時間跳躍 第10章 パールハーバー
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
1941年12月7日。
戦艦[長門]の作戦室で山本は石垣と将棋をしていた。
「後1時間ほどで回答期限が過ぎるな」
山本は将棋の駒を動かしながらつぶやく。
「はい。後1時間後です。やはり史実通りになります」
石垣が将棋の駒を動かす。
「なんとか戦争を回避する方法はないものかな」
「長官」
石垣が山本の顔を見る。
表情こそは冷静だが、心の中では苦しんでおられるのだろう、石垣はそう思った。
(やはり、山本長官は対米開戦に反対なんだな)
石垣がずっと山本を見ていると彼は顔を上げた。
「どうした俺の顔をずっと見て、何か顔についているか?」
「あ、いえ、申し訳ございません」
石垣が将棋の駒を動かす。
「おお、そう来たか。ならばこう動かすしかないな」
山本が駒を動かす。
将棋をしているといつの間にか日付が12月8日に変ろうとしていた。
「参謀長。大本営から何か連絡はないか?」
山本がいったん将棋の手を止め、宇垣に問う。
「いえ、何も連絡はありません」
宇垣の言葉に山本は決断したようにつぶやいた。
「作戦は予定通りだな」
マーシャル諸島某基地。
「いよいよ、作戦開始時刻だね」
パイロット待機室で、腕時計を見ながら、高居はつぶやいた。
「ああ。俺たちの出番だ」
嘉村が答える。
その嘉村の声も緊張している。
それはそうだ。数時間後には本物の実戦を経験するからだ。
高居はパイロット待機室にいるパイロットたちの顔を見回す。皆、緊張した表情をしている。
(無理もない)
高居は心中でつぶやく。
彼も緊張しているし、恐れている。これから、自分たちがするのは本物の戦争だ。それも一番に攻撃を仕掛ける。今まで自衛隊が封印してきた先制攻撃を仕掛けるのだ。思う事があるのは仕方ない。
「なあ、高居」
嘉村が話しかける。
「なんだ?」
「俺たちは本当に正しい事をするのかな?」
「どうした突然?」
「いや、一度決まった過去を俺たちは変える。これはとんでもない事だと思う。神ですら許されない事をするんだ」
「お前がいつも読んでいるラノベ系の話か?」
高居の問いに嘉村はうなずく。
「ああ。俺が読んでいるもののほとんどはこういう場合、世界のバランスが崩れるんだ。そして2つか、すべての世界が滅亡する」
「大丈夫だ」
高居が笑みを浮かべて言った。
「確かにラノベの話なら、こういう場合は世界のバランスが崩れる。しかし、所詮はただの作り話だ。頭の中の空想だ。それに話によれば、すべての世界を管理している者が俺たちに協力している。仮にもし、世界のバランスが崩れるのだったら、彼らから警告がくるだろう。だから、心配するな」
高居の言葉に嘉村も納得したのか、うなずいた。
その時、パイロット待機室のドアが開いた。
紺色の制服を着た男が入るとパイロット待機室にいた先任者が声を上げた。
「全員起立!」
パイロットたちが起立し、不動の姿勢になった。
「いや、そのままでいい」
制服を着た男が言った。
彼は菊水総隊の空自部隊副司令官である吉満だ。
パイロットたちは席につく。
「諸君。いよいよ作戦開始だ。覚悟はいいか?」
吉満はパイロットたちを見回しながら、告げた。
「準備万端です。いつでも出撃できます」
高居や嘉村が所属する第205飛行隊の隊長である大島勝好2等空佐が答える。
大島は2人が航空学生だった頃の教官である。
40を過ぎたばかりだが、F-15J改のパイロットの中では超一流で、空自内に彼の名を知らない者はいない。
「うむ。それを聞いて安心した。私は君たちの中から、この作戦に参加した事を後悔している者がいるのではないかと心配していたが、どうやら考えすぎのようだな」
吉満の言葉に大島が笑い声を上げながら言った。
「副司令、私たちの事を舐めないでください。我々は自らの意思でこの作戦に参加したのです。誰もそれに後悔する者はいません」
その言葉を聞いて吉満はうなずいた。
「いいか1番バッターは我々がすることになった。これは大変名誉なことであるぞ。帝国陸海軍は我々の事を信用していない者が多い。彼らの不信をこの一撃で変える。諸君等が活躍することを期待する」
吉満が言い終えてから、すぐにアナウンスが流れた。
「全パイロットに告ぐ。出撃の準備をせよ」
アナウンスにより、パイロットたちの表情が変わった。
「では、これで最後だ」
吉満はパイロットたちを見回すと、告げた。
「必ず生きて帰ってこい。君たちには、これからも数多くの任務がある。ここで無駄に死んではならない。いいな!」
吉満は最後の言葉に力を入れた。
「「「はい!」」」
パイロットたちは叫ぶと、パイロット待機室を飛び出した。
ハワイ諸島オアフ島レーダー基地。
カレンダーを見れば12月7日。時計を見れば午前7時だった。
レーダー員の男が大きな欠伸をした。
「今朝も異常なし、か」
レーダー員は大きく背伸びをした。
「おい、コーヒーを淹れてくれ」
レーダー員は兵卒にコーヒーを持ってくるように指示した。
「はい。ただいま」
兵卒は温かいコーヒーをコーヒーカップに淹れた。
「退屈そうだな」
レーダー基地の指揮官がコーヒーを片手に口を開いた。
「こんな仕事は他にはありませんよ。ただ座っているだけで、給料が貰えるのですから」
「コーヒーです」
兵卒がコーヒーカップを渡した。
指揮官は苦笑した。
「日本が我が国に宣戦布告をしたというのに、随分と余裕だな」
彼の表情も、のんびりとしたものだ。
彼の思考の大半は2週間後のクリスマス休暇の事で占められ、太平洋の西の端の小国の事など微塵もない。
レーダー員はコーヒーを少しすすり、答えた。
「日本からハワイまでかなりの距離があります。この島を攻撃するなんて不可能です。日本軍は南進し、東南アジアを占領するでしょう」
レーダー員の言葉に指揮官はうなずいた。
「そうだ。そして、日本本土が手薄になった所を我が太平洋艦隊が攻撃する。それで、戦争は終わりだ」
指揮官はそう言うと声高らかに笑った。
「俺もレーダー員じゃなく、銃を持って極東の山猿どもを殺したいな」
レーダー員が笑みを浮かべながら、言った。
もちろん、日本が宣戦布告と同時にハワイ全島に避難勧告を出した事は知れ渡っている。
それに対するアメリカ国民の反応は、軍民を問わず、嘲笑と憫笑だった。
日本の満州撤退は、アメリカの正義と実力を世界に知らしめた。彼らはそう信じていた。
日本に、アメリカを攻撃する力などない。まずは、東南アジアに侵攻するだろうとの予想は、アメリカ陸軍、海軍の共通の認識だった。
アリの実力しかない国家が無謀にも象に挑もうとしている。これが、彼らの認識だった。
その時だった。
レーダーが反応した。
「ん?」
レーダー員がレーダーを見る。
レーダー画面には60ぐらいの光点が表示され、オアフ島を目指す針路をとっている。
「なんだこれは!?」
レーダー員が驚く。
「どうした?」
指揮官が問う。
「レーダーより、多数の飛行物体が接近中です!」
レーダー員の報告に指揮官がレーダースクリーンを見る。
「どうなっている!」
指揮官も驚く。
2人が驚くのも無理はないレーダーが捕捉した航空機群は信じられない速度でオアフ島を目指していた。
「速度はどのくらいだ?」
「わかりません。測定できません!」
指揮官は振り返り、兵卒に叫んだ。
「おい!警報を発令しろ!」
指揮官の言葉に兵卒は電話に飛びついた。
「クロウ1より、全機へ、まもなくオアフ島だ。作戦は予定通り行う。いいか、我々は港内に停泊している太平洋艦隊を叩く」
隊長機からの通信に第9飛行隊に所属する岡場雄一1等空尉はF-2改の操縦桿を左に倒した。
本来ならF-2改は、長距離からの空対艦ミサイルの発射が可能だが、ここまで目標に接近するのには理由があった。
「各機へ、まず狙うのは戦艦が先だ。巡洋艦、駆逐艦は後回しだ。だが、輸送船だけは狙ってはならない!」
岡場は自分が率いる4機編隊に言った。
「ラジャ」
「ラジャ」
「ラジャ」
部下たちから了解の返答が来る。
聞いた事もない轟音に驚いた水兵たちは甲板に出て、空を見上げた。
そこには見覚えがない青色の飛行機のようなものが信じられない速さでこちらに向かってきた。
その飛行機の主翼下から何かが飛翔した。
白い尾を引きながら、何の躊躇いもなくその飛翔物体は海面すれすれを飛行し、いきなり空高く飛び上がった。そのまま、急降下し、目標となった戦艦の甲板に直撃した。
戦艦の主砲弾を受けた以上の爆発が起こり、一撃で戦艦にかなりのダメージを与えた。
戦艦は砲撃戦を想定しているため、かなり撃たれ強く設計されている。その戦艦がたったの一撃で大破まではいかなくとも、かなりのダメージを与えられたのだから、水兵たちのショックは大きい。
アメリカ海軍の水兵たちが見たのは空自が保有するF-2改である。使用された兵器はASM-2(93式空対艦誘導弾)である。
真珠湾に飛来したF-2改は停泊中の戦艦すべてにASM-2を発射した。ほとんどの戦艦が大破ないし轟沈という結果になった。
すべての戦艦にダメージを与えた後は巡洋艦、駆逐艦にその矛先を向けた。
第1次攻撃で、真珠湾に停泊している太平洋艦隊は壊滅した。
攻撃は真珠湾だけではなかった。
オアフ島にある航空基地は地上攻撃機として実績のあるA-10が飛来した。
日本の領土が他国に占領された場合の陸上攻撃のために、元の時代でアメリカ空軍から購入したA-10は自衛隊が予想した通り活躍した。
駐機場に翼を休ませているレシプロ戦闘機に30ミリガトリング砲弾を浴びせ、次々と破壊していく。
空対地誘導弾であるAGM-65を滑走路、格納庫に撃ち込み基地機能を損失させていく。
「もし、これがナパーム弾だったら・・・」
A-10のパイロットはそうつぶやいて、ゾッとした。脳裏に湾岸戦争の時に投下されイラクの大地を焼いた、ねっとりとした炎の映像の光景が過ぎった。
ナパーム弾の残虐な所は、ただ炎と爆発で破壊するだけではない。その燃焼力で周囲の酸素を一気に奪い取るのだ。
たとえ、頑丈な退避壕に避難したとしても、酸素がなくなれば人は死ぬ。こんな、悲惨な死に方はない。
あの兵器を禁止兵器にしたのは正解だ。心底そう思った。
「大日本帝国は、自分の首を絞める覚悟で相当譲歩したんだ。恨むならあんたらが選挙で選んだ、わからず屋のアメリカの政治家を恨んでくれよ」
この事態を回避する方法ならいくらでもあったはずだ。日本の交渉を意固地になって突っぱね続けた一部の政治家のせいで、優秀な軍人の命が奪われた。
そう考えると腹が立って仕方なかった。
数機のP-40戦闘機が上がったが、A-10が装備しているAIM-9(サイドワインダー・ミサイル)が発射され、血祭りに上げていく。
さらに上空待機中のF-15J改がP-40を撃墜する。
「よし!後ろをとったぞ!」
嘉村がP-40の背後に回り、20ミリバルカン砲の発射ボタンを押す。
20ミリバルカン砲弾が撃ち出され、P-40の機体をずたずたに破壊していく。
「スプラッシュ(撃墜)!」
嘉村は墜落していくP-40の機体を眺める。
「・・・・・・」
嘉村はP-40のパイロットが気の毒に思えた。この時代には存在しないはずの戦闘機が突然現れ、旧式のレシプロ戦闘機に襲い掛かる。レシプロ機のパイロットたちは自分の身に何が起きたかわからない。気付いた時にはすでに死んでいる。
「それに、このF-15はもともとアメリカのものだ」
嘉村が気の毒に思うのはもう1つある。F-15戦闘機はアメリカが開発した航空機だ。自分たちが開発した物に殺される。それを知ったら彼らも未来のアメリカに怒りを覚えるだろう。
ハワイ近海。
航空戦闘部隊司令官兼第2空母戦隊司令官であるウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジョニア中将は空母[エンタープライズ]の艦橋でハワイ諸島が日本軍に奇襲された事を知らされた。
「なんだと!」
ハルゼーは床にコーヒーカップを落とした。
「何かの間違いではないのか?」
ハルゼーは通信文を持ってきた水兵に問う。
「いえ。何度も確認しましたが、ハワイ方面から平文で通信されています」
水兵の言葉にハルゼーは唸り声を上げた。
「はるか遠方の日本が太平洋を横断してハワイ諸島を攻撃しただと・・・」
ハルゼーは頭痛を感じた。
「それで被害は?」
ハルゼーは司令官席に腰掛け、水兵に聞いた。
「はっ、停泊中の太平洋艦隊は輸送船を除くすべての戦艦、巡洋艦、駆逐艦が撃沈ないし大破しました」
「なんという事だ」
ハルゼーは額を押さえた。
「それと・・・」
「まだ、何かあるのか?」
「はい。日本陸軍がハワイ諸島全島に上陸を開始しました」
この報告にハルゼーは勢いよく司令官席を立ち上がった。
「馬鹿な!太平洋の哨戒範囲は完璧だったはず、どうやって、輸送船団を日本からハワイに送った!?」
「それは・・・」
水兵が押し黙る。
「提督!」
別の水兵が通信文を持って、艦橋に現れた。
「今度はなんだ!?」
ハルゼーは苛立った。
「はっ、日本軍と思われる艦から通信です」
「何」
ハルゼーが幕僚たちと顔を見合わせた。
「読んでみろ」
幕僚の1人が言う。
「はっ、発、菊水総隊、宛、ハルゼー提督、我々は貴艦[エンタープライズ]を完全に捕捉している。我々の任務は太平洋艦隊に所属している2隻の空母を撃沈するものである。しかし、我々は流血を求めるものではない。離艦する時間を与える。今から1時間以内に空母[エンタープライズ]を放棄されたし、です」
水兵の言葉にハルゼーと幕僚たちは顔を見合わせた。
ハルゼーは水兵から通信文を受け取り、黙読した。
「どう思う?」
ハルゼーは通信文を幕僚に渡しながら、彼らの意見を聞いた。
「正直に申し上げますが、敵の考えがまったく見えません。戦時であるというのに、我々に逃げるチャンスを与えるなんて・・・」
幕僚たちが通信文を黙読する。
「状況から見て、これは潜水艦から発信されたのでしょう」
幕僚の言葉にハルゼーはうなずいた。
「俺もそう思う」
ハルゼーは参謀に指示を出した。
「駆逐艦に連絡!ただちに全周探索。敵潜を発見しだい爆雷攻撃を実施せよ!」
「「「はっ!」」」
参謀たちが挙手の敬礼をする。
ただちに駆逐艦が散開し、海中をくまなく探した。
ハルゼーたちの予想は当たっていた。
1隻の潜水艦が海中深くに息を潜めていたのだ。
もちろん、旧海軍の潜水艦ではない。菊水総隊に所属する第1潜水隊群第1潜水隊所属の潜水艦[じんりゅう]である。
[そうりゅう]型潜水艦の7番艦である[じんりゅう]はその隠密性を活かし、敵の駆逐艦から捕捉されずにいた。
「艦長。攻撃時間です」
副長が腕時計を見ながら、言った。
「ああ」
[じんりゅう]艦長の立足2等海佐は奥歯を噛みしめた。
「馬鹿野郎どもが」
「艦長の人道的行いはまったく意味をなしませんでしたな」
水雷長がつぶやく。
「水雷長。1番、2番発射管を開け」
「はっ!1番、2番発射管を開け」
水雷長が復唱する。
「1番、2番発射管、開きました」
水雷士が報告する。
「潜望鏡深度まで浮上」
「潜望鏡深度まで浮上」
潜航指揮官が復唱する。
[じんりゅう]のバラストタンクが排水され、浮き上がる。
「艦長。潜望鏡深度です」
潜航指揮官からの報告に立足は静かに言った。
「潜望鏡上げ」
立足の指示で潜望鏡が上がる。
潜望鏡が捉えた映像は発令所のスクリーンに映し出される。
駆逐艦が忙しく海中探索している。その真ん中で[エンタープライズ]がジグザグ航行をしている。
「ハープーン発射!」
「1番発射!2番発射!」
水雷士が発射ボタンを叩く。
鈍い振動が発令所に伝わる。
海上に飛び出たハープーン・ミサイルはいったん空高く飛翔し、そのまま海面すれすれを飛行する。
[エンタープライズ]の見張り員たちは驚いただろう。いきなり見た事もない飛行物体が海面から飛び出してきたのだから、立足たちの時代であればいくらでも回避する方法があるが、この時代ではまったくない。
2発のハープーン・ミサイルは[エンタープライズ]に近づくと、急上昇し、そのまま、急降下した。
飛行甲板に2発のハープーン・ミサイルが命中した。
燃料に誘爆したのかハープーン・ミサイルの命中の後、大きな爆発が起こり、[エンタープライズ]がくの字に曲がり、沈没している。
「状況終了」
立足は戦果を確認しながら、そうつぶやいた。
同じころ、空母[レキシントン]も菊水総隊の潜水艦が撃沈した。
米空母撃沈の報は、すぐに第1護衛隊群旗艦[いずも]に、もたらされた。
「まだまだこれからだ・・・」
[いずも]のウイングで、ハワイ方面に視線を送っていた、内村はつぶやいて自分の傍らにいる村主を振り返った。
「はい、お楽しみはこれからです。このやり方を私に教えてくれたのは、他ならぬ彼らアメリカ人なのですから・・・」
村主の口許にはいつもの穏やかな微笑ではなく、周囲を凍りつかせるような冷笑が浮かんでいた。
内村は、背筋に悪寒を感じた。
「パールハーバーは、単なる出発点だ。海幕(海上幕僚監部)の立案した作戦の恐ろしさを存分に味わってもらおう。少し早いが我々からのクリスマスプレゼントだ」
この女性だけは、死んでも敵に回したくない。そう思いながら、内村は再び海に視線を向ける。
作戦名[オペレーション・テンペスト]発動である。
時間跳躍 第10章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は8月10日までに投稿します。




