時間跳躍 第1章 日本国リーダーの決断
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
首相官邸首相執務室。
この国の首相である原田辰三は閣僚数人と昼食会をしていた。
和気あいあいには程遠い、どちらかといえばお通夜のような雰囲気だった。
それもそのはず、中国の崩壊に端を発した長期的経済不況は、日本に深刻な影を落としていた。
「総理。現在の状況はどう検討しても、打開策はありません」
経済産業大臣である石田が悲痛な表情で、告げた。
「そんな事はわかっている。いつまでもそんな考えでは、この経済難から脱出できない。石田君は経済産業大臣だ。頭をやわらかくして、様々な角度から打開策を考えたまえ」
原田は穏やかな表情で言った。
「まったく、昼食会がある度に、いつも同じ事を言う。これじゃあ、君じゃなくて誰が来ても一緒ではないか」
防衛大臣の正岡が厳しい口調で言った。
「そういえば防衛相。朝鮮半島の情勢についてどう考えている?」
原田が質問すると、正岡はまるで解答を用意していたかのように応える。
「第2次朝鮮戦争の勃発は時間の問題です。中国が崩壊し、元が紙くずになってから、アメリカは朝鮮戦争が勃発するように北に経済制裁を行っています。ロシアの方も、中国の政権崩壊に乗じて、国境に軍を貼り付けています。表向きは、内戦状態の中国の各勢力の牽制のためだそうですが、どさくさ紛れの中国侵攻。ついでに、朝鮮半島も・・・という下心が見え見えですね。このまま行けば北は間違いなく自暴自棄で暴走し、南進を開始するでしょう。北が南進を開始したと同時にアメリカは集団的自衛権を行使し、兵を派兵するでしょう」
正岡の言葉に原田は腕を組んだ。
「傀儡国家同士を戦わせて、アメリカとロシアはその戦争で一儲けする訳か・・・あざとい商売だ・・・」
「我が国の現状を考えれば、アメリカやロシアだけではありません。我が国も一儲けするチャンスです。戦後、勃発した朝鮮戦争で我が国経済は回復しました。また、同じ機会が巡ってくるのです。汚く儲けて、きれいに使うというのも、この際必要ではないでしょうか・・・過去の政治哲学者も言っています、権力者は醜聞は恐れても、悪評を恐れる必要はないと。何より、我が国の周囲はそれを実行して、国際社会から非難されても平然としている国ばかりですからね」
正岡の痛烈な言葉に原田は苦笑した。
確かに、現状の世界的な経済不況は、出口の見えないトンネルのようなものだ。この世界的不況を打破するには犠牲の羊が必要だ。しかし、その中心となった国は不幸だ、経済回復どころではない。国が滅ぶ寸前にまで追い込まれる。滅ばなくてもひどい傷を負う事になる。
悪く言えば、火事場ドロボー根性の、強欲な悪徳商人どもがどさくさ紛れに利益を貪るのだから。
しかし、正岡を窘める者は1人もいない。原田以下他の閣僚たちも、内心では彼と似たような事を考えているのだから。
もっとも、アメリカやロシア、日本が望んでいるように事が運ぶとは考えにくい。
政権が崩壊したとはいえ、中国国内の動きも不穏だ。内戦状態で混乱している上に、各自治領が独立を宣言し、これまでのお返しとばかりに、これまで政府の保護を受けていた領内の企業や国民に対し、暴動を起こし、略奪、暴行、虐殺が日常化している。国連から治安維持軍が派遣されているが、武装勢力の攻撃でかなりの被害が出ているという情報も入ってきている。
国連やアメリカからは、自衛隊の派遣を要請されているが、国内では野党や反戦団体が猛反対している。
うかつに、自衛隊を派遣すれば現地の反日感情を刺激する事はわかっているので、何とか先伸ばししているが、もう限界だ・・・
もしも、東アジアを中心として第3次世界大戦勃発なんてことになれば、アメリカやロシアはともかく、日本の受ける打撃は計り知れない。
「・・・・・・」
すっかり、まずくなった昼飯の弁当を原田は口の中に放り込んだ。
「話が詰まっているようだな」
「「「!?」」」
原田たちは突然響いた男の声に驚いた。
「誰だ!」
原田は声がした方に振り返った。
そこには薄い褐色の肌の若い男が立っていた。
「お前、どこから侵入した!正門には警察官がいたはずだ!」
正岡が声を上げる。
「確かに正門には衛兵がいたな。しかし、中は誰もいない」
薄い褐色の肌の男は穏やかな笑みを浮かべながら言った。
原田が執務室にある内線電話に手をかける。
「おっと、物騒な事はよそう。私はこの国の未来のためにここに来たのだから」
「この国の未来?」
原田が内線電話から手を下げる。
「そうだ。あ、名前も知らない奴と話し合いはできないな。ダニエルとでも名乗っておこう」
「ダニエル・・・?」
「そう。ダニエル」
「ダニエル氏。我が国の未来とはどういう事だ?」
正岡が警戒した目つきで尋ねた。
「正確に言えば、過去の日本の歴史を変えるのだがね」
ダニエルの言葉に原田たちは顔を見合わせた。
彼の言った意味がわからないのだ。
ダニエルは説明を始めた。
彼は管理世界という世界からやって来た人物で、新しい発見のために今の日本にやって来た。ダニエルの目的は自衛隊を過去の日本・・・大東亜戦争時に送り込み、歴史を変えるのだ。
過去を変える事で、その後の世界の進む方向を変える。そして、それを記録する。
彼の目的を簡単に説明すれば、こういう事だ。
ダニエルの長い説明を聞いていた原田以下数人の閣僚は顔を見合わせた。
「どうだ、悪くない話だろう」
ダニエルが自信のある口調で言った。
「その話が本当なら、これは我が国と世界の情勢を変える事ができる大チャンスだな・・・」
正岡が腕を組みながら告げた。
「防衛相。貴方はこんなオカルト話を信じるのですか?」
外務大臣の黒田が信じられないと言った表情で言った。
「では、外務相。貴方はこの男がどうやって首相官邸の執務室に入って来たか説明できるのかね?首相官邸の警備態勢は諸外国と比べれば十分とは言えないが、警備はしっかりしている。その警備網の中を誰にも見つからず、ここに来た。過去の日本に行ける、と言っても何ら不思議ではない」
「・・・・・・」
正岡の言葉に黒田が黙り込んだ。
「しかし、防衛相。私にはとても信じられません。太平洋戦争時代の日本にタイムスリップするなんて・・・」
石田が額の汗を拭いながら、言った。
「それは私も思うが、彼の存在がそれを証明しているのではないか?」
正岡が引き下がる事もなく言い張る。
「総理。貴方はどう思われますか?貴方の意見で他の者たちの意見も変わるでしょう」
正岡は腕を組み、目を閉じて、じっと考えている原田に振った。
原田は目を開け、口を開いた。
「防衛相の言い分はもっともな意見だと思う。私も同意見だ。しかし、タイムスリップ等、私には到底理解できない。本当に可能なのか?ダニエル氏」
原田はダニエルに視線を向けた。
「可能だ」
ダニエルはきっぱりと言った。
原田はダニエルの目をじっと見た。
ダニエルと名乗った男は、目を逸らす事なく原田の視線を受け止める。
彼の、灰色の目に嘘は感じられなかった。原田は目を閉じて、息を吐き出した。
「わかった。信じよう」
「総理!」
黒田が声を上げるが、原田は手を上げて、止めた。
「黒田君。君の言い分はわかるが、私は彼が嘘を言っているようには思えないのだ。なぜなら、ここで嘘を言う理由が思いつかない」
「・・・総理がそこまでおっしゃるのでしたら」
黒田も額の汗を拭いながら、言った。
原田は正岡にも視線を向けるが、彼も自分の決断を承諾したようにうなずいた。
「それで原田首相は私の案を採用するのかね?」
ダニエルがそう言うと、原田は首を振った。
「それとこれとは話が別だ。過去の日本があるから、今の時代がある。過去を変えれば今の時代は存在しない。そんな事が許される訳がない」
原田の言葉に反論したのはダニエルではなく、正岡であった。
「総理。今の時代が良かったと言えますか?むしろ、太平洋戦争の時代から世界は狂い出したのです。考えてみてください。太平洋戦争が終結後、世界はアメリカと旧ソ連の支配の元、冷戦に突入し、代理戦争をする羽目になりました。そして、冷戦が終結した後もその歪みから、更なる紛争が発生しています。今の平和は本当の意味での平和とは言えません」
「・・・・・・」
原田は言葉を失った。
彼も正岡の言っている事は理解できない訳ではない。確かに今の時代の平和は偽りの平和だ。太平洋戦争時代の日本に自衛隊を送れば確実に戦況は変わるだろう。しかし・・・敵は現在の日本の同盟国であるアメリカだ。
アメリカを敵にする。これが原田の決断を躊躇わせていた。
「少し、時間をくれないか」
原田は考える時間を求めた。
公務を終えた原田は首相公邸には戻らず、首相官邸の執務室の椅子に腰掛けていた。
「・・・・・・」
原田は天井を眺めながら、考え込んでいた。
昼食会に現れたダニエルと名乗った男の提案を何度も頭の中で思い出していた。
原田はため息を吐くと、ポケットから煙草の箱とライターを取り出した。
煙草の箱から1本取り出し、口に咥える。
火をつけると、原田は煙草の煙を肺一杯に吸い込み、吐き出した。
ちなみに、首相官邸の執務室は禁煙である。
ちょうど、コーヒーを持ってきた秘書が、一瞬顔をしかめたが、何も言わなかった。
秘書も、首相の厳しい立場をわかっているから、これくらいのルール違反は目をつぶるということだろう。
彼は煙草を咥えたまま、パソコンの電源を入れた。
パスワードを入力し、パソコンを開くと、インターネットを開き、文字を入力していく。
原田が開いたページは太平洋戦争である。
「・・・・・・」
彼は防衛相の正岡の言葉を思い出した。
「総理。今の時代が良かったと言えますか?むしろ、太平洋戦争の時代から世界は狂い出したのです。考えてみてください。太平洋戦争が終結後、世界はアメリカと旧ソ連の支配の元、冷戦に突入し、代理戦争をする羽目になりました。そして、冷戦が終結した後もその歪みから、更なる紛争が発生しています。今の平和は本当の意味での平和とは言えません」
(正岡君の言い分ももっともな事だ)
原田は心中でつぶやき、頭の中で、太平洋戦争後の歴史を思い浮かべていた。
朝鮮戦争、キューバ危機、ベトナム戦争、湾岸戦争、ソマリア等の戦争等、様々な紛争が頭の中を過ぎった。
あの悲惨な戦争で、多くの血が流れた。人間はそれを教訓に、新たな平和を築くはずだった。
武器無き平和などという戯言を、本気で信じている者は、政治の世界に関わっている者の中には誰もいない。例え、口で戦争反対を唱えていてもだ。
無知のまま、反対を唱えても世界の誰からも相手にされない。
自国を守るのは、自国の軍だけ・・・それが、世界の常識だ。
「何を悩んでいる」
傍らからいるはずの無い男の声が聞こえた。
原田は苦笑を浮かべながら、顔を上げた。
「また、不法侵入か?」
原田の言葉に男は笑みを浮かべた。
「通常のやり方で、ここに来ると、面倒な手続きをしなければならないからな。こっちの方が早い」
ダニエルの言葉に原田の苦笑が深くなった。
こんなにあっさりと警備網をすり抜けられたら、警備態勢がずさんに思えてしまう。
「まだ、私の質問に答えていないぞ。何を悩んでいる?」
ダニエルの言葉に原田は煙草を携帯灰皿に始末すると、答えた。
「事はそう簡単にはすまないのだ。過去の歴史に介入するなど、神でも許されない事を・・・」
「神等、存在しない。あれは人間が作ったものだ」
ダニエルの言葉に原田は彼の顔をじっと見た。
「私はいくつもの世界を見て来た。どの世界の人間も神を創りたがる。しかし、実際にはそんなものは存在しない。自分たちの悪行を神のせいにして、自分を正当化する言い訳なのだよ」
「・・・・・・」
ダニエルの言葉に原田は言葉を失った。
彼の言う通りだからだ。
人間は神の名の元に、略奪、暴行、虐殺を繰り返して来た。
「どの世界も同じことを繰り返す。しかし、我々は違う世界を作ろうと考えた。それが・・・」
「過去への介入か?」
ダニエルが言おうとした事を原田が引き継いだ。
「そうだ」
ダニエルがうなずく。
原田は腕を組んだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人はしばらく沈黙した。
「ダニエル氏」
長い沈黙の後、原田は口を開いた。
「貴方の考えを採用する」
「ようやく決断してくれたか」
原田は内線電話の受話器を取ると、秘書に連絡した。
「こんな時間にすまないが、防衛相と外務相、統幕議長(統合幕僚議長)、官房長官を呼んでくれ」
連絡を終えると原田は受話器を置いた。
1時間後、防衛相の正岡、外務相の黒田、官房長官の馬淵、統合幕僚議長の山縣幹也海将の4人が首相官邸首相執務室に顔を出した。
「総理。至急にという事ですが、何かありましたか?」
馬淵が代表して尋ねた。
正岡と黒田はなぜ呼び出されたか、わかっているかの表情をしていた。
「その話の前に1人、紹介しておきたい」
原田がそう言うと、ダニエルが口を開いた。
「ダニエルだ」
「いったい彼は?」
馬淵がもっともらしく質問した。
原田は咳払いしてから、爆弾を炸裂させた。
「今の日本・・・いや、世界を変える事ができる提案をしてくれた人物だ」
原田の言葉に馬淵は首を傾げた。
「総理。ついに決断してくれましたか?」
正岡が口を開いた。
「ああ。自衛隊の出動を決めた」
原田の言葉に正岡と黒田はうなずき、馬淵と山縣は意味がわからないと言った表情を浮かべた。
「いったい、何の話ですか?」
馬淵が尋ねた。
「現代ではなく、過去の日本に自衛隊を出動させる」
原田はそう言うと、経過を知らない馬淵と山縣にすべてを話した。
「何と言うか、途方もない話ですね」
山縣がつぶやいた。
「私の頭ではついていけません」
馬淵が額の汗を拭きながら、つぶやいた。
「私も最初はそうであった。しかし、ダニエル氏がどうやってここに来たのかを考えれば、信じられる」
原田の言葉に馬淵はうなずいた。
「確かにそうではありますが・・・」
馬淵の返答を聞いて、原田は正岡に顔を向けた。
「正岡君。現在の自衛隊の力で過去のアメリカを倒せるか?」
原田の問いに正岡は難しい表情をした。
「正直言いまして、それはわかりかねます。詳しくは研究してみない事には・・・」
正岡が山縣に視線を向けながら、告げた。
「統幕議長。意見は?」
原田は山縣に問うた。
「私も防衛相と同じ意見です。詳しい事は研究しなければわかりませんが、私個人の意見でよろしければお話ししましょう」
「それだけでも、構わない。話してくれ」
原田の言葉を聞いて、山縣は咳払いして、口を開いた。
「ご存知と思いますが、自衛隊はアメリカ軍と連携して、日本の防衛を行う軍事組織です。独自に日本の防衛を行えるようには創られてはいません」
山縣は少し間を空けてから、説明を再開した。
「自衛隊の全戦力を過去の日本に派遣したとしても、アメリカに勝つ事はできません。講和に持ち込む事が限界です」
「全戦力!?」
「それは不可能だ」
馬淵が絶叫し、原田は冷静につぶやいた。
「統幕議長。80年も前のアメリカ軍等、現代の自衛隊の戦力ならば1個艦隊で全滅させる事ができるのではないですか?」
黒田が言った。
「確かに海自(海上自衛隊)の1個護衛隊群の戦闘能力なら、当時のアメリカ太平洋艦隊と互角にやりあえます。しかし、アメリカの工業能力を侮ってはいけません。当時のアメリカでも、1年あれば100隻の軍艦を建造する事ができます。対してこちらは、弾薬に限りがあります」
「それでは、アメリカの工業地帯を爆撃すればいいじゃないですか?」
馬淵が言った。
「官房長官。事はそう簡単にはいかないぞ。アメリカの工業地帯を爆撃しようにも、当時の大日本帝国にはそれを行う戦略爆撃機がない、それに、確かアメリカの戦略爆撃機の、B-29の初飛行は1942年だったはず。我々が介入する事で確実に戦局は変化するだろう、場合によってはBー29の投入を早める可能性も考慮せねばならない。当時のアメリカ軍の戦略能力も侮れない」
正岡の言葉に原田たちは唸り声を上げた。
「これは研究が必要だな・・・」
原田の言葉に執務室にいた者たち全員がうなずいた。
時間跳躍 第1章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください
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