碧血の海 第10.5章 未来を視る星
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
アメリカ合衆国メリーランド州アナポリス。
その町並みと海が一望できる小高い丘の上で、彼はぼんやりとした表情で寝転んでいた。
季節は冬。ハッキリ言って寒い。
しかし、そんな事など吹っ飛んでしまう程の衝撃が、アメリカ全土に走っていた。
ハワイ失陥、パナマ運河破壊、そしてノーフォーク壊滅。
悪夢のような出来事の三拍子に、今年のクリスマスは今世紀最悪のクリスマスになるだろう、そう思った。
そんな事はどうでもいい事だが・・・
彼はふと考える。
もしも、日本が日独伊三国同盟を結んだまま祖国との戦争に踏み切っていたらどうなっただろうと・・・
すでに終わってしまった事に、もしもなどと言っても、詮ない事だが想像する事くらいは許されるだろう。
空を見上げたまま彼は想像の翼を羽ばたかせる。
「恐らく、ドイツは日本に引き摺られる形でアメリカに宣戦布告をするだろうな・・・そうなれば、大統領は選挙公約を破る事無く堂々とヨーロッパ戦線に介入できる」
先の大戦で敗戦国となったドイツに、アメリカの経済界は多額の投資をしている、世界大恐慌の折に殆んど引き揚げたとされているが、本当の所はわからない、ナチスの潤沢な政治資金源の出所は今もってわかっていないのだから。仮にもし、下らない噂が本当なら、万が一ドイツと事を構える事になれば、その資産は凍結されるだろう。そうなれば、経済界が被る打撃は計り知れない。
経済界の支持を失う訳にいかない大統領としては、ドイツに宣戦を布告されるのは願ったり叶ったりだろう。
売られたケンカは買うとばかりに、軍の派遣をするだろう。
「所詮、軍隊は政治家の道具・・・というわけですね」
無意識に皮肉な笑いが浮かんだ。
しかし、世の中そう上手くはいかない。
踏み台にしようとした小国に、思い切り足元を掬われる事になってしまった。
今ごろ、政府も軍部も大騒ぎだろう。
「しかし・・・中々、面白そうな国ですね・・・日本とは・・・」
まだ、1度も行った事は無いが出来れば死ぬまでには行ってみたいものだと思っている。
「よっこらしょ」
石垣とさほど変わらない、年齢にも関わらず年寄り臭い掛け声と共に、彼は上半身を起こした。
黒髪にやや褐色がかった肌、光の加減で金色にも見える薄い鳶色の瞳。彼の父は生粋のヨーロッパ系アメリカ人だが、母は先住民の出身だ。
彼の外見は、母方の遺伝が色濃く出ていた。
自由と平等。合衆国憲法に明記されながらも現実は厳しい。
父と母の恋愛は厳しいものだった。
周囲の無理解と反対を押し切って、父は母と結婚した。
最初は結婚に反対していた父の両親も、母の誠実な人柄に触れ、最終的には祝福してくれた。
そんな、暖かな家庭で彼は生まれた。
家庭環境は良かったが、周囲はそうでも無かった。
白人と異なる外見に、彼と進んで友人になろうとする者は皆無だった。
それを、特に気にする事無く彼は成長し、海軍軍人だった父と同じ道に進んだ。
彼、レイモンド・アーナック・ラッセル、アメリカ合衆国海軍予備役少尉は1941年12月中旬当時、無役の無聊をそれなりに満喫していた。
その日々も終わりそうだ。レイモンドはポケットから1通の封書を取り出した。
それは、太平洋艦隊司令部からの出頭命令書だった。
1941年、12月31日深夜。
後、数分で時計の針は新しい年を、示そうとしていた。
ゴオォォォォォン!!!
鈍い音が、艦内に響き渡った。
「何だ、今の音は!?」
特殊任務の命令を受け、ハワイ近海を潜航して無音航行していたガトー級潜水艦の発令所で、副長の大尉は声を上げた。
「外部の音ではありません。艦内と思われます」
「どこかのバカが、盛大なカウントダウンパーティーでもやったんだろう・・・」
振り返ってそう告げるソナー員の声に、艦長の少佐は、こめかみに怒りマークを浮かべながら、小声でぼやいた。
「何のための無音航行だ!!」静粛を徹底しているため、怒鳴ったりはしなかったが、艦長の表情が、その声を代弁していた。
ここは、現在敵の領海だ。幸い駆逐艦が居なかったから良いものの、もし音を拾われたりでもしたら、大変な事になる。
彼らの任務は、現在日本軍に占領されているハワイ、オワフ島にある荷物を届け、5日後に回収する事だ。
それ以外は知らされていない。
「・・・・・・・」
ガトー級の兵員室の狭いベッドの上で、レイモンドは天井にぶつけた頭を抱えて、声にならない声を上げて呻いていた。
「だ・・・大丈夫ですか。ラッセル少尉?」
くすんだ金髪に、灰色がかった青い目、そばかすだらけの顔の少年の面影が残る青年が、心配そうに声をかけてきた。
名と階級は、確かマーティ・シモンズ2等水兵だったな。ぼやけた記憶を探る。
「大丈夫」
そう答えながら、レイモンドは寝惚けた頭を覚醒させた。
「間もなく予定海域だそうです。艦長が発令所に来て欲しいとの事です」
「了解した」
潜水艦に乗艦していながら、彼らは私服姿だった。
狭い通路を歩きながらレイモンドはぼんやりと考え事をしていた。
アナポリス海軍兵学校を、それなりに好成績で卒業したものの、白人とは違う外見が理由かどうかはわからないが、配属先が決まらず、ずっと予備役のまま現在に至る。
父親に頼めばそれなりの場所に配属されるだろうが、父親はドイツがポーランドに侵攻した年に、特殊任務のため大西洋に潜水隊を率いて出港したが、消息不明になった。
恐らく、Uボート部隊と遭遇したのではないかと言われている。
生きていて欲しいと願っているが、無理なのでは、という諦めの気持ちもある。
「少尉、前!!」
「!?」
ゴオォォォォン!!
何度も言うが、潜航中の潜水艦内は静粛が絶対である。
今頃発令所では、艦長がカンカンだろう。
「・・・・・・」
内壁に張り巡らされた配管の出っ張った部分にぶつけた頭を押さえながらレイモンドは苦笑した。
「あの・・・失礼ですが、緊張なさっているのですか?」
本当に心配そうな表情で、マーティは尋ねてきた。
「全然、むしろワクワクしているくらいだ」
「ワクワク・・・ですか?」
「そう、日本軍の秘密を探るなんて楽しそうだと思わないかい?」
「・・・・・・」
まるで、遊びにでも行くようなレイモンドの口調にマーティは絶句した。
下級とはいえ仮にも士官が、こんな言葉を口にするとは信じられないといった表情を浮かべていた。
「・・・まるで、頭のネジが何本か緩んでいるんじゃないかって表情だね」
「・・・い・・・いえ・・・申し訳ありません」
「フフッ、まあいいけどね」
レイモンドは先に立って歩き始めた。
「スプルーアンス少将から聞いたよ、君は[エンタープライズ]が撃沈されるのを見たんだろう?」
「・・・はい・・・」
「疑問に思わなかった?」
「?」
「海中から突然飛び出て来たロケット・・・潜水艦から発射されたのだろうけど、日本はいつの間にそんな技術を手に入れたのだろう?」
「・・・同盟を結んでいた時のドイツからじゃないですか?」
「ドイツでも、あんな意思をもったような軌道を取るロケットが開発されたという報告は無いよ」
「・・・・・・」
「僕は知りたいのさ、潜水艦だけじゃない。太平洋艦隊を壊滅させた信じられない速度の戦闘機群、ノーフォークを空爆した超高高度重爆撃機・・・それと、ここだけの話だけど、タブロイド紙に載っていた日本に現れた宇宙人の記事を見た事あるかい?」
「いいえ」
「日本で起こったある事件を解決するために、空中に制止した丸い小型のUFOみたいな乗り物からロープを伝って降りて来る宇宙服のような服を着た宇宙人の写真が載っていてね。中々面白い記事だったよ。宇宙人に会ってみたいと思わないかい?」
まるで、子供のような表情で嬉々と語る、士官をマーティは呆然と眺めていた。
この人の頭の中は、一面の花畑なのかも知れない・・・不安と共にそう思った。
そのため、注意をするのが遅れた。
ドーン!!
発令所に通じる水密扉にレイモンドは派手にぶつかってひっくり返った。
「「「・・・・・・」」」
開けられた水密扉の向こう側では、1人を除く発令所要員全員が冷たい視線で睨んでいた。
艦長は上げられた潜望鏡を覗く姿勢で、怒りに全身を戦慄かせていた。
「ハハ・・・ハ、そういえば日系人の知り合いが言っていたな・・・悪い事が二度あると、三度目があるって・・・」
海は闇に包まれていた。
月も雲間に隠れている。絶好のチャンスだった。
「5日後に、ここで待っていろ。必ず迎えに来る、幸運を祈る」
「サー・イエス・サー。艦長も幸運を」
艦橋から敬礼をする艦長に答礼をして、レイモンドとマーティは降ろされたゴムボートに乗り込んで、オワフ島に向けてオールを漕いで行く。
「諜報活動の経験の無い者に、こんな無茶な任務を命じるとは・・・誰なのですか、発案者は?」
「さあな、俺たちには何も言えんよ。これがハワイ奪還のための布石だ。と言われればな・・・」
「・・・・・・」
ゆっくりと遠ざかるボートを見ながら、艦長は答えた。
碧血の海 第10.5章をお読みいただきありがとうございます。
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次回の投稿は11月23日を予定しています。




