どうでもいいはなし
* 登場人物紹介
先輩 …… 毎回『ボク』に無茶振りをする。
巨大な胸を持っている。趣味はオシャレ盆栽。その前はカメラ。その前はアクアリウム。いつも続かない。
ボク …… 勝ち組確定と自分でのたまう大学生。いつも先輩に苦しめられている。変化球を使う。
趣味はチーズを裂くこと。途中まで裂いてほうき状にするのが好き。
「……なあ、どーでもいい話して」
「は?」
バイトの休憩中に、先輩に史上最低のフリをされたんだもん。
「なーなー、どーでもいい話がしたいよぉ。そういうのが大切だと思うんだよお」
「あいかわらず困った人だなあ」
先輩は、珍しく髪をツインテールにしていた。
金髪ツインテールである。
その髪を両側から掴み、ウィンウィンしていた。
「どーでもいい話をしよーぜ。……毎日のなかでそういうのがねーとさあ、なんか死にたくなるだろ?」
「ふむ。……ツインテールの人は、よくその動きをやりますけど、そのウィンウィンにはなんの意味があるんでしょうか」
「意味なんかねーよ。人生なんてそんなもんだろが」
「む。哲学的ですね。……では、哲学の話でもしますか?」
ボクの言葉を聞くと、先輩はあからさまにニガい顔をした。
「……やだ。それつまんなそーだからやだ。……だいたい、どーでもいい話がいいって言ってんだろ」
「哲学なんて、どうでもいい話がほとんどの気がしますが……。まあ、それが嫌ならマリモにまつわる話でも……」
「いや、哲学でいい。むしろ哲学がいいなっ!!」
「しかし、マリモの話をしたくなってきましたね」
「哲学にしようぜっ!! 十分で!!」
「……いえ、哲学を十分で語ろうとするのなら、十分も必要ありません。三秒で充分です」
「……三秒?」
「哲学をひとことで言えば、『よーわからん』です。よーわからんに直面した人間が、つむいできたほそーい糸が、『哲学』です。……哲学者はよーわからん事をひたすら考える人たちなんで、大変でしょうね」
「……で、出ターーッッ!! この感じ出ましターー。深み出してきましターーッ!!」
む。
……これは腹が立つ。
「……そもそもね、哲学を十分で話すのは、かなり無理がありますよ。ボクは基本的に、先人に敬意をはらう人間なのでそれは無理です。哲学を十分でやるのは『人間』をバカにしています」
「ンなこと言っといて三秒にしたじゃねーか」
「十分で語ろうとするのなら、三秒の方が逆にアリです。十分だと難しいんですよ。……ボクは哲学者ではないっ」
「お、お? ……怒っちゃった? 怒っちゃった? 逆ギレでつかぁー? 自分から言い出したのにィ〜?」
先輩は、立ち上がるとなんだか変な動きをした。
腰をくねくねさせて、お尻をふりふりして、ツインテールをウィンウィンさせている。
……マリモに食わせてやろうかな。
ボクの目を見た先輩は、なぜかビクリとした。
「な、なんだよ。怖い目で見るなよ。やンのかコラ」
「……ふう。それと、哲学的な感じをやるとなると問題があるんですよ。タイトルコールが問題です」
「は? どーゆー意味?」
「哲学的なワードで、興味がありそうなタイトルを付けると、こんな感じになっちゃうんですよ」
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光と闇のクオリア
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「おお……」
先輩が、目をキラキラとさせている。
……恐れていた事が起きてしまった。
「……先輩、このタイトル、なんか期待感スゴいでしょ?」
「うん。めっちゃなんか始まりそうじゃねーか……!! 壮大な感じがするよ……!!」
「ね? ……けど、始まらないでしょ?」
「始まらねーよ。……だって、ここバイト先の休憩室だもん。あと五分しか残ってねーし!!」
そう。
それが問題なのだ。
……一部の科学等を含めたコレ系のワードは、風呂敷がデカい。
十分では終わらない破壊力。
「なあ……。これいいな。めっちゃいいな!! もっとくれよぉ〜……」
「まったく……先輩は欲しがりさんだなあ」
「や、やめろよ。エロい感じ出してくんなよ」
「出してません。では……」
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イデア崩壊(世界の影
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「おお……」
「どうですか?」
「今度は、なんか終わっちゃいそうな感じがするじゃねーか……!!」
「終わっちゃいそうな感じがするでしょうとも。……でも?」
「終わらねーよ。……だって、ここはバイト先の休憩室だもんっ。……終わらないよ。世界は終わらないよ!!」
「安心してください。世界は終わりませんよ」
キラっ。ボクは笑う。
先輩はツインテールをウィンウィンさせながらはしゃいでいる。
超・ゴキゲンであった。
「……休憩室で話すと、なんか色んなことがどーでもいいなーーっ!!」
「どーでもいいでしょうとも」
「いいなあこういうのっ。……けど、光と闇のクオリアが強すぎてなー。イデアはもうちょっとさあ……ヒネリっつーかさあ……」
先輩が満足げなので、ボクも微笑ましい気持ちになる。
さて、豆腐そばでも食べようと思ったら、先輩につんつんと肩を押された。
「はい?」
「いや、お前ばっかズルイだろ。ちょっと見てろ……」
「はい?」
「あ。……ちゃんと見ててなっ」
「はあ……」
言われたので、ちゃんと見ることにする。
……ボクが見ている前で、先輩は着ていた上着を脱いだ。
羽織っていた薄手のパーカーをボクに投げ渡すと、先輩はうなじに張り付いてしまった髪の毛を、ゆっくりと指で流す。
——ふぅ……
先輩の白い肌と、そこに浮かぶ頬の桃色が、散ってしまう吐息の向こうがわで ささやかなひかりを放っている。
——暑い……
流れてくる呼吸と短い言葉は、狭い部屋の中で反響せずに、ただよい迷って消えてゆく。
ボクの膝の上にある、先輩のパーカー。
ふっ……と そこから舞い上がるような、それとも湧き上がるようなこの匂いは、一体どこから生まれるものなのだろう?
——ウィンウィン
上下している金色の髪束は、何かを欲しがるように揺れている。まるで、
「……で、なんですか?」
「いや、暑いから一枚脱いだだけ」
「……どーーでもいいですねー」
「むふふふふふふ。……これが、二人きりのカラオケでの出来事だったらどうだ?」
「……むぅ。少し違う気がします」
「ぶっちゃけドキドキすんだろ? ……休憩室だと?」
「正直、どーでもいいです」
勝ち誇ったように笑っている先輩。
くそ、ボクも負けてはいられない。
「むぅ。もう一回やるとしましょう」
「チャレンジャーだなあ。いいよやれよ」
「では哲学シリーズで、『胡蝶の夢とパラドックス』」
「んじゃアタシは……ちょっと恥ずかしいけど、休憩室で、お前が見てるのにストッキングを履き替えるぜ」
「『アカシアの葉と生命の樹』っ」
「しかもその使用済パンストを、無造作にそこらに放っておくぜっ」
バタンっ。
「ちょっとお前らっ! 休憩もう終わってるじゃろっ。早く戻ってこいかいっっ!!」
て、店長……。




