碧血の海 第6章 南海の海戦1 女神の盾
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
E-2D[アドバンスド・ホークアイ]からの情報は、第2護衛隊群旗艦[かが]にも届いた。
「史実とは、違う展開になってきましたね」
CICで、対空レーダーを眺めながら、第2護衛隊群首席幕僚の久賀信也1等海佐は述べた。
史実では、マッカーサー大将は、日本に先制攻撃をさせるように指令を受けていたはずだが、別の命令があったのか、独自の判断か、それはわからない。
自分たちのする事は、目前の危険を排除するだけだ。
「史実に捕らわれ、足を取られるのは危険だ、変な先入観は命取りになる。ここは、我々の時代の過去ではない、我々の現在。そういうことだ」
群司令の峯山徹海将補は、そう答えて、海自始まって以来の命令を出す。
「各護衛艦のSM-2、発展型シースパロー(ESSM)の発射を許可する。敵航空機集団を撃滅せよ」
「オッシャア!!SM-2、スタンバイ。敵航空機を、叩き落とせ!!」
「艦長、蠅じゃないんですよ」
「SM-2、スタンバイ。優先迎撃目標を算定せよ」
向井の指令に突っ込みを入れる権藤。2人を無視して、冷静に迎撃指示を出す砲雷長。
「目標群、5隊に別れて接近中。以降、ターゲットをアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー群と呼称」
レーダー員も2人の掛け合いを完璧に無視している。
こんな言葉がある。
「新兵と熟練兵の違いは戦場で冗談が言えるかどうかだ、戦場で冗談が言えるなら、ベテランだ」と。
彼らは艦長以下全員が、実戦を経験していない。演習や訓練は徹底的に積んでいるが、新兵も同然なのだ。
しかし海軍中尉の彼から見ても、今の彼らは歴戦の猛者に見えた。
「優先迎撃目標群アルファ。SMー2、データ入力完了」
「敵の頭を押さえる。CIC指示の目標、撃ちぃ方始め!!」
「CIC指示の目標、撃ちぃ方始め!」
向井の指令を、砲雷長が復唱する。
「発射指令!!」
「撃ぇー!!」
ピィィィッ!!
発射の警告音と共に振動が、CICに伝わって来る。
[あしがら]からSM-2が順次発射された。[きりしま]からもほぼ、同時にSM-2が発射された。
他の汎用護衛艦からの発展型シースパロー(ESSM)発射も、光点で確認できる。
「派手にやるのも、作戦のうちだ。フィリピン駐留軍のマッカーサーさんをビビらすためにもな」
向井の表情は、口調と異なり真剣そのものだ。
「ついでに、東洋艦隊もシンガポールからすっ飛んで来るでしょうね。連中の注意がこちらに向けば、陸軍さんと陸自さんが動きやすくなる」
「そういうこった、マーシャルの空自さんには、航空支援が要請できんからな、ここは俺たちだけでやるしかない」
対空レーダーでは、それぞれの光点がかさなろうとしていた。
「5、4、3、2、1、スタンバイ!」
10数個の光点が重なり、消滅する。
「ターゲットアルファ、ブラボー群撃墜」
「SM-2、第2射、データ入力完了!」
「これで、退散してくれれば、御の字なんですがね」
「それは、無理だな。あっちにはあっちの事情があるだろう。連中の根性を過小評価はせん。向かって来るなら徹底的に叩く。公園の野良鳩に甘い気持ちで菓子パンをやってみろ、カラスを蹴散らして集団で襲ってくるぞ。マジで怖いんだぞ」
「何が言いたいのか、わかりません」
「SM-2、第2射、撃ちぃ方始め!」
[あしがら]から再び、轟音と共にSM-2が天高く飛翔していく。
フィリピン駐留のアメリカ陸軍航空隊は、イギリス軍偵察機からの通信で、日本軍襲来を知ったのだが、ここで、1つのミスを犯す。
ハワイのパールハーバー襲撃の第1報はすでに入っていたが、その情報から日本海軍は主戦力の大半をハワイに投入したと予想を立てたのだ。
あながち、予想は間違ってはいない。
南方作戦に投入された、第2航空艦隊の空母は2隻。[瑞鶴]と[翔鶴]で、第1航空艦隊の4隻の半分なのだ。
すでに、シンガポールから出撃したイギリス海軍の東洋艦隊のZ部隊はマレー半島の東側に出張って来ていると連絡があった。
最新鋭の戦艦と空母を中心とした艦隊だ。
ここで、こちらが日本艦隊の艦載機と航空戦を行って、航空戦力に損害を与えれば、後の始末はイギリス海軍が着けてくれると踏んだのだった。
何しろ、海軍力では世界一と言っていいイギリス海軍だ、ここ数10年で力を付けた日本海軍如き、敵ではないと考えたのだ。
ただ、彼らは見落としていた。日本艦隊の先頭のやけに貧弱に見える艦隊群を。
突如、信じられない高速で飛翔してきた砲弾は、先頭の攻撃機群を火だるまにして、海に叩き落とした。
「なんだ!?今のは!?」
敵艦隊は、まだ捕捉できていない。日本軍が、自軍の偵察機の情報で、こちらの動きを掴んだとしても、こんな距離を飛ぶ兵器など聞いた事が無い。
[あかぎ]の対空レーダーには及ばないが、[あしがら]の対空レーダーの探知距離も長い。
ミサイル戦という概念が確立されてない時代では、理解できない事だが。
再び、白い筋を引いて、ロケットのような砲弾が飛翔して来る。
「チィ!!何度も同じ手が通じるか!!」
残存機は回避行動に移る。
が・・・
散開した、攻撃機にロケットのような砲弾は、それを読んだかのように軌道を変えて追って来る。
「何故だぁ!!?」
まるで、意思があるかのように追いかけて来る砲弾に、恐怖を感じ叫んだ瞬間、彼の視界は激しい光に包まれた。
「敵、残存機、反転し帰投する模様」
「今なら、射程内です。攻撃しますか?」
権藤の具申に、向井は少し考え込んだ。
「いいや、やめとこう」
「見逃すという事ですか?」
「まさか、あいつらの帰る場所はわかっている。無駄弾を使う必要はない。単なる初戦だからな」
対空レーダーを睨んだまま、向井はつぶやいた。
「・・・こいつは、作戦の変更が必要だな。色々と面倒事が増えそうだ」
「・・・・・・」
「・・・少し、外す。対空、対水上、対潜の警戒は継続。以上だ」
「はっ!!」
権藤は、挙手の敬礼をし、一時的に指揮権を引き継いだ。
洗面所に入った向井は、激しく嘔吐した。
よく考えたら、昨日から緊張のあまり、まともに食事を取っていなかった。
「情けねえよな・・・俺。こんなんで、1艦の艦長なんて聞いて呆れる」
自嘲気味につぶやいた。
必死で虚勢を張り続けていた。何とか最後までもったが限界だった。
逆流した胃液の苦い味が口中に広がる。
元々、自分は派兵任務から逃げようとした臆病者だ。
他の艦長たちとは違う。
さっきの戦闘でそう痛切に思った。
どれほど冗談を飛ばそうと、どれほど虚勢を張ろうと、恐怖でCICから逃げ出したかった。
自分がこの時代に来る事を決意したのは、1人でも多くの日本の若者の命を救いたかったからだが、それは同時に多くのアメリカの若者の命を奪いとるという事だった。
それを理解した時、恐怖した。
日本人、アメリカ人。国は違えども同じ人間。
若者には、未来を生きる権利がある。
自分の指令で発射されたSM-2は、冷たい殺意で若者の未来を奪い取った。
対空レーダーに映っていた光点は、1つ1つが人間の命だ。
決して、無機質なテレビゲームの映像ではない。
「俺に、人の命を奪う権利も、部下に人を殺させる権利もねえ・・・」
それでも、もう前に進むしか道はない。
向井は出しっぱなしの水道水に頭を突っ込んだ。
冷たい水が、心の内にわだかまった恐怖心を洗い流してくれるように、願いながら。
「向井大佐は、いかがされたのですか?」
小声で問いかけてきた、海軍中尉に権藤は軽く肩を竦めて苦笑した。
「多分、自分と闘っていますね」
「?」
「あの人は、ああ見えて繊細なのですよ。ガラスのハートの持ち主なのです。意外に思うかもしれませんが・・・あの人は、第1第2の艦長の中で、最弱の艦長でしょうね。精神的にも能力的にも・・・ですが、我々の艦長はあの人以外考えられない。あの人は自分の弱さを知っている人です。そして、それを正面から受け止められる人です。そして、私たち部下を守るために全力を尽くす事の出来る人です。だから、自分と闘ってパワーアップして戻って来るでしょう。防弾ガラスのハートの持ち主になって」
「・・・・・・」
どうも、この副長の言葉は独自の哲学に走っているせいか、理解しにくい。
ただ、この副長も他の乗組員も、向井という男に絶大の信頼を持っていることがわかる。
中尉は、向井の人となりに、ひどく興味を覚えた。
「悪い、戻った」
戻って来た向井を見て中尉は目が点になった。
何をやっていたのか、彼の上半身はビショ濡れだった。
「ああ、顔を洗っていたら、滑って蛇口に頭から突っ込んじまった」
タオルでゴシゴシと乱暴に頭を拭きながら、向井は笑った。
「水も滴る、イイ男になった訳ですな」
「ああ、これでうちの女性自衛官にはモテモテだろう」
「それはないです」
「そこは、肯定しろ」
結局、いつも通りの会話に戻ってしまった。
向井は表情を引き締めて、権藤に振り返る。
「それより、ヘリを用意してくれ」
「[かが]ですか?」
「首席幕僚の久賀に当初の作戦の変更を具申して来る」
「この状況下で、艦長が艦を離れるのは賛成できかねます。通信ではいけませんか?」
権藤の意見は最もだが、向井は作業帽を被りながら首を振った。
「人の目を見て話すのが、俺のモットーだからな」
「了解しました」
権藤は、ヘリ格納庫に艦内電話で連絡を入れている。
「中尉、あんたも一緒に来てくれ」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ、あんたには俺の全部を見てもらう。駄目なところも、そうでないところもな」
「・・・・・・・」
濡れたタオルを権藤に投げつけて、向井は何かを吹っ切ったように笑った。
「はっきり言って、俺たちの事を信用していいものか、悪いものか決めかねているのだろう?だったら、あんたの目と耳で確認しろ、俺たちのやり方を。そして、それで判断しな。俺たち自衛隊と、あんたら大日本帝国軍が本当に一心同体になれるのかどうかをな」
吹っ切ったと言うより、居直ったと言うべきか。権藤は内心でつぶやいた。
「了解しました。見届けさせて頂きます」
中尉は、挙手の敬礼をしてそう答えた。
「艦長、ヘリの準備ができました」
通信士が振り返り報告する。
「じゃあ、行くか。副長、後は任せる」
「了解しました。預からせて頂きます」
挙手の敬礼をし、権藤は答えた。
「はぁ~、何であの暑っ苦しいスポ根のノリに皆、染まるのかねぇ・・・駄目なところも、そうでないところもって・・・普通は駄目なところも、いいところも・・・なんだけどね」
自分もその暑っ苦しさに染まっている1人であることを自覚しながらも、それを棚に上げて権藤はつぶやいた。
「何を考えている!?」
[あしがら]の通信を受け、久賀は思わず叫んだ。
場合によっては、第2波攻撃の可能性も捨てきれないというのに、艦長が艦を離れてノコノコ飛んで来るなど、常識外れもはなはだしい。
それこそ、職務放棄として艦長職を剥奪されても文句は言えない暴挙である。
「向井も考え無しというわけではないだろう。今回は、片目をつぶろう」
「・・・・・・」
峯山の言葉に久賀は不承不承うなずいた。
[かが]の飛行甲板に誘導員の指示に従って、着艦する[あしがら]のSH-60KがCICのモニターに映っていた。
数分後、[かが]のCICに顔を出した向井に久賀は冷たい視線を向けた。
「そんな顔すんな。常識外してるのは十分承知しているぞ」
「本来なら、許されない行為だぞ・・・自衛隊法に照らしても重大な隊規違反だが、大日本帝国軍の軍規に照らせば、敵前逃亡罪で極刑もあり得る」
「知っている。だから、奥の手を使わせてもらう」
そう言って、向井は書類を見せた。
「俺たち、各艦長に総隊司令官から直接下された命令書だ。総隊司令官が全責任を負うから、必要と判断した場合は超法規的措置を取る事を認めると言うな」
「・・・・・・」
こんな事に、そんな重要な命令書を使うか?久賀は呆れかえった表情を浮かべた。
「各隊司令も、同様の命令書は預かっている」
峯山は、目を閉じたまま答えた。
「・・・わかった、話を聞こう。ただし簡潔にな」
「じゃあ、そうさせてもらう。マレー上陸作戦とイギリス海軍迎撃を後回しにして、先に第2航空艦隊の艦載機によるフィリピンのクラーク基地の空爆を具申する。恐らく、ハワイ攻撃の報はマッカーサー大将の許にも届いているはずだ。ここで、一押しすれば基地を放棄して、撤退を考えるだろう」
「その根拠は?」
「アイ・・・アイ・・・何とかだ・・・」
「〝アイ シャル リターン″だ」
久賀はため息をついて答えた。
「答えてくれて、ありがとうよ。要は、マッカーサー大将は優秀な指揮官だという事さ。分が悪いと判断すれば即、一時撤退を判断するはずだ。態勢を立て直して反撃するためにな。フィリピンから追い出すのは後回しにして、取り合えず後ろに引いてもらう。変な邪魔はして欲しくないからな。その間に東洋艦隊が出張って来るのを待って叩く。艦隊戦でな」
「簡単に言ってくれる・・・急な作戦変更を説明する身にもなってくれ・・・貴官の作戦は俺が第2案として提出していたものとほぼ同じだが・・・海軍だけでなく陸軍も説得せねばならんのだぞ」
「何なら、俺が説得してやろうか?」
「やめろ、余計に拗れる」
峯山は司令席で、無言で2人の会話を聞いているだけだった。
「・・・僭越ですが、小官も向井大佐の具申に賛成します。必要なら小官が陸軍と海軍の説得にあたります」
中尉の申し出に、久賀は目を丸くした。
「マジか、助かる」
「はい、この一命を賭しましても」
「いやいやいや、そこまでしなくていいから・・・」
「司令」
久賀も手に余ると考えたのか、峯山に振り返る。
目を閉じていた、峯山は目を開けた。
「向井1佐の具申を受け入れる。首席幕僚、貴官の第1案は破棄、第2案を実行する。作戦の変更は私から海軍、陸軍、陸自に直接伝えよう」
「「「はっ」」」
3人は敬礼をした。
「まったく、いつも無茶苦茶言いやがって・・・」
飛行甲板まで見送りに来た久賀が、ため息まじりにぼやいた。
「悪いな、しかし第2案も考えていたのか。さすがだな」
「当然だ、俺は首席幕僚だからな。状況に応じて対応出来るように、複数の作戦の変更案を立てておくのは、基本だろう」
「とにかく、恩に着るぜ」
「フン、どうだかな・・・」
プイッと横を向いて久賀は述べた。
敬礼をして見送る久賀の目前で、SH-60Kは誘導員の指示で飛行甲板を離れていった。
(わかっていてやっているんだろうが、こっちの作戦のほうが危険度は高いんだぞ)
久賀は、心の中でつぶやいた。
「死ぬなよ、向井」
「先任参謀殿とは親しいようですが、どういった関係なのですか?」
「ああ、幹部候補生時代の同期で同い年だ、もっとも奴は防大出身で、俺は一般大学出身だがな・・・」
海原を見つめながら、向井は答えた。
南海の海は、青く美しかった。
その美しさとは裏腹に、この海に面した国々は災難と混乱に見舞われている。
西欧列強の植民地支配、日本軍の侵攻、第2次大戦後の独立と政治的混乱。
ベトナム戦争、宗教と政治的思想の違いからくる諍い。
極め付けは、地図をどう見ても違うだろうと言いたくなる、大国の南沙諸島の領有権主張。
この海のように、綺麗な心で人間はいられないのだろうか・・・一握りの人間の欲望に翻弄され続けた海と国々。
ここに住む人々が、本当の平穏を手にする事が出来るのだろうか。
平凡な人間でしかない向井にはわからない。
碧血の海 第6章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は10月26日を予定しています。




