第5話 俺の同僚がこんなに優しいわけがない
べりやはエスコンのゼロが好き。ハッキリわかんだね
ラッパの音が聞こえる。
壁にかかったスピーカーから流れるラッパとついでに時計のアラームが響く。時刻は6時。
布団から起き上がり窓に垂れ下がったカーテンをあける。
あーたーらしーい朝が来た。
俺は職場の人たちと自己紹介を行うことになった。
「滋野清隆です。よろしくお願いします」
高校生のほうがまともな自己紹介ができるとおもいました(小学生並の感想)。
「俺は加藤武雄。やっと会えた! ご指導ご鞭撻、よろしゅうな!」
どこかのブラウザゲームのyaggyじゃねーか。こいつはパイロットだけじゃなくて提督もしてるのか!! 同志だ!
「加藤と滋野は同じ軍曹だが、加藤のほうが先任だから滋野は加藤の指示に従うように。また部隊も加藤と同じだ」
そう説明するのは俺たちの部隊である第5航空師団飛行第64戦隊を指揮する源田実女史だ。階級は少尉。
「では30分後にシュミレーター室で」
そういいのこして彼女は部屋を出て行った。
「源田氏は相変わらずでござるな」
「はぁ……」
「ところで滋野氏は徴兵は?」
「え? 丁種です」
「好きなゲームは?」
「え? エースパイロット」
エースパイロットは俺が愛してやまない空戦オンラインゲームだ。自慢じゃないがランキング上位である。
「エスパやってんの? フレンド登録しよ」
「は。はい」
てか、会話が続かないよ。気まずいよ。神様助けて。
俺が配属された第5航空師団の基地はなんと都内だった。パイロットや司令部要員、パソコン関係の技術者といったメンバーの居住区と作戦指揮を行う部屋。無人機を飛行させるための部屋。漫画喫茶のような部屋。
まだ一通りしか見てないから他にも色々な部屋がありそうだ。
ちなみにこのビルの最寄り駅から15分くらいで秋葉原まで出られる。最寄り駅は徒歩5分程度だ。
立地よすぎだろ。
そして俺はシュミレーター室という部屋にいた。部屋の中は薄い板で区切られた個室がずらりとある。個室の中にはパソコンが置かれている。
なんていうか……ネットカフェのような空間だ。
「操作時はこのヘッドフォンをつけるように」
源田少尉から渡されたヘッドフォンにはマイクもつけられたもので、相互に通信できるようだ。
「これは無線機のようだが、ただの電話だ。スイッチを入れるだけで相互に通信できる。無線ではないため英語を話す必要はない。質問は?」
「いいえ」
コミュニケーション能力ゼロの俺にこれ以上の返事を求めてはいけない。
「操作性は『赤トンボ』と変わらない。だが滋野軍曹が搭乗する『飛燕』は『赤トンボ』より高速であり――」
「それよりも実際に飛ばせばいいのでは?」
「加藤軍曹! 新兵に注意事項を説明しなければ――」
「どうせシュミレーターなんだし、落ちてもペナルティないし」
「ペナルティ?」
なんだそれ? もしかして弁償させられるの? 冗談でしょ? 馬鹿なの? 死ぬの?
「もちろん機体が落ちれば弁償だ。ほかにも友軍の装備を破損させてもそうだな」
オワタ!
「我々は給料とはべつにパイロットポイントを支給される。このPPは作戦の成功、戦果によって増減する。もちろん弁償に充てることも出来るし、退役後は現金に変換できる」
まじか!! マジで一攫千金のチャンス!!
と、いうことで俺はシュミレーターに座った。頭にヘッドフォンをつけてコネクタをパソコンに接続する。
あと初期はマウスを使うが、個人負担で高性能マウスといった廃人必須アイテムを使うことができるらしい。
パソコンを立ち上げて指示通りシュミレーション画面にログインする。
グラフィックはまぁまぁ。滑走路が映し出され、水色のHUDがともっている。
『滋野軍曹、聞こえるか?』
「あ、はい!」
「武装は99式空対空誘導弾2発、サイドワインダーが8発、20ミリバルカン。防御用にチャフとフレアよ」
「了解しました」
しばらくすると画面に矢印が出現した。「矢印の指示通り動いて」と少尉から命令。俺は『赤トンボ』で覚えた操作で機体を進める。『赤トンボ』より軽い気がする。
俺の『飛燕』が滑走路を動き終わった時、暖気終了という文字と風向きが表示された。
『こちら管制塔。離陸を許可します』
電子的に平坦な女性の声が流れた。
『滋野軍曹、離陸を』
俺は『飛燕』を加速させ、飛び立った。多少の風のせいで流れたが、いい離陸だと思う。
HUDに写った高度を確かめて車輪を引き込む。
『滋野氏上手いでござるな』
「それほどでも……」
『無駄口をたたくな』
それからしばらくして加藤軍曹と源田少尉も上がってきた。
俺は源田少尉の命令で『飛燕』を色々飛ばしてみた。急上昇から急降下、ロールの感触。
そこでわかったが、『飛燕』は加速性に優れた戦闘機で、旋回性能が微妙な感じだ。
それから俺は離着陸の訓練を受け、マニューバの確認をした。
そうしてたら突然、『挑戦者』という文字が出てきた。源田少尉から無線(?)が入った。
『こちら第5航空師団64戦隊ゲルプ隊の源田少尉。所属を知らせ』
『我々は第3航空師団所属、ロト隊の若松少尉。手合わせを願いたい』
『少しまて』
待っていると外から源田に呼ばれた。外に出ると源田少尉と加藤軍曹が話していた。
「どうするんです源田氏?」
「受けるだろJK。あと氏を辞めろ。私がゲルプ1で、加藤がゲルプ2、滋野、貴様は黄色3だ。いいな?」
黄色小隊って後ろに張り付いた敵にミサイル撃ちそうな名前だなぁ。
そして俺たちは短いブリーフィングをしてから席に戻った。
『準備はどうですか源田少尉?』
『お待たせしました』
HUDにカウントが現れた。ゼロになると開戦らしい。カウントがゼロになった。
俺たちは高度を上げながら散開していく。レーダーに機影が映らない。
ゲルプ隊は源田少尉を先頭にした三角形のフォーメーションを崩さないように飛ぶ。
ロックオンされた。ミサイルが見える。数は8。相手はおそらく4機程度か。
ミサイルが飛んできた方向に機首を合わせてミサイルをギリギリの位置でロールしてさける。
相手が見えた。形がわずかに『飛燕』とは違う。おそらく空自の主力戦闘機『隼』だろう。いや、もしかすると『隼』を艦載機化した『烈風』かもしれない。
俺にはその見つけた『隼』が食いついた。かすかにレーダーに反応がある。
『隼』が旋回した。旋回半径が小さい! 俺の『飛燕』ではそうはいかない。
ロックオンされる。距離の関係で相手はバルカンを撃ってきた。俺は増槽を捨てた反動で浮き上がる。エンジンの出力を最小にして出来るだけ小さく旋回。失速させてさらに小さく回る。
相手は気づいて離脱しようとしている。
だから俺も逃げた。『隼』が反転してくる。しかし旋回で勝っていても加速ではこちらが勝った。
俺は『隼』を引き離し、反転、『隼』に一撃離脱を仕掛けた。あとはワンサイドゲームだった。
たぶん俺と同じ新人だったのだろう。この戦いで俺は『飛燕』の感覚を覚えたような気がした。
『飛燕』は『隼』より格闘戦が苦手だ。高速での旋回性が悪い。
しかし加速性・上昇力といった項目は『隼』よりいい。
つまり一撃離脱が『飛燕』に一番向いた戦い方だ。
俺は次の獲物を探す。
2機の『隼』に絡まれた機体がいた。俺は適当に照準をつける。相手はロックオンされたことに気づいて1機が反転してきた。そうこなくっちゃな!!
『滋野氏感謝でござる!!』
「任せろバリバリ!!」
『ヤメテー!!』
反転してきた『隼』がヘッドオンで突っ込んできた。機体をロールして背面になってすれ違う。
振り返ればすぐに『隼』が反転してきた。俺はかまわず加速する。ロックオンされる。ミサイルアラートがなる。
もう一度振り向くとミサイルが2発。加速はやめない。レーダーで『隼』とミサイルの距離を確認。
チャフとフレアをぶちまけ、そのまま反転。敵の懐に入る。
再度ロックオンされたがかまわず加速する。敵はわずかに高度が低い。
高度を速度に変換してさらに加速。
『隼』はミサイルを撃たない。機銃でくる。廃人としての感を頼りにエルロン・ロールして避ける。相手が撃った。しかし当たらない。
すれ違った。相手は旋回する。きれいなループだ。相手が俺の後ろについた。加速を緩める。エンジンが限界だ。
ロックオンされる。レーダーで再度距離を確かめ、俺は機首を90度引き起こす。
空気のクッションが機体を引っ張って急減速。『隼』が俺を通り越した。
機首を戻す。ちょうど機銃の間合いだ。
引き金を引く。弾は相手に吸い込まれていき、相手は火を噴いて落ちていった。
「ひぃぃぃぃやっほおおおお!!」
『グッジョブ滋野氏!!』
加藤軍曹を見ればちょうど旋回中の『隼』に対して高高度からエルロンをつかって翼を傾けた『飛燕』が急降下していた。
ナイフの切っ先のように鋭い切り込み、『隼』に体当たりした。
『ばんざあああい!!』
「駄目だ!!」
思わず有名なラジオチャットを言ってしまった。
そういえば後1機いるはずだ。レーダーを確認して源田少尉の位置を確かめる。
源田少尉の機体は『隼』に追いかけられていた。どこか被弾しているのか、自分の『飛燕』より精彩な機動をしていない。
「『隼』が撃つ……」
そう思った瞬間、源田少尉は機体をひねるというか、重力というか、全ての物理法則を裏切ったようなマニューバで『隼』の後ろに回りこんでいた。
「……え? え? バグ?」
そうとしか思えないような機動だ。中の人は絶対に死んでるとしか思えない。
そこでゲームセットになった。
『いや~お強いですね。ゲルプ隊の人は……国を背負わなければ早く飛べるというのかと賞賛されますよ』
『偶然ですよ。赤色隊の若松少尉といえば『赤鼻のエース』ですよね。お会いできて光栄です』
『いい戦いでした。これから部下と反省会です。それではまた』
画面の隅に挑戦者がログアウトしましたと文字が出た。最後に着陸して滑走路を少々タキシングしてから俺たちもログアウトした。
「今回の戦闘は見事だった」
「いやぁ……はじめの空戦でコブラとかすごいでござる」
お互いのリプレイ映像を眺めての反省会で俺はほめられていた。正直はずかしいというか、むずがゆい。
「滋野軍曹、チャットのタメ口は――」
ですよねー!! 黒江少佐も同じことを言ってました。加藤軍曹怒ってるだろう。
「ソレガシはかまわないでござる。リアルでもタメでいいですぞ」
源田少尉は何かいいたげだが、何も言わずにため息をついた。
「はぁ……滋野軍曹は質問あるか?」
「え? じゃ……源田少尉の最後のマニューバってなんですか? バグですか?」
「バグじゃない。普通のマニューバだ」
いやいやいや。あんな機動したら死んじゃうって。オンラインゲームのエースパイロットでやったら失速とか空中分解とかになってるよ……。
「中に人間がいないからGとか一切合切を無視した飛行ができるんだ。中に誰もいませんよ」
「ナイスボート」「ナイスボート」
「あと加藤! お前はなんど言えばカミカゼアタックをだな」
「あははは!! 源田少尉氏と戦ってた『赤鼻のエース』って徴兵丁種の?」
「そうだ。丁種出身の少尉だ。模擬空戦や日米合同演習で優秀な成績を残して徴兵の癖に少尉になったエースだ」
なるほど。もしかして丁種って同じようなオタクが集まるのか? そういえば黒江少佐もそんなことを……。
なんか思った以上になんとかなりそうだな。
用語解説
無人戦闘攻撃機『飛燕』
航空自衛軍が採用する無人機。ハイローミックス構想に基づく低コストな無人戦闘機と空自の老朽化した有人戦闘機の後継として採用された。
『隼』には運動性で劣るが、高速性は高く邀撃機としても活用できる。
無人戦闘機『隼』
航空自衛軍が採用する無人戦闘機。非常に高い運動性を持つ。
『赤トンボ』の後継機であり、空自だ採用した本格的な無人戦闘機と言える。
しかし、調達時のコストが高い。そのためローハイミックス構想に基づいて『飛燕』が採用された。
エースパイロット
オンラインの空戦ゲーム。ゼロ戦などからF22といった多種多様な軍用機を操作できる。
無課金プレイヤーに厳しいことで有名。しかし運営のサービス精神は高く、様々なイベントが月ごとに行われたり、世界大会等も行われている。