「どうぞ」


「失礼する」


 その声とともに入って来た人物を見て、霧之と石垣は同時に嫌悪の籠った表情を浮かべた。


「ふん、第2次226事件の時の警察官も同じ表情だったな」


 2人の反応を見て、陸軍士官はつぶやいた。


「陸軍省より、菊水総隊総隊司令官付特殊作戦チームに特別顧問として派遣されて来た、先日昇進したばかりの(つじ)正信(まさのぶ)中佐だ。彼にも協力をしてもらう事になった。霧之、君には辻中佐とコンビを組んでもらう。マレー攻略に、オブザーバーとして参加してくれ。フィリピンの件で予定が大幅に遅れたからな、虎さんたちが待ちくたびれているだろう」


「・・・マレーは了解ですが、もう1つはヤだ」


「・・・・・・」


「・・・了解です」


 御堂に睨まれて、霧之は小さな声で了解した。


(何か、このパターンは新鮮だな)


 いつもなら、霧之に坂下と自分が振り回されるのがお約束なのだが、新たなる展開を石垣は他人事のように眺めていた。


 それが、大きな間違いだった事を1日後に思い知る事になるが・・・





 翌日、厚木飛行場の周辺は厳戒態勢になっていた。


 警備に当たっているのは菊水総隊航空自衛隊即応展開警備団から派遣された1個警備中隊と1個警備犬小隊である。


 即応展開警備団とは、航空自衛隊が創設した海外派遣を目的とした警備部隊だ。


 主な任務は自衛隊に治安の悪い地域又は国に海外派遣を命ぜられた時、自衛隊が運用する固定翼輸送機が離着陸する民間の飛行場若しくは軍用の航空基地を警備するのだ。例を出すならアメリカ空軍の警備隊に該当する。


 即応展開警備団は航空自衛隊が保有する基地警備隊とは異なる権限が与えられている。


 その1つが陸海空自衛隊の警務隊(MP)と同様の特別司法警察員の権限が与えられているが、自衛隊員だけの犯罪防止及び犯罪捜査だけではない。派遣先の担当地域内であれば独自の犯罪捜査や交通規制さらに要人警護、駆けつけ警護を行う事もできる。


 そのため、国内外では同部隊を国家憲兵と扱っている。


 即応展開警備団は4個の警備群と1個警備犬群で編成され、装備は軽装甲機動車だけでは無く96式装輪装甲車やNBC偵察車、87式偵察警戒車等を保有している。しかし、自動小銃は予算の都合上により64式7.62ミリ小銃である。


 警備中隊の隊員たちから出される気配の鋭さはかなりのものであった。


 現在、厚木にいるのは、山本五十六(やまもといそろく)大将以下、聯合艦隊の主な幕僚たちと、石垣らであった。


「しかし、観戦武官を送って来るのはいいが、アメリカ陸軍は何を考えているのだ?」


 坂下は隣の御堂に囁いた。


「私としては、たかが観戦武官の出迎えに山本長官自らが出向いて来た事の方が驚きだがな」


「長官が興味を持たれたからだろう。が、ここまで厳重な警備態勢になるとは思わなかったが・・・」


「フフッ、ある意味原爆並の人間爆弾が降って来る事になる」


「・・・経歴を見る限り、極めて優秀な軍人だ。陸軍士官学校を首席で卒業しているが・・・性格に問題がありすぎる・・・ただでさえハワイ方面は第1航空艦隊と駐留陸軍が協調を欠いている所がある上に、第1護衛隊群とも上手く行ってない・・・この上問題児の観戦武官が来れば、内村海将補に負担がかかり過ぎる」


「アメリカ陸軍も手を焼いている・・・閑職に飛ばしたいのが本音だが、父親が新世界連合軍の参謀長でね、要は体の良い厄介払いという事さ。まあ、父親としては別の思惑もある」


「・・・・・・」


 2人の会話をよそに、小雪の舞い散る灰色の空から1機のC-37A輸送機が1機のF-16Cに護衛され、F-4EJ改に先導されて姿を現した。


「C-37Aで来るなんて、VIP並みの待遇ですよね?」


 石垣に声をかけたのは、石垣の補佐として配属された(そく)()美雪(みゆき)3等海尉だ。


 やや茶色がかった黒髪のショートカットの女性自衛官で、海上自衛隊幹部候補生学校を卒業して1年間部隊経験をした3尉だ。今年24歳になるが、顔を見るとまだ幼さが残り、まるで少女だ。


 霧之には「いいなぁ、私なんて眼鏡なんだよ」と言われたが。


「まあ、そうだね」


 石垣は着陸態勢をとっているC-37Aを見上げながら、答えた。





 C-37Aが止まり、機内からアメリカ陸軍の緑色の制服を着た若い女性将校が姿を現した。


 石垣たちを見ると、彼女は小さく微笑んだ。


(綺麗な美人さんだ・・・)


 石垣は女性将校を見て、心中で感想を述べた。


 長い黒髪が印象的で一流アイドル顔負けの顔立ちをした女性将校の年齢は石垣より下だろう。襟章には少尉の階級章が縫われている。


 その後ろからアメリカ陸軍の制服を着た男性士官たちが続いた。


 女性将校は石垣の前まで進んだ。


「お出迎え感謝します」


 女性将校はとてもかわらしい笑顔で頭を下げた。アメリカ訛りはあるが見事な日本語だった。


 しかし、その女性将校は頭を上げると、石垣たち自衛官にとんでもない言葉を笑顔のまま吐き捨てた。


「犯罪支援国家のみなさん」


「え?」


 石垣は一瞬だけ彼女が言った事が理解できなかった。


「あら、何か私が言った事は間違っていたかしら。ジャップって、いつも馬鹿みたいに犯罪国家の肩を持っているから、犯罪支援国家って言うのが正しい、と思ったんだけど」


「犯罪国家の肩を持つ?」


 石垣は彼女が言っている意味がわからず、頭の上に?マークが出る。


「違うとでも言うの?それとも知らないだけ?さっすが、犯罪支援国家に住む国民ね。いえ、この場合は何も知らないのに知ったかぶりをする大馬鹿国家・・・訂正するわ。クズ国家かしら」


「小娘が!」


 聯合艦隊参謀長である宇垣が声を上げて、殴りかかるような勢いでその女性将校に向おうとしたが山本が止めた。


「長官」


 宇垣が驚く。


「宇垣君。これは未来の日本人が解決すべき事だ。我々には口を出す権利はない」


「しかし」


「我々は何もできない。これは長官命令だ」


 山本は強く言った。だが、宇垣の気持ちはわかる。自分たちからすれば曾孫に当たる者たちが愚弄されているのだ。曾祖父に当たる自分たちが我慢できる訳が無い。それは山本も一緒だ。


「わかりました」


 宇垣は矛を収めた。


 女性将校はその光景を一瞥し、反省するどころか、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「ふん。犯罪支援国家の祖先も同じね」


「あんたねぇ!」


 側瀬が怒りの声を上げる。


「やめるんだ。3尉」


 石垣が側瀬を止め、女性将校の背後にいるアメリカ陸軍の士官たちを見る。階級は彼女より上位なのだが、止める気配がない。


(俺たちで解決しろ。か)


 石垣は側瀬に顔を向け、彼女が少し落ち着いた顔をしたところで、手を降ろし、女性将校に告げた。


「ええと、まず、自己紹介から始めないか?」


 石垣の言葉に女性将校は高慢な態度で口を開いた。


「ニューワールド連合軍連合陸軍情報コマンド第2グループ所属のメリッサ・ケッツァーヘル少尉。アメリカ陸軍よ」


「自分は菊水総隊付き特務作戦チーム副主任の石垣達也2等海尉」


「あたしは石垣2尉の補佐役を命じられた側瀬美雪3等海尉」


 石垣と側瀬は名乗ったが、他は名乗らなかった。あくまでもこれはその3人の問題であるからだ。


 メリッサは小馬鹿にするような口調で、石垣に言った。


「貴方の事は知っているわ。私の所属している第2グループでも情報は収集していたから、まあ、馬鹿みたいに天皇陛下万歳と叫んでいる愛国者ね。ジャップにはまだ、そんな馬鹿げた考えを持っている人がいるの?」


「さっきから聞いていれば、あんた何様のつもり?」


 側瀬は我慢の限界と言った感じで聞いた。


 石垣もさすがにここまで言われて我慢できる程の心は持っていない。


「あらあら、頭に血が昇りやすい人ね。ホント、有色人種は知性の欠片もないのね」


 同行して来た2名の士官は、明らかにアジア系とアフリカ系だ。彼女の言うところの有色人種である。


 それを、知っていながらの、とんでもない差別発言であった。


 メリッサは侮辱するような目で石垣と側瀬を見た。


「何が言いたいのだ?」


 石垣は低く言った。


「私たちアメリカ軍兵士たちに戦争を任せて、自分たちだけは安全な場所で傍観するか反戦活動をする。そして、私たちが死ぬのが当然だと思っている。まさに平和主義の皮を被った能天気の模範的国家ね」


 メリッサの言葉に側瀬の怒りが爆発した。


「ふざけるな!あたしたちが西太平洋の安全を守っているからあんたたちは世界中で好き勝手できるんじゃない!それにあんたたちが始めたイラク戦争の後始末の復興のために自衛隊の派遣を要請したのはどこのどいつよ!」


 側瀬はメリッサの胸倉を掴む勢いで叫んだ。


 彼女の父親は陸上自衛隊の幹部でイラクに派遣された経験がある。側瀬にとっては死ぬかもしれない父親の事をずっと自宅で心配していた。


「それにあんたたち駐留アメリカ軍は駐留基地がある県民にどれだけの迷惑をかけていると思っているの!犯罪国家はあんたたちだ!」


 側瀬の言葉にメリッサの顔が怒りに燃えた。


 メリッサは大きく腕を振り上げて、側瀬の頬を張り飛ばした。


 側瀬はビンタされた事に言葉を失ったが、すぐにメリッサを睨んだ。


 メリッサは怒りの籠った口調で吐き捨てた。


「だから貴女たちは犯罪支援国家なのよ。確かに駐留しているアメリカ軍兵士たちの中には合衆国憲法と軍事刑法、宣誓を忘れて犯罪を犯すクズもいるわ。だけどね、アメリカ軍全兵士が悪い訳では無いわ。それに、日本国内でアメリカ軍の航空機が墜落したら、すぐに抗議し、飛行停止を主張しているわ。もちろん、それが悪い訳では無いわ。でもね、中国船籍の船が領海侵犯すると、抗議だけで、他に何もしないじゃない。国家主権が脅かされているのに領海退避を命ずるだけで、強制拿捕や検挙しない。そんな国が法律や法治国家と叫ぶ権利があるという訳?西太平洋の安全を守ってる?1発の砲弾も撃った事が無いクセに偉そうな事を言わないでほしいわ」


「・・・・・・」


 側瀬は言葉を失った。言い返してやりたいのはその表情を見ればわかるが、事実を言われ、何も言い返せないのだ。


「それにイラクに自衛隊を派遣した話だけど、私たちを非難するのはおかしくない?だって、貴女たちの国では子供の頃から親が教えているのよね。困った人がいたら助けなさいって?イラク国民は戦争と独裁者の悪政によって死の恐怖と明日の見えない現実に怯えているの。それを進んで助けるのは当然の事じゃないの?なのに、当時の日本政府はアメリカから言われるまで何もしなかった。これは自分たちだけが良ければそれでいい、と思っているのよね」


「違う!」


 側瀬は吠える。


 メリッサはさらに馬鹿にするかのように笑みを浮かべた。


「何が違うのかしら、私たちの時代の戦争は侵略戦争ではない。あくまでも悪政を行っている犯罪者集団から善良な国民を解放し、独裁主義から民主主義に変更する。まさに正義の戦争よ。まあ、それは私たちの役目だから、ジャップに頼るつもりはないけど。平和な国に自己の利益のために侵略する国家・・・いえ、この場合は犯罪国家ね。善良な国家が犯罪国家に襲われる。人間でいうなら善良な人間が凶悪犯に殺されようとしている。普通は助けるのが当然よね。なのに、ジャップの人たちは集団的自衛権は憲法違反だのなんだのって言って反対する。又は自衛官が辞表を出して、文明国家の軍人としての役目を放棄する。自分たちだけが平和ならそれでいいの?他の善良な人たちは殺されていいの?犯罪を犯した者たちを逮捕せず、己が犯した罪を償わせず、ただ、口だけの形だけの対応で平和主義を強調する。これを犯罪支援国家と言って何が悪いのかしら?」


「・・・・・・」


 側瀬は黙り込んだ。


「・・・・・・」


 石垣も何も反論できなかった。


 メリッサが言っている事は石垣も同じ意見だ。だが、彼にはそれを言う権利はない。


 だが、権利がない事をここで主張すればただ単に責任逃れ若しくは責任を他に押し付けている事を証明する。


 しかし、ここまで侮辱されて、「はい、そうですか」と言う訳にはいかない。


 愛国心がある石垣にはここで引き下がる訳にはいかない。もっとも、愛国心の欠片もない日本人にはどうでもいい事だが。その証拠に霧之は知らん顔をしている。


 それは当然だ。彼女は愛国心の欠片もない自衛官の模範的存在だ。


「ケッツァーヘル少尉。貴官の主張はすべて事実であり、私には何も言い返せません」


「石垣2尉!」


 顔面蒼白になる側瀬。


「あら、意外と頭がいいのね。日本人って、プライドが高くって、自分が信じているもの以外は受け入れないって聞いていたけど」


 メリッサは意外そうな顔をした。


「ここで貴官とこのような話は無用です。我々がここで何を言っても変わる事はありません。それは我が国の外務省と貴国の国務省が議論する事です」


 なぜ、石垣が防衛省と国防総省と言わなかったのは、これは軍事問題では無く、外交上の問題であるからだ。


「・・・・・・」


「そして貴官の発言は終戦から80年かけて我々日本人が守ってきた平和憲法を侮辱する事だけでは無く、その憲法を承認したGHQ司令官であるマッカーサー元帥をアメリカ人の言葉で侮辱する事です」


 石垣の言葉にメリッサは黙ったがそれも長い沈黙ではなかった。すぐに見下したような表情をした。


「ふん。アメリカがいなければ何もできない癖に何を偉そうに、ジャップが戦争になればこれまで守ってきたものをすべて捨てて、私たちに泣きつく。飼い犬が飼い主に偉そうな口を聞くわね」


 この暴言には石垣の頭の中でブチッという音がした。


 これまで女性に対してここまで怒りを覚えた事はない。石垣は拳を力強く握り、振り上げようとした。


 しかし、石垣よりも先に頭の思考回路が切れ、メリッサの頬に拳を叩きこんだのは側瀬だった。


「ふざけるんじゃないわよ!あたしたちの国を焦土にしたA級戦犯が!それに、アメリカ大陸は元々あんたたち白人の国じゃない!先住民の人たちを虐殺して土地を奪った強盗の子孫が偉そうに言うな!!」


「やったわね」


 メリッサは側瀬を睨むと、彼女の腹部に蹴りを入れた。


 2人の女性が男の殴り合いなど比べものにならない喧嘩を始める。


「さっさと国に帰れ!白豚のメス!」


 側瀬が吠えながら、拳を繰り出す。


「それはこっちのセリフよ!イエロモンキーのメス!」


 メリッサが吠えながら、同じく拳を繰り出す。


「ふ、2人共、落ち着いて」


 さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、石垣は2人の女性の喧嘩の仲裁に入る。しかし・・・


「「うるさい!陸の河童!」」


 どういう訳か、メリッサと側瀬が同じ事を同じタイミングで叫び、石垣の左右の頬に2人の拳が炸裂する。


 石垣はうめき声を上げながら、地面に倒れた。


 日米の見物人たちはもはやこの状況は傍観しかないと、戦術的退却を決定した。


 だが、2人の女性の喧嘩を見るのが耐えられなくなった1人の陸軍士官が仲裁に入った。


「ご婦人がた、落ち着きなさい。下士官や兵の模範的存在であるべき士官がこのような醜態を晒す等あってはならない」


 辻が冷静な口調で双方の女性に言ったが・・・


「「うるさい!眼鏡の親父!」」


 またもやメリッサと側瀬は同じセリフを同じタイミングで叫んだ。


 メリッサは辻の腹部に強烈な蹴りを入れて、側瀬は辻の顔面に拳を叩きこんだ。


 辻の結果は石垣と同じだった。


 2人の女性は冷静な判断力を失い。思考回路が幼児の域まで後退していた。


 2人の喧嘩が永遠に続きそうになった時、救世主が現れた。


「いい加減にせんか!!」


 1人の女性の怒号にメリッサと側瀬の動きが止まる。


「正気に戻れ!メリィ、側瀬3尉!」


 怒鳴ったのは御堂だった。


 メリッサと側瀬は御堂に振り返った。


「ラン大佐」


「御堂1佐」


 御堂は2人を睨んだ。


「2人共それまでだ。これ以上、この場でアメリカ軍と自衛隊の恥を晒すつもりか?厚木飛行場を警備していたのが日本軍では無く自衛隊だったのはせめての救いだな」


「しかし、ラン大佐・・・」


「御堂1佐。ここまで侮辱されて・・・」


 2人の女性が矛をおさめる気配がないと判断した御堂は目を光らせた。


「ここまでやって、まだ、恥を晒すのか?そうか、それならば、ここで私がお前たち2人を殴り殺してやる」


 御堂のその目にメリッサと側瀬は背中に冷たい汗が流れた。


 そこで2人は矛をおさめた。


「よろしい、2人は医務室に行って、治療を受けてこい。ただし、また喧嘩をすればぶっ殺すぞ!」


「は、はい!」


 側瀬は怯えた口調で返事をした。


「イ、イエス・マム!」


 メリッサも怯えた口調で叫ぶ。


「よし、では、行ってこい!」


 御堂がそう言うと、2人は医務室に飛んで行った。

 荒ぶる妖蝶 第7章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は2月8日を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 39話で急に頭イっちゃってる現代アメリカ軍人が出てきてギブアップ。 多国籍だろうがなんだろうが末端兵ならともかく幹部候補の尉官が公の場でこんな義務教育も受けてなさそうな言動するのはリア…
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