荒ぶる妖蝶 第1章 嗤うジャーヌス1 コレヒドール陥落
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
1941年(昭和16年)12月某日。
帝都内務省警視庁の執務室で、本庄は次々と上がって来る報告書に目を通していた。
この1年間、彼らは多忙な日々を送っていた。
十分な準備期間を与えられた自衛隊と異なり、警察団は様々な事件の対応に追われていたからだ。
コンコン!
ノックの音に報告書から顔を上げる。
「入りたまえ」
声を掛けるとドアが開き、菊水総隊陸自部隊の副司令官、星柿いさめ陸将が姿を見せた。
(チビダルマか・・・)
陸自の自衛隊員たちが彼を密かにそう呼んでいる。
背が低く、太っている訳ではないが、横幅が広い外見から付けられたあだ名らしい。
「何か御用ですか?」
「何分にも火急の事なので、アポを取らなかった」
星柿はすぐ本題に入った。
「総隊司令官の命令で、私と東南アジアまで同行して欲しい」
「今から?」
「もちろんだ、既に厚木では海自が飛行艇をスタンバイしている」
山縣からの命令なら当然従うが、ここから厚木までどれだけ距離があると思っているのだ。
本庄の表情を見て、星柿はにやりと笑った。
「既にUH-1J[ヒューイ]を待機させている」
その言葉に本庄は顔から血の気が引いていくのを感じた。
「待て、別の者では駄目か?」
「貴官でなくては駄目だ。必要なら強制連行の許可も取ってある」
その声に2名の屈強な体格の迷彩服姿の陸自隊員がドアの影から姿を現した。
レンジャー徽章が目に入る。
「わかった、行こう」
本庄は即、降伏した。
彼は、苦手な物が2つある。
航空機と船舶だ。
どちらも100パーセント酔う。特に、船舶は最悪だった。
船に乗って海を見るだけで酔うのだ。
この時代にタイムスリップした時も、旗艦[くらま]に乗艦していたが、魔術か妖術かわからない力を使って、膨大な人員と艦隊、その他をタイムスリップさせて過労で倒れたダニエルの後を追うように、本庄も医務室へ直行する羽目になった。
さらについ先日も自衛隊との共同作戦で予備護衛隊群である第5護衛隊群旗艦の[ひゅうが]に乗艦した時も作戦終了後医務室に搬送された。
そのトラウマも消えないうちにであった。
そんな自分がよりにもよって・・・と思わざるを得ない。
「・・・しかし、UH-1Jとは・・・せめてUH-60JA[ブラックホーク]にしてもらえないか?」
別にUH-1Jが悪い訳では無い。ただ、怖いのだ。
あの、今にも墜落しそうなエンジン音が・・・
これならまだ、ベル412の方が安心だ。
「UH-60JAは、すべて作戦に投入されている。残っている機も整備点検中だ」
(天は我を見放した・・・いや、常に逆らって来た俺に味方する訳がないか・・・)
星柿の言葉にため息まじりに心中でそうつぶやいた。
フィリピン、マニラ湾。
その、湾口に位置するその島はスペインの統治時代からマニラを守る重要な拠点であった。
第2艦隊司令長官の近藤信竹中将は、第2護衛隊群からの作戦変更の連絡を受け、ただ一言、「わかった」と答えた。
彼は第1航空艦隊の南雲忠一中将に比べれば、未来から来た軍隊[菊水総隊]に対して不信感は抱かなかった。
むしろ、「わざわざご苦労な事だ」と、感想を漏らしたほどだ。
この点では、第2護衛隊群は幸運だったかもしれない。
不信感を持つ派閥はあっても、全体としては良好な関係であったからだ。
[あしがら]の向井基樹1等海佐の突然の要請に柔軟に対応したのもそのためだ。
「さて、始めるとするか」
急遽転進し、フィリピン近海で第2航空艦隊と第2護衛隊群と合流した近藤は重巡[愛宕]の艦橋で、作戦の開始を告げた。
コレヒドールに立てこもるアメリカ軍将兵たちは朝日と共に、マニラ湾を封鎖するように展開する日本の大艦隊の艦影に呆然となった。
撤退を決めたマッカーサーの命令に従い、順次コレヒドール島を脱出しているものの、日本軍がこれほど早く対応するとは思わなかった。
まだ、半数の部隊が残っている。
すでに、マッカーサー以下の司令部首脳は、脱出しバターン半島に向かっている。
彼ら守備隊の任務は、可能な限り撤退の時間を稼ぎ日本軍のマニラ上陸を少しでも遅らせる事だった。
捨て石ではない。これ以上は限界と思えば降伏せよと指示も受けている。
「ジャップめ、ヤンキー魂を舐めるな!!ファイア!!!」
海側に設置された砲台が火を噴いた。
それに対する日本海軍の返事は、第2航空艦隊の戦艦[金剛][榛名]、第2艦隊の[愛宕]以下第4、第5、第7、第8各戦隊の重巡からの一斉艦砲射撃だった。
それは、イージス護衛艦[あしがら]と[きりしま]のレーダー管制によって正確に目標を破壊していった。
「さぁてと、第2段階に移るかな」
[あしがら]のCICで、紺色の作業服ではなく、ブルーを基調としたデジタル迷彩服と黒の防弾チョッキに身を包んだ向井がつぶやいた。
「まあ、止めませんが・・・自分がいい歳をしたおっさんだという事だけは、忘れないでくださいよ」
「誰がおっさんだ!?」
「艦長です」
「ご心配なく、向井大佐は私が守ります」
いつもの海軍の制服ではなく、海軍陸戦隊の服装に身を包んだ廚省平中尉がそう述べた。
そして、海軍で採用されたばかりの防弾衣を着用している。これは、未来の日本から技術援助で開発された防弾衣である。当時の物とは異なり、かなり軽量化されている。
「よろしくお願いしますよ。危ないと思ったら、艦長を盾にでもしてください」
「権藤・・・後で覚えていろよ・・・では、行ってくる」
「はい、幸運を。艦長の帰る場所は我々が必ず守ります」
挙手の敬礼をして、副長の権藤信康2等海佐は指揮権を引き継いだ。
向井は特殊作戦を実行するSBU(特別警備隊)とS(特戦群)その他の支援のため、陸上自衛隊に所属していた海自隊員や教育隊時代に陸警訓練の成績優秀者等で編成された後方支援隊の指揮を任されていた。
すでに、ルソン島に潜入しているSと、警察団団長の本庄が一時的に指揮を執る海上保安庁のSST(特殊警備隊)とSAT(特殊急襲部隊)の精鋭隊員で編成された混成部隊。
この3つの特殊部隊が共同でコレヒドール攻略と同時進行で、あるミッションを遂行する。
その為の陽動作戦がコレヒドール攻略だ。
だが、これは派手な単なる虚仮脅しではない。
アメリカ軍の目を海に向ける為の艦砲射撃は島の形を変えるのではないかと思う程、壮絶だった。
そして、もう1つ。
轟音と共に飛来した巨大な影に、それを見たアメリカ軍兵士たちは、頭の中で時間が停まったような錯覚を憶えた。
頭上を通り過ぎる、巨大な飛行機群。
ただし、B-52ではなくC-130輸送機5機の編隊。
その開かれた後部ランプから吐き出されたのは、空挺団ではなく帝国軍の航空隊が使用する、陸爆用の爆弾だった。
「何で、爆撃機の真似事をしているんだ、俺たちは?」
滑車に積まれた爆弾を人力で押し出すという極めて原始的なやり方で、爆弾を落としながら空自の隊員がぼやいた。
「仕方無いだろう。ご老体をムチ打ってノーフォークまで空爆しに行った爺さんは、念入りに整備しないと駄目なんだから・・・」
「誰だ、C-130を爆撃機として使おうなんて言い出した変人は?」
「最終的にゴーサインを出したのは、うちの幕僚長だが、具申したのは総隊司令官付きの特殊作戦チームの連中だそうだ」
「あいつらか~!!」
「お前ら、ぼやいていて爆弾と一緒に飛び出すなよ!!」
空曹が注意する。
最も、その空曹からして釈然としていない表情をしていた。
「こうなりゃヤケだ、覚悟しやがれ、アメリカ軍!!」
ボトボトという感じで爆弾を落とす、やる気の無い空爆だったが、効果は十分だった。
ただ落とすだけなのでまともな爆撃にはならなかったが、要塞内にいる将兵たちに精神的な圧力を与えた。
これは別に独創的な戦術ではない。
1982年に起こったフォークランド紛争で、アルゼンチン軍がC-130輸送機を即席の爆撃機として使用した。
結果、不発に終わり成功はしなかったが、発想の転換としては考えさせるものがある。
もっともこれをやらされている立場からすれば、「何でだ!」と言いたいだろうが。
この後、AH-64D[アパッチ・ロングボウ]が飛来し、対空砲、機関銃陣地を破壊した。
空の安全を確保した後、C-130、C-2が飛来し、機内から第1空挺団の第1普通科大隊と挺進団の1個大隊が降下した。
アメリカ軍はヤンキー魂に恥じないように強固に抵抗したが、第1空挺団の火力の前に次々と倒れていった。
さらに、帝国陸軍の挺進団の装備はこれまでの38式騎兵銃等ではなく、未来の日本から供与された64式7.62ミリ小銃を元に開発された64式7.62ミリ小銃改Ⅱ型である。
64式7.62ミリ小銃改Ⅱ型は短銃身型である。ちなみに64式7.62ミリ小銃改Ⅰ型は部品数等が減っただけで、ほとんど64式7.62ミリ小銃とは変わらない。
このためコレヒドールに駐留するアメリカ軍とは火力の差があり、アメリカ兵の死体の山を築くだけであった。
[しょうない]型輸送艦1番艦[しょうない]から吐き出されたAAV7A1(水陸両用車)は、AH-1S[コブラ]の上空援護の元、コレヒドール島に上陸を開始した。
輸送艦[しょうない]は、[おおすみ]型輸送艦の後継艦として建造された。前型の[おおすみ]型輸送艦をはるかに超える輸送能力を持ち、完全武装の陸上自衛隊員1000名強を収容することができる。
[おおすみ]型輸送艦より大型化され、大型ヘリコプターを10機搭載することができる。
今回の派遣では3隻が投入され、この作戦では水陸機動団の1個連隊を装備、資材と共に収容している。
[いずも]型をベースにしているが、[いずも]型よりも大きい。
さらに、[しょうない]型2番艦の[ゆみがはま]から発艦したCH47JA[チヌーク]3機は空挺団と挺進団が確保した飛行場に強行着陸し、機内から普通科連隊と北部方面軍から選抜された、元関東軍の最精鋭の歩兵連隊と騎兵隊を吐き出した。
60式装甲車のデータを元に開発された60式装甲車改は、初陣であったがアメリカ軍の築いた防衛陣地を突き崩す凄まじい働きをした。
北部方面軍副司令官の石原莞爾中将が自ら選抜、編成しただけあって練度、士気共に桁違いであった。
そして、騎兵隊。
よもや、輸送艦から空を飛んで直接敵陣地に降り立つなど初めての経験だろうが、人馬とも全くそれを感じさせない動きで、防衛陣地後方に回り込み、銃撃と白兵戦によって死体の山を築いていった。
「大和魂のなんたるかを見せてやれ!!」
軍刀を振りかざして指揮を執る陸軍中尉は、どこか石垣に似た顔立ちをしていた。
それもそのはず、彼の名は石垣達美陸軍中尉。
石垣の祖父であった。
自分の率いる騎馬小隊の先頭に立ち、アメリカ軍の陣地内に突入しその機動力を駆使して敵を攪乱した。
栗毛の馬に跨り、巧みに手綱を操りながら次々と敵を斬り伏せていく姿をたまたま見た自衛官は「軍刀であんなに人が斬れるのか?」とつぶやいた。
またある者は「秋山好古か?」とつぶやいた。
水陸機動団第1連隊第1中隊第1小隊隊長の朝野秋吉3等陸尉は、第1中隊がレンジャー資格者とそれに相当する能力の持ち主で編成された、特殊中隊という事でアメリカ軍の暗号奪取を命じられ、AAV7A1では無く、CH47JAに搭乗して要塞内に降り立ち、司令部の建物に侵入した。
しかし、通信機器は破壊され、書類等は焼却処分された後だった。
「まあ、そうだろうな・・・」
朝野はつぶやいて、本部に報告を入れた。
本部からの返信は、屋内に潜伏している兵がいないか確認しつつ帰投せよというものだった。
本部の方も、予想の範囲内だったのか反応はあっさりしたものだった。
「よし、撤収する」
朝野は部下にそう指示を出した。
周囲を警戒しながら、通路を進んで行く。
司令部に残存していた兵士等は、全て戦闘に参加しているのか、人の気配は感じられなかった。
ゴトッ!
微かだが、音が聞こえた。
このドアの向こうだ。
そう直感した朝野は手で合図を送る。
全員が壁に張り付き突入の態勢を取る。
ダン!!
ドアを蹴破り、手榴弾を投擲した。
ドーン!!
爆発音と共に、衝撃が部屋を揺るがす。
「突入!!」
朝野の命令と共に、隊員が89式5・56ミリ自動小銃を構えて雪崩れこむ。
「・・・・・・」
朝野は注意深く周囲を見回した。
兵員食堂らしく、広い。
手榴弾の爆風でテーブルやイスが壊れて散乱していた。
人の気配は感じられなかった。
「・・・気のせいか?」
隊員たちはくまなく部屋の隅々まで探したが人っ子一人いなかった。
「ネズミか何かか・・・」
誰かがつぶやく。
「ん?」
朝野は自分の足元に爆風でボロボロになった新聞の切れ端を見つけた。
その見出しを見て朝野はポカンとなった。
「・・・[日本に宇宙人現る]何だこれ?」
思わず拾って、書かれた英文を読んだ。
「宇宙人って、俺たちの事か?」
破れて読めない部分もあるが、宇宙人という単語は置いておいても自分たちの事がかなり正確に書かれていた。
暗号は奪取できなかったが、これはこれで貴重な情報かもしれない。
そう思った朝野はそれを大切に仕舞った。
激戦の続く最中、普通科小隊の小隊長である1尉は敵陣の一角にあるものを発見した。
「こちら、第3小隊。中隊指揮所、応答願います」
「こちら、第2中隊指揮所。感度良好、状況を知らされたし」
「敵陣地に白旗を確認。指示を乞う」
それを聞いた中隊長の3佐は、双眼鏡で確認をした後、通信回線を開いた。
「こちら、第2中隊長。全部隊に告ぐ、発砲中止。発砲中止」
銃撃音が止んだ。
防衛陣地のあちこちで、M1ガーランド、M1903A2等に結び付けられた白い布が振られているのが確認できる。
「アメリカ軍に告ぐ、抗戦の意思無くば、小銃を頭上に掲げて投降せよ。ジュネーブ条約に則り、貴官らの安全は保障する」
やや硬さはあるものの、明瞭で正確な発音の英語が拡声器から流れるのを聞きながら、アメリカ軍兵士たちは顔を見合わせた。
よもや日本人がここまで正確に英語を話せると思わなかったらしい。
1人、2人と小銃を頭上に掲げて、兵士が姿を現した。
「命拾いしたな・・・」
馬上から敵兵を冷ややかに見下ろして、石垣は軍刀を突き付けたアメリカ兵に言葉を掛けた。
「行け、あの連中ならお前たちを丁重に扱ってくれるはずだ。ノモンハンで味方ごと重機関銃で我が戦友たちを葬ったソ連兵よりずっとマシだ」
よろよろとした足取りで、投降していくアメリカ兵を見送って、石垣は陸自から貸与された通信機のスイッチを入れた。
「残敵を確認しつつ帰投せよ。なお、無抵抗の兵には危害を加える事を禁ず」
了解の返信を受け、石垣は軍刀を鞘に収めた。
「つくづく甘い連中だ、こんな甘さでソ連兵と戦えるのか?」
冷ややかに石垣はつぶやいた。
コレヒドールは半日の戦闘で、日本軍の手に墜ちた。
第2護衛隊群旗艦[かが]の飛行甲板に着艦した、V-22J(ライセンス修得して国産化されたオスプレイ)から降り立ったのは、星柿と本庄。そして、SSTとSATの隊員25名。
「まさか、陸海の特殊部隊と海保と警察の特殊部隊が、共同で特殊任務を遂行する事になるとはねぇ」
すでに[あしがら]から[かが]に乗艦している向井は第2護衛隊群首席幕僚の久賀信也1等海佐に話しかけた。
「今回の件は予定外の事だ、ならば速やかに事態を収束させる必要があるからな」
「そうだな」
2人の視線の先に本庄の前に整列するSSTとSATの隊員たちがいる。
「作戦内容は伝えた通りだ、君たちの働きに期待する」
「「「はっ」」」
本庄の訓示にSSTとSATの両隊員たちが、一斉に敬礼した。
「作戦開始は4時間後だ。向井、必ず戻って来いよ」
「了解、あの連中の支援はバッチリだ。一緒に土産を持って帰って来るから楽しみに待っていてくれ」
向井はにやっと笑って、挙手の敬礼をした。
荒ぶる妖蝶 第1章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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