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碧血の海 第10章 誰が為の世界

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 1941年12月上旬。


[オペレーション・テンペスト]の状況終了後、トラック泊地の洋上。菊水総隊旗艦[くらま]の幕僚室では、総隊幕僚会議が開かれていた。


 なぜ、[くらま]がトラック泊地まで進出しているのかというと、ハワイ、東南アジアのほぼ中間点に位置するため、不測の事態に即応しやすいのと、各情報の収集のためであった。


「ドイツに駐在武官として赴任している新居2等陸佐から報告があった」


 山縣はそう前置きして、陸自幕僚長の飯崎に振り返った。


「現在、北アフリカ戦線はロンメル将軍の後を引き継いだ将官の指揮の元、仏領チェニジアのザマにおいて、英仏連合軍をイタリア陸軍との連携によって撃破したとの報告がはいっている」


「「「ザマ?」」」


 出席している幕僚の何人かが首を傾げてつぶやいた。


 どうやらその地名が記憶に引っ掛かったらしい。


「紀元前にローマとカルタゴの間で起こった第2次ポエニ戦役の戦場の1つだ」


「ああ」


 何人かが納得したようにうなずいた。


「まだ、詳細は入っていないが、ロンメル将軍が抜けた事で弱体化するかと思われたドイツの機甲師団が勢いを増しているそうだ。それにドイツ空軍が積極的に支援を行っているらしい」


「・・・一体、新任の将官とは誰なのですか?」


 陸自の幕僚が質問する。


 飯崎は、少し困った表情を浮かべた。


「・・・私が聞きたい。ダーヴィット・ルーカス・ベーテルス大将。この名前に記憶がある者はいないか?」


「「「???」」」

 全員が一斉に首を捻った。


「・・・やはりそうか、ポーランド侵攻作戦で戦功を上げて、その後トントン拍子で昇進をしたそうだ。我々の知る史実では全く記憶にない人物だ」


 それを聞いて、全員が唸り声を上げた。


「これは、どういう事でしょうか?」


「歴史が変わったから・・・としか理由が思い浮かばない。というのが、私の意見だが・・・我々が歴史に介入した事により、無名だった1将校が泡末のように浮かんで来たとしてもおかしくはないが・・・自分を納得させるのさえ困難な理由だ」


「・・・・・・」


 質問に答えた飯崎に、全員が押し黙る。


「この件に関しては引き続き新居2佐が情報を収集している。しかし、ドイツ・イタリアが異常と言えるほど力を増していると言わざるを得ない」


「海軍軍令部第3部からの情報で、イタリア海軍が地中海の制海権確保に本腰を入れているそうだ。まだ正式に同盟をむすんでいる訳ではないが、スペインと手を組んでジブラルタル海峡を封鎖し、エジプトをイギリス本国と分断しようとしているらしい。実際、トラファルガーにおいて、封鎖を阻止しようとしたイギリス海軍と交戦。撃破したそうだ」


「・・・・・・」


 飯崎の後に発言した秋山の報告に全員が絶句するしかなかった。


「しかし・・・トラファルガーとは・・・スペインにとっては復讐戦のつもりなのでしょうか・・・?」


 しばらくのタイムラグの後、幕僚の1人が口を開いた。


「意趣返しと考えても間違っているとは思わない。イギリスに与える精神的打撃としては効果は高い」


 秋山は冷静な口調でそう述べた。


「後、私の予想では、マルタ島の制圧に乗り出すのではないかと思っている」


 それを聞いて海自の幕僚たちは唸った。


「・・・確かにあそこを基点にすれば、地中海全域に海軍を派遣しやすくなる。それに空軍基地を置けばエジプトを空爆するのにも有利だ」


 何人かが同調するようにうなずいた。





「しかし、東太平洋方面はともかく、東南アジア方面は想定外の出来事により予定を大幅に変更せざるを得なくなりました」


「それは仕方がない。それに、幾つかあった予想の1つが現実になっただけだ。マレー攻略が遅延しても、大勢は変わらないと見ている」


「まあ、完全に盲点だったのは沖縄諸島の1件ですね。12月8日の開戦と同時に仕掛けられるとは・・・第2護衛隊群と第2航空艦隊、第2艦隊が台湾に寄港したタイミングを狙っていたとしか思えません」


「[龍驤]を本土防衛の航空基地として残しておいたのは、正解でした」


「その件の詳しい報告は、鎮圧に当たった陽炎団と第5護衛隊群(予備艦隊)から上がって来てから検証する事になる」


 報告を終えて、秋山が着席しようとした時、最年少の海自の幕僚が立ち上がった。


「幕僚長」


「何か?」


「東南アジアの件ですが、[あしがら]が[プリンス・オブ・ウェールズ]と単艦で戦闘行為を行ったのは、あまりに問題があり過ぎるのでは?SSM-1Bで射程外から攻撃すれば事足りると言うのに、接近戦を敢えて挑むなど、乗員の命を危険にさらすなど信じられない愚挙と言わざるを得ません。この件は、艦長職の交代を論議する必要があるのでは?」


「・・・・・・」


 それを聞いて何人かの幕僚はため息をついた。


「・・・君は将棋をした事があるか?」


「は?」


 秋山の突飛な質問に幕僚は目を丸くした。


「・・・携帯ゲームでならありますが・・・」


「そうか。なら、わからないだろうな。古今東西の軍人たちは将棋や碁、チェス等を嗜むが、あれは単に遊んでいる訳では無い。そのゲーム全てに共通するのが、対戦相手がいるという事だ。勝つためには必ず相手の目や仕草からその心理を読み、相手の二手、三手先を読まねばならない。聞いた話ではプロの棋士は十手先を読んで駒を動かすそうだ。それと同じで戦争は心理戦だと考えても間違いではない」


 幕僚は首を傾げた。将棋とこの件とどう関係するのか理解できないらしい。


 秋山は構わず話を続ける。


「この件に関して私は向井1佐にあれだけの戦略眼があったという事に感心しているくらいだ。一見、3マイルまで接近するなど無謀に見えるが、自艦のステルス性を活かして敵に自艦のレーダー性能の未熟さを悟らせ動揺させ、砲撃戦では圧倒的に優位な戦艦の主砲を掻い潜って攻撃を仕掛けている。砲撃も当たらなければ意味がない、例を挙げるなら[アイオワ]級の主砲は90度旋回するのに15分かかる。[プリンス・オブ・ウェールズ]もその位はかかるだろう。その穴を埋めるのに副砲を使おうとしても、魚雷の自爆攻撃で衝撃波を受けていれば、艦体そのものは問題なくても内部はそうはいかない。特に、主砲や副砲の旋回に必要な電力を供給する発電機がダメージを受ければ十分な電力を送る事にも支障が出るだろうし、レーダー照準が極めて困難という状態では、手動で照準を合わさなければならないが、ジグザグ航行されれば弾道計算もままならない、半身不随にされたも同然だ。決して無謀とは言えない。それに、政治的意味合いもある。単に[プリンス・オブ・ウェールズ]が撃沈されただけならイギリス本国にとってはさほど打撃にならないだろう。何しろ[キング・オブ・ジョージ五世]級の戦艦は5隻ある、そのうちの1隻を失っても大局に変化無しと判断される。だが、その戦艦が格下の巡洋艦に翻弄された挙句に、潜水艦の雷撃で沈められたとなればどう思う?イギリス本国の連中、特に政治家たちは不安に駆られるだろう。もし、この情報が統治下の植民地各国に広まったらどうなるか?ヨーロッパ、北アフリカの戦局が不安定な今増援を差し向けるのも難しい状態では、彼らは選択を迫られる事になる。我々と戦争を続けるか否かとな」


「・・・・・・」


「まあ、向井がそこまで考えていたとは私も思っていない。彼は理詰めより、直感で動く所があるからな。ただ、我々はデータや艦の性能を相手どっているわけでは無い。人間と戦っている。それを忘れない事だ」


 わずかに秋山は苦笑を浮かべた。


 これでは向井を擁護し過ぎと取られるかもしれない。


 しかし、間違った事は言っていない。


 それまで、目を閉じて聞いていた山縣が目を開けた。


「私も秋山幕僚長と同意見だ。今までの我々はそこまで考えなくても良かった。しかし、これからはそうはいかない。特に現場指揮官は自己の判断で動かねばならない事もあるだろう。一々上に判断を仰いでいては間に合わない状態になる事もあるだろう。だから、陸海空の各司令、指揮官に独自の判断で動く事を私の責任で許可を出したのだ。戦争とは1つ1つの戦闘の積み重ねだ。1つの戦闘の結果が次の戦闘の結果に結びつく、1つの戦闘の結果だけで全てを判断していては戦局が変化した時に対応ができなくなる。1つの戦闘だけで評論するのは軍事評論家にでも任せておけばいい。我々はそれではいけないのだ、生き物のように変化し続ける戦局の先を常に読まねばならないのだ」


「申し訳ありません。出過ぎた発言でした」


 幕僚は頭を下げて、着席した。


「もっとも、貴官のような意見も必要だ。自衛隊は言論の自由が認められた国の組織だ。思った事は発言してくれて構わない」


 山縣も苦笑を浮かべながら、恐縮している幕僚に話しかけた。


「失礼します」


 慌てた様子で通信士が幕僚室に入って来た。


 通信士から通信文を受け取った山縣は、それを黙読してから顔を上げた。


「中国に潜入している諜報員からの報告で、ソ連が満州に侵攻を開始したそうだ」


「「「!!!」」」


「そんな馬鹿な!?」


 声を上げて立ち上がったのは、飯崎だった。


「新居の報告で、ソ連はロンメル将軍麾下の機甲師団の進軍速度に翻弄されて、連携が取れず次々と各個撃破されモスクワ近隣まで侵攻を許してしまっている。それに対抗するために、少しでも兵力を集中しなくてはならないのに、満州に侵攻どころではないはずだ!それにうかつに中国に手を出せば、アメリカが黙っていないだろう。支援を打ち切る等の制裁に踏み切る可能性もあり得る。この時期に支援を打ち切られれば受ける打撃は計り知れないはずだ」





 きっかけは些細な事だった。


 ノモンハンと旧満州の国境付近で偵察の任務に就いていた、ソ連の偵察小隊が、アメリカやイギリス製の武器で武装した集団の襲撃を受け、全滅する事件が起こった。


 生き残った兵士の証言で、その武装集団は民間人の姿であったが、武器も練度も軍人のそれであったという。


 救援に駆け付けた別の中隊が、潜んでいた武装集団を発見。交戦状態になり、数人を捕らえ尋問したところ、中国軍の兵士である事が判明したという。


 日本軍の南京虐殺等で暗躍した便衣兵であった。


 いわゆる民間人に偽装して各種の敵対行為を働く軍人の事であるが、これは悪戯に民間人の虐殺を招きかねない卑劣な存在であるが、正規軍にとってこれほど厄介な存在はない。

  

ゲリラともテロリストとも言われるが、結果的に自衛のために戦闘行為をせざるを得なくなり、無関係な民間人を巻き込んでしまう事になる。


アメリカもベトナム戦争、イラク戦争等で散々な目に遭っている。


勿論、ハーグ陸戦協定でもジュネーブ協定でも禁止されている。


しかし、中国のある兵法書では兵法の1つとして記載されている。戦術的には有効であるが、それがもたらす結果は、えげつないの一言である。


日本のある戦国武将がその兵法書の一文を自身の旗印にしていたが、その兵法に関しては「こんな、卑怯な事ができるか」と言い、その兵法書を元に興した自身の軍学書からはその項目を外したと言われている。




 

 ロンメル得意の電撃作戦によって、包囲されたモスクワにもこの報告は届き、激怒したスターリンはすぐにでも、中国に対し宣戦を布告しようとしたが、閣僚に説得されて一時はそれを撤回した。しかし、日本に潜入している諜報員からの報告で、中国政府がイギリス、アメリカからの支援だけでなく、ドイツからも密かに武器兵器等の支援を受けていると聞き、周囲の反対を押し切り、ノモンハンに駐留している戦車師団と歩兵師団に満州侵攻の命令を出した。





「残念だったな、あんたのお友達はこっちについた」


 窓の無い小さな部屋で、笹川は不気味な笑いを浮かべながらそう言った。


 目の前には、想像を絶する拷問の跡が痛々しい、日本人が手錠を掛けられて座っていた。


「人でなしめ、地獄に堕ちろ・・・」


 弱々しい声だが、その目は強い光を放っていた。


「地獄は俺の住処だ、閻魔様とは友達なのでな」


 昔も今も自分をこんな目で見る人間は大勢いた。


 今さらそんな事で傷つく事は無い。自分には心そのものが無いのだろう。


「俺は、言論の自由、思想の自由、信仰の自由は心から擁護している。だがな、あくまでもそれは自分の国を愛して、良い国にしようと思っている人間に限ってだ。自分の国を他国へ売り渡そうとするゴミが人間の言葉を話すのは聞いていて反吐が出る」


 笹川は、それだけ言い捨てると部屋を出た。


 後の始末は、特高と笹川が所属する部署の人間がつけてくれるはずだ。


 取り合えず、1つ仕事は終わった。


 笹川は、歩きながら煙草に火を付ける。


「大砲やミサイルでドンパチするだけが戦争じゃない。こういうやり方もあるって事さ」


 煙を吐きながらそうつぶやいた。


 未来から来た日本人の事を本国に報告したゾルゲだが、その情報は切って捨てられた。


 笹川は、そんなゾルゲに接触し、第2次大戦後のソ連の末路の映像を見せた。


 それは、多分に捏造と改竄を加えた偽の映像だった。


 色々な映像を繋ぎ合わせた、出来の悪い特撮映画のような映像。現代人ならすぐ気付くだろうが、この時代の人間では見分けがつかないだろう。


 湾岸戦争の戦車戦の映像に手を加えて、アメリカ軍のM1A1戦車に次々と撃破されるソ連(実際はイラク軍なのだが)のT-72戦車。トマホーク巡航ミサイルに搭載されたカメラに映された映像と、次々と着弾し軍事施設を破壊する光景。


 A-10から投下されたナパーム弾で、焼き尽くされる市街地。


 そして、空爆によって壊滅するモスクワ。(これも、コンピューターの画像処理で合成している)


 最後に、民衆によって打ち壊されるレーニン像(これは実際の映像だが)。


 あまりにも、無残な光景をゾルゲは信じたのだった。


 まさか、ここまでコロリと騙せるとは思ってもいなかった。


 笹川は、衝撃を隠せないゾルゲに悪魔のように囁く。自分と組めば、この悲惨な未来を防げると・・・


 ゾルゲは、笹川の提案を受け、中国に潜入している諜報員と共謀し、一手を打った。


 さすがに、そこまでやるとは思わなかったが。


 自分は、素人が作ったレベルの娯楽戦争映画もどきの映像を見せただけだ、スパイが何を思い行動を起こしたのかは興味が無い。


 わざわざ、放っておいても火がついたであろう導火線に火を付けてくれるとは、ご苦労な事だ。


「さて、偉大なる指導者様はどう動くかね?ドイツと中国相手の二正面作戦の手際を見せてもらいたいものだ」


 そしてアメリカはどう動く?あんなふざけた小細工を弄してくれたのだ、その落とし前はしっかり付けさせてもらおう。

 碧血の海 第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 続けて第10.5章も投稿します。

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[一言] それを考えるべきは軍人では無く政治家だろう。
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