マレーの虎 第1章 パレンバン攻略 1 空挺降下作戦 前編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
フィリピン共和国クラーク空軍基地。
2ヶ月程前に実施された、南東諸島奪還作戦では、菊水総隊陸上自衛隊第1空挺団、朱蒙軍統合特殊作戦軍団第21空輸特殊作戦旅団、新世界連合軍連合陸軍フランス緊急展開軍第3即応展開師団第3落下傘旅団第2外人落下傘連隊の2個歩兵大隊(陸自は普通科)及び1個歩兵中隊を中核とした連合空挺部隊が、この基地から出撃し、空挺作戦を行った。
同じ基地で、あの時とは比べ物にならない規模の連合空挺作戦が、実施されようとしている。
降下地点は、東南アジアの油田地帯である、スマトラ島パレンバンである。
菊水総隊陸上自衛隊第1空挺団第1普通科大隊長の見山菅一郎2等陸佐は、各中隊長と小隊長たちを召集し、与えられた格納庫の1つで、行動内容を確認していた。
「参加部隊は、第1空挺団から2個普通科大隊、第21空輸特殊作戦旅団から2個大隊、第3落下傘旅団から1個連隊が参加し、これに加えて、アメリカ陸軍の空挺部隊である歩兵旅団戦闘団等も参加する」
見山からの説明で、参加部隊の規模は多国籍1個師団強であり、極めて大規模な部隊が油田地帯に空挺降下する事が告げられる。
大日本帝国陸軍挺進集団、海軍空挺部隊も投入され、主に最寄りの湾港都市部の制圧、湾港施設確保及び陸路の確保等といった、任務に従事する。
「装備として、12.7ミリ重機関銃を搭載した軽装甲機動車や、MINIMIを搭載した高機動車、対戦車装備等も空中投下される」
見山は、パレンバン地方の地図を、指で指しながら説明する。
作戦内容としては、連合空挺部隊は、パレンバンで隠密降下及び隠密上陸した多国籍特殊作戦軍(陸上自衛隊特殊作戦群の1個中隊が組み込まれた状態)の降下誘導及び援護下で、空挺作戦を実施し、パレンバンを制圧。
その後、最寄りの海岸線から朱蒙軍海軍海兵隊第11海兵旅団が上陸し、パレンバン地区の増援部隊として、到着する手筈になっている。
シンガポール及びボルネオ島から、米英蘭連合軍の戦闘機部隊及び爆撃機部隊が出撃し、航空攻撃を開始するだろうが、空の援護として連合海軍艦隊総軍第3艦隊、連合支援軍海軍空母艦隊、聯合艦隊第2航空艦隊及び大日本帝国空軍の長距離戦闘機部隊が、対処する。
「パレンバンは、東南アジアでも、最大の油田地帯と言える程の、油田の宝庫だ。当然、アメリカ、イギリス、オランダ(ヴェルサイユ条約機構が、連合国と講和したため、再び本国に帰属した)に、自由フランスを中核とした、連合軍と西洋列挙寄りの東南アジア人で編成された義勇軍は、防衛のために全力攻撃を行うだろう。今までのような楽な戦闘は、させて貰えない。覚悟して、事に当たれ」
密林地帯での森林戦及び地下洞窟での戦闘も想定されているため、第1空挺団の2個普通科大隊には、携帯放射器が装備された。
携帯放射器及び予備タンク等は、輸送機から空中投下される事になっている。
「では、各中隊長の指示で、出撃までに準備を整えてくれ」
見山が説明を終えると、各中隊に別れてミーティングが行われた。
彼は格納庫の外に出て、第1空挺団第1普通科大隊の隊員たちを見た。
出撃前であるため、緊張が顔に出ていると思ったが、そのような表情をする者は、1人もいない。
第1普通科大隊の隊員たちの一部は、共に作戦に参加する朱蒙軍統合特殊作戦軍第21空輸特殊作戦旅団、新世界連合軍連合陸軍第1空挺軍第3落下傘旅団等の空挺歩兵たちが、混合のチームを結成し、バスケットボールの試合を行っている。
クラーク空軍基地に派遣された、新世界連合民事局及び日本共和区の報道関係者たちも、まるでスポーツ中継をするかのような実況を行っている。
出撃前の各隊員の行動は、それぞれであり、スポーツをして汗を流し、気分を転換する者、テレビを点けて、映画やニュース等を視聴する者、さまざまである。
見山は、貸し与えられた執務室で、客人を出迎えていた。
客人から、統合省防衛局長官の許可書と、必要な書類を受け取り、目を通す。
「書類は拝見しました。ですが、命の保障はできません。我々が派遣される場所は、東南アジア最大の激戦地になる可能性が高い地域です」
見山は、従軍カメラマンの腕章を付けた男性を、見上げた。
「覚悟しています。パラシュートでの降下等の必要課程は、すべて合格しています。貴方がたの足を引っ張る事はありません」
戦場カメラマンが、強い口調で答えた。
彼は、ペリリュー島での戦闘時も従軍カメラマンとして、第12機動旅団第12普通科連隊、大日本帝国陸軍南方攻略軍第24歩兵師団第22歩兵聯隊に同行し、『戦場での天国と地獄の境』という題名で、幾つかの写真を、日本共和区に拠点を置く反戦メディア企業に、送った。
彼が撮った写真は、日本共和区だけでは無く、大日本帝国、中立国にも送られた。
それらの国では、団体レベルでは無く、国民1人1人のレベルで、反戦意識が少しずつ芽生え、戦争終結を唱える声が、僅かずつではあるが、高まりを見せ始めている。
特に、戦う兵士たちの一時の安らぎの後に発生する、地獄とも言える戦闘が、人心を強く動かしていた。
「防弾衣と鉄帽を身に付けても、絶対の安全はありません。できる事なら、我々よりも、海岸線から上陸する部隊と同行した方が、よろしいですね」
見山自身も、彼の撮る写真や反戦を唱える記事は、とても好きであった。
いや、反戦を唱えるメディアや主戦を唱えるメディア、どちらの書く記事も、とても興味を引く物だ。
どちらの意見も、誰かの主張で流される・・・という訳では無く、1人1人の心に届き、それが鉄の意志となって、自分は、主戦か反戦か、を唱える。
自分たちの代りは、いくらでもいるが、彼らのようなペンと1枚の写真だけで、そこまで人々の心を動かせる素質がある者は、一度失えば代りはいない。
「戦場である以上、どこの部隊に同行しても、命の危険は変わりません。貴方がたが危険を顧みず、国民の生活を守るのであれば、我々も危険を顧みず、すべての人々に戦争の恐ろしさと、そんな中で人として戦う者たちを記録しなければなりません。それが私たちの仕事です。貴方がたの仕事と同じように」
彼の言葉に、見山は、止める台詞が思いつかなった。
危険を顧みず・・・自衛官として入官した者は、最初に服務宣誓として宣誓する。
だが、危険を顧みず、という言語は、人間社会では常に存在する。
そのレベルに大差はあるが、公務員であろうと民間人であろうと変わらない。
見山自身も、一般大学から社会経験を得て、陸上自衛隊幹部候補生学校に入校した幹部自衛官だ。
そのため、社会での苦労はある程度、理解しているつもりだ。
自衛官の中には、自衛隊が良くて民間企業が苦だと主張する者は、自分が幹部候補生学校時代の学生だった時に、班長や教官に、そんな意見を告げていた。
しかし、社会経験を経てから自衛隊に転向した見山が感じたのは、どちらも変わらないである。
そもそも組織運営は、莫大な資金で運営されている。
企業も、消費者とスポンサーからの、資金提供で運営されている。
つまり、問題が発生し、彼らからの信頼を失えば、窮地に立たされる。
その点、自衛隊等の公務員組織は、税金という絶対に途切れない資金で運営される。と、思われているが、その税金は、国民というスポンサーから提供されているものだ。
そう考えれば、企業と同じで公務に就く者は、国民という名のスポンサーの信頼に、応えなくてはならない。
危険を顧みずに事に当たるのは、自衛隊だけでは無い。
そう、従軍カメラマンは主張する。
「わかりました。我々との同行を、許可します」
見山は、従軍カメラマン、水主諒太の同行を許可した。
出撃前の息抜きを終えると、連合空挺部隊は、装備の最終確認を始めた。
先陣部隊である第1空挺団第1普通科大隊の普通科隊員たちは、空挺用背嚢の中身を確認する。
1週間分の糧食、予備弾薬、予備の手榴弾、医療キット等の空挺降下完了後、個人だけでも、1日は無補給でも戦闘が行えるだけの予備装備品が、背嚢の中にある。
89式5.56ミリ小銃折曲式銃床や、5.56ミリ機関銃MINIMI、M24対人狙撃銃以外の個人携行火器だけでは無く、81ミリ迫撃砲、01式軽対戦車誘導弾、91式携帯地対空誘導弾改、携帯放射器、7.62ミリ汎用機関銃等の重火器も空中投下される。
各普通科大隊下で、選抜射手たちから選抜し、臨時編成された戦術武器班があり、M21、MK48を装備する。
第1空挺団では、普通科大隊普通科中隊小銃小隊の選抜射手には、64式7.62ミリ小銃では無く、新世界連合軍からの援助で調達した、M14A1/E1を装備している。
それぞれも、余分な予備弾薬が付属する。
駐機場では、C-130、C-17、C-2等といった、戦略、戦術として運用可能な輸送機群が、離陸準備をしている。
空中給油機や護衛戦闘飛行隊等も同行するため、作戦参加機は100機以上であり、パラシュート降下する空挺歩兵は、約1万5000人である。
クラーク空軍基地の誘導路から、滑走路に移動する中型輸送機があった。
「AC-130J[ゴーストライダー]と、AC-130W[スティンガーⅡ]が、離陸していますね」
89式5.56ミリ小銃折曲式銃床を確認しながら、陸士がつぶやく。
「俺たちは、最短でも、2日間は孤立する。あくまでもシミュレーションとコンピューター計算で、上陸する朱蒙軍海軍海兵隊1個海兵旅団が、2日後に到着するそうだが・・・今度の米英蘭連合軍と、親英派、親米派、親蘭派の現地民で編成された、義勇軍や民兵部隊から、激しい抵抗やゲリラ戦を受ける事が予想される。一応、最長4日間は、増援部隊無しで戦えるよう計画されている。今、離陸しているのは、孤立が5日目にならないようにするためだ」
陸士より、10歳ぐらい年上の3等陸曹が答える。
「班長。少しは、ポジティブな思考で考えられませんか・・・3日間以上も、銃撃と砲爆の台風に襲われるって事を考えると、気が滅入ります・・・」
陸士が、げんなりした顔でつぶやく。
「そう言うお前も、ネガティブ思考だろう。ポジティブ思考を、他人に求めるな。まずは、自分の思考で、ポジティブになれ」
小隊陸曹である1等陸曹が、陸士に告げた。
「日々の訓練を、思い出せ。アメリカ陸軍やイギリス陸軍が、言っているだろう。100の訓練は、1回の実戦に生き残るためにあると」
小隊陸曹が、部下たちに常に言う、口癖を言った。
彼の目から見ても、隊員たちの緊張や不安等が、感じられない事がわかる。
フィリピン攻略戦、南東諸島奪還戦で、実戦を積み重ね、隊員1人1人が、戦闘時における耐性を身に付けるようになっていた。
もちろん、状況開始前の自由時間が、彼らの精神状態を安定化させるのに、一役を買ったのだろう。
極度の緊張や不安を持った状態では、戦争に限らず、一般の社会でも十分な働きはできない。
常に、精神にゆとりを持たせるのが成功の秘訣でもある。
特に、絶対に失敗できない物事に対しては・・・
出撃時間を迎えて、連合空挺部隊は連合空軍と空自の輸送機に乗り込む。
第1空挺団2個普通科大隊と、特科大隊から1個中隊、施設中隊等から1個小隊が、C-130H[ハーキュリーズ]と、C-2にそれぞれ別れて乗り込む。
特に積載量が多いC-2には、特科大隊が運用する120ミリ迫撃砲等の重火器、防弾仕様の車輌、施設機材等を人員と共に積み込んだ状態で離陸する。
大日本帝国陸軍南方攻略軍指揮下に置かれた挺進集団第2挺進団、第1滑空歩兵聯隊は大日本帝国空軍輸送軍が運用する一式戦術輸送機に乗り込み、落下傘やグライダーで降下する。
一式戦術輸送機は、未来の日本から民間に供与されたYS-11を空軍が、軍用機仕様に開発した戦術輸送機である。
民間の航空会社に供与、製造された同機種は、大日本帝国の国内便として運用されているが、軍用機仕様は航続距離の延長、空中給油設備の追加等の改修が行われた。
一式戦術輸送機は、完全武装の挺進兵50人を、空輸できる。
積載量を満載状態で、航続距離2500キロメートル(増槽搭載時)。
挺進団の編成は、3個歩兵大隊(歩兵携行火器のみの軽歩兵)と、汎用機関銃で武装された機関銃中隊、戦闘工兵中隊、軽量化の対戦車砲、山砲、対空砲等で編成された重火器中隊という歩兵科、工兵科、砲兵科等の多種兵科要員で編成された、諸兵科連合部隊である。
滑空歩兵聯隊は、四式特殊輸送機改(これは史実に登場した実在機で、戦後、連合軍に押収叉は鹵獲され、保存された同機を改良、量産した輸送機)を運用した歩兵大隊1個と、工兵中隊、砲兵中隊等をそれぞれ1個隊の諸兵科連合編成された1個聯隊である。
滑空歩兵聯隊は、挺進団と異なり、重武装で敵地奥深くに着上陸作戦を行う。
挺進集団は、陸軍の中でも優先的に新兵器や高性能な兵器を回されたが、予算の問題等で全兵士に行き渡らないのが現状だ。
64式7.62ミリ小銃改Ⅱ型は、一時期挺進集団の全歩兵部隊に導入する予定だったが、部隊規模が拡大した事により、追いつかなくなった。
挺進団の歩兵携行火器として、故障が少なく、整備点検が容易な手動装填式小銃を主力とした。
落下傘降下時用の分解可能な、手動装填式小銃である二式手動装填式小銃だ。
弾薬の共有化をするため、7.62ミリライフル弾を使用する。
史実のような問題点、欠陥部分の改善等を行ったため、厳密言えば二式手動装填式小銃改であろう。
滑空歩兵聯隊の歩兵携行火器は、64式7.62ミリ小銃改Ⅱ型が、主力である。
自動小銃や半自動小銃は、どのように改良しても、部品数は手動装填式小銃と比べれば多く、故障も起きやすい。
それに対して、手動装填式小銃は故障も少なく、戦闘時に弾薬を過剰消費する事も無い。
陸軍でも、海軍と同様に戦闘部隊、戦闘支援部隊でも自動小銃や半自動小銃を主力にする部隊もいれば、中には7.62ミリライフル弾仕様にした、九九式短手動装填式小銃を主力にする部隊もある。
第1挺進団を搭乗させた一式戦術輸送機で編成された輸送飛行隊と、第1滑空歩兵聯隊を搭乗させた四式特殊輸送機は、九七式重爆撃機を改良した一式地上攻撃機に曳航されて離陸する。
連合空軍及び空自の給油機だけでは無く、大日本帝国空軍の空中給油機も同行し、上空で空中給油を行いながら、目的地に向かう。
マレーの虎 第1章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




