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碧血の海 第1章 交わる思い

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 今回はハワイ占領と同時に行われた南方作戦の前哨戦のとっかかりの話です。

 真珠湾攻撃に向けて、単冠湾を出港した第1航空艦隊と、第1護衛隊群に遅れる事、数日。


 佐世保港に集結した、新設された第2航空艦隊と第2護衛隊群は、一路南方を目指していた。


 近藤(こんどう)(のぶ)(たけ)中将率いる第2艦隊は、1日遅れで陸軍と陸自を乗せた、輸送艦隊と共に佐世保港を出港したはずだ。


 その支援として、海自は対潜哨戒機であるP-1とP-3Cを現在独立準備中の台湾の航空基地よりスクランブルさせ、東シナ海から南シナ海一帯にソノブイを投下し、対潜警戒に当たっているだろう。


第2護衛隊群は、イージス護衛艦[あしがら]を先頭に汎用護衛艦[はるさめ][あまぎり]、中央にヘリ搭載護衛艦の旗艦[かが]、その後方に汎用護衛艦[おおなみ]、[たかなみ]、[てるづき]、殿(しんがり)にイージス護衛艦[きりしま]である。


 そして同行しているのは、新設された第2航空艦隊。


空母[翔鶴]と[瑞鶴]を中心に、戦艦[金剛]、[榛名]と駆逐艦群で編成されている。


 2つの艦隊は、台湾で補給を済ませた後、12月8日、南シナ海に乗り出した。


 第2護衛隊群所属のイージス艦[あしがら]の艦橋で、艦長の向井(むかい)基樹(もとき)1等海佐は、艦隊の最先頭で、前方を睨んでいた。


「艦長、今から緊張していたのでは身が持ちませんよ」


 彼より年上の副長兼船務長の、権藤(ごんどう)(のぶ)(やす)2等海佐がのんびりとした口調で声をかけた。


「常に全力投球が、俺のモットーだ。気にするな」


「はいはい、わかっていますよ」


 2人は、幹部候補生の同期で親友同士だ。やや、猛将タイプの向井をさりげなくフォローする権藤と、息もピッタリだ。


 一見すると、某国民的アニメの腕白小僧がそのまま大人になったような向井とその友達のような権藤。


[あしがら]の曹士の間では、「小学生がそのままおっさんになった」と、噂されている。


「・・・しかし、前に[こんごう]の艦長から代わってくれと、言われたがどういう意味だ?」


「そりゃ、[金剛]が第2航空艦隊に編成されたからでしょう。ダブル[こんごう]を狙っていたのじゃないですか?向こうは、ダブルはダブルでも[赤城]と[あかぎ]では空母と護衛艦ですからね」


「あのなぁ・・・そんな理由でか?」


 向井の脳裏に艦首を並べて海を疾駆する[金剛]と[こんごう]が浮かぶ。


 まあ、かっこいいのは認めるが・・・だからといって、そんな理由で配属を変えられたら、こっちはあの美人だが冷血非情な村主のいる第1護衛隊群に行かなくてはならないではないか。それだけは勘弁してほしい。


「本人に確認していませんが、そんな理由でしょうねぇ。あ、でも[きりしま]は[こんごう]型ですから一応、ダブル[こんごう]ですね」


「・・・言っとくが、[きりしま]の艦長には言うなよ。あいつは絶対悪ノリするからな」


 自分の事を棚に上げて、向井は釘を刺した。最も、彼の体形では棚に上がれば棚は落ちるだろうが。


 権藤としては、自分の緊張をほぐそうと知恵を絞ったのだろう・・・それはわかる。


 しかし、こんな寒い冗談にどんな反応をしろというのだ。


「・・・それはともかく、今思ったんだが、俺も含めて第1、第2のイージス艦の艦長は揃って曲者だらけじゃないか・・・誰だ?こんな人選を考えた奴・・・」


「それは、曲者でないとこんな、無茶な任務に志願しないからでしょうね」


「そこは、否定しろ・・・」


 普段通りの艦長と副長の漫才まがいの会話を、艦橋にいる航海要員は全員が完全に無視していた。


「ハワイの方は、戦闘機の攻撃が主体だろう。本格的な水上戦はこちらが先だ」


 向井は、史実を思い出しながらつぶやいた。


「マレー沖海戦ですね。イギリスの東洋艦隊を相手取る事になりますが・・・もっとも、あれも航空隊が主となった戦闘ですから、水上戦と言うのはちょっと違いますね」


「確か、戦艦[プリンス・オブ・ウェールズ]が配属されているな」


 何気につぶやいた、向井の言葉に権藤が速攻で突っ込みを入れる。


「艦長、間違っても[プリンス・オブ・ウェールズ]と、艦対艦のタイマン勝負をしようなんて、考えないでくださいよ。ウチの主砲では太刀打ちできませんから」


「俺は、ぶら下がったニンジンを追いかける馬か?」


「自分の事をよくご存じで、安心しました。しかし、馬と言うより赤い布に突進して行く牛と言うほうが合っていますね」


「どんだけ俺は考え無しの猪突猛進野郎なんだ。知らない奴が聞いたら本気にするだろうが」


 ふざけているような2人の会話だが、これは意図してやっている。


 自衛隊員にとって、初の本物の戦闘なのだ。いくら覚悟を決めて、この派兵に参加したとしても怖いはずだ。


 その、部下たちの緊張を少しでも和らげるのが、自分たち上位者の務めだ。


 たとえ、緊張で足が震えていたとしてもだ。





 しかし、それを良しとしない者もいる。


 2人の掛け合い漫才のような会話に、鋭い視線を向けている人物がいた。


 新設された、第2航空艦隊から派遣されてきた連絡将校兼観戦武官の海軍中尉だ。


 一応、観戦武官は旗艦に乗艦するのが定石だが、彼は第2護衛隊群旗艦の[かが]ではなく、[あしがら]への乗艦を希望したため現在に至る。


 帝国海軍の誇り高き彼にとって、戦闘艦トップの2人の態度は余りにも酷い。


 こんな体たらくで大丈夫かと、思ってしまう。


 自衛隊に対する評価は陸海軍とも微妙である。意外なことだが、頭が固いと思われた陸軍の方が、評価している者が多いらしい。


 それは、彼も同感だ。陸上自衛隊が保有している戦車等は、ドイツやソ連の大型戦車に見劣りしないし、兵員の練度も高いように思える。


 それに比べて・・・彼は小さくため息をついた。練度は高いように思うが、どうしても軟弱に見えるのだ。


 演習も視察したが、シミュレーションとかいう演習は、どうも実感がわかない。


 CICとかいう戦闘指揮所で、電探の画面に映る仮想敵をこちらの、ロケット弾で撃墜するのを見たが、理解しがたかった。


 だからこそ、実戦の様子を見てやろうと乗り込んできたのだが、もともと彼の向井に対する評価は最初から低かったのだが、ここにきてそれは更に下降し、すでにマイナス域に突入していた。


「コーヒーをお持ちしました」


 海士の階級章をつけた女性自衛官が、トレイに3つのカップを乗せて運んできた。


「おおサンキュー」


 大量に入れられたミルクのせいで、別物に変化したコーヒーを向井は満面の笑みを浮かべて受け取った。


「砂糖は3個入れているか?苦いコーヒーは飲めないからな」


「・・・艦長、糖質の摂取を控えるように医官から注意されませんでしたか?」


 コーヒーを受け取りながら、権藤が注意する。


「固い事言うな、他でちゃんと調整している」


 はっきり言って、飲み物で調整しないのなら全然意味のない調整である。


「どうぞ」


 自分に差し出されたコーヒーを一瞥して、中尉は首を振った。


「いや、結構。心遣いはありがたく頂戴する」


 断られた女性海士は、戸惑った表情と少し悲しそうな表情を見せた。


 少女の面影が残る女性に、そんな顔をさせた事に軽い罪悪感を覚えた。


「中尉、状況開始までは時間がある。今はリラックスしておいた方がいい」


「・・・・・・」


 軽い口調の向井に中尉は非好意的な視線を向けた。


「・・・少し、失礼します」


 そう言って、艦橋を後にした。


「海軍内でも、我々に対して不信を持っている派閥もいる・・・という事ですね」


「そりゃそうだ。俺だって、俺を見たらそう思う」


 中尉の後ろ姿を見送って、2人は囁きあった。


「南雲さんは山本長官とはあまり反りが合っていないらしい・・・第1の連中も気苦労が多いだろう」


「面倒な話です」


「ハワイの奇襲作戦で、空自はそれなりに認めるだろうが、海自のイージス艦に関しては性能のいいレーダー艦としか思わんだろうからな。だからこそ、俺たちが踏ん張らねば・・・ツギハギだらけでも一枚岩にならなきゃ、1戦、2戦はいいが、後々厄介だ」


 頭を掻きながら、向井はつぶやいた。


「あの、艦長」


 女性の声と共に、1杯のコーヒーが差し出された。


「責任持って、飲んでください。勿体ないですから・・・」


「・・・・・・」





[あしがら]の後部甲板で、後続の艦隊群の艦影を見ながら、彼はため息をついた。


 ここに来るまで、通路ですれ違った乗組員は、慣れた仕草で道を開け挙手の敬礼をする。


 80年後の日本人。彼らから見れば旧海軍といえる大日本帝国海軍の良き伝統は、間違いなく受け継がれている。


 彼らから知らされた、大日本帝国の末路に愕然としなかった者はいなかった。


 末端までは知らされてないが、士官以上は陸海を問わず全員に周知された。


「そんな馬鹿な」と思う者もいたが、今ではそれもかなり変わってきている。


 アメリカの開発した最終兵器。理論だけは日本の物理学者も認知しているが、工業力、技術力が追い付いていないために、開発は不可能だ。


 見たくないものを見るというのは勇気がいる。


 だが、逆に見てしまえば、そうはさせないという気になるものだ。


 これまで協調する事のなかった、陸海の軍令部と参謀本部も陸海軍大臣の音頭の元、統合軍令部を創設した。


 悲惨な未来は防いでみせる。それは、陸海を問わず、軍人たちの心に刻まれている。


 その転機をもたらしてくれた彼らには感謝すべきなのだが・・・


 どうしても、あの2人の不謹慎と取れる態度には付いていけない。


「ちょっと、いいかい?」


 後ろからかけられた声に振り返る。


 向井が立っていた。


「何か?」


「煙草でも吸おうと思って、来たのだが・・・貴官もどうだ?」


「いえ、小官は・・・」


「まあ、固い事を言うな。80年後の煙草の味を知るのも、話のタネにはなるぞ」


 無理やり1本を押しつける。


 自分の咥えた煙草にライターで火をつけ、肺まで吸い込んで煙を吐き出した。


 マッチともオイルライターとも違う着火器具を中尉は珍しそうに眺めた。


「ほら、付けてみ」


 カチッ。


「?」


 同じように火をつけようとしたが、音だけだった。


「そうそう、そいつは少々面倒な手順があるんだ。ほら、ここの小さいポッチリを押し込んで、こう下に押すようにすると火が付く・・・」


「なぜ、わざわざそんな仕掛けを?」


「ん、昔はもっと簡単だったんだが・・・子供が悪戯して火事になったりする事故が多発してな・・・消費者庁っていうモンスターが、ガーガー吠えて・・・こうなった。まったく、子供の手の届くような所に置く、馬鹿親の自己責任の欠如が原因だろうが。んな事言っていたら包丁だってハサミだって同じだろう」


「モンスター?」


「クレーマーと言う方が合っているか。とにかく、何でもかんでも文句をつけなきゃ収まらない連中さ」


「クレーマー?」


 どうも、話が上手くかみ合わない。向井は作業帽を脱いで頭を掻いた。


 ちなみに、断っておくが後部甲板も含めて甲板上は禁煙である。


 甲板作業員は、見て見ぬ振りをしていたが。


「ふっ」


 中尉は微かに笑った。


「80年も時間が違うと、人は変わるのですね・・・貴方がたと私たちが同じ日本人とは思えない」


「まあ・・・何だな・・・」


「向井大佐、1つお聞きしてよろしいか?」


 向井は無言で促した。


「貴方がたは、80年間ずっと平和の中にいた。我々が犯し、これからも犯す過ちを教訓として・・・それなのに、なぜこの時代へ?」


「・・・さあ、なぜかなぁ?」


 俺に聞くなと言いたい。


 何しろ自分は最初は、この派兵を辞退するつもりだったのだから。





 最初に隊司令から、タイムスリップをして過去の日本に派兵するという話を聞いた時は、何か幻覚作用のある悪い物でも食べたんじゃないかと疑った。


 そして、極秘命令を受けた。


 正直、二度と元の時代に戻れないと聞いた時は冗談じゃないと思った。


 志願制だから、断ろうと思ったほどだ。


 自分が辞退すれば、部下たちも酔狂としか思えないこの任務を断り易くなる。


 別に後ろ指を指される事など、どうという事もない。そう考えていた。


 それを変えたのは、特別休暇で実家に帰った時だった。


 久しぶりに墓参りに行った時、今まであるのは知っていたが気にも止めていなかった、戦没者の墓石がある一角に足が向いた。


 知らない他人の墓に刻まれた文字を読むのはどうなのかと思ったが、心の中で手を合わせつつ1つ1つ見て回った。


 階級は、ほとんどが陸軍の兵卒だった。昭和18年や19年の数字が目に入る。


 ガダルカナルや、フィリピン、レイテ、ビルマ等南方の地名が刻まれていた。


 中には、乗艦していた輸送艦が撃沈されたのか南方としか記されていないものもあった。


 そして、享年はほとんどが20代。今の自分より20歳以上は若い・・・戦争さえなければ、彼らはもっと長く生きる事ができただろう。


 今ほど、自由がなくても仕事をして、恋をして、結婚をして、子供を育て、年老いて人生を終える。


 こんな、当たり前の事を奪われた人々がいた。


 「・・・・・・」


 向井は立ち去る時、墓石群に45度の敬礼をした。


 その時、心は決まっていた。





「あくまでも、俺個人の考えでいいか?」


「ええ」


「そうだな・・・」


 どうも、こういうのは苦手だ。こめかみを指で掻いた。


「・・・俺たちが、平和な日本で生きていけるのは、あんたたちがいたからだ。あんたたちが命懸けで、日本を守ってくれたからこそ俺たちの日本がある。この戦争が正しかったかそうじゃなかったかっていうのはどうでもいいんだ。ただ、俺たちが来た事で1人でも若い奴が生き残る事ができたらそれでいい・・・まあ、そんなトコかな」


「・・・・・・」


「ああぁ~、全然、俺のキャラじゃねえ!!こんなダサいセリフを言うつもりはなかったのにぃ~!!!」


 言ってしまった後で、頭を抱えた。後の祭りとはこの事だ。


 多分、神薙や村主ならもっと気の利いた事を言えるだろうが、自分ではこれが精いっぱいだ。


「・・・火をもらえますか?」


 中尉が静かに言った。


「ん・・・ああ」


 煙草の煙を肺一杯に吸い込み、吐き出した。


「・・・小官が海軍軍人を志したのは、海が好きだったからです。80年後の海も、きっと同じ色なのでしょうね。それと同じように、80年経っても人の本質は変わらない・・・我々軍人の本分は、軍事力にものを言わせて覇権を握る事ではなく、祖国と天皇陛下の赤子である国民を守る事・・・それを、貴方がたは思い出させてくれた。女神の盾の名を持つ巡洋艦[あしがら]と共に・・・」


 つぶやくように語る、中尉の横顔を向井は、感服したように眺めていた。


「何か、あんたの方が俺より[あしがら]の艦長らしく見えるのは気のせいか・・・」


 自分が、同じような事を言っても権藤たちは本気にしないだろう。それどころか、大爆笑されるか何かおかしな物を食ったと言われて、医務室に連行されそうだ。


 それは、無意識の照れ隠しなのかも知れない。





「艦長!」


 権藤が緊張した面持ちで、駆け寄って来た。


「何だ」


「E-2D[アドバンスト・ホークアイ]より、緊急連絡!フィリピン方面より戦闘機群が多数接近中との事です」


「数は?」


「約60機。30分後に接触の模様」


 それを聞いて、向井は作業帽を被り直した。


「よし、[かが]に連絡。ただちに対空戦闘の準備にかかれ、俺もCICへ行く」


「はっ!!」


 権藤が、走り去って数分後、警報と艦内放送が響く。


「対空戦闘用意、これは演習ではない、繰り返す、これは演習ではない」


 慌ただしくなった通路を早足で、CICに向かいながら、向井の口許に獰猛な笑みが浮かんだ。


「60機か・・・俺と[あしがら]を潰そうと思うなら1000機は持ってこいってもんだ」


 先ほどとは打って変わり、向井は全身から闘気を漲らせていた。

 碧血の海 第1章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は9月21日を予定しています。

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