荒ぶる妖蝶 第5章 新しき世界への誘い 2 新世界連合軍
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
人として生まれた者は、誰しも一度は思う事がある。
もしも、あの時に戻れたら・・・と。
時期は人それぞれであるのだが。思わない者は、まずいないだろう。
それは、後悔とも呼ばれるが。
人だけでなく、国家であってもそう思うかもしれない。
もしも、あの時代に戻れたら・・・と。
新世界連合軍。
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、シンガポールの7ヵ国からなる多国籍軍である。日本は新世界協定の1つの条件で日米戦争の間は新世界連合軍に所属しないとされている。
日本だけ歴史改変をしても、その後世界の歴史が変わらなければ意味がない。
ならば世界レベルで徹底的に歴史改変を行う。
自衛隊の派兵を決定した後、原田首相はそう決心した。
もちろん、少なくない計算も入っている。
自衛隊だけを時間跳躍させようにも、どれだけ極秘裏に計画を進めても、アメリカ、ロシアには絶対察知される。
この2つの国家の情報収集能力は侮れない。察知されれば様々な形で妨害が入るのは目に見えている。
ならば、いっそ仲間に引き入れてしまえ。かなり乱暴な理屈ではあったが、アメリカはある条件を付けた上で、協力を約束したのだった。
第1次世界大戦と第2次世界大戦。
第1次の方はこれまでの世界情勢の矛盾が噴出したようなものだが、第2次でそれが終わったはずだった。
しかし、結局それは新たな対立をいくつも生み出し、大戦と呼ばれる大きな戦争はないものの80年経っても血は流れ続けている。
世界人類にとって、恒久平和は遥か彼方の事だった。
人間のやる事に完全な事はない。それでも、やり直せるなら失敗を教訓として少しでもましな未来を歩みたいとは誰しもが思う事であった。
[こんよう]の飛行甲板に着艦したのは、アメリカ空軍所属のCV-22B[オスプレイ]であった。
その機内から6、7人のアメリカ軍将校たちが出てきた。
彼らの先任は、アメリカ陸軍ドン・フィリップス少将である。新世界連合軍連合陸軍に所属する1人だ。
「お待ちしておりました。フィリップス少将」
[こんよう]船長である沖浦栄治1等海佐が挙手の敬礼をした。
「マッカーサー、ハート両大将は?」
フィリップスは答礼しながら、聞いた。
「はい、捕虜病室エリアの個室に入れています。この2日間は船内を散策して回ったり、娯楽エリアで他の捕虜たちとカードゲームをして、暇をつぶしていました」
「そうか、我々の指示通り、応接室に連れて行っているだろうな」
フィリップスの問いに沖浦はうなずいた。
「はい、両大将に、こちらの準備は整った。と伝えたら、進んで応接室に行かれました」
「わかった。では、早速、私はマッカーサー大将と話をしよう。船長。案内してくれ」
「わかりました。こちらです」
沖浦はフィリップスを船内に案内した。
応接室に入ってから30分。マッカーサーは少し暇になってきた。もっとも自分から応接室に行くと言い出したのだから、待たされるのは仕方ない。
マッカーサーはアルミ製のコップにコーヒーを淹れて、口に含んだ。
(うむ、美味い)
マッカーサーはコーヒーを飲みながら、心中でそう感想を漏らした。
自分好みの味に調整されている。なぜ、日本人が自分好みの味を知っているのか不思議に思うが、それがこれからわかるだろう。
その時、応接室のドアからノック音がした。
「失礼します」
日本訛りのない英語が聞こえた。
自分を拉致した日本人もこの船にいる日本人も英語はなかなかのものだが、やはり母国の英語とは異なる。しかし、ドアの向こうから聞こえた英語は確かにアメリカ人が発する英語だ。
ドアが開き、緑色の制服を着た男が入って来た。髪は灰色で青い目の男。顔立ちから疑う余地もなくアメリカ人だ。しかし、日本軍に拉致された時もアメリカ人に変装していた。
(随分と舐められたものだ。同じ方法で俺を騙せると思ったか・・・いや)
最初、マッカーサーは現れたアメリカ人が偽物だと思ったが、彼の目を見て、それは違うと思った。
マッカーサーはアメリカ人である。拉致された時は切羽詰まっていたし、暗かったものもある。だが、ここでは彼の顔がはっきり見えている。そんな簡単な事を間違えるはずがない。
応接室に入室したアメリカ人が口を開いた。
「写真では何度も拝見していますが、実物では初めてですね。お初にお目にかかります。自分はアメリカ合衆国陸軍ドン・フィリップス少将です。マッカーサー大将閣下」
間違えるはずがないフィリップスと名乗ったアメリカ人は確かにアメリカンイングリッシュを話した。アメリカ人でなければ話す事ができないアメリカ訛りの英語だ。
「・・・・・・」
マッカーサーは言葉を失った。自分が見ている者が信じられないのだ。
「さて、うまくいきますかね?」
2つの応接室の映像を見ながら、海上自衛隊の警務官(MP)がつぶやいた。
「さあ、どうだろうな。だがマッカーサー、ハート両大将の説得は我々日本人ではなく同じアメリカ人でなくては無理なのは事実だ。それにこれは原田首相とアメリカ大統領との約束でもある・・・大日本帝国とアメリカの早期講和の実現と第2次世界大戦後に起こる悲劇を防いで新秩序を構築するというな」
「・・・その約束がなければ、とてもこの派兵が実現しなかったのは事実です・・・しかし・・・」
「結局、自衛隊はアメリカ軍の犬・・・とでも言いたいか?」
「・・・・・・」
「本気で歴史を変えるのだ。自衛隊だけでは無理だ・・・そして、それはアメリカ軍だけでもな・・・彼らが我々を利用するなら我々も彼らを利用する・・・それだけだ」
沖浦が腕を組みながら、つぶやいた。
監視カメラを操作する警備官が映像をズームさせ、マッカーサーの表情を捉えた。
フィリップスはノートパソコンを応接用のテーブルに置いて、応接室に置かれている紙コップを1つ取り出した。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「いや、結構」
フィリップスは応接室に設置されているコーヒーを淹れた。
「フィリップス少将。聞きたいのだが、日本人どもは私を拉致したのではなく、救出した。と言っているがこれはどういう事か?」
マッカーサーは少し冷えたコーヒーを飲みながら、聞いた。
「そうです。これは救出作戦です」
フィリップスは即答した。そして、爆弾を炸裂させた。
「我々がそう要請しました」
「なんだと!」
マッカーサーは驚いた。
「これは立派な犯罪だ!貴官がアメリカ人なら、高級将校拉致がどれほど重罪かわかっているだろう!?軍法会議は確実だ!!」
マッカーサーは怒鳴った。
「もちろんです。これは、アメリカとアメリカ国民を古い秩序から救出する為の作戦・・・そのために、どうしても閣下に話を聞いて頂きたかったのです。それを説明する前に、まず、これを見て頂きます」
フィリップスはノートパソコンを開き、起動させた。
「これはなんだ?タイプライターか?」
マッカーサーはノートパソコンを見ながら、つぶやいた。
「これは80年後の道具です」
「80年後だと!?」
マッカーサーはフィリップスの顔を見た。
「おかしいと思いませんか?この時代にあるはずのない兵器の出現。とてもこの時代の技術では作れないものです」
「・・・・・・」
フィリップスの言葉にマッカーサーは言葉を失った。別に彼の言葉を信じた訳では無い。
「今からこの画面に映る人物は我々の時代の合衆国大統領アーノルド・ジョン・ジョーンズです。これは、我々アメリカ全軍の将兵へのメッセージです」
そう言って、フィリップスはノートパソコンのキーボードを叩いた。
すると白髪がかかった金髪の白人男性が映った。
「ニューワールド連合軍に志願してくれたアメリカ陸海空軍並びに海兵隊、沿岸警備隊の高級士官、士官、下士官、兵諸君。諸君等はすでに承知しているところだが、現在進められている極秘作戦に志願してくれた事を心から感謝する。日本の自衛隊が過去の大日本帝国軍に協力して、過去ではあるが我が祖国と戦争をする事になる。これに不服を思う軍人、兵士もいるだろう。しかし、第2次世界大戦が終結したその後の時代の事を考えてくれ、我が合衆国は確かに勝利した。そして、世界の警察と支配国になった。だが、この半世紀はもっとも悲惨な時代だっただろう。それを回避し、新たなる新秩序を構築する。そのためなら、合衆国の完全勝利ぐらいくれてやればいいのだ。この半世紀の期間中に合衆国国民、世界の人々が流した血に比べればたいしたことではない。諸君等の戦いはアメリカと日本の講和を締結した後から始める。世界の恒久的平和のためと核なき世界の構築のために尽力してくれ。神のご加護を」
そこで映像は消えた。
「第2次世界大戦。合衆国は大日本帝国とナチス・ドイツの戦争に完全に勝利し、我が国は世界国家に君臨しました。しかし、その後は新たなる試練が待っていたのです。ソビエト連邦と対立し、世界は西と東に分裂しました。世界に住むすべての人々は第2次世界大戦中に開発された核兵器により人類滅亡に恐怖しました。その後、ソ連は崩壊、世界に春が訪れようとしていましたが、これまでソ連や独裁者に抑えられていた過激な宗教団体やテロリストが決起しました。悪魔を超える悪魔の飼い主にしばられていた狼は突如として解放されました。これがどのような事態を招くか。閣下ならおわかりでしょう?」
フィリップスはそう言いながら、ノートパソコンを操作する。
「これは陸軍長官の演説です。長官はマッカーサー大将の親戚筋にあたる方の子孫です」
フィリップスはキーボードを叩く。
「ニューワールド連合軍に参加する陸軍将兵諸君。このような任務に志願してくれた事を私は陸軍長官として誇りに思う。先ほど大統領の演説を聞いたな。だから、私からは手短に言う。世界は過激な宗教テロリスト集団により、合衆国国民を含むすべての善良な人々が死の恐怖に怯えている。現代の混乱は第2次世界大戦から始まった。それを変えるのだ。諸君等の中には日本人と親交を深めた者もいるだろう。彼らはとても平和を愛する者たちだ。まあ、少々間違っているところもあるがな・・・それはさておき、彼らは第2次世界大戦後一度も戦争をしていない不戦の国家である。彼らが大日本帝国を変革し民主的な国家とする為に尽力するなら、良き未来が開けるだろう。私はそれを信じている。諸君等の任務は極めて重大なものだ。神のご加護と幸運を」
陸軍長官の姿が消える。
「マッカーサー大将。我々アメリカ5軍の将兵たちは大統領の命令に従い行動しています。これは恒久的平和と核なき世界の実現のためにここにいるのです」
フィリップスはマッカーサーの顔を見る。
「・・・・・・」
マッカーサーは何も話さない。それはそうだろう。自分の理解を超えた事なのだから・・・
「閣下。ここに資料を置いておきます。1つはこの世界大戦の史実。もう1つはこの世界大戦後の戦争と世界情勢です。これは、これから起こる歴史の事実です」
そう言って、フィリップスはノートパソコンを持って、応接室を出た。
「・・・・・・」
マッカーサーはただ呆然自失になっているしかなかった。
フィリップスが応接室を出た後、監視カメラを管理する制御室に向かった。
制御室に入ると、マッカーサーがずっとソファーに腰掛けていた。
フィリップスが置いた資料を見る気配がない。
しばらくしてから、マッカーサーは立ち上がると、応接室の外にいる監視員に声をかけ、自分は部屋に戻って休みたい、と告げた。
現在、マッカーサーを監視しているのは自衛隊の警務官(MP)と交代したニューワールド連合軍と共に派遣されたPMC(民間軍事企業)の社員である。
フィリップスはマッカーサーの心情を理解した。無理のない事だ。自分が信じていたアメリカの正義を未来から来たアメリカ人に、完全ではないにせよ否定されたのだから、常人なら到底耐えられない事だ。
だが、フィリップスはマッカーサーの状態を見て、もう少しだと思った。さらなる説得で彼の心をこちらに向けさせる事ができると確信した。
フィリップスはしばらくしてから、マッカーサーに与えられている個室を訪れた。
ノックを2回して、マッカーサーの部屋に入る。
「失礼します」
フィリップスが部屋に入ると、マッカーサーは部屋に置いてあるパイプ椅子に腰掛けていた。
じっと天井を見ながら・・・
「自分は国にすべてを尽くしました」
フィリップスは自分の事を話す事にした。
「軍に籍を置いている以上、様々な合法、非合法な任務に従事してきました。当然、望まない任務にも・・・自分はアメリカ合衆国陸軍対テロ部隊である第1特殊作戦部隊デルタ分遣隊に所属していました。アメリカの平和を脅かすテロ集団と何度も戦いました。そして、ある日の事です。自分はCIA(アメリカ中央情報局)との共同作戦で中東のある国に派遣されました。我々に与えられた任務はテロ組織の1つであるアジトを襲撃し、機密文書と今後のテロ計画について記載されている計画書を奪取する事でした。作戦は成功し、目的の物をすべて奪取しました。しかし、テロ計画書にはアメリカ本土で実行される、あるテロ計画が記載されていました。テロ実行まで1時間もありませんでした。自分はすぐに無線で事の次第を報告しようと思いました。ですが、CIAの工作官たちに止められました。この作戦は完全な極秘作戦でその地域は軍事作戦を行ってはいけない地域でした。よって、ヘリで作戦基地に帰還するまでテロ計画について報告できませんでした。自分が報告した時には手遅れで、アメリカ本土で大規模な生物兵器によるテロが発生しました」
フィリップスの言葉を、床を見ながら聞いていたマッカーサーが顔を上げ、彼の顔を見た。
「1000人を超える善良なアメリカ市民が悲惨なテロの犠牲者となったのです。その中には自分の妻と子供たちもいました」
フィリップスは悲しい表情になった。マッカーサーも悲痛な表情を浮かべた。
「私は自分の大切なものを守る事が出来ませんでした・・・妻や子供たちは、地獄の業火に焼かれるより酷い苦しみを味わって息絶えたでしょう・・・」
「・・・・・・」
「もし、自分が無線封鎖の命令を破って、司令部に報告していれば妻や子供を含め多くのアメリカ市民が命を落とさずにすんだでしょう。軍人にとって命令は絶対です・・・しかし、それは何の免罪符にもなりはしない」
フィリップスはそう言った後、表情を戻し、マッカーサーに告げた。
「これが未来のアメリカの悲惨な姿です。すべては第2次世界大戦の勝利から始まりました。アメリカだけではありません、この世界大戦の戦勝国、敗戦国を問わず矛盾だらけの世界の中で、破滅への坂道をゆるゆると下って行くしかなかった。ですが、自分たちはその悲惨な歴史に逆らう為に来たのです」
その時、ノック音がした。
「失礼します。マッカーサー将軍、お食事をお持ちしました」
女性看護師がトレイを持って入室してきた。
「では、これで失礼します」
フィリップスはそう言い残し、部屋を出た。
マッカーサーは昼食を終えた後、机の上に置かれている2つの資料を見た。
「・・・・・・」
フィリップスが言った事が頭に過ぎる。
マッカーサーは立ち上がり、パイプ椅子を持って、机の前にパイプ椅子を置いて、座った。
(この資料に書かれている内容に、我が合衆国の未来と世界人類の運命が記されている・・・・・・)
マッカーサーは心中でつぶやき。資料を開いた。
彼は慎重に資料に記されている文字を読んだ。
それはマッカーサーにとって、信じられない事であった。確かに彼が言ったようにこの世界大戦はアメリカ合衆国の勝利で終わる。大日本帝国とナチス・ドイツは敗北し、アメリカは世界的権威を手にし、地球の半分を支配できた。しかし大戦の終結後、ソビエト連邦と対立、世界は西と東に別れた。大日本帝国の広島と長崎に投下された新型爆弾である原子爆弾は新たなる恐怖を世界人類に植え付けた。
世界大戦後、わずか5年で朝鮮戦争が勃発。アメリカとソ連によって傀儡国家になった北と南の朝鮮国は同族同士で殺し合いを始めた。マッカーサーも人間である。例え東洋人でもその辛さは理解できる。そして、自分の運命も知った。
フィリップスが言った通り、アメリカを含めた世界の国々は世界大戦の後、人類史上もっとも悲惨な時代を過ごす事になる。
アメリカ政府は自分たちの権威を守るためと強化のためにまったく関係の無い戦争に介入する。政府は共産主義による支配を阻止するためと言いながら、アメリカ市民を戦場に送り込む。
長い時間をかけて、マッカーサーは2つの資料を読んだ。この大戦の後の明るくない未来を知って、マッカーサーは絶望した。
そして悟った。
もし、このままアメリカと大日本帝国が戦争を続けたとして、未来のアメリカ軍は決して自分たちの味方にならない。
彼らの大統領は80年後の大統領であって、ルーズベルト大統領ではない。
軍人にとって、最高司令官の命令は絶対だ。それは今も未来も変わらないだろう。
彼らの大統領の命令に、現在のアメリカが障害となるなら、彼らは躊躇いなく障害を排除する。なぜなら、彼らもアメリカ人だからだ。
場合によっては、未来と現在のアメリカ軍同士が激突する場合もあるかもしれない。
そんな最悪のシナリオが視えた。
[こんよう]で個室を与えられたフィリップスは資料を読んでいた。すべてマッカーサーの身上調査書であった。
フィリップスはアメリカ陸軍の制服では無く、陸軍が採用しているグレーを基調したデジタル迷彩服のUCPを着ている。
(さて、これでどうなるか・・・)
フィリップスはノートパソコンを操作しながら、マッカーサーの身上調査書に目を走らせた。
その時、何か嫌な予感がした。
これはCIAの工作官にアメリカがテロの標的になっている事を司令部に報告する事を止められた時に感じたものだ。
フィリップスは立ち上がり、部屋を出た。
そのまま急ぎ足でマッカーサーがいる部屋に向かった。
「何か変わった様子はないか?」
フィリップスは監視員のPMCの社員に聞いた。
「いえ、特に何もありません」
PMCの社員の報告を聞くと、フィリップスはドアノブに手を置いた。
しかし、ドアが開かない。
捕虜病室エリアではあるが、マッカーサーが入れられている部屋は鍵がかからない部屋だ。
ドアが開かないという事はマッカーサー自らが何らかの方法でドアが開かないようにしている。
フィリップスはドアに思い切り体当たりし、ドアをぶち破った。
マッカーサーの部屋に入った時、フィリップスの目には首に裂いたシーツの切れ端らしい紐状の布を巻き付け、床に倒れたマッカーサーの姿が映った。
「おい!すぐに医者を呼べ!」
フィリップスはそう叫ぶと、マッカーサーのもとに駆け付けた。
「なんて馬鹿なマネを!」
フィリップスはそう言いながら、マッカーサーの首筋に手を当て、もう一方の手で手首を握り、脈を探った。
すぐに医者が駆け付け、応急処置をした後、ICU(集中治療室)に搬送した。
幸いな事に彼が首を吊るためにシーツの切れ端をかけた、天井に付けられた点滴用のフックは彼の体重に耐えきれずに外れ、床に叩きつけられた衝撃で気を失ったのだった。
「なぜ、監視カメラの電源を切っていたのだ!」
沖浦は、医師長に詰め寄った。
「申し訳ありません。キリスト教徒は自殺を教義で禁じられているので、あり得ないと思っていました。それに、マッカーサー閣下は捕虜ではありませんし、可能な限り監視状態は緩めていました」
「アメリカでも自殺者はいる!」
「申し訳ありません」
青ざめた表情で頭を下げる医師長にフィリップスは声を掛けた。
「いや、私の告げた重い事実を考えれば、こうなる可能性もあった。私にも責はある」
「うっ、ううう・・・」
マッカーサーが目を覚ましたのはICUに搬送されてから、6時間後の事であった。
フィリップスは目を開いた。
マッカーサーはベッドから上半身を起こした。
「馬鹿な真似をしたものです」
「・・・・・・」
「軍人であれば自殺を考える事もあるでしょう。重い事実を知った閣下の心情は理解しているつもりです。しかし、閣下が自決して、何が起こります?」
フィリップスが尋ねるとマッカーサーは小さく口を開いた。
「何も」
マッカーサーはフィリップスに顔を向けた。
「貴官たちは私に何を望むのだ?」
「アメリカと日本の早期講和。このまま、アメリカが勝利しても平和は来ないのはご理解頂けたでしょう。それどころか、強大な力を持ったが故に望む望まざるに関わらず、戦場に国民を送り込む羽目になってしまった。そして、それはテロという犯罪となって国民に返って来る。この負の連鎖を断ち切らなければ100年後、200年後の我が国に未来はない」
「それを、防いで未来を変える為に協力しろと言うのか?」
マッカーサーの言葉にフィリップスはうなずいた。
「そうです。この役目は閣下にしかできません」
「・・・・・・」
フィリップスの目を見て、マッカーサーは何も言えなかった。
「閣下はアメリカを見捨てるのですか?閣下は今後のアメリカがどうなるのか、わかったはずです。未来の合衆国大統領と陸軍長官の言葉をお聞きになったでしょう。世界の未来は閣下にかかっているのです」
フィリップスの言葉にマッカーサーはようやく力の籠った声で告げた。
「自殺未遂をして、死の淵を覗いた時に神の声を聞いた。お前はどの世界にも存在しない平和な世界を築く懸け橋になれる。ここで死んではならない、と」
マッカーサーはそう言った後、言葉を止めて、深呼吸をした。
それが単なる幻聴なのか、未来を知り恐怖した自分を叱咤するもう1つの自分の心の声かどうかはわからなかったが・・・
信仰する宗教によって違うが、日本人の場合生死の境を経験した人々が口にするのが、川を渡ろうとして、亡くなった人に止められる、若しくは自分を呼び止める人の声を聞く、川の渡し守の老婆に追い返される。というのがある。
キリスト教系の場合だと、大体神の声を聞いた、姿を見たというのが多い。
おそらく、生きようという意志が精神に働きかけた故に、見たり聞いたりした幻影か幻聴かそれはわからない。
「フィリップス少将。わかった。貴官たちの目指す平和な世界の構築に協力しよう。しかし、私は合衆国の軍人だ。日本人の味方はしない。あくまでも貴官たちアメリカ軍人の同志になる」
マッカーサーの言葉にフィリップスは立ち上がった。
そして、不動の姿勢となり、マッカーサーに挙手の敬礼をした。
マッカーサーもそのままの姿勢でフィリップスに答礼した。
荒ぶる妖蝶 第5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は1月25日を予定しています。




