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役に立つはなし

あらすじ …… まさかの三人目が登場した。



 



「……なー。役に立つ話をして欲しいんじゃあ」


「は?」



 バイトの休憩中に、店長に史上最低のフリをされたもんだから。



「役に立つ話をして欲しいんじゃ。人生のスキルアップの為に」

「はあ」


 今日は店長とボクの休憩がかぶり、先輩はまだ接客をしている。

 ……今は夕方、休憩室の中で、ボクは冷奴を食べていた。

 社員用デスクに座った店長は、パソコンを見ながら自分の肩を揉んでいる。


 先輩と仲が悪い店長は、この町内では知らぬ者のいない名物キャラだ。

 見た目だけで言えば中学生くらいの女の子なのだが、年齢不詳。お団子にした髪の毛が、幼さに拍車をかけている。


「……やっぱり、人生ってスキルアップじゃろ。常に何かに取り組もうとせねばなるまいて」

「はあ。……けれど、それをボクに聞くんですか?」

「見識を深めたいんじゃあ〜」


 店長がアルバイトにそれを聞くのか。

 しかし、考えようによってはそれだけ懐の広い人だとも言える。


「うーん。しかし、店長の為になる話なんて、ボクには出来ないと思いますが」

「出来る。おまえにだったら出来るっ。……人間には出来ない事なんてないんじゃて」


 アツイ。

 なんてアツイ人なんだ。

 こちらもアツくるしくなってくる。


「出来ますかね?」

「出来る。……出来ない事なんてないんじゃっ!!」


 店長はこちらを振り向くと、ボクの手を握った。

 ボクたちよりもずっと年上のはずの店長は、先輩みたいに巨大な胸を持ってはいないが、可愛らしい顔立ちをしている。


「近いですね。離れてください」

「こぉ〜のシャイボーイめ。トゥ シャイ シャイボーイめ」


 古い……発酵している。

 やはり、正確な歳は知らないが、だいぶ年上なのだろう。


「しかし、役に立つ……というのも漠然としていますね。具体的に、なにかないんでしょうか」

「よくぞ聞いてくれたっ!!」


 むんっ。

 ちびっ子が胸を張る。

 腰に手を当てる。

 ズビシッ。……ボクを指さした。


「語学じゃ。語学以外にないじゃろうて」

「語学……」

「これからどんどん海外から人が来るじゃろ? この店の求人でも増えてきちょるから、いずれはロシア人の後輩とか出来ちゃうかもしれんぞ。うりうり」

「ふむ。ロシア語は喋れませんね。……英語と中国語は当然できるとして、ポルトガル語も日常会話ならこなせるんですが、ロシア語は聞き取りしか出来ません」

「相変わらずムカつく奴じゃなー。おまえ」


 むむ。

 店長がアルバイトに、面と向かって暴言を吐くとは。


「まー、お前みたいなウザイのはこういうの得意じゃろ。だから、語学の話をしてけれ」

「ウザ……しかし、困りましたね。ボクにはなんの得もない」

「ん? ん〜? ……なんじゃお前、回りくどいのお。別にこっちは構わんが、あの金髪バカ娘が怒るんじゃないんか?」

「何の話ですか?」

「アレじゃろ? 『報酬』の話じゃろ?」


 ちびっ子店長はそう言うと、舌を出してチロチロとした。


「……お姉さんに教えて欲しいんじゃろ? モラトリアムなエロ大学生の考えそうな事じゃ……」

「時給を上げてください。あるいは交通費を出してください。……一回、きっちりと話したいと思っていました」

「よし、あとで太もも見せちゃるから始めるんじゃ!!」


 ごまかされた。

 しかし、語学か……。

 実は、ボクにも興味がある話なので、これからの世界でサバイブする為の話をする事にした。






 ————————————————

 特殊な状況をサバイブする語学

 ————————————————






 人間、誰しも他言語の習得が苦手です。

 しかし、もしもあなたが旅行をしている時に、財布を落としてしまったら?

 悪そうな人間に声をかけられて、周りに助けを求めたいとしたら?


 ……いままで、日本人の中だけで生きている時には必要なかった、他民族の『言語』というのは、困った状況に陥った時には助けを求める為の武器になり、身に迫る危険から自分を守る盾となるのです。


 グローバル化が進み、日本人は日本人だけで生きていく事が難しくなっています。

 今こそ語学を。

 今こそ、言語をっ。

 その新しい武器を取り、押し寄せるグローバル化の波と戦いましょう。






 《 Lesson 1》


『黒星狼に私の夫が襲われています。冒険者さん、助けてください』






 * 用語説明


 黒星狼 …… 体高2メートル程の、獰猛な四足歩行獣。額の部分の毛皮が黒い星のように見えるため、そう呼ばれている。戦闘力は、ライオンの20倍くらい。


 冒険者 …… いわゆる『何でも屋』。

 近くのモンスターを倒したり、どこかの花を取ってきたりする。一部の超上位の冒険者は世界を救ったりするが、基本的にはヒマ。

 憧れの職業ではあるのだが、一部の教育ママなどは、「ほら、あなたも勉強しないと冒険者になっちゃうわよっ!!」とか、夢のないことを子供に言う。

 それでも、大人の言葉なんか気にせずに夢をもとう。


 私の夫 …… 幼なじみであるルシオ。






 ————————————————






「……さて、今回の例文ですが、比較的に汎用性のある例文だと思われます。これさえ覚えておけば」


「待つんじゃ」


「はい?」

「……状況どうなっとんじゃ?」

「町の外で、☆6モンスターに襲われた時です」


 店長が、とてつもなくおかしな顔をしている。どうしたのだろう。


「……☆6モンスターに、町の外で襲われるか?」

「みんなそう思うんですよ。自分だけは平気だって思ってるんです。……危機感が足りないなあ」

「それに、『町』と『外』が、そんなにハッキリ分かれとるか? ……どこまで行っても、町って続いてるもんじゃろ?」

「なにを言ってるんですか。町の外に出たらあいつらはいつでも襲ってきますからね」

「お、おう……? だから、町の外って、なに……?」


 このグローバル化社会で、店長はなにを言っているのだろう。……まさか、黒星狼に襲われるという状況を、軽く考えているのだろうか?


「……店長。人間は、誰しも自分のことを特別だと思いたがります。危機的な状況に陥った時に、自分だったらうまく切り抜けられると思うんですよ。

 けどね、冷静に考えたら、黒星狼に襲われたら無理でしょう? そこは素直に冒険者に任せましょうよ。……ね?」


「いや、あ……うん……?」



 店長は頭をひねっているが、一応は納得してくれたようだった。



「よし。では、例文を訳してみましょう。行きますよ。リピートアフタミー、オーケー?

 ……help me! it was attacked by Black star wolf!!」


「待て待て 待つんじゃっ!!」



 ボクが喋っている途中で、店長が口を挟んできた。



「なんですか。まだ続きがあるんですが……」

「英語か!? そこは英語なのか!? ……ちょっと待ってくれ。頭がついていかんぞ……」


 店長は、デスクに手をついて深呼吸をした。

 息切れだろうか。

 本当に、この人はいくつなんだろう。


「状況はどうなっとんじゃあ……こんなことあるかあ? 」

「何を言ってるんですか!! いまどき、異世界に行っちゃうなんて珍しくないですよ」


 ボクの言葉を聞いた店長は、あんぐりと口を開けた。


「異世界……? この状況、異世界なんか……?」

「そうですよ。妹に刺されて異世界に行っちゃったりするんです。……店長の周りにもいるでしょ? 異世界に行っちゃったひと」

「い、いないと思うんじゃが……」

「それは店長が知らないだけですよ。珍しくないんですから」



 日本の年間行方不明者は、およそ8万人。

 ……家出や犯罪に巻き込まれた人も多いだろうが、みんなはその実態に気付いていない。異世界に飛ばされたのだ。


 ボクの高校の同級生も、突然姿が見えなくなって、「あいつ異世界行っちゃったんじゃねーの?」なんてみんなに言われていたものだ。



「……あいつは今頃なにをやってるのかなあ。怒ると危ないんですが、妹思いの良いヤツだったんですけどね」

「待て待て 待つんじゃ。これは、状況が特殊すぎやせんか?」


「店長。グローバル化です。こっちが向こうに行くだけじゃなく、向こうからもこっちにはどんどん来てるんですよ。……いいですか? 想像してください。ファンタジーなヒロインに、こんな事を言われたとします」


「な、なんじゃなんじゃ。もうなんか、よーわからんわぁ……」



 ボクの頭の中で、ファンタジー的なヒロインが像を結ぶ。

 ……金砂の髪、白磁の肌、桃色の唇、青い瞳、……可憐な容姿とは裏腹な、銀の鎧と剛健な剣。


 これは、イイ。

 コイツは間違いない。視聴率(すうじ)が取れる。

 こんなヒロインだったら、こんなセリフを言うのではないだろうか。






「——あなたが、私の(さや)だったのだな……とか言われても、言葉が分からなかったら話が先に進まない。

 ヒロインになんて言うんですか? ワタシは言葉が分かりませんって言いたいですか? 言いたくないでしょ?」


「いや、そういう話じゃなくて、」


「待って。まずは答えて。……『ワタシは言葉が分かりません』。このセリフを、こんなに可愛いヒロインに言いたいですか? 言いたくないですか? まずはここです」


「いや……」


「答えて。まずは答えて。……言いたい? 言いたくない?」













「否——言いたくは、ない」


「……じゃあいつやるのよ。刹那——今でしょうが」













 店長の熱気に当てられてしまい、ボクの口調にもついつい熱が入っていた。

 そうだ、やはり人間はスキルアップだ。

 何かに取り組まなくては。



「け、けどな。あの……異世界に行くにしても、向こうがこっちに来るとしてもな、ちょっとあの、言いづらいんじゃけど」

「なんですか? ナスとキノコが食べたくなってきましたか?」

「何を言っとんじゃおまえは……」


 ちびっ子がモジモジとしている。

 トイレにでも行きたいんだろうか。


「……英語は関係ないんじゃないんか?」

「店長、ロー〇オブザリング観ました?」

「あ? ……おお、1と2は観たと思うが」

「ス〇ーウォーズは?」

「まあそれも、なんとなく観とるけど……」

「どっちも英語で話してたでしょう? ……さあ続けましょう」


 ファンタジーだろうが宇宙の果てだろうが通用する万能言語……それが、English……E・I・GOである。


「いや、それは映画じゃから、」


「EIGAではなくEIGOの話です。さあ、続けますよ。『help me! it was attacked by Black star wolf!! Lucio life is in danger!!』」


「へ、へうぷみー! いつわず、」


「オーケーオーケー……カモンカモン」


「ぶらっくすたーうるふっ!! ルシオがデンジャー!!」


「もうぶっちゃけそれでも伝わりますっ。オーケェイッッ!!」


 思わず、店長の小さな体を抱きしめてしまう。

 生徒の成長が、こんなに嬉しいものだったとは……。

 目頭に、熱いものがこみ上げる。


「待て待て、やりすぎじゃ、やりすぎなんじゃ! 太もも見せるだけって言ったじゃろぉ……やだぁ……!!」

「さあ行きましょう店長。ここからがレッスン2ですよ……」

「あ、やめ、ダメじゃってホントに、ちょ、ダメじゃって!」



 ガチャリ。

 突然、外から扉が開かれると、そこには先輩が立っていた。


「……お、お前ら、なにしてんだよ」

「え? ……レッスンですけど」

「レ、レッスンて……なんのレッスンを……」


 抱きしめている店長を、いつの間にか、デスクに押し倒す形になっていた。

 店長は頬を染めて、パソコンに映っている自分の顔を、諦めたように見ていた。


「お、おまえら、こんな所でなにしてんだよ!!」

「レッスンですよ。レッスン」

「助けてくれェ……」

「か、勝手にヤッてろ!!」



 バタンっ。



「……む。なぜカタカナ発音だったのでしょう。先輩は難しい」

「太ももだけって、太ももだけってぇ……」





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