荒ぶる妖蝶 第2章 嗤うジャーヌス2 SBUの戦闘
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
かつて、古代ローマには1つの門があった。
その門はローマが戦争状態の時は開かれ、非戦争状態の時には閉じられたという。
SBU小隊は暗闇に包まれたジャングルの中に潜んでいた。
JGVS-V8(個人用暗視装置)があるので、灯りがなくても周囲は十分視界を確保できる。
このJGVS-V8は、陸自で採用されていたものだが、この派兵任務にあたり、海自のSBUにも採用された。
「そろそろだな?」
SBU小隊長の菅原和史1等海尉の問いにドローンを操作していた隊員が振り返る。
「Sの情報通りです。軍用車両3台が間もなくA地点に差し掛かります」
「スービックを脱出してマッカーサー大将と一旦は、バターンで合流するだろうという久賀首席幕僚の読みが当たったな。ターゲットを確認できるか?」
「少々お待ちください」
携帯端末機の液晶画面を拡大して確認している隊員の背中を見ながら、菅原は数時間前の事を思い出していた。
[かが]の飛行甲板で待機中に向井は作戦に参加するSBU隊員に、[あしがら]でやっている通り、冗談交じりに話しかけ、緊張をほぐす事に務めていた。
隣にいるのが権藤では無く廚であったため、ツッコミ役が少々頼りなかったが。
そうこうするうちに、少し離れた所にいるSATの隊員2人に気が付き、何気なしに声をかけた。
SBUとSST、SAT。陸自のSと同じ特殊部隊と言えども今回の作戦は本来の作戦行動とは真逆の任務になる。
何しろ、要人の誘拐という非正規作戦ならぬ、非合法作戦だからだ。
彼らが感じているプレッシャーは半端ではないはずだった。
「よう、お2人さん。気合が入っているな」
いつもの口調で話しかけると2人は迷惑そうな表情で振り返った。
「おいおい、仲良く悪事を働こうっていう間柄なんだ、そう邪険にされたらオジさん拗ねるぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「まあいいか、俺は[あしがら]艦長で、今回SBUとSと貴官らの後方支援部隊の指揮を任された向井基樹1等海佐だ。よかったら名前を教えてくれないか?」
2人は顔を見合わせた。
「陽炎団SAT狙撃支援隊所属、高荷尚也巡査長です」
「同じく陽炎団SAT制圧小隊所属、森山重信巡査長です」
挙手の敬礼をしながらも2人の表情に疑念が浮かんだのが見て取れた。
「1艦の艦長が、何でこんな作戦にしゃしゃり出て来るんだ?って、顔だな。まあ、そりゃそうだ、こう見えても俺は大学時代に予備自衛官の訓練を受けていたのと、幹部候補生学校時代は陸警訓練の成績は上位だったので、抜擢されたんだろう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんな理由で抜擢なんて、いい加減過ぎないかと2人は思ったが、さすがに口に出す事はしなかった。
「随分と呑気なものだな」
2人の代わりに冷たい声を投げつけたのは、いつの間にか側に来ていた本庄だった。
挙手の敬礼をする向井に本庄も、形式的な答礼を返した。
「訓練しか受けてない事を、経験談のように語るのはいかがなものか・・・修羅場を潜った場数なら、貴官より彼らの方が上だ」
本庄の声は表情と同じく冷ややかだった。
「確かにそれは事実です。別に私は自慢するつもりもありません。少し肩の力を抜こうとしただけです」
「無用の事だ。我々は貴官らが演習という名の戦争ごっこに現を抜かしていた時も、戦っていたのだからな」
「・・・・・・」
本庄の言葉に怒りの表情を浮かべたのは、向井ではなく側にいた廚の方だった。
「・・・・・・」
それを向井は目で制した。
「・・・間もなく作戦開始だ。君たちは持ち場に戻りたまえ」
本庄は高荷と森山に声を掛けた。
「「はっ」」
敬礼の後、2人は駆け足で去って行った。
「向井1佐、1つ忠告しておく。貴官らは銃撃を受ければ即撃ち返せるが、我々はそうではない、相手を確認し相手の行動を確認してからでなければ1発も撃ち返せないのだ。気安い仲間意識で話しかけないでほしい」
「ご忠告、どうも。貴方がたの信念はわかりました。しかし、我々にも我々の信念があります。演習や訓練を徹底する目的はただ1つ。1人1人が生き抜くためです。大切なものを守り抜くためにね。その為にお互いが助け合うのです。戦争ごっこなんて気安い言葉を使わないでいただきたい・・・そして、指揮官先頭。これが私のモットーだ、例え経験がなくても部下だけを危険な目に遭わせられるか!」
「・・・君は多分長生きは出来ない口だな・・・」
「それは残念。予定では、私は後100年生きる事になっていますので」
「そうか、健闘を祈っておこう」
冷たい表情を崩さずに、本庄は背を向けて離れて行った。
「噂は聞いていたが、本当にヤな奴だな・・・顔が勿体ない、あれじゃ女にモテないだろう」
菅原もたまたま側にいたからその一部始終を見ていた。
正直向井と同様の感想を持った。自分もヤな奴認定をしたが、その認定は訂正する気はない。
伝え聞くところで警察団が国内問題を解決する為に苦労していた事は知っているが、上官、同僚、部下たちを蔑む言い方は許せない。
菅原は妄想で、本庄をボコボコにする自分を想像しながら、怒りを抑えていた。
「1尉、ターゲット確認。2番目の車輛の後部座席です」
「よし、状況開始準備。いいか、こいつは非正規作戦だ。決して誇れるものじゃない、だから絶対成功させて全員生きて帰る!肝に命じておけ」
「「「了解!!」」」
「各自、各部署の最終点検は終了しています」
覆面で顔を隠した隊員はそう答えた。
「ターゲット、B地点に到達!」
「状況開始!!」
菅原の命令が飛ぶ。
[かが]のCICでは、ドローンから送られてくる映像がモニターに映し出されていた。
「S、SBUは状況を開始しました」
モニター要員が報告する。
「しかし、解せませんね。わざわざ支援部隊を投入する必要があるのですか?しかも、まともな実戦経験の無い指揮官を当てても意味が無いでしょう」
本庄が星柿に問う。
星柿は無言で首席幕僚の久賀に振り返る。
「この任務は本来のSBUの任務からは外れています。それだけに、隊員が戸惑いや迷いを抱える危険があります。失敗は許されない作戦である以上、彼らに一種の精神安定剤のような存在が必要です」
「なるほど、彼らに作戦が失敗した時に、責任を押しつける生贄を用意した・・・というわけか」
皮肉にたっぷりと毒を含ませた本庄の言葉に久賀は、腹の底から湧き上がる怒りに一瞬言葉を失った。
「本庄副司令官、SBUは今回が初の実戦となるのです。それをスムーズに行う為と念の為に必要と考えられませんか?」
久賀に代わって隊司令の峯山徹海将補が答える。
「失礼、言葉が悪かった」
本庄は、素直に謝罪して矛を収めた。
心中では「甘い」と思ったが、それは今言うべきではない。
警察派遣団[陽炎団]は、この1年間で殉職者を出している。
それこそ手探りで、血を吐く思いで元の時代と今の違いを体験してきた。
感謝もされたが、それと同等の憎悪も叩きつけられた。
だから、彼らに注意を喚起する事もできるがそれは意味がない。
自分たちと彼ら自衛隊とでは、戦う敵も戦場も違うのだ。
彼らは彼らなりに、体験し学ばねばならないだろう。
特にあの向井という男。
少し会話しただけだが、彼の人となりは大体理解できた。
尋問の初歩と言うべき挑発にあっさりと引っかかって、本心をボロッと漏らしてしまう当たり、悪く言えば単純馬鹿、良く言えば素直で実直な性格だ。
しかし、そんな人間は嫌いではない。
1人の人間として会えば、友人になりたいと思うほど気持ちの良い男だ。
自衛官としても、指揮官としても優秀だろうが、人間としては軍人には向いていないと思う。
あの「指揮官先頭」などと言うくらいだ。部下を救うために自分の身を挺する行動を平気でとるだろう。
(彼はこの連中の中で一番地獄を見続け、苦しむ事になるだろうな・・・)
僅かな憐憫と共に本庄はそう思った。
ジャングルを切り開いて作られた道路を進む3台の軍用車両。
丁度、カーブに差し掛かって減速をした時だった。
ドン!!という爆発音と共に、道の左右の椰子の木が根元から折れ、道路を塞ぐように倒れ込む。
「!!」
先頭車両の運転手は、慌ててブレーキを踏み、何とか衝突は免れたものの、後続の2台に追突された。
「何があった!?」
「わかりません!!」
「襲撃か!?」
口々に叫びながら、アメリカ軍兵士たちは小銃を手に中央の車輛を守るように配置に着く。
「閣下は伏せていて下さい!」
護衛の先任指揮官は、注意深く周囲を見回しながら、小さな声で言う。
「通信士、緊急通信。至急救援を要請せよ」
「了解」
通信士が通信機を操作しようとした。
タンッ!
1発の銃声と共に、通信機器が撃ち抜かれ、無力化された。
「「「!!!」」」
夜のジャングル。周囲は月も星の明かりも届かない闇。
それでもここまで正確な狙撃ができるのか?
「ヘッドライトを消せ。狙撃手に狙われる・・・可能な限り音を立てずに、移動する。ゆっくりとだ・・・危険だが茂みの中に入れば襲撃者も我々を発見するのが困難になる。連中の狙いは私だろう・・・少人数で分散し、朝まで待てばじきに別動隊が来る」
後部座席から降りた将官が、先任指揮官にそう囁いた。
「サー、では閣下は我々と・・・」
先任指揮官がそう言いかけた時だった。
コロコロという音と共に、何かが転がって来た。
「手榴弾!?」
誰かの叫び声と、凄まじい光と音が溢れたのは同時だった。
「昔、おかまを掘られた時の事を思い出した・・・」
道を塞ぐように、椰子の木に細工をして仕掛けたC4爆薬を起爆させた時、玉突き状態になった車輛を見て、菅原はボソリとつぶやいた。
「第1段階は成功。第2段階に移ります」
SBU小隊副隊長の2等海尉の声に菅原はうなずいた。
あの、嫌みな本庄の鼻を明かしてやる。そう心に決めていた。
「襲撃班に、閃光発音筒[スタングレネード]の使用を許可する。おそらくパニック状態で小銃を乱射する可能性がある。流れ弾に注意せよ」
「「「了解!」」」
「狙撃班は配置に着け、襲撃班の援護をせよ」
「「「了解!」」」
菅原は小隊を2つに分け、それぞれの配置が完了している事を確認した。
大きく息を吸い込み、吐く。
「第2段階、状況開始!」
「ゴー!!」
狙撃要員が、通信機を破壊したのを皮切りに、作戦が開始された。
襲撃班が閃光発音筒を投擲する。
殺傷力はないが、その光と音はアメリカ兵の視力と聴力を奪い取った。
「目が!!目が!!?」
「耳がぁ!!」
悲鳴混じりの叫びと共に、小銃が乱射される。
予想通りの反応だった。
「止せ!!同志討ちになる!!」
制止の声も上がるが、パニック状態では無意味だった。
「ぐはっ!?」
激しい銃撃音の響く中、味方の銃弾を受けたであろう、うめき声が聞こえた。
その光景は、JGBS-V8を通してはっきりと確認できる。
襲撃班のSBU隊員は、伏せた姿勢でタイミングを計っていた。
やがて、盲撃ちの発砲音が途切れた。
「射撃開始!!」
狙撃班のMSG90が菅原の命令で一斉に火を噴いた。
SBUが狙撃銃として採用したMSG90は警察の特殊部隊用に開発されたPSG-1を軍用向けに変更した狙撃銃である。そのため、性能はPSG-1とはほぼ変わらない。
アメリカ兵が、次々と倒れる。
「クリア!!」
「ゴー!!」
襲撃班がHK416を構えて、突入する。
アメリカ兵たちは、胸や頭を撃ち抜かれて絶命していた。
隊員は注意深く周囲を警戒しながら、軍用車輛の影で蹲っている男に近付いた。
「アメリカ合衆国海軍、アジア艦隊司令官、トーマス・チャールズ・ハート大将ですね?」
「・・・・・・」
紳士的な顔立ちの大将は、閃光で目をやられたのか薄目を開けて隊員を見る。
「何者だ?・・・なぜ私を知っている?」
正確な発音の英語で話し掛ける相手にハートは掠れた声で問いかけた。
「菊水総隊SBUの者です。閣下の身柄を拘束させていただきます」
「・・・日本軍か?」
「はい」
「!!」
咄嗟に拳銃を構えたハートの右手を払った。
拳銃は大きく弧を描いて飛び、岩にでも当たったのかカランという音が聞こえた。
「閣下には我々と同行願います。ジュネーブ協定に則り、閣下の身の安全は保障させていただきます」
「・・・・・・」
ハートはガックリと肩を落とした。
2人の隊員が、両脇から支え、親指を指錠で拘束した。
「ターゲット確保!」
「よし、速やかに撤収する」
その報告に、菅原は胸を撫で下ろした。
僅かな隙だった・・・
「・・・く・・・か・・・っか・・・」
虫の息だった1人のアメリカ兵が、最後の力を振り絞り・・・
パンッ!!
銃声が響く。
「!!大丈夫か!!?」
銃声に、菅原は思わず叫んだ。
「問題ありません。負傷者無しです」
その報告に安堵した。
発砲したアメリカ兵は、拳銃を握ったまま絶命していた。
「・・・・・・」
最期まで、自分の責任を全うしようとした兵士に、隊員は挙手の敬礼をした。
海岸で待機中の向井ら支援隊にもその報告が届く。
「負傷者無しか・・・本当に良かった」
ほっとした表情で向井は言った。
[かが]にもその報告は届いているだろう。
「こいつはSBUの全員に、俺のおごりでビールで生還祝いをやらなきゃな」
「ビールだけ?」
支援隊の誰かが突っ込んだ。
程なくしてSBU小隊が姿を現した。
向井は、1人のアメリカ人に近付き、挙手の敬礼をする。
「菊水総隊第2護衛隊群所属向井基樹1等海佐です。ハート大将閣下の身柄を預からせて頂きます」
「随分と、乱暴な招待の仕方だな・・・」
幾分、落ち着いた口調でハートは答えた。
日本人の英語は酷いと聞いていたが、この向井と名乗った男といい、最初に自分に話しかけた男といい、硬さはあるもののきれいな発音だった。
それに、日本人は小男だと聞いていたが、ここに居る者は多少の身長差はあるものの、アメリカ人とあまり変わらない体格の者が多い。
ハートはそれに疑問を持った。
このところ、日本の情報は不可解なものが多い。
大半は冗談半分としか思えないものばかりだが、冗談でハワイは占領されないし、パナマ運河は破壊できないし、ノーフォークにしても然りだ。
どうやらこの日本人たちは自分を丁重に扱う事を前提として拉致したらしい。
ならば、不可解な事を解消するいい機会と言えるかもしれない。
「私はアメリカ合衆国海軍、トーマス・チャールズ・ハート大将・・・ジュネーブ条約に則った待遇を求む」
「了解しました。ただ、私は一介の先任指揮官です。貴方の身柄は警務隊・・・MPが預かる事になります」
向井は挙手の敬礼をして答えた。
ハートを複合艇に乗船させて送り出した後、向井は菅原に振り返った。
「ご苦労だったな。全員が無事で本当に良かった」
「はい、ところでSとSSTとSATの方はどうなっているのですか?」
「Sの状況は終了している。連中はヘリで[かが]に帰投するそうだ。SSTとSATの方はまだ終了の連絡待ちだ、貴官たちも[かが]に帰投せよ」
「はっ」
菅原は隊員たちに振り返った。
覆面で顔は見えなかったが、全員が任務を完遂した安堵感に包まれているのがわかった。
「「「!!?」」」
突然、1人の隊員が倒れた。
「どうした!?」
駆け寄って、助け起こした向井は隊員が腹部から大量の血を流している事に気付いた。
「・・・これは・・・」
制服をたくし上げてみると、丁度防弾チョッキの隙間にあたる場所に銃撃を受けていた。
「まさか・・・あの時・・・?」
菅原は、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。
「[かが]に緊急連絡!!負傷者1名、緊急手術の必要有り!!複合艇で緊急搬送しろ!!」
向井が叫んだ。
戦死報告に稀ではあるが、こういった報告がある。
戦闘中に銃撃を受け、そのまま戦闘を続け帰投した後に死亡するといった事例だ。
ベトナム戦争では複数報告されている。
これに関して、様々な意見があるが、本人が気付いていたか否かは謎である。
ただ、極限の精神状態での戦闘では、本人も気付いていなかったのではないかとも言われているらしい。
猛スピードで走る複合艇の中で、菅原は意識のない隊員に必死に呼びかけた。
「がんばれ!!しっかりしろ!!もうすぐ[かが]の医務室に連れて行ってやる!!だから、死ぬなぁぁぁ!!!」
菅原の叫びは暗い海に吸い込まれていった。
荒ぶる妖蝶 第2章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は来年の1月4日を予定しています。




