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ここだけのはなし


あらすじ …… 黒星狼に襲われたら、

「ヘルプミー! (〜人の名前)がデンジャー!!」

と大声で三回いおう。伝わる。


* 今回は拡大20分バージョン。

 



「……なあ。ここだけの話して」


「は?」



 バイトの休憩中に、先輩に史上最低のフリをされたのでござ(そうろう)



「なあなあ、ここだけの話をしてくれよぉ〜。ちょっと知識が増えるような話を聞きたいんだよお〜」

「ふむ……その二つが繋がらないんですが。ここだけで、知識が増えるとは?」


 どういうことだろう?

 急に言われてもなにも浮かばない。

 やはり、フリが唐突すぎる。


「なんかさー、テレビでよくあんじゃん。……携帯の充電が切れそうになったら、こうすればなんたら〜気になる人は、続きをWebでっ……みたいなCM。ちょっと知識が増えるような誘いっつーかさー」


「あー。ありますあります。……なるほど、ああいうことですか。難しいなあ……」


「けどさあ、Webに飛ぶのすらめんどくさいじゃん。だから、そういうのを教えてくれよぉ〜。パパッと」


「……時代の色々なアレがよく分かる発言、ありがとうございます」


「なんだよ……照れるから褒めんなよ」



 いまの時代は発信者も受信者も、なんだか色々と大変である。

 ふむ、しかし……。



「困りましたね。ここだけの話で、知識が増える……」

「早く話せよお」

「んー。……〇〇からきた超巨大〇〇の本部が東京にあるんですが、その最寄り駅に行った時の話を。……これは、ここだけの話ですよ」

「やめとけ。マジでやめとけって。……これ、フリじゃねえぞっ!!」


 むう。ボクの得意分野を封じられた。

 ……しかし、『ここだけの話』。

 これはかなり難しい。


「ここだけって言っても、なんていうか、……ネットですぐに情報が拡散するので、ほんとうの『ここだけの話』は出来ないですよ」

「まあ、確かになー。誰のもとに届くかわかんねーしな」

「ここだけの話っていう事は、大きな声では言えない話ですよね? ネットとは性質が真逆でしょう」

「前置きなげーんだよ。つまり、できねーんだろ? ……んじゃ寝るわ」



 ……カチーン。



「……ちょっと待ってください。別に出来ないとは言ってないでしょう」

「はいはい。……今日はあと二十分はあるな。アタシ寝るから起こしてー」

「起きてください。出来ますから」

「や〜め〜ろ〜って〜……」

「起きて。ほら」


 先輩の肩をがくがくと揺さぶる。

 先輩は、巨大な胸の位置を直してから頬杖をついた。


「……もー、なんだよ。どうせ出来ねーんだろ?」

「屈辱です。……こんな屈辱はなかなかありませんよ」


 先輩は、大きなアクビをしてからスマホを取り出した。リンゴのスマホである。

 頭をひねるボクの横で、それをいじりだした。


「……ふふふ。見てみろよコレ。現代の絵師に名画を描かせてみただってよ」

「ボクと話すよりも、ンちゃんねる系のまとめサイトを選ぶというのですか? ……程がある。ホドがありますよっ。目の前の人間よりも、ンちゃんねるですかっ!!」

「うるせーなあ。ほれ」


 先輩は、ボクに見せるようにリンゴを傾けた。

 それを覗き込むと、最近 販売された本の内容がまとめてあった。


「……発売? それはオフィシャルな本なのですか? スレッドに素人が絵を投稿しているのではなく? ……どうやったらその絵を見れるんですか?」

「『フェルメール 萌え絵』で検索してみ。

 なんか、最近 発売された本の内容を載せてるみたいだな。……ふーん。見ろよこの絵」


 先輩がリンゴをスワイプすると、現代風に描いたというフェルメールが見えた。

 ……名画、『真珠の耳飾りの少女』


「…………」

「かわいーなコレ。あはは」


「…………フェルメールが、表紙ですね」

「あー、そうみてーだな」


「真珠の耳飾りが、すごく大きくないですか? ……それと、首の角度、オリジナルと違うんですが……」

「この絵は真珠の耳飾りの少女なんだろ? だから耳飾りを強調したんじゃねーのか? それに、首の角度なんてどーでもいーだろ」

「どーでもって…………けど、その絵は、耳飾りもそうですが、首の角度とか表情……」


 それ以上、なにも喋ってはいけない気がしたので、とりあえず喋るのをやめた。


「それよりも、他の絵も見てみろよ。

 ……このひまわり。わはは。最高だな。花弁が萌え〜な女の子になってんぞ」


 先輩の手元のリンゴを覗き込むと、もうなんだかスゴい事になっていた。ファン・コッホのひまわりが、女の子になっていた。


「いいですね」


「ん? ……さっきのよりも、こっちの方がいいのか? お前みたいなのはこういうの嫌いなんじゃねーの?」


「これはイイでしょ。芸術や娯楽の基本は多様性です。……この絵はひまわりをバカにしてる訳ではなく、真面目にふざけてるだけですね。面白いじゃないですか」


「ふーん……でも、フェルメールの首の角度を変えるのはダメなのか?」


「…………ダメとは、言っていません。

 それにまあ、真珠を大きく描いているのは本家のフェルメールも一緒ですからね」


「ははは。見ろよこっちの絵。……すげーでけー胸だな」


 リンゴを見ると、胸の谷間を強調された可愛らしい少女がこちらを向いていた。

 手元には魔法の薬瓶のような小品が置かれていて、彼女はお店の主のようなたたずまいをしている。

 ……幻想的にアレンジされているが、まさか。


「……まさか、これの元絵はエドゥアール・マネですか?」

「ん? マネとかいう奴の、フォリーなんたらーんだってよ」

「フォリー・ベルジェールのバーです。おー……」

「なんだよ。また文句つけんのか?」

「さっきから文句なんてつけてませんよ。この絵は本質に沿って、現代風にしようとしています。……ベルト・モリゾも見てみたいですね」

「なんじゃそりゃ。フォリーのバー? この絵そんなにすげーの? 女の子がこっち向いてるだけじゃねーか」


 谷間ハンパない女の子がこちらを向いているだけの絵……確かに、一見そう見えるかもしれないが……。


「凄いなんてものじゃないですよ。

 この女の子は、実はこの絵の主題ではありません。ほかの部分が重要なんですが、ちゃんとこの絵師さんはその部分にも触れています。……しかし、となると、この本の中にはおそらくクロード・モネの作品もありますよね?」

「ん? ……あー、コレか? 日傘をさす女だってよ」



 散歩・日傘をさす女。

 ……クロード・モネが、愛妻カミーユと、長男のジャンを描いた作品。……実は、三枚描かれているこの絵は、いわく付きの絵なのだが、見事に萌え〜。



「……ジャンくんというか、ジャンヌちゃんみたいになってますが」

「かわいいなー。こんな弟が欲しかったぁ〜。おまえがこんなんだったらなぁ〜」

「ちょっと、見せてもらっていいですか?」

「ん」


 先輩からリンゴを受け取り、画面をスクロールする。何枚かのイラストが掲載されていて、その下には発売される本の目録(もくろく)が載っていた。


「……ミレー、ルソー、ロートレック、ピカソ、ムンク……れ、レンブラントの『夜警』、……ボッティチェリの、『ヴィーナスの誕生』……」

「なんだなんだ。どした?」


 凄すぎる。

 なんたる顔ぶれ。

 もうこうなったらダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロもいれてしまえばいいのに。


「……うーん。しかし凄いですね。西洋だけでなくて日本の人もいます。……俵屋宗達が目録に入ってますね」

「だれそれ?」

「風神様とか雷神様の絵で有名な人です。……ほら、風邪のCMとかで出てくるアレです」

「ふーん」

「ロートレックはあるのにミュシャはないんですね。……あ、クリムトまであるっ!!」

「もーお前が言ってることわかんねーよ。ツマンネ」


 先輩は、ボクの手からリンゴを奪い取ると、また頬杖をつきながらリンゴをいじった。






「……しかし、ここだけの話ですが、こういう仕事も大変でしょうね」

「……お?」


 先輩がこちらを見る。


「お? ついに来たか? ここだけの話」

「うーん……。まあ、さっきのフェルメールとかもそうなんですが、ああいうのって、裏側が見えないからなんとも言えないんですよね」

「どーゆーいみ?」


「……企画者側からどんなオファーがきてるのかが見えないんで、なんとも言えないというか……。

 たとえば、『往年の名画を現代風に描いてください』と、ただ言われたとしても、当然イラストレーターとしては自分らしくしたいですよね。……ちょっと変えたいというか」

「そうなのかねえ。まあ、アタシは超どーでもいいけど」

「それがどこまで絵師に許されるのか、あるいは、企画者からやってくれと言われてるのか……。

 自主的に勉強してそこに挑戦してるのか、企画者に言われた事だけをやってるのかも分からない。

 ……たとえば、真珠の耳飾りの少女なんですが、」


 ボクが自分の携帯を取り出し、本家のフェルメールを検索すると、真珠の耳飾りの少女が表示された。


「そういえば、さっきの絵はどうやって見るんでしたっけ?」

「ん。……『フェルメール 萌え絵』で検索してみ」



 そちらも表示して、本家と見比べる。



「うーむ。美しい」

「本家やっぱすげーな」


「実はこの絵は、本家フェルメールも真珠の耳飾りを大きく描いているんですよ」

「なんでンなこと分かるんだ? 普通のサイズに見えるけど……」

「この絵が描かれた1665年には、こんなに大きな真珠は存在しなかったんです。

 大粒の真珠が生まれたのは、二十世紀に入って、日本で真円真珠の養殖に成功してからなんですよ」

「ン? 今の真珠って養殖なの? 天然じゃねーの?」

「天然もありますが、ちっちゃいですよ。5ミリくらいですね。……なので、真珠は天然だから良いという訳でもないんです」

「へー……」


 手元の携帯を覗くと、本家フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』では、5ミリとは呼べない真珠が少女の耳を飾っている。


「この絵の見どころのひとつとして、真珠に映り込んだ周りの光景があります。……そうなると、真珠は大きい方がいいですよね。ちっちゃすぎると、反射した光景なんて書き込めません」

「なるほどね。そンで、フェルメールは真珠をデカく描いたのか」

「なんじゃないかなー、と言われています。実は、もう一つの話もあるんですけど、それは後で。

 ……本来ありえないくらいに真珠を大きく描いたフェルメールは、この肖像画の中にいくつもの『ウソ』を入れています」

「ウソ?」

「はい。ウソです。……さて、それはさておきさっきのイラストレーターの絵を見てみましょう」


 現代の絵師が描いた『真珠の耳飾りの少女』を見る。

 デカい。真珠、どでかい。


「どうですかコレ」

「まあ、正直デカすぎる気もするな」

「しかし、さっきの話をこの絵師さんも知っているとしたら、その行為に対するオマージュとしてやっている可能性があります。フェルメールに対するリスペクトというか」

「うーん。そーなの?」

「可能性としてはあります。

 さて、もう一つの相違点である、首の角度です。……これ、フェルメールと絵師さんで、どっちの角度が良いですか?」

「それはお前、言い出しちゃったら……」


 先輩が眉をしかめる。

 むむ。


「違います。この絵師さんとフェルメールの、どっちが優れているかを比べようなんて思ってません。……ただ、変更するということは、必要性があるはずなんですよ。

 フェルメールの真珠の耳飾りの少女は、言うまでもなく名画です。いちいち変更する必要がない。なのにやっている。……ここが気になりませんか?」


「正直、ぜんぜん気にならねー」


「……この絵師さんも、単に『気にならねー』だったのか、必要性があってやっているのか、そこが大切でしょう?

 わざとやってるんだったら、芸術や娯楽の世界はなんでもありなんですよ」



 ……フェルメールの描いた、本家『真珠の耳飾りの少女』を見る。

 左から光が差し込む画面。

 こちら(鑑賞者)を振り向く少女。

 この絵の中には、フェルメールが入れた『必要なウソ』がいくつもある。


 振り向いた少女の耳飾りには、本来この角度では光が当たらない。

 真珠の耳飾りに映り込む、周りの光景。

 実は、真珠に描き込まれている光景も、実際のものを描いてはいない。本当にあるがままを描いているのなら、彼女が巻いているターバンが、真珠に映り込んでいなくてはおかしい。


 ここでもう一度、フェルメールのオリジナルと、現代の絵師を比べてみる。


 真珠の大きさが違う。(故意に)

 首の角度が違う。(故意に)

 胸の前に手を書き足している。(重要)


 そしてもう一つ、気付きにくいが最大の相違点。

 画面が明るすぎる。



「……画面が明るすぎるんですよね」

「はあ? そうか?」

「フェルメールは光の画家と呼ばれていて、その表現が神がかっている。美しすぎます。

 ……唇に当てられたハイライトも、少女の輪郭線のなめらかな明暗のグラデーションも、とにかく美しい。

 フェルメールの絵を元にして描くとしたら、光量には当然気を使うはずです。これも、故意なのかどうか……」

「めんどくせーなーおまえ。イチャモンつけてんじゃねーよ」

「イチャモンではなくて、単純に気になるんですよ。……プロのイラストレーターという事は、当たり前ですが、美術への造詣が深いはずです。

 絵の世界で生きている人間にとって、『フェルメールの絵を描いてくれ』なんていう仕事は、特別なはずでしょう?」

「ンなこと言ってもよー。……じゃあ、イラストとこういう絵画は同じ土俵で語れるモンなのか?」



「全く違う……とまでは言わないかもしれませんが、かなり違うものです。……けど、それでもねー。じゃあイラストは、絵画よりも一段低く見てもいいものなんですか?」

「ゴチャゴチャ言うんじゃねーよ。めんどくせーなー」


 うーむ。

 むつかしい。


 先輩はこの話からは興味をなくし、まとめサイトで、すでに他のトピックを見ているようだった。


 ボクは、現代の絵師たちのページで、先ほどの目録を見直していた。


「レンブラントの『夜警』ですよ。……それが萌え絵。……見たい。見たすぎます」

「んー? すげー絵なのー?」


 先輩は、リンゴのスマホでピコピコしながらこちらに声を出した。

 ☆6モンスターとでも戦っているのだろうか。


「……レンブラントの夜警は、世界三大絵画のひとつ、名画中の名画です。……いわく付きの名画なんですが」


 ピクリと。先輩の胸が揺れた。

 ……そこが揺れるのか。


「……なんだよなんだよ。ほんのり怖い系?」

「あー、そういえばそうですね」

「じゃあ聞かせろよ」

「では。……『レンブラント 夜警』で画像検索してからよろしくどうぞ」

「……これは萌え絵が載ってねーんだな」

「そうなんですよ。残念すぎる」






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 お芸術・ここだけの豆知識

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 レンブラント・ファン・レイン 『夜警』


 集団肖像画と呼ばれるこの絵は、いわば昔の『記念写真』です。

 教会から依頼されて神話の時代を描いているのではなく、「俺達を描いてくれよー」という普通の人間からの依頼のもとに描かれています。

 しかし、このレンブラントの『夜警』。

 ここだけの話、呪われているというのです。



 400年近く前に描かれたこの絵は、受難の歴史を辿っています。

 展示スペースの都合で絵をカットされた事に始まり、観客に切りつけられたり、酸をかけられたり、さんざんな目に遭っているのですが、この絵を切りつけた犯人は、取り調べでおかしな言葉を言いました。



『違うんです。やりたくてやったわけじゃない。私は、……』






 ……夜警。

 正式なタイトルは、

『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ラウテンブルフ副隊長の市民隊』


 つまり、市民隊……自警団の依頼で描いた集団肖像画だったのですが、この絵にはいくつかの不思議な部分があります。

 ……注文主である自警団員が粗末に扱われている。(肖像画なのに、顔が隠れていたり)

 ……後に、夜警と呼ばれるようになったこの作品は、本来は昼間の光景を描いていた。


 これらの不思議な点には、実は分かりやすい理由があります。

 ひとつめ。

 注文主である自警団が粗末に扱われているのは、レンブラントの絶頂期だったからではないかと言われています。

 つまり、「俺の顔を分かるようにしてくれよ」と言う依頼主に対し、「お前の顔が横を向いてた方が絵画として優れてるんだよ。構図だ構図」という意見を貫くことが出来た。


 そのくらいに、レンブラントは当時イケイケだったんですね。普通なら、ありえません。

 現代で例えると、サッカー選手のメッシはピッチ内で全くと言っていいほど走らないんですが、それでも周りから文句を言われないんですよ。凄すぎる選手なんで。

 ……レンブラントも当時はそんな感じだったのかもしれません。


 しかし、レンブラントの『夜警』は、依頼主の不興を買う構図を貫き、結果として芸術の世界でも最高峰……『世界三大絵画』に数えられる作品に仕上がりました。



 * 用語 世界三大絵画


 ベラスケスの『ラス・メニーナス』

 レンブラントの『夜警』

 ダヴィンチの『モナ・リザ』

 エル・グレコの『オルガス伯の埋葬』


 上記の四点からみっつを選び、いろいろな世界三大絵画がある。




 ふたつめ。

 昼間の光景を描いているのに、なぜ夜警と呼ばれるようになったのか。

 これは長い年月を経て、単純に絵が汚れたからです。画面が暗くなって、まるで夜の光景のように変わってしまったのが、後年の修復作業のおかげで『昼間の光景の絵』が汚れの下から出てきたんです。


 しかし、これらの納得できる不思議な点とは違い、レンブラントの夜警には、もっと不思議な部分があります。画面の中央左にいる少女です。






 自警団……屈強な男達の集まりの中で、中央に描かれたコック隊長と、その左に位置している少女。

 暗い画面の中で、スポットライトを浴びている少女がなぜかぶら下げている、ニワトリの死体。


 絵が発表された当時の記録は少なく、後世の研究者たちが調べた結果、この少女の正体が分からない。……自警団員の子供ではないんですよ。


 長い年月を経て、1900年代に入り、この絵は先ほど述べた不遇に見舞われます。切りつけられたり酸をかけられたり、西洋絵画史上でも屈指の受難です。


 そして、捕まった犯人はこう言うわけです。


『……違うんです。私は、やりたくてやったわけじゃない。……夜警の少女に呼ばれてやったんです』


 これが、呪われた名画、『夜警』です。






 ————————————————






「ふーん」



 ……む。

 思った程ではない反応。



「なんですか、怖がりのはずなのに」

「だってよー。検索したらウィキが出てきたからそれ読んでたんだけど、なんかその女の子の正体が書いてあるぞ」



 ……ヤバい。

 くぉの、ウィキペディアめ。



「なんか、自警団のマスコット的に描かれてる存在で、コック隊長の名前にちなんで、ニワトリ(コック)をぶら下げてるってよ」

「むう。知られましたか。……実は、その説が一番有力だと言われています」

「さすがはウィキペディア先生だなー」

「じゃあ、ここだけの話なんですけどね。

 ……1642年に発表された『夜警』ですが、レンブラントは、実はそれ以前に二人の娘を亡くしています。……1638年と、1640年」

「え」


「……夜警に描かれている少女に、そもそもなんで呪いの噂がついてまわったのか。これは、画像を拡大してもらえると分かるんですが、なんか年齢不詳なんですよ。体格は明らかに幼女なんですが、顔だけ違うというか……」



 先輩が、画像を拡大して顔を近づけたあと、眉をしかめて顔を戻した。



「正直よー。ちょっと……不気味だよな。このカオ」


「実はこれ、レンブラントの妻であるサスキアの顔なんじゃないかと言われてるんです。妻の顔に、亡くした娘たちの面影を重ねたのではないかと。

 子供の体に大人の顔を描いているので、不安定な印象を与えている……」


「お……」


「少し前に子供を立て続けに二人も亡くしている父親が、依頼を受けて描いた『肖像画』に、わざわざその場にいない少女を描いた。……どうですか? これはウィキペディアに書いてありますか?」


「ゾクッとすんじゃねーか。やめろよおまえ」


「ほんのりでしょう?」


「ほんのりだよ。……てゆーか、これを前にやりゃあ良かったじゃねーか」



 忘れていたのである。



「ちなみに、妻であるサスキアは、1642年。……夜警が完成した年に亡くなっています。こちらはウィキペディアにも載ってますね」


「おおおお……。やめろよおまえっ」


 先輩が、パーカーのフードをかぶるとファスナーを上げた。目だけを覗かせて、こちらを見ている。


「さて、ここからが本題なんですが」

「なんだよ。まだなんかあんのかよ?」

「……いまお話した通り、レンブラントの夜警に描かれている謎の少女には、二つの側面があります。どちらが真実かはよく分かりません。

 実は、先ほどのフェルメールの話もこんな感じでひとつの『側面』を話しました。

 ……実はね、真珠の耳飾りの少女は、真珠の耳飾りをしていないんじゃないか……という説もあるんですよ」

「ハァ?」


 先輩がファスナーを少しだけ下げて、唇をぶるぶるとさせた。


「ぶー。じゃあ、真珠の耳飾りの少女じゃねーじゃん」

「実はこの絵には二つの呼び名があります。

 真珠の耳飾りの少女……あるいは、青いターバンの少女です」

「へー。……なんで? 呼び名がふたつあんの?」

「これにはいろんな理由があるらしいんですが……。この絵をモチーフにして作られた映画のタイトルが、青いターバンの少女ではなく、真珠の耳飾りの少女で、それが定着してしまったとか。

 もとは青いターバンの呼び方が一般的だったらしいんですがね」



 先輩は、怖さが薄れたのかファスナーを下げた。フードはかぶったままだったが。



「ふーん……。で? 真珠の耳飾りは?」


「これは、真珠ではなくて、ガラスみたいなものだったのではないかという声が多いんですよ。

 やっぱり、この時代の真珠とは大きさが違うというのと、確かに、そう言われてみると、光沢が真珠っぽくないんですよね。……シルバーっぽいというか。形も真円ではなくて、どちらかというとティアドロップにも見える」


「あ。ほんとだ。……言われてみればだけど」


「さて、では絵師さんの、現代版を見てみましょう。……さすがに、この大きさの真珠は存在しないように思えません? これは、本当に『真珠の耳飾り』を描いてるんですかね?」


「デケエ。超デケェ。……つまり、あえて、この大きさにして、真珠ではありませんよってこと?」


「さあ……分かりませんけど」



 ズコー。

 先輩はコケた。

 机に、フードをかぶったままの頭を突き刺した。



「……なんなんだよおまえはあ〜」


「まあ、ボクが描いたわけではないですし、絵画とイラストは似て非なるものなんでしょう? ……しかしね、いつだって、優れた作品には偉大な嘘があるんですよ」



 ボクは自分の携帯で、本家のフェルメールを見た。

 北欧のモナ・リザと呼ばれる、青いターバンを巻いた少女を。



「この絵には、いくつもの偉大なウソがあります。……この絵は、実は人体の構造上ありえません。鑑賞者をみつめるつぶらな瞳。……この絵と同じ角度で鏡を見てもらえればわかりますが、右の黒目はこの位置にきません」


 先輩が手鏡を覗き込むと、顔を傾ける。


「あ。ホントだ」


「耳飾りに光を当てるには、首の角度はもっと前を向いていなくてはいけません。……これは、光源を再現できないので、自分で確認する事は難しいでしょうが」


「ほーん……。けど、なんで? なんでフェルメールはそんなことしたの? 気付かなかったのか?」


「ボクたちが鏡を見ただけで気付く事を、フェルメールが気付いていなかった可能性は……果てしなく低いですね。宝くじの一等に五回連続で当たるくらいの確率じゃないでしょうか」


「だから、じゃあなんでやったんだよ」


「そっちの方がいい絵になるからに決まってるじゃないですか。……そして、その結果は目の前に出ている。どうですか? ウソばっかりのこの絵は」


「ん……」



 ボクの携帯から、真珠の耳飾りの少女……あるいは青いターバンの少女がボクを見ている。

 美しすぎる。なんだこの絵は。


 一説によると、フェルメールの娘がモデルなんていう話もあるが、もしもそうなら死ぬほど可愛がっていたに違いない。

 ……可愛いすぎる。ハッキリ言って、わざわざ萌えにしなくても充分に萌え〜。

 絵画史上、一番かわいい娘を持った画家がフェルメールだったのではないだろうか。

 ……まあ、実際は顔立ちにも『偉大なウソ』が含まれていたのかもしれないが。



「考えてやっているのだったら、芸術や娯楽の世界ではなんでもアリです。目の位置なんて気にしないし、依頼主の顔が隠れても気にしません。……その結果、北欧のモナ・リザや、世界三大絵画が生まれている」


「おー……。な、なんか、おー……!!」


「やっちゃうんですよ。もう、とにかくやっちゃうんですよ。知ったこっちゃないんです。……それが、イイんだったらやっちゃうんです」


「なんか、それはわかるぜっ。うん」


「さて、……では締めに。大きな声では言えない、ここだけの話なんですが……」


「こ、今回はなげえなあ……」


 ボクもいい加減疲れてきた。

 ……休憩はあと五分っ。



「ボクは、はじめに言いました。……『こういう仕事も大変ですね』」


「あー、そうだっけ? 前すぎて忘れちったよ」


「……こういうプロの人たちは、オファーがあって、条件があって、色々な理由があって、作品を表に出すわけなんですが、」


「わはは。見ろよこのひまわり」



 ……ふむ。ファン・コッホのひまわりが、萌え〜である。

 一定数の人間に、必ず反応されるだろう。

 まあ、こういう風に描けば当たり前である。

 ……しかし、これを描いた人は、そんな事は分かっているのではないだろうか?


 それでもこの人はやったのだ。

 真珠の耳飾りの少女を描いた絵師も、歴史上の偉人に挑戦した。



「ホントに、なんにでも理由はあるんですよ。……さっきのボクの、ほん(こわ)レンブラント覚えてますか?」


「あー。少女がなんたらで呪われてるってやつ?」


「そうです。……ボクは、ほんのり怖いのレールに沿って、事実を並べてあの話を語ったわけなんですが、あの話を聞いた人が、それから後日にウィキペディアを見たとします。……どう思います?」


「んー? どうだろ……」


「ボクが、ウソを語った……あるいは、本当の由来を知らなかったって思いませんか? だって、ウィキペディアには違うことが書いてあるんですよ」


「うーん……。思うかもな」


「ネットの情報は、唯一無二のものではありません。そんなことは誰もが知ってるはずなのに、いつの間にか錯覚するんですよ。

 今は受信側の声が大きく聞こえてくる時代で、発信側は、色んな場面で受け手のことを敵であるかのように思ってしまいます。

 それでもね、やはりそれは違いますよ。受け手のことを悪にしてはいけません。……偉そうなんで、大きな声じゃ言えませんけどね。ここだけの話にしてくださいよ」


「ン、むつかしい。そろそろ休憩終わりなのに、眠くなってきちったよ……」



 先輩が、目をショボショボとさせてアクビをした。

 それは豪快なものだったが、なかなか可愛らしかった。



「しかしまあ、発信側と受信側が、バチバチやり合うのもいいのかも。どっちも大変ですね」

「……おし、時間だわ。いくぜっ」


 立ち上がった先輩が休憩室のドアに手をかけると、最後に一度ふりかえる。

 ……バイト中でもピアスを外さない先輩の耳に、今日は大きめのイヤリング。

 頭にはフードをかぶっている。


「あ、ストップです。……その角度ですね」

「ん?」

「……うん。いってらっしゃい」

「んー? ってくらあー」



 寝ぼけた先輩はにへらと笑ってドアノブをぐるり。

 バタンっ。



「……むむっ。…………うん」




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