第5章~奇跡が起きるなら~
これまでは蓮が家にやって来たところで止まっている。
彼はその後「全然気にしてないから、それよりも風邪引かなかった?」と逆に心配された。
(余り、彼にも迷惑は駆けられないし。…どうしたらいいの?)
私は少し沈黙した。
その後に「…ええ、大丈夫でした。それよりも…どうしてここが分かったんですか?後…どうして来たのですか?」と話を逸らした。
「あ、その事で来たんだ。零がこの家に走っていくのを見たんだよ。あと、僕引っ越して来たばかりでこの街の事を知らないけど、取りあえず挨拶に」
蓮は優しそうな顔をして答えた。
「そうなんですか…」
私はその言葉に答えた。
そしたら蓮は「14才で一人暮らしなんて大変だね」と言ってきた。
その言葉に思わず、ムッとしてしまった。
そして私らしくないなとも思った。
その後、冷静になってゆっくり口を開いた。
「…暗い話しても…いいですか?」
(蓮になら話しても良いかな?)
そう思いながら蓮に聞いた。何でそう思ったのかは自分でも分からない。
蓮の表情がいきなり険しくなった。
「…無理に聞かなくてもいいですよ…長いですし…余り良い話ではないです…」
私はその顔を見て言った。
でも、蓮は「…その話聞かせて。少しずつでも良いから…僕に話して。」と真面目な顔で言った。
私はその後、これまであった事を全て蓮に話した。
哀しかったこと。
後悔したこと。
泣きたいこと。
全てを。
蓮は私の話にただ頷いて私の話を真剣に聞いてくれた。
その後、私は息を吐いて「…もし奇跡が起きるなら…もう一度だけ今まで出逢った人達とやり直したいです…」と震える声で言った。
頷きながら聞いていた蓮はその話が終わった後に少し驚いたような顔をした。
(やっぱり、零ってあの子だ。あの頃の面影が少しだけ残ってる。そっか、あのお母さん死んじゃったんだ。だから、あの頃の笑顔を全く見せないんだ。それに大切なお婆さんまで。でも、やっぱり零は零だ)
「零、もう分かったよ。苦しかったよね。大丈夫だよ。一人で抱え込まなくても」
蓮に言われた言葉は、あの頃の祖母の言葉と重なってしまった。
「…誰が私に関わったら…また誰かを失うかもしれないじゃないですか!…奇跡なんて一度も起こらなかったんですよ!…希望なんて持っても何にも意味なんて無かったんです!…だから蓮…私に関わらないで下さい!」
震える唇で強い口調で話したら思わず感情が高ぶってしまった。
私に関係した人達は皆、皆消えてしまった。
それを思うと胸が痛んだ。
そしてそれが怖くて怖くて指先が冷たくなった。
そしたら、蓮は冷静にでも優しさが残る顔で「…確かに奇跡は起こらないかもしれない。けど、奇跡は望まなきゃ起きる奇跡もきっと起こらないよ。それに僕は自分の意志で零を助けたいって思ったんだ」と言って少し微笑んだ。
そして、蓮は「だから、少しずつでも良いからもう一度だけ奇跡を望んでみない?」と優しく私に手を差し伸べた。
そんなこと考えたことも無かった。
今の私には考える暇さえ無かったと言った方が明確かもしれない。
少し震える手を蓮の手にゆっくり近づけた。蓮の温かい手は私の手を優しくとってくれた。
その手から光が見えた気がした。
「…でも…どうしたら奇跡を望めるのですか?…私は奇跡を望む方法すら忘れてここまで来たのに…それに今の私に何が残っているのですか?」
私は戸惑いながら蓮に言った。
蓮は落ち着いた声で「それは今からゆっくりそれを考えればいい。きっと零なら大丈夫だよ。それに…零が壊れそうになったら僕が絶対助けるから」と言って握っていた手を少しだけ強く握った。
その答えに頷いて私はゆっくり口を開く。
「…ありがとうございます…蓮は優しいのですね…そっか…そうですよね…でも、これだけは言わせて下さい…私は孤独からもう逃げません。そしたら祖母や母との日々を否定してしまう気がするんです。…だから、たとえ私が壊れても孤独に立ち向かいます!」
(私はもう逃げたくない)
私はしっかりとした口調で言いきった。
蓮はその言葉を噛み締めるように頷いた。
私の手を握っている蓮の手はとても暖かくて優しかった。