碧血の海 第5章 百鬼夜行な人々
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
カタカタカタ・・・
立体映像に接続したキーボードを彼は叩いていた。
「フム・・・少々、面白い事になってきたかな・・・」
彼の名はラミエル。
ダニエル、ザムエルと同様、1つの世界の歴史改変の実験に加わったメンバーの1人である。
現地で動いている、2人と違い彼は管理世界で、情報の整理を行っている。
2人の報告を、まとめているのだ。
「私も行きたかったが、これはこれでいいかもしれんな・・・断片的な欠片が、パズルのように形になっていくのを、観察できるのだから。現地では、わからない事も見えて来る」
彼が、面白いと思うのは、ようやく世界大戦に一歩踏み出した、日本と同じ敗戦国だった国家にも微妙なズレが生じ始めている事だった。
ラミエルは、自分の周囲に浮かぶ立体画像の1つを指先でタッチした。
その画像が拡大される。
現代の人間が見れば、SF映画みたいだと思うだろう。
「確かこの戦場、一方の陣営の有能な指揮官が引き抜かれたはずだが・・・結構頑張っているじゃないか。敵を押し戻している」
渇き、荒れた大地を土煙を上げながら、横一列で進んで行く戦車隊が映像に映っていた。
つぶやきながら、別の画像を拡大する。
そこには、見るからに貧弱な艦隊によって、海に沈められる艦隊の映像が映っていた。
「原因はわからんが、世界の東と西で生じた風が向きを変えつつある。面白い・・・風がただのそよ風で終わるか・・・すべてを吹き払う大風となるか・・・」
ラミエルは、つぶやいてほくそ笑んだ。
彼自身は、この歴史改変の計画に対し他の2人ほど熱心では無かった。
多少、秩序が変わっても、元の歴史と変わるまいと思っていたからだ。
しかし、過去へ送った未来の人間は、クソ真面目というか、バカ正直というか、本気でより良い未来を作ろうと考えているらしい。
それが、どんな未来を創るのかは、まだ闇の中である。
それこそ、未来が良い方へ変わるという保証などないのだ。場合によっては、もっと悲惨な未来になる可能性もある。
そんな彼の傍らでは・・・
「あ、この国革命が勃発した・・・まあ、自国民に重税かけて、無い金搾り取って、その上領土拡張のために、あちこちに戦争仕掛けていれば、そうなるわな・・・」
「何だ、この新興カルト宗教?異教徒は殺せって、何、時代を逆行した理屈を唱えているの?馬鹿じゃないの?それを、何で支持する人間が大勢湧いて出て来るの?」
「あ~あ、何、最終戦争を起こしているんだか・・・滅びちゃったよ、この世界・・・まあ、これでこの世界の記録は終了だな・・・」
あちこちから、そんなつぶやきが聞こえてくる。
「・・・どの世界も、同じ・・・つまらないか・・・」
ラミエルは、軽く自分の肩を揉む。
デスクの上に置かれた家族の写真。妻には、たまには休みを取って子供と遊んでほしいと、言われている。
妻の堪忍袋の緒もそろそろ切れそうだ。
この仕事に一段落がついたら、まとまった休暇を取って、家族旅行にでも出かけようか・・・
新しい秩序が出来れば、視察がてらこの世界に行ってみるのもいいかもしれない。
まさか、そんな思惑が働いているとは知らず。
ホワイトハウスでは、ルーズベルト大統領は不機嫌の極致であった。
ハワイだけならともかく、パナマ運河、ノーフォーク海軍造船所と基地への攻撃は、彼の心臓に過剰な負担を強いていた。
その上、例の「アメリカ国民にとって、12月7日は屈辱の日となった・・・」で始まる演説をしたものの、国民の反応はかなり悪かった。
むしろ、日本へ報復を叫ぶ声より、政府や軍部に対する批判の方が強いように感じられた。
「一体、何なのだ!!情報局は、何をしていた。私に恥をかかせるつもりか!!日本軍など、せいぜいハワイの真珠湾を攻撃するくらいの能力しかないと、断言していたではないか!!」
軍部から次々と上がって来る報告は、理解しがたいものだった。
一体いつの間に日本は、あれ程の軍事力を整えたのだ。
まさか、未来から来た軍隊が協力しているとは考えもしないだろう。
しかも、その軍隊が使用している武器の大半はアメリカが開発したものだとは思ってもいない。
次々と起こる予想外の出来事に彼は苛立ちを隠せなかった。
コンコン
ノックの音が響く。
「入れ」
「失礼します。大統領、喫緊にお話したい事が・・・」
入室してきたのは、副大統領だった。
「何かね、トルーマン君?」
「率直に申し上げます。大統領、今ならまだ間に合います、日本に講和を申し込むべきです」
「君は、自分が何を言っているのかわかっているのかね」
副大統領である、ハリー・S・トルーマンの突然の進言に目を剥いた。
ハワイを失陥した挙句、アメリカ本土にまで攻撃を受けたのだ、このまま引き下がれば世界の笑いものだ。
「大統領、冷静にお考え下さい。日本が三国同盟を結んだ状態で、満州に居座り、中国との戦争を続行していれば、この開戦は我が国にとって、正義を示す好機となったでしょう。しかし、あの国はハルノートをこちらが突きつける前に、三国同盟を破棄し、満州を中国に返還しました。そして、我が国が認める中国政府を公式に認め、満州政府を説得し、帰順させています。そこまで譲歩したにも関わらず、我が国は経済制裁を緩和しませんでした。日本の攻撃を受けた、そもそもの原因は政府のやりように問題があったからでは・・・と、上院のみならず、下院からも意見が出ています。ヨーロッパの戦局が、好転の兆しが見えない以上、無用の戦闘行為は避けるべきかと」
「そんな事をしてみたまえ、私は歴代の大統領の中で、最も臆病者という汚名を甘受せねばならないではないか!!」
大声で叫んだ後で、少し落ち着いたのか、ルーズベルトは大きく息を吐き出し、幾分落ち着いた声音を出した。
「講和は、いずれする。しかし、それはあの極東の島国に一矢を報いてからだ、奴らの首都を火の海に変えてやる・・・それからだ」
トルーマンは、ため息をついて執務室を退室した。
ホワイトハウスの廊下を歩きながら、考える。ルーズベルトの言い分は理解できる、彼もみすみす祖国を攻撃された事を、笑って済ます気はない。
だが、この開戦は避けようと思えば避けられた。
彼も原因はわからないが、日本はこれまでの強硬な態度を自ら変えた。
国務省の担当官も、首を傾げていたくらい変節したと言っていい。
それなら、こちらもそれ相応の対応をしても良かったのではないか。
今さら、言っても仕方がない事だが・・・
1度投げられたサイは、目が出るまで転がり続けるしかない。
それが、どんな結果を出すかまだわからないが。
「?」
前方から、慌てた様子で秘書官が、走って来た。
「どうした?」
ただならぬ様子に、思わず声をかけた。
「フィリピン駐留軍より、参謀本部に緊急連絡が入ったそうです。イギリス軍偵察機が南下する日本艦隊を発見したそうです」
「何だと?」
ハワイと同時に南方に進出するとは・・・
「詳細は、どうなっている?」
こんな場所で、立ち話をする内容ではないのだが、聞かずにはいられなかった。
「まだ、詳しい事は・・・ただ、フィリピンのクラーク基地より、迎撃のため攻撃機を発進させたと、連絡が入りました」
「・・・・・・」
これだけの情報で判断はできないが、トルーマンは何か嫌な予感を覚えた。
「副大統領?」
秘書官が、怪訝な顔をしている。
「いや、何でもない。邪魔をしてすまなかった」
秘書官は一礼して、足早に去って行った。その後ろ姿を見送ったあと、彼は逆の方向に歩き出した。
考える事は色々ある。
ヨーロッパ戦線は、フランス、オランダが降伏した事により、イギリスが孤立している。
もはや、選挙公約がどうのと言っている場合ではないのだ。一刻も早く手を打たねばならない。
アフリカ戦線は、どうにか五分五分らしいが、楽観はできない。
ここで、不安材料となるのがソ連と中国だ。
一時、ドイツがソ連と不可侵条約を締結した事で、日独伊三国同盟が四国になるかと思いきや、ドイツがソ連に侵攻した事で御破算になったが、安心はできない。
ヨーロッパ大戦後、急速に力をつけたソ連は、世界恐慌の悪影響を受ける事無く、国力を増大している。
その軍事力で周辺諸国を併呑し、東欧、北欧の国々を脅かしている。
そのせいか、東欧、北欧では積極的ではないにしろ、ソ連に侵攻したドイツに対し理解を示している国も出てきているらしい。
大西洋の反対側で、のんびり静観している場合ではないのだ。
そして、問題は中国だ。
日本という共通の敵が消えたせいで、元々相いれない者同士であった、国民政府と共産主義者の間で争いが再燃しかけている。
何しろ、旧満州の領土にある油田の存在を日本が国民政府に告げた事で、その所有を巡り深刻な状態になりつつある。
その上、満州という緩衝地帯が無くなり、国境を接する事になったソ連は、どうやらその資源に目をつけたらしい。
どうやら、スターリンはどこで手に入れたのか、その情報をかなり正確に掴んでいるようだ。
情報局の報告では、中国の共産勢力に密かに武器兵器を流しているらしい。
それに、日本と中立条約を結んだ事で必要性が低くなった、戦車師団と歩兵師団を今だにノモンハンから動かしていない。
正直、ドイツが侵攻して来ているというのに、それどころではないだろう。
あの国がどうなろうと知った事ではないが。
そして、日露戦争で日本に譲渡した中国の権益は、ロシア帝国の跡を継いだ自分たちにあると主張しているらしい。
当然、国民党政府はロシア帝国を滅亡させ簒奪した輩にそんな権利はないと反論している。
下手をすれば、ソ連と中国の間で戦争になりそうだ。
その前に、内戦が起こりそうだが。
中国の支配者層の中では、目の上のたん瘤が消えた事を、喜んでいる者も多いが、それ以上に厄介な腫瘍の存在に気付いている者はいるのだろうか。
そのたん瘤が、ある意味では万里の長城以上の防壁だった事に。
「日本は、これを読んでいたのか・・・」
ふと、口から出た言葉に背筋が寒くなった。
腹をすかせた獣の群れに、餌を投げたらどうなるか・・・
敵の敵は所詮敵。ならば、敵同士で潰し合ってもらう。
「・・・くだらん・・・どうやら、私も疲れているようだ・・・」
軽く頭を振って、疑念を打ち消した。
「・・・神は、我々を試しておられるのか・・・」
「「ハックション!!」」
なぜか、ダニエルとザムエルは同時にくしゃみをした。
もっとも、1人は菊水総隊旗艦[くらま]の艦橋で、もう1人は大日本帝国首相官邸であったが。
「「風邪ですか?」」
同時に同じ事を聞いたのも、山縣幹也海将と近衛文麿首相であった。
「いや、問題ない」
鼻をかみながら、ダニエルはそう答えた。
「それより、オペレーション・テンペストは成功したな。おめでとう」
「初戦に勝利しただけです。まだ、その言葉は早いかと・・・」
「フム、慎重だな。まあ、そのくらいでなければ、歴史改変など無理な話だ」
当然と言いたげな表情で、ダニエルは述べた。
苦笑を浮かべながらも、山縣の心中は複雑だった。
この後に及んで、と言われても果たしてこれで良かったのかという思いが、どうしても振り切れないのだ。
サイコロを使った盤上ゲーム。
最後に勝つのは、先手を打った側とは限らない。
最後の最後で、最良の目を出した者が勝つ。
その強さを持っているのが、アメリカという国だ。
だが、引く気は毛頭無い。それは、山本長官も同じだろうと山縣は思った。
特別高等警察。略して特高警察。
悪名高き、日本の政治警察である。
その組織の構成員というのが表向きの身分(これが、正しいかどうかはわからないが)の彼、笹川。
当然偽名だが、戸籍すらないこの時代でこれに意味があるのかと聞かれれば、「どうかな」と答えるしかない。
彼は元々、警視庁公安部門に所属していた。
それが、昭和の日本にいる。
霧之曰く、「物好きな人たち」の1人としてだ。
もっとも彼は単なる興味本位で、この時代に来たわけではない。
自衛官たちのほとんどが信じている、歴史を改変してより良い未来を創るなどという、お花畑思想に興味はない。
笹川は、自分が極悪人であると思っている。そして、悪党を狩る事ができるのは、極悪人だけと信じている。
(こんな、思考だから上から煙たがられるんだがな・・・)
皮肉な笑いを浮かべながら、そう思った。
彼は常々、「悪の栄えたためしは無いは、お伽話の中だけだ。現実は、正義の栄えたためしは無いだ」と誰憚る事無く公言していた。
そのため、上層部から危険視され厄介払いの形で、派遣されたのだった。
彼が今マークしているのは、リヒャルト・ゾルゲ。史実ではゾルゲ事件で有名なソ連の諜報員である。
ゾルゲは1941年の10月にはスパイ容疑で逮捕されたのだが、笹川は特高に手を回して、今だに、泳がせている。
理由を問われれば、単なる趣味だ。
機密というものは、隠せば隠す程バレる。なら、事実を告げればどうだ?
今だ、首相の地位にいる近衛首相にくっついている、尾崎某。
わざと、情報を漏らしたにも関わらず、動きがない。
未来から来た軍隊。
正常な思考の持ち主ほど、与太話として切り捨てる。
今も昔も、この日本はスパイ天国だ、ソ連に限らず、アメリカ、イギリス、ドイツ、中国等、石を投げれば、スパイに当たる程押し寄せて来ているくせに、この情報をどの国の本国もまともに取り合わなかったらしい。
「まあ、本気で信じる奴がいたら、即病院送りだろうな」
彼が今いるのは、ドイツ大使館にほど近い場所だ。
件の尾崎はゾルゲに会っている。1年という時間をかけて大使館には80年後から持ち込んだ盗聴器を仕掛けさせてもらった。
しっかり、録音させてもらおう。
イヤホンから、日本軍のハワイ占領の経緯を説明する声が聞こえてくる。
これだけで、憐れな日本人は国家反逆罪で死刑は確定だろう。
だが、そんな幸福な死は与えない。売国奴にはそれ相応の報いをスパイ共々くれてやる。
自分の祖国に裏切られて絶望と後悔、怨嗟の海で溺れて泣き叫ぶがいい。
サデスティクな笑みを浮かべて笹川は思案する。
いくら、警務隊(MP)や情報部など特殊な組織を内部に持っていても、自衛隊は基本的には純粋な軍事組織だ。
こういった、ドロドロした汚れ仕事はあまり向かない。
だから、公安。国が唱える建前の正義を影から支える闇の存在は必要だ。
「・・・それに、花畑の中に毒草も混じっているしな」
彼の持つ情報の中で、ある自衛官も監視対象として入っている。
思想の問題と言う訳でなく、感情の問題なのだが、菊水総隊に志願した自衛官の中に、在日米軍の一部の不心得者が起こした不祥事に、個人的な恨みを持っている者もいる。
それを晴らすために志願した者もいるのだ。
気持ちはわからないでもないが、組織的な行動のためには有害以外の何ものでもない。
自衛隊の行動を一糸乱れぬものにするためにも、毒草を無害な花に変える必要もある。
もっとも、その花が咲いていられるか、枯れる事になるかはまだわからないが・・・
「猫の手も借りたいものだが、こんな楽しい仕事はそうそう無いからな」
笹川は、楽しそうにつぶやいた。
碧血の海 第5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は10月19日を予定しています。




