時間跳躍 第8章 ファントムの艦隊
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
タイムスリップに無事成功した第1護衛隊群、第2護衛隊群、第1潜水隊群等は広島県にある呉市呉軍港に入港した。
入港すると[くらま]に来客が乗艦した。
聯合艦隊司令長官である山本だ。
山本はラッタルを上り、旗艦[くらま]の甲板に足をつけた。
甲板上には制服に着替えた山縣、大西以下幕僚たちが整列していた。
山本たちが現れると山縣たちは挙手の敬礼をした。
山本たちも答礼する。
その後から石垣、霧之、坂下の3人が現れる。
「菊水総隊司令官の山縣幹也海将です」
「聯合艦隊司令長官の山本です」
山縣と山本は固い握手を交わした。
山縣のランクはこの時代では大将に相当する(海将は中将クラスだが、役職により、大将相当になる)。
「私の幕僚を紹介しましょう。貴方がたは知っていると思いますが、一応しておきましょう」
山本がそう言うと、後ろに振り向き、上位者順から説明した。
「こちらは参謀長の宇垣纒少将。首席参謀の黒島亀人大佐」
山本が紹介すると2人の幕僚が頭を下げる。
「では、私の幕僚たちを紹介しましょう」
山縣がそう言うと、1人ずつ紹介した。
「陸自部隊の副司令官である星柿いさめ陸将、その幕僚長の飯崎稀之助陸将補。海自部隊の副司令官である黒山一松海将、幕僚長の秋山悟海将補。空自部隊の副司令官である吉満寿史空将、幕僚長の猿山将司空将補です」
山縣が紹介すると、彼らは挙手の敬礼をした。
山本たちはその度に答礼した。
「では、こちらへ」
山縣がそう言うと、山本たちを幕僚室に案内した。
「山本長官」
通路を進んでいると艦長の大西が声をかけた。
「今日の昼食は旧海軍からの伝統であります。金曜カレーです」
「そうか、それは楽しみだな。艦隊の旗艦である艦のカレーは一番うまい。[くらま]も艦隊旗艦であるから、一番うまいのだろうな」
山本が本当に楽しみにしているかのようにつぶやいた。
「はい。給養員長が腕によりをかけて作るそうです。ぜひとも、楽しみにしてください」
大西が自信に満ちた口調で言った。
「護衛艦[くらま]のカレーは護衛艦中では一番うまいですよ。長官を失望させる事はありません。ただ、戦艦[長門]のカレーには負けるかもしれませんが」
黒山が言った。
「うむ、それは当然だろう。[長門]の飯は聯合艦隊一であるからな。簡単には抜けないだろう」
宇垣がうんうんとうなずきながら、言った。
そんな事を雑談しながら、[くらま]の幕僚室に到着した。
幕僚室に入ると、海士たちがテーブルの上にカレーライスを配膳していた。
「なかなか、うまそうな匂いがするではないか」
カレーの香りを嗅ぎながら山本がつぶやく。
用意されている椅子に腰掛けると、山縣が立ち上がり、昼食が全員分に配膳されている事を確認した。
「では、皆いただこう」
「「「いただきます」」」
幕僚たちが声を上げると、スプーンを持って、カレーライスを口に運ぶのであった。
「うむ」
「おお」
「これは」
[くらま]のカレーを初めて食べる山本たちは少し驚いた表情になった。
「[長門]の飯もなかなかいけるが、[くらま]の料理もなかなかのものだな」
山本が代表して言った。
「気に入っていただきありがとうございます」
山縣が嬉しそうに言った。
山本たちは[くらま]のカレーを堪能するのであった。
[くらま]で昼食会をした後、山本はイージス艦[あかぎ]の視察を申し出た。
航空主戦派の山本にとって、対航空戦の主戦力ともいえるイージス艦に強い興味があったからだ。
山縣は2つ返事で了承し、山本たちが[くらま]まで来た内火艇に搭乗し、[あかぎ]に向かった。
「山縣君。どれが[あかぎ]かね?」
山本が山縣に問うた。
「あれが[あかぎ]です」
山縣が[あかぎ]を指した。
「あれが[あかぎ]か」
山縣が指す方向を見ながら、つぶやいた。
「巡洋艦クラスだな」
黒島がつぶやく。
「しかし、80年後の軍艦というのはどれも貧弱だな。あれでは戦艦の砲撃には耐えられない。本当に戦えるのかね?石垣中尉」
宇垣が石垣に質問した。
「はい。戦えます。参謀長を失望させるような事はありません」
石垣が自信に満ちた口調で言った。
「しかし、参謀長の言っている事にも一理ある。俺から見ても[くらま]も、そして[あかぎ]もかなり貧弱に見える。本当に米太平洋艦隊に匹敵するのかね?」
山本が護衛艦群を見ながら、つぶやいた。
「先ほど、石垣君が言ったように、長官や参謀長たちを失望させる事はありません。80年後の軍艦はすべて飛んでいるうちに撃墜する事が前提で設計されています。だから、装甲は必要ないのです」
「飛んでいるうち・・・という事は飛んでいる砲弾に砲弾を当てるという事ですか!?」
山縣の言葉に黒島が驚いた声をあげた。
「その通りです」
山縣がうなずいた。
これには山本を含めて宇垣も驚いた。
「なんと」
宇垣は[あかぎ]を再び見る。
「もし、それが本当なら我が海軍はとてつもない、戦力を手に入れた事になる。これは大変素晴らしい事ですよ。長官」
宇垣が何かを期待したようにうなずいた。
「そろそろ到着します」
内火艇を操縦する下士官が報告した。
山本や山縣たちを乗せた内火艇が[あかぎ]から降ろされているラッタルに横付けすると、彼らはラッタルを昇った。
ラッタルを昇ると、[あかぎ]艦長である神薙が山本たちを出迎えた。
「お待ちしておりました。山本長官、山縣司令官」
神薙が挙手の敬礼をする。
「イージス護衛艦[あかぎ]艦長の神薙真咲1等海佐です。お目にかかれて光栄です」
彼女の言葉に宇垣は驚いた。
「お、女!?女が戦闘艦の艦長だとぉ!?」
驚きのあまり、後半は声が裏返っていた。
予想通りの反応に、神薙は内心肩をすくめたが、表情には出さなかった。
「ほう。石垣君や霧之君が言っていたように、80年後の日本では女性の活躍の場が多いと聞く。実物を見て本当だと理解した」
山本は落ち着いた口調で言った。
「神薙君。[あかぎ]を案内してくれないか?」
山本の言葉に神薙は不動の姿勢になり、答えた。
「はい。喜んで」
神薙はそう言って、[あかぎ]を案内した。
彼女はまず、CIC(戦闘指揮所)に案内した。
「ここがCICになります。基本的にはここで戦闘指揮を行います。レーダー・・・電探の画面がここで映し出されています」
山本、宇垣、黒島の3人は薄暗い部屋を見回すのであった。
「こんな部屋では、自分が海の上にいるという実感が沸かないな」
山本がつぶやく。
神薙は苦笑した。
確かにその通りである。窓がいっさいなく、船の揺れもほとんど感じない。確かに山本の言う通りなのである。
神薙は約1時間以上をかけて、艦内の説明をした。
山本、宇垣、黒島の3人は時折質問しながら、[あかぎ]の能力を把握した。
「ところで、神薙君。私的な質問だが、君の出身は何処かね?」
「はい、長岡です」
「ほう、時代は違うが俺と同郷か」
「はい」
最後に、そう会話をして、山本は[あかぎ]を後にした。
「・・・しかし、戦闘艦の艦長が女というのは・・・」
内火艇で、宇垣は釈然としない表情で、つぶやいた。
「参謀長、確かに私も驚きましたが、あの女性はかなりの切れ者ですよ。この際、男か女かという件は、脇に置いても良いのでは」
黒島は、比較的肯定的にとらえているようだ。
山本は無言で遠ざかる艦隊を眺めていた。
「艦隊の再編を急がねばならんな。早い段階で、自衛隊との連携作戦も立案する必要がある・・・色々忙しくなりそうだ」
陸軍の方も、陸軍大臣の東条が音頭を取って、再編をしているらしい。
若手の士官を、抑えるのに手こずっているらしいが、それは任せて良いだろう。
あの、映像で見た未来だけは回避したい。心からそう思う。
菊水総隊がタイムスリップして、1週間が経った。
その日、石垣、霧之、坂下と、山縣以下各隊の司令とその幕僚長と、首席幕僚の面々と、山本長官以下、その幕僚が戦艦[長門]の会議室で一同に会した。
石垣の予想を裏切らず、会議室に宇垣の絶叫が響く。
「女が先任参謀だとぉ!?」
正直、慣れて欲しいのだが・・・
黒色の幹部用制服姿の村主の自己紹介を聞いて直後の反応だった。
「色々、仰りたい事はあるでしょうが、本職の職務は如何にして、敵に勝ち味方の犠牲を少なくするかの作戦立案をする事です。その職務を遂行するのに、性別は問題にならないと思います」
村主は、穏やかな表情でそう述べた。
彼女の表情も、言葉も決して威圧感はなかったが、うっすらと微笑をうかべて立つその姿に並み居る帝国海軍の軍人たちは、得体の知れない薄ら寒さを感じた。
(ヤレヤレ・・・)
上官である内村が、内心でため息をつく。
「いやいや、神薙艦長も中々の美人だったが、貴官も勝るとも劣らないな」
一気に氷点下になった空気を吹き飛ばすような、豪快な笑い声が上がる。
(さすがは山本五十六。これが、一軍の司令官か・・・)
石垣は、内心で感動していた。超一流の指揮官は寡黙だ、そしてここぞと言う時に発言する。
「恐れ入ります」
村主は、わずかに微笑を浮かべて、席に着いた。
少年のような表情で、山本を見つめる石垣の横顔を、霧之が苦笑を浮かべて見つめる。
(あらあら、すっかり山本長官に心酔しちゃって・・・)
その頃、呉軍港を一望できる海岸で、陸軍の軍服姿の男が、見慣れぬ灰色の艦隊を眺めていた。
「ほうほう、あれが噂の艦隊か・・・」
双眼鏡を覗きながら、男は灰色の艦隊をつぶさに観察していた。
「・・・しかし、どうもハッキリしない色だな・・・まるで、海に溶け込むような色だ・・・」
「どうにも、勇壮感に欠けますね。陸軍内に流れている噂とはかけ離れているように感じます」
随行している少佐の階級章をつけた部下が、正直な心情を漏らした。
「まあ、陸軍省に顔を出せば、詳細はわかる。わざわざ京都から出向いて来たのだ、それなりの土産話を持って帰る必要がある」
彼らから少し離れた場所で、遊んでいる少年たちが口々に話している言葉が潮風に乗って流れて来る。
「何だ、あれ?」
「父ちゃんが、海軍の新型艦だって、言っていたぞ」
「あれが?全然強そうに見えないぞ」
少年たちの、言葉が少佐の感想を代弁しているように感じて、彼は苦笑した。
「しかし、あの色は・・・本当に海に溶け込んでいるようだ・・・まるで、忍者・・・いや幽霊のようだな・・・英語でゴースト・・・ドイツ語でゲシュペンスト・・・いや、ファントム」
「?」
「フランス語で幽霊だ。幽霊のようにハッキリとしない艦隊・・・ファントムの艦隊・・・」
そうつぶやいて、彼はにやりと笑った。
「満州から戻って以来だな・・・こんな、興味深い事には、ぜひとも混ぜてもらわねば」
月が変わり、11月上旬。
大将に昇進した山本は参謀たちが提出した書類に目を通していた。
未来の日本陸海空軍(自衛隊)から増援を得た陸海軍は大規模な組織改編を行った。日本が敗北する、と分かり、陸軍内部はかなり丸くなった。しかし、まったくいい訳ではない。日独伊三国同盟の破棄、中国、満州からの撤退は世論には受け入れ難かった。
それは仕方ない。
しかし、世論はある程度は操作できる。要は、いい例と悪い例を出し、どちらを選択する方が、良いかと問いかければ良い。
事実というものは1つしかないが、真実は人の数だけある。
大多数の人間が、こちらが良いと思い込めば良いのだ。
情報操作で、この選択の利点をとことん強調するのだ。勿論リスクは付き物だが、それをあえて言う必要は無い。
まず、三国同盟の破棄はアメリカに日本を批判する理由の1つを失わせるし、中国、満州からの撤退は、A・B・C・D包囲網の一角に穴を開けるだけでなく、日本に対する経済制裁の不当性を世界に示す事になる。
それはそれで、アメリカ側が引き下がるわけがないが、少なくともアジア諸国には、日本の義を示す事ができる。
たとえ、戦争に正義は無いとしてもだ。
そして、霧之の提案で自衛隊から具申されたある事は、いつでも使用可能な状態だ。
女性が軍人。しかも幹部というのには、最初は驚いたが人間の能力に性別は、関係ないという事を実感した。
山本の思慮は、司令長官室の扉を叩く、ノックの音で中断された。
「入れ」
「失礼します」
入室してきたのは、生真面目を絵で描いたような風貌の海軍軍人だった。
「おお、来たか」
満面の笑みを浮かべて、山本は執務机から立ち上がって迎えた。
「着任の挨拶に参りました」
この海軍軍人の名は、第1航空艦隊司令長官になる南雲忠一中将である。
「そうか、これからは航空戦力の時代だ。君たちの活躍に期待している」
「はっ、帝国海軍軍人の誇りにかけて、奮励努力する所存です」
南雲の口調は、表情と同じく生真面目そのものだった。
「はっはっは、そう硬くならなくてもいい。現在、第2航空艦隊も編成中だ、これで日本は2つの機動艦隊を保有できる」
「長官。その事ですが、空母護衛の任を例の幽霊艦隊に任せると聞き及びましたが、事実ですか?」
「幽霊?」
「未来から来た艦隊の事です。陸軍ではファントムと言う呼称が定着しているそうです」
「ファントムね、中々洒落た呼称だな。その通り、菊水総隊の第1護衛隊群に任せようと考えている」
「空母[赤城]を護衛艦[あかぎ]が護衛するのですか・・・言葉遊びとしては面白いですが、正直、幽霊が我が海軍の戦艦に、勝るとは到底思えないのですが・・・」
南雲の表情には、不信の色が見える。
「予定されている作戦には、総隊の空軍・・・航空自衛隊も参加するぞ」
「どの、空母に搭乗するのですか?」
「必要ないそうだ、マーシャル諸島から直接目的地に向かうそうだ」
「そんな馬鹿な!?」
南雲は思わず叫んだ。
「はっはっは、皆揃ってそう言うな・・・ここだけの話、俺はその日は一介の観戦武官として[あかぎ]に乗艦したいと思っていたのだが・・・さすがに宇垣や黒島に止められてしまった・・・」
「・・・・・・」
長官のあまりにも突飛な発言に、南雲は頭を抱えた。
時間跳躍 第8章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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