笑えるはなし
「……なあ。笑える話して」
「は?」
バイトの休憩中に、先輩に史上最低のフリをされた。
ボクよりも先に休憩していた先輩は、すでにカップラーメンを食べ終わっていて、テーブルにはスープだけになったラーメンの器がある。
隣りあって座っているボクの前には、ボクがいま食べている豆腐サラダが置いてある。
「なあ。笑える話しろって」
キターー……。
ボクは思った。
ネットでした見たことのない、しかも古いその言葉を、心の中で叫んだ。
キ……キターーーーー……。
使い方が違う気がする。
「先輩。……それはいくらなんでも無茶です。無茶にも程がありますよ」
「なあなあ、笑える話をしてくれよぉ……! あーつまらねえ、もう死にてェー」
なんなんだ本当に。
この人はいったいなんなんだ。
主な話し相手がマリモであるこのボク。
その引き出しに、笑える話が入ってるとでも思っているのだろうか。
「休憩時間、あと十分だからさー。そんくらいで。パパッと」
「……先輩。テレビに出ている笑わせる人たちは、十分で話すネタを、十倍、百倍の時間をかけて作るんでしょう。ボクは、ただの勝ち組確定の大学生であって、お笑い芸人ではない……いた、痛いですって」
ぐりぐり。
おしつけられる胸と、コメカミのうめぼし。
バイト先の女親分は、相変わらず巨大な胸と、暴力的な性格を持っていた。
「おら。めがねズラすぞ」
「や、やめてください」
空手もやっていたボクは、抜け出そうと思えばすぐに抜け出せるのだが、先輩が不貞腐れるかもしれないのでやめておいた。
「じゃあ早くしろって。笑える話」
「そもそも、笑える話ってなんですか? 色々と種類があるでしょう。定義付けしてくれなくては話のしようがありません」
「めんどくせーなあ……。笑える話だよ。なんだっていいんだって」
「笑えればいいんですね。ふむ……では、とっておきの『トーフ』の話でもしましょうか」
「とーふ? ……豆腐?」
先輩がボクの手元を見る。
そこには食べかけの豆腐サラダがある。
ついさっきコンビニで買ったそれを見ながら、先輩が目をキラキラとさせた。
正直、先輩のこの顔は嫌いじゃない。
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トーフの話
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……今年は西暦で言うと2016年になりますね。
世界中で使われている暦の記録が始まってから二千年以上が過ぎたということなんですが、しかし、暦の記録とは違う『人間の歴史』はどこから始まったのか。
……人類の起源を遡ると、約20万年前の、アフリカの一人の女性にたどり着きます。
旧約聖書から名前を取られて、『イブ』と呼ばれるようになった彼女が、人類共通の祖先だと言われています。全ての人類のミトコンドリアDNAは、彼女が起源となっている事が分かったんです。
そこから名付けられた彼女の名前は、ミトコンドリア イブ。
これ自体は有名な話なんですが、実は、それよりも遥かに昔……約318万年前の女性というのも見つかっているのはご存知ですか?
彼女こそ、
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「待て」
「はい?」
「……笑える話って言わなかったか? それに、豆腐の話って言ってただろ?」
「笑えますよ。それにトーフの話です。
けど、まだ始まったばかりじゃないですか。ゴールにたどり着く為には、プロセスが不可欠です。……マリモだって、こんな序盤は黙って聞いてくれますよ」
「それはマリモだからだよっ。……もうスタートから長えんだって。ウン百万年前の話になっちゃってんじゃん」
「318万年前です」
「休憩はあと十分しかないんだよぉっ。省略してくれよお……」
あいかわらずワガママな人だなあ。
しかし、ボクは子分なので、親分の命令は絶対なのである。
「……わかりましたよ。省略します。
時代は進み、西暦1500年頃になると、当時の大航海時代に大きなチカラを持っていたポルトガルとスペインは、驚くべき条約を交わしていました。
……世界を、ポルトガルとスペインの二国で二分してしまおうという恐ろしい野望。それをなんと、条約として結んだんです」
「待て」
「驚きましたか? ……しかし、これは本当の話なんですよ。トルデシリャス条約というんですが、更に驚くべき事に、この条約を承認したのが誰だか分かりますか? ……アレクサンドル6世。当時のローマ教皇です」
「だから待てって!!」
む。ここからが面白いのに。
……しかし、ローマ教皇がそんな事を承認したのには、さすがの先輩も驚きを隠せなかったのではないだろうか。
「……おい。318万年前は? いくらなんでも進みすぎじゃねーのか?」
「はい?」
「イブよりもぜんぜん前の女が見つかってるんだろ? そいつは誰なの?」
「長くなるから省きます。先輩がそうしろと言ったじゃないですか」
む。
先輩が奇妙な顔をしている。
この人は、ついさっき自分が言ったことを忘れているのだろうか。
「……普通、そこ省略するか? いいよ、言えよ。そいつのことを言うだけなんだから、すぐに終わるだろ」
「いえ。絶対に省きます。……言われてみれば、確かに話が長くなる気がします」
「いいから言えって。てゆーか、なんかすごいんじゃねえの? だって、ミトコンドリア イブよりも昔の女が発見されてるんだろ? 人類の起源はどーなるんだよ」
「いや……まあ、学術的に貴重なものが見つかったのは確かですが、別に、それでボクらの生活の何が変わるわけでもありませんしね。
それよりも、先輩の休憩はあと五分しかないようです。話しを続けま……」
「言えーーー〜っっ!!」
「絶対に言いません。いた、イタタタタタタッ」
なんて暴力的、なおかつ自己中心的な人なんだ。
この人は、髪の先からつま先に至るまで、すべてが利己的遺伝子……おっと、利己的ミトコンドリアで作られているに違いない。
「言えよぉおおおっ!!」
「……そこから時代は更に進み、現在。
今年、2016年は、過去五十年ほどを振り返り考えてみても、日本にとっては類を見ないほどに緊張している年になるかもしれません……」
「318万年前は!? ローマ教皇わっ!? どこ行っちゃったのおおおおおおお!?」
「省略します」
ヘッドロックをいい加減やめて欲しい。
眼鏡の位置がズレるのだ。
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いいですか?
……世界を二分するという、大航海時代の発想。実は、そのバカげた考えが現代でも蘇ろうとしているのです。……G2論。
アメリカと中国による、世界の二極支配です。
いままで、歴史の上で数多くの強国が誕生しました。
文化や文明の中心とされたローマ帝国。
ヨーロッパをほぼ手中に収めたモンゴル帝国。
七つの海を制した大英帝国。
そして、第二次大戦において、アジアの多くを併呑した日本の帝国もそのひとつです。
しかし、栄枯盛衰、生者必衰……栄えた国が力を持ち続けるのは難しく、栄えれば衰えるのは当たり前のことだとも言えます。
では、なぜ栄えた国は衰えるのか。
現代で、最強の国家はアメリカだと言われています。色々な理由や色々な見方、国のチカラの価値基準は違うのですが、それでもやはり、総合的に見ればそうなります。
しかし、『有力国家』というものは、世界のあらゆる問題に顔を出さなければいけないので、国力を多く使うのです。
そうなると、どんなに強力な国家でも、出来る事には限りがあります。たとえそれが、歴史上で最強の国家であるアメリカでも例外ではありません。
むしろ、最強国家であるアメリカの負担は相当なものです。一国で、世界の全てを見ることはできないからです。
しかし、それが二国だったらどうか。
アメリカと中国。
この二国でなら、世界を『分け合う』ことができるのではないか?
大航海時代……ロマンはあるかもしれませんが、人権思想や政治が未発達だった頃と同じようなバカげた考えが、現代でも蘇ろうとしているのです。
……全く人間というのは、
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「待て」
「はい?」
「ちょっと待て」
「はいはい? 」
話に水を差されたので、手元の豆腐サラダをぱくついた。おいしい。
「おまえこれ、アレだろ。……ふははははっ! 人間は愚かなものよ!! 笑えるのおーーー!! ……みたいなアレだろ。そういう『笑える』だろ」
「もぐ……違いますよ」
「絶対そうだろって。……だからさあ、違うんだよ。そういう笑えるじゃなくて、楽しいヤツが欲しいのっ。クスってしたいんだよぉ……」
「いえ、ですからそういう話をしてますよ。ここまではプロセスじゃないですか……。ゴールはすぐそこですよ」
「ムリムリムリムリ絶対にムリ。アタシ、ここからどうやっても笑えねーもん」
「ではゴールに向かいましょう。
お話した通り、紀元前から始まった歴史も、気が付けば2016年……。人類という種は、もう数十万年も歩き続けている」
「だから、もう笑えねーから……」
ボクは、おもむろに手元の豆腐を、先輩の唇の前にやった。
先輩のぷるぷるとしたくちびるが、少しだけ豆腐に当たった。
「な……」
「……人類は、遠くまで来たものです」
む。
なぜ、先輩が全く笑っていないのか。
「……表情が分かりづらいですね。けど、いまクスってしましたよね」
「笑ってねえよ……」
「いいえ、笑いましたよ。絶対に笑ったはずです」
「まじで笑ってねーし……」
「笑いましたよ。あっ」
ぱくり。
先輩に最後の豆腐を食べられた。
「あー……。豆腐が」
「もう休憩終わっちゃったじゃんかよお……もお」
先輩は席を立つと、金髪をばりばりとかいた。
「本当に面白くなかったですか? ……マリモは笑ってくれるのになあ」
「優しいマリモなんだな。んじゃいってくら」
「いってらっしゃい」
「それ、ラーメンの残り飲んどいてー」
「いりません」
バタンっ。
「……むむっ。やはり先輩は難しい。……ずるずる」
* 318万年前の女性
通称『ルーシー』
エチオピアで全身骨格の半分近くが発見された。
しかし、彼女はアファール猿人…… (アウストラロピテクス)なので、現生人類の直接の母とは言い難い。




