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荒ぶる妖蝶 第3章 嗤うジャーヌス3 Sと2つのS

みなさん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 トラック泊地に投錨している[くらま]に第2護衛隊群から急報が入った。


「・・・・・・」


 司令官室で、通信文を読んだ山縣はしばらく無言だった。


 自ら通信文を持ってきた、副司令官の黒山一(くろやまいち)(まつ)海将は悲痛な表情を浮かべていた。


「・・・雅之(まさゆき)が死んだか・・・」


「残念です・・・」


 黒山はこれ以上の言葉を掛ける事ができなかった。


「・・・戦闘があれば誰かが死ぬ事もある・・・たまたま私の息子だっただけだ・・・」


「・・・・・・」


「黒山副司令官、SBUの隊長を気遣って欲しいと峯山司令に伝えてくれ」


「わかりました」


 10度の敬礼をして退室しようとした黒山を山縣は呼び止めた。


「山縣雅之3等海尉は病死。そう記録してくれたまえ」


「はい」


 これは、山縣3尉の参加した作戦は非正規であるため公式に戦死とできないためであった。


 1人になった山縣は通信文を握り締めた。


「・・・雅之・・・」


 肩が震え、涙が溢れそうになるのを山縣は必死で堪えていた。


 軍人ならば、自分の身内が戦いで命を落としても悲しむ事はできない。しかし、1人の父親としての感情は、別だった。





 SSTとSATの混成小隊は、Sの情報を元に配置に着いていた。


「・・・かなり、緊張しているな・・・」


 SAT制圧小隊から選抜された森山は、自分のすぐ側で配置に着いているSSTの隊員を見てつぶやいた。


 無理もない。


 この1年間、事件の解決に忙殺されていた自分たちと違い、海保の主任務は満州や朝鮮から引き揚げて来る寄留民の護衛と、その航路の安全確保であったからだ。


 講和は成立していたが、中国軍の下部までは浸透しているとは言い難い状況下であったし、共産主義系の軍は信用できない以上、緊迫した空気も味わっただろうが、戦闘状態までは至らずに済んだらしい。そのため、実戦を経験していないのだから、緊張もするだろう。


 あの、やたらにフレンドリーな感覚で話しかけて来た[あしがら]の艦長だが、あのやり方もある意味では正しいのかもしれないと森山は思った。


[あしがら]が単艦で[プリンス・オブ・ウェールズ]に挑み、イ号潜水艦との連携で撃沈したと聞き、ちょっとだけ森山は向井を見直していた。


 その戦術が正しいかどうかは置いておくが。


「おい」


「は・・・はい?」


 自分とさほど変わらない年齢のSST隊員に話しかける。


「大きく息を吸え」


「はい?」


「いいからやれ」


「は・・・はい」


 大きく息を吸い込んだのを確認した。


「よし、止めて10数えてゆっくり吐け」


 ハァ~と吐き出す音を聞いた。


「もう1回」


 何度かそれを繰り返させた。


「どうだ?落ち着いたか?」


「はい、ありがとうございました」


 SSTの隊員は僅かに微笑んで礼を言った。


「さすがに国内の問題に関わってきただけはありますね」


「そっちこそ、寄留民の人たちが1人の落伍者も出さずに引き揚げて来られたのは君たち海保が頑張ったからだろう」


 私語を交わしている場合ではないのだが、少しだけのつもりで囁き合った。


「そうそう、そう言えば2月の陸軍将校の反乱未遂事件の時に、高級住宅に立て籠もった反乱部隊の残存部隊を説得するって本庄団長に直談判した陸軍士官がいたが・・・結局、説得中に狙撃されて、後方へ搬送。その後エアハイパーレスキューの救急ヘリで病院船に搬送されたが・・・大丈夫だったかな・・・確か名前は・・・つ・・・何とか・・・」


「勇気があると言えばいいのか・・・無謀と言えばいいのか・・・」


 微妙な表情で感想を述べかけたSSTの隊員だったが、通信機から聞こえた隊長の声に押し黙った。


「総員配置。作戦を開始する」


「じゃあな、後で会おう」


「はい」


 そう言って、大森たちは配置に戻った。





 マニュエル・ルイス・ケソン・イ・モリーナ。フィリピン・コモンウェルス(独立自治政府)大統領は悩んでいた。


 1946年に独立する事をアメリカに約束させたものの、それはアメリカを宗主国としての独立で、完全に独り立ちをしたとは言い難いものだった。


 だが、アメリカの庇護を失えば、たちまち他の西欧列強に飲み込まれるだろう。


 たとえ傀儡国家だとしても、フィリピンがフィリピン人の国としての体裁を整えている事が大切だと思っていた。


 ここで、1つの国家を考える。


 その小国は、アジアの東の端の国だったが、アジアの大国の柵封国にもならず、西欧列強の植民地にもならずに独立を貫いていた。


 アジアの宗主国と自称していた国家は、東南アジアの柵封国に朝貢させていたにも関わらず、西欧列強が植民地支配に乗り出してくると、その国々を見捨てた。


 それを考えれば、自分たちに旨い話を持ち掛けて来る国々など信頼できない。


 しかし・・・。


 ケソン大統領は選択を迫られていた。


 このままアメリカに従うか、全く未知の選択をするかである。


 マッカーサーから差し向けられた兵士たちに護衛されてバターンへ向いながら、彼は決断できずにいた。





 M1500狙撃銃を装備して配置に着いている高荷は、狙撃眼鏡越しに軍用車輛に乗り込んでいる人間の顔を確認していた。


 赤外線暗視装置によって、暗闇でも十分確認できる。


 このまま引き金を引けば、装填されている弱装弾がアメリカ兵の命を奪うだろう。


 敵対する軍人は、一切の容赦無く射殺。この1年間でSATに叩き込まれた教訓だ。


「射撃許可確認」


 相棒の市川宜(いちかわのぶ)()巡査の言葉に、息を吐いて止め、引き金を引く。


 弱装弾は、先頭車輛の運転席の兵士の顔の真ん中に吸い込まれた。


 先頭車は、蛇行した後茂みに突っ込んだ。


 2台目、3台目も同じようになる。


「クリア」


 ボルトハンドルを引いて、空薬莢を徘莢し次弾を装填しながら高荷はつぶやいた。





「ガス筒発射器用意!!」


 M79グレネードランチャーの形を真似て開発された暴徒鎮圧用のガス銃である。


 なぜガス銃と呼称しないのかというと、銃と言うと銃刀法やらややこしい縛りに引っ掛かるからである。


 それを装備した隊員たちが空に向けて構える。


「発射!!」


 ボシュッ!!ボシュッ!!


 少し気抜けするような音と共に発射された催涙ガス筒P型は、茂みに突っ込み停車した車輛から降りて来た兵士たちの足元に転がった。


数秒のタイムラグで破裂し、粉末状の内容物を撒き散らした。


 ゴホッゴホッと激しく咳き込む声が聞こえる。


 唐辛子に含まれる成分であるカプサイシンが混じった粉末だ。


 まともに目や鼻や口に入れば、こうなるだろう。


「ゴー!!」


 SATとSSTもSBUと同様に小隊を後方支援部隊の狙撃班と実行部隊の襲撃班に分けていた。


 さらに襲撃班を2つに分け、M4A1を装備させた支援班、そして実行班には特殊警棒とスタンガン、SSTにはP228、SATにはP226ないしUSPを装備させている。


 ガスマスクを装備した実行班は、一気に間合いを詰めた。


「襲撃!?」


 咳き込みながら、呻いた1人の男の首筋に、森山は特殊警棒を振り下ろし、倒れたところで、スタンガンを押しつけ気絶させ、すかさず指錠で拘束する。


「よし!!」


 顔を上げると、さっき会話したSSTの隊員と目が合った。


 彼の足元にも1人の男が昏倒している。


 逮捕を前提とする彼らの本来の役目からすれば、かなり乱暴なやり方ではあったが、可能な限り射殺や殺害という手段を取りたくなかったがための苦肉の策であった。


 一応、予定通り上手くいったが、1つ問題があった。


「ケソン大統領って誰?」


 顔写真は事前に確認していたが、何名か大統領の側近らしいフィリピン人も混じっているため、確定がしにくい。


 全員を気絶させてしまったため、本人確認が困難になってしまった。


「仕方がない、支援隊に連絡。こいつら全員をしょっ引くしかない」


 隊長が、通信士に指示を出した。


 支援隊からは、すぐに応援を送ると返信があった。


「・・・何とかなりましたね・・・」


「まあね」


 味方に犠牲者が出なかった事に内心ほっとしながらも、森山は注意深く周囲を警戒していた。


 この時、SBUに1人犠牲者が出ていた事を、彼らはまだ知らなかった。





 SBUが作戦を開始しようとしていた同じ頃、マッカーサーも他の2人と別ルートでバターンを目指していた。


 スービック海軍基地が攻撃を受け、コレヒドールが陥落した事はすでに知っていた。


 と言うより、日本軍がわざわざ自分たちに通信を傍受させるように仕向けたというべきだろう。


 その上、ケソン大統領がアメリカ軍と共に、マニラを脱出したと打電した通信も傍受した。


「まるで、我々の行動を全て読んでいるようだな・・・」


 舌打ち混じりにつぶやいた。


 狡猾だ。と思わざるを得ない。


 日本軍の通信は、単純に事実を伝えただけだ。


 それだけに、余計な憶測をマニラ市民だけでなく、フィリピン国民に植え付ける可能性がある。


 大統領は、自分の身の安全を守るために国民を見捨てて逃げたのではないか・・・と。


 フィリピン軍も動揺するだろう。


 最高指導者が不在では、日本に対する反感より事の発端を開いてしまったアメリカに対しての反感が強まりそうだ。


 バターンで反撃の態勢を整えようにも、かなり厳しい状況になってきた。


 グアムに救援を要請しようにも、それを見逃すような日本軍ではないだろう。


 東インド諸島に駐留するオランダ海軍にしても、うかつに動けばマーシャル、トラックにいる日本海軍を刺激し攻勢の呼び水になりかねない以上、下手に動けない。


 オーストラリアには日本軍によってノーフォークが空爆された事が大々的に伝えられたらしい。ノーフォークよりメルボルンの方が近いぞといった、脅迫に近い内容だった。


 八方塞がりであった。


 こうなっては、一旦オーストラリアまで大きく後退する事も考えに入れておくべきかもしれない。


 しかし・・・脱出するにしても、大きな犠牲は覚悟しなくてはならないだろう。


 マッカーサーの思案は、乗車していた車輛の急ブレーキによって、遮られた。


「何事だ?」


 そう問いかけたマッカーサーの目に、道路を塞ぐように倒れた椰子の木が映る。


「わかりません、先日までは何事もなかったはずですが・・・」


 ヘッドライトに照らされた倒木は、明らかに人為的に道を塞いでいるように見える。


「・・・・・・」


 困惑したように答える士官の言葉に、マッカーサーは副官に振り返った。


「通信士、バターン要塞に連絡。救援隊を要請せよ」


 マッカーサーの表情を読んだ副官は、通信士にそう指示を出した。


「・・・日本軍の仕業か?」


「は?」


「・・・いや、考えすぎか・・・」


 疑念は膨らんでいるのだが、確信は持てなかった。


「閣下」


 通信機を操作していた通信士が振り返った。


「電波障害が激しく、連絡が取れません」


 通信士は通信機と格闘していたが、聞こえてくるのは雑音だけだった。


「ここでは、通信状態が悪い可能性があります」


 副官の言葉にマッカーサーは曖昧にうなずいた。


 日本軍が攻撃を仕掛けて来る前に、レーダーが使い物にならなくなった。


 それを考えれば、通信を妨害する事もお手の物なのではないか?


 それとも本当に、場所が悪いだけなのか?


 彼にはわからなかった。


 ただ、この歯にものが挟まったような不快感だけは消えなかった。


 ガサッ!ガサッ!


 茂みが揺れる。


「「「!!!」」」


 護衛の兵士が、M1903A3を構える。


「何者だ!?」


「待ってくれ!撃たないでくれ!!」


 懐中電灯の光に照らされ、両手を挙げて10数名の兵士が茂みから現れた。


 アメリカ陸軍の軍服姿の兵士たちだった。


「マッカーサー大将閣下ですか?」


 少尉の階級章を付けた男が問いかける。明瞭な英語だった。


「・・・誰だ?」


「サー。バターン要塞守備隊、C中隊所属、第3小隊小隊長、ジョン・ロバートソン少尉です。中隊長の命令で、閣下をお迎えに参りました」


「中隊長の命令だと?」


 警戒心も露わに副官が問いかける。


「はい、詳しくは聞かされていませんが、日本軍の仕業と思われる、通信妨害で連絡が取りにくくなっていると・・・一刻も早く閣下を保護せよとの命令を受けました」


 懐中電灯の光に照らされたジョン・ロバートソンと名乗った少尉は金髪で青い目だった。


 その他の兵士たちも、色々な髪や目の色だった。


「念の為に聞くが、合言葉は?」


「独立記念日に赤いバラ」


「そうか、ご苦労だった。しかし、道がこの状態では車輛は使えそうにない」


「はい、少々足元は悪いですが、近道があります。徒歩になりますが、そちらの方が安全と思われます」


 援軍が現れた事で、ほっとした空気が流れる。


「では、こちらへ・・・」


 ロバートソン少尉が先頭に立って案内する。


 一行は守備隊に守られて、道路を外れて茂みの中に足を踏み入れた。





 30分程歩くと、開けた場所に出た。


 そこには、航空機とは違う形状の大きなプロペラの付いた物体があった。


 そして、その周囲には黒い覆面を付けた、緑やら茶色等の色が混じった服を着た完全武装の兵士が立っていた。


「これは!?」


 マッカーサーは驚いて、後ろを振り返った。


「!!!」


 そこには、守備隊の兵士たちによって、軍用ナイフで喉を掻き斬られた部下たちが倒れていた。


「反乱か!?」


 副官が拳銃を抜いて、上官を庇うように構える。


「残念ですが、襲撃です」


 ロバートソン少尉が静かに答えた。


「日本軍か?」


「はい。菊水総隊所属、陸上自衛隊特殊作戦群第1小隊小隊長の大崎(おおさき)志計(のぼる)1等陸尉です」


「リクジョウジエイタイ?」


 聞き慣れない単語にマッカーサーは瞬きをした。


「閣下には我々と同行願います」


 ロバートソンもとい、大崎は淡々とした口調で述べた。


「断る!!」


 副官が大崎に拳銃を突き付ける。


 その彼の身体に無数の赤い点が浮かび上がった。


 それは、特戦群が装備したM4A1から照射されたレーザーポインターだ。


「その引き金を引こうとすれば、貴方は蜂の巣ですよ。貴方がたに拒否権(ベトー)はありません。ここで死ぬか、我々と同行するかです」


「よせ」


 マッカーサーは副官を止めた。


「・・・・・・」


 副官はガックリと肩を落とす。


「くっ・・・みすみすこのような小細工に引っ掛かるとは・・・」


 武装を解除されながら、副官は悔しそうにつぶやいた。


「どうやら君たちは幽霊でも宇宙人でもなさそうだな」


「はい?」


 マッカーサーの言葉に、大崎は怪訝な表情を浮かべた。


「君たちに同行する前に、俺の質問に答えてもらおう。君たちは日本人か?それになぜ合言葉を知っていた?」


「はい、日本人です。合言葉は、我々が特殊な作戦部隊と考えればお判りでしょう。ただそれ以上は答えられません、閣下と直接話をしたいと言っている人物の所へ招待させていただきます」


 大崎はそう言って、マッカーサーと副官をUH-60JAに搭乗させた。


「こちらフロッグ、ワイルドボア、オクレ」


 そのまま待機中の支援部隊に通信を送る。


「こちらワイルドボアからフロッグ、感度良好」


 通信機から向井の声が聞こえる。


「フロッグよりターゲット確保、ヘリにて帰投する。以上」


「了解した。ってぇ、ワイルドボアって猪じゃねえか!俺の事言っているのか!?」


「さあ」


 通信機の向こうで喚いている向井の声を遮って、大崎は通信を切った。


「・・・大変なのは、これからなんだがな・・・」


 ボソッとつぶやく。


 彼の小隊は、このままバターン要塞の偵察任務に着手する事になっている。





 S、死傷者0名。


 SSTとSAT、死者0名、拘束時の格闘により負傷者若干名。


 SBU、死者1名(公式には病死)、負傷者0名。





 これをもって、非正規作戦は終了した。

 荒ぶる妖蝶 第3章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は1月11日を予定しています。

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