荒ぶる妖蝶 第4章 新しき世界への誘い 1 使者来る
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
病院船[こんよう]型1番船[こんよう]。
ベースとなったのは[マーシー]級病院船なのだが、船体は[いずも]型護衛艦と同じであるが、[いずも]型護衛艦より大型である。
全長261メートル、全幅38メートル、基準排水量6万トンであり、全長だけなら旧海軍の戦艦[大和]型とほぼ同等だ。
操船は海上自衛官だけが行うだけでは無く、海上保安官も行う。
これは[こんよう]は有事だけに出動するだけでは無く、災害時、海外での医療活動を行うよう想定されているからだ。
海外に派遣され、もし、何らかの妨害活動があった場合には警察権がない海上自衛官にはどうにもできない。
そのため、海上保安官も操船を行うのだ。もちろん、船内での事件等には海上自衛隊の警務隊(MP)が担当する。
海上自衛隊が保有する病院船[こんよう]型は他国の病院船にはない設備が整えられている。
その代表的なのが娯楽設備だ。
売店、レストラン、ゲームセンター、映画館、図書室がある。当然ながらそれを運用するのは民間人である。
しかし、全員が特別な訓練を受け、ただの民間人では無い。基本的な採用はサービス業及び図書館員として1年以上勤務した者が応募し、いくつかの試験と身元調査が行われ、合格する。合格した者は防衛省特別勤務者候補と呼ばれ、まず、陸上自衛隊の教育隊に入り、1ヶ月間の教育訓練を受ける。
その後、警察学校に行き、2ヶ月間の教育を受ける。
主な教育は陸自で体力練成と自衛隊法及び基本的な事を学ぶ。警察学校では、刑法、民法、柔道、剣道等の武道教育と護身術の修得、さらに拳銃操作について学ぶ(これは乗船する民間人の安全の為である。万が一、収容している患者である捕虜若しくは現地住民が船内で暴動を起こし、自己及び他者の生命等の安全のためにやむを得ない場合に使用するためだ。だが、拳銃使用及び保管庫からの取り出しにはかなりの制約がある)。
これらの教育訓練が終了したら正式に防衛省特別勤務者になる。
身分は非常勤の特別国家公務員である。
ただし、かつて自衛隊、警察等に10年以上勤務し、自衛隊であれば2曹以上、警察なら巡査部長以上なら訓練期間が短縮され、陸自の教育隊には行かず、警察学校に行き、1ヶ月間の教育を受ける。
基本的に防衛省特別勤務者の拳銃使用は正当防衛及び緊急避難のみである。
さらに、[こんよう]の風紀の維持と警備を担当しているのは海上自衛隊でも海上保安庁でもない。近年に創設された警備庁が担当する。
警備庁は警備会社ではない。
国が管理する准特別司法警察職員(警備庁の警備官及び警備会社の警備員のために与えられた特別な権限。ただし、警備会社の警備員の場合は専門の教育と専門の資格が必要)を保有した銃器武装組織だ。
これは、近年の日本の治安が悪化し、凶悪犯罪が多発した事をきっかけに創設された。
当初、国会では警備業法を改正し、警備員たちに准特別司法警察職員と銃器の所持を認める法案を可決しようとしたのだが、専門家から今の警備員の状態で新しい教育を行うのは業務上困難であると指摘された。そのため、1からまったく新しい専門の組織を創設する事にしたのだ。それが警備庁である。
[こんよう]に乗船している医療スタッフは3割が自衛官であるが残りは民間の医師、看護師、准看護師等である。
今回の派遣では、日本国だけでなく大日本帝国の研修医や看護師、准看護師等の研修生たちも乗船している。
「・・・しかし、これではまるで豪華客船ではないか」
「・・・・・・」
呆れるように周囲を見回して、ハートはつぶやいた。
マッカーサーは無言だったが、その表情は同意していた。
彼らは一旦、[かが]に乗艦したが、そのままケソン大統領と共に[こんよう]に移乗していた。
「戦場であっても、心の安定は必須です。私たちの国の諺に『病は気から』というのがありますが、怪我も同じです。過剰に見えるかもしれませんが、こういった療養の方法もあるという事です」
3等海尉の階級章を付けた、海自の広報官が説明する。
「ふうむ」
ハートは腕を組んで、唸った。
正直、自分たちの置かれている状況がこんなでなかったら、それなりに楽しめたかもしれない。
後ろから付いてくる自分たちの護衛兼監視役の警務官(MP)がいなければだが。
現在、[こんよう]に収容されているのは、日本軍、自衛隊の負傷兵、[プリンス・オブ・ウェールズ]の生存者とコレヒドールの負傷兵たちだった。
[こんよう]は大きく4つのエリアにわかれている。
一般病室エリア、捕虜病室エリア、保安エリア、娯楽エリアである。
動けない重傷者たちは、病室エリアないし捕虜病室エリアのベッドの上だが、動ける者は捕虜であっても娯楽エリアへの立ち入りを許可されている。
勿論、問題を起こせば各エリアを巡回している警備官や警務官によって、速攻で保安エリアに放り込まれることになる。
彼らも戸惑っているようだ。それもそうだろう。
レストランのウエイターやウエイトレス。売店のスタッフ全員が日本人訛りはあるが、英語を喋るのだ。
その上、いくら中立的な病院船とはいえ、交戦中の敵国の軍人に対して親切で感じの良い接客態度なのだ。
彼らの態度は、とても捕虜に対する態度とは思えないのだから。
「ところで、我々に対する尋問はいつ始まるのだね?」
マッカーサーは、広報官に尋ねた。
拉致をされてから、まる2日が経過した。
監視付きであるとはいえ、シャワー、トイレ付きの個室を与えられ、船内の散策も特定の区画を除けば自由であった。
何しろ食事も望めば希望のメニューを作ってもらえるのだ。至れり尽くせりとはこの事だろう。
全く彼らの意図が不明であった。
「こちらの準備が整えば、すぐにでも・・・ただ、尋問というのは不適切ですね。我々は閣下がたに事実を伝えたいだけです」
「我々を拉致した者たちの言う事を信じると思うのか!?」
「拉致ではありません。救出です」
「ぬけぬけと・・・」
思わず毒付いたものの、下位の士官に噛みつく訳にもいかず、マッカーサーは押し黙った。
(こうなったら、自分たちに会いたがっているとかいう連中から、とことん聞き出してやる)
そう思った。
[かが]から[こんよう]に移乗した本庄は、与えられた執務室で、国内で起こった各事件の事後報告に目を通す作業に忙殺されていた。
本来なら内務省警視庁本庁の執務室でするべき事なのだが、本庄に任された任務が完了していない為であった。
仕事に没頭していれば船酔いはしないとはいえ、船の中に缶詰め状態というのは勘弁してほしいのが本音だった。
「まったく、どさくさ紛れとはこの事だな・・・」
12月8日に起こった沖縄先島諸島の事件など、はた迷惑もいいところであった。
自衛隊の協力を得て、2日で鎮圧したものの大日本帝国内での諜報活動を徹底的に叩く必要がある。
それは、大日本帝国内でも蠢いている暴力革命主義思想家にしても同様だ。
「70年代の学生運動よりタチが悪い。与えられた知識だけで理想を実現できると考える馬鹿共にはうんざりだ。自己反省を他者に強要しながら自分は全く反省しない。学習能力の欠如した猿以下だな・・・いや、それは猿に失礼だな」
品のない言葉であることは自覚しているが、品位というものを理解できない相手には妥当だろう。
「社会の闇に潜む毒草を枯らすには根から枯らす必要があるな」
そう独り言をつぶやいた。
もちろん、自分と真逆の意見の持ち主であってもその意見を責任をもって主張する人間に対しては本庄も相応の敬意を持つ度量はある。(あくまでも、法を守るという限定はあるが)
コンコン!
ノックの音が響く。その音に本庄は現実に戻った。
「入れ」
ドアが開き、1人の警察官が入って来た。
「糸瀬誠一郎巡査、出頭しました」
20代前半の若い巡査は緊張した面持ちで、15度の敬礼をした。
生活安全部所属の巡査は、日本からいきなり東南アジアまで理由も聞かされずに出向させられたのだから、無理もないだろう。
「そう緊張しなくてもいい」
そう言ってから、本庄はこの言葉が逆効果だと気が付いた。
糸瀬はガチガチに緊張して、本庄の話をまともに聞いてないように見える。
(こんな時に、あの向井1佐ならどう声をかけるのだろうか)
ふとそんな考えが過ぎった。
「君にやってもらいたい事がある」
「はい?私ですか?」
「そうだ、極めて重要な事だ」
「はあ・・・」
怪訝な表情を浮かべる糸瀬に本庄はある指令を出した。
数時間後。
ケソン大統領は、拉致をされてきて以来、一歩も与えられた個室から出ようとしなかった。
本庄は何度かケソンに面会を申し込んだが拒否された。
現在マニラに残っているフィリピン独立自治政府の要人には、大日本帝国政府から派遣された外交官が密かに接触し、交渉に当たっている。
マッカーサー、ハートの行方不明を受け、陸海のアメリカ駐留軍は続々とバターン要塞に集結しているという情報が隠密偵察に就いている特戦群からもたらされている。
だが、集結はしたものの、まとまった指揮系統は無い状態だった。
マニラ湾の外側に集結している自衛隊、日本海軍の3艦隊は第2艦隊司令長官の近藤中将の名でフィリピンは占領しない事と、アメリカのフィリピン独立の容認を支持する事を明言している。
ただし、条件としてフィリピンからのアメリカ軍の無条件全面撤退を要求したが。
そのために、自衛隊は3名の要人を非合法な形で拉致したのだから。
「やはり、私はマニラに残るべきだった・・・」
最高指導者としての責任を果たさず、自身の安全を図った。
国民にそう思われても仕方がないだろう。
後悔に打ちのめされて、食事も喉を通らなかった。
彼の側近たちは、簡単な聴取の後、マニラに送り帰されたらしい。
一体、日本軍の目的は何なのか皆目わからなかった。
「私はどうすればいいのだ・・・」
つぶやいたものの、返って来る答はなかった。
どの位時間が経ったのか。
コンコン!
控えめなノックの音が響いた。
「・・・・・・」
また軍医が来たのかと思った。
この2日間、水以外食事を取らないケソンを心配して、病院船の軍医(正確には民間の医師なのだが)が様子を何度か見に来る。
「失礼します」
声と共に入って来たのは白いシャツに濃紺色のスラックス、どうやら借り物らしい婦人用のエプロンという姿の青年だった。
「私は糸瀬誠一郎と申します。大統領閣下、食事をお持ちしました」
どこか頼りなさそうな笑顔を浮かべて、糸瀬はワゴンを押して入って来た。
「必要ない、1人にしてもらえないか」
糸瀬に背を向けたままケソンは答えた。
「・・・それは困りました。これは、私の母がよく作ってくれた料理です。それを真似て作ってみたのですが、本場の方に是非とも試食して頂いて感想を頂きたかったのですが・・・」
「・・・・・・」
ケソンは振り返って糸瀬の顔を見た。
日本人にしては、彫りの深い顔立ちだった。
「君は、日本人か?」
「はい、父は日本人ですが、母はフィリピン人です」
「・・・・・・」
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
糸瀬は返事を待たずに料理をケソンの前に置いた。
美味しそうな香りが鼻腔を擽る。
「これは・・・シニガンなのか?」
シニガンとは、豚肉と野菜の入った酸味のあるスープである。
日本料理でいえば、具沢山の味噌汁のようなものと思えばいいかもしれない。
フィリピンの家庭料理である。
「さあ、どうぞ、どうぞ」
「・・・・・・」
促されるままに、ケソンは一口スープを飲んだ。
「・・・・・・」
「口に合いませんか?」
「・・・いや、優しい味だ。君の母君の人柄がよくわかる・・・」
「は・・・あ・・・ありがとうございます」
糸瀬は頭を掻いた。
実は、味付けはタイムスリップをする前に大量にネットで買い込んでいた糸瀬の私物のスープの素を使ったのだが、さすがに言えない。
しかし、例え市販の調味料を使ったとしても、作った人間が違えば全く同じ味にはならない。
一例を上げるなら、日本人の国民料理の一つになってしまったカレーがいい例だ。
全く同じ材料、同じメーカーのカレールウを使っても、作る人が違えば味が変わるものである。
「これは、君が作ったのかね?」
「はい、学生時代から自炊していましたので・・・母からレシピを貰って時々作っていました」
とりとめのない会話であったが、ケソンの態度は明らかに変わってきていた。
「私の知っているシニガンの味とは少し違うが、これは中々美味い。簡単な料理はそれを作る人の心がそのまま味に出る。優しい心で作れば優しい味に、トゲトゲしい気持ちで作ればトゲトゲしい味に・・・どんな国でも家庭料理とはそういうものだ・・・」
スプーンで野菜をすくいながら、ケソンは語った。
「お褒めいただいて、ありがとうございます。母が聞いたらきっと喜ぶでしょう・・・もう二度と会えないのが残念ですが・・・」
「亡くなられたのかね?」
「いいえ、多分元気だと思います」
「?」
糸瀬の言葉にケソンは疑問を持ったが深くは聞かなかった。
ゆっくりと味わうように、スプーンを口に運ぶ。
「閣下、よろしければご飯もお持ちしましょうか?タイ米を炊いたご飯もあります」
「うむ、いただこう」
少し頼りなさそうな笑顔で語りかける糸瀬にケソンは穏やかな微笑を返した。
「ふむ、その手があったか・・・」
制御室のモニタールームで、監視カメラの映像を眺めながら、本庄はつぶやいた。
[こんよう]に乗艦している医官にも、まともに話そうとしなかったケソンに、糸瀬は自然に接している。
本庄が、糸瀬をケソンに会わせたのは、彼が日本国籍を持っていてもフィリピン人とのハーフであるという点と、彼の勤務態度に対する上司の評価からだった。
本庄のような、警察の闇を知る存在から見れば、糸瀬は国民に慕われる模範的警察官だ。
元の時代でも、彼は誠実な態度で市民と接し、地道な勤務で周囲の信頼を得ていた。
一流の政治家ならば、裏の思惑を抱えて近づく人間を見破る事ができる。
その自分も似たような種類の人間だからだ。
ケソンが本庄の面会を拒否し続けているのも、それを察知しているからだろう。
もしも、裏表のない人間ならどうなのか。
だから接触の仕方を、彼に完全に委ねてみたのだった。
糸瀬はかなり悩んでいたようだが、結局取った行動が昔の刑事ドラマでよくやる胃袋に訴えてみるという、「大丈夫か?」というような方法だった。
反応は、本庄の思った以上だった。
「人の心を動かしたのは、やはり太陽か・・・」
もう何十年前になるか。
子供の頃に読んだ童話を思い出した。
北風ではどうしても出来なかった旅人のマントを脱がせたのは太陽の暖かさだった。
自分は持っていない太陽を糸瀬は持っている。
「所詮、俺は北風だ。嘘と真実のマントに隠された事実をさらけ出すのにただ、凍りつくような冷気を叩きつけるだけのな・・・」
彼を羨ましいとは思わない。人にはそれぞれの生き方があるからだ。
自分は全てを凍りつかせる冷気で法を守る番人であればいい。それが自分の生き方だからだ。
「そろそろ客人の到着の時間だな」
腕時計を見て本庄はつぶやいた。
[オペレーション・ジャーヌス]
始まりを告げる神の名を冠した作戦名。
これを考えた久賀は結構ロマンチストな所があるのだろう。
「旧世界の殻を叩き割って産まれて来る新世界か・・・」
「対空レーダーに感有り。本船に接近中の機影あり」
「自衛隊機か?」
船橋のレーダー員が振り返る。それに[こんよう]船長は問いかけた。
「いえ自衛隊機ではありません。接近中の航空機より応答有り、友軍機です」
「どうやら、今回は遅刻しなかったようだな」
レーダーの光点を見ながら船長はつぶやいた。
[こんよう]の飛行甲板は慌ただしくなった。
本庄の言う客人たちから間もなく到着するとの通信を受けたからだった。
甲板要員と着艦誘導員が忙しく走り回っている。
管制室では管制レーダーに映った光点が友軍である事を確認した管制員が通信を行って誘導している。
南国の太陽の光を遮るように巨大な灰色の飛行物体が飛来し、ゆっくりと飛行甲板に着艦する。
始まりを告げる為に開かれるジャーヌスの門の使者の到着だった。
荒ぶる妖蝶 第4章をお読みいただきありがとうございます。
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