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とある王国騎士団員の追憶

作者: 内津安
掲載日:2026/03/14

息を荒げて生を乞う。左手の親指はもうとれかかっている。

血がゆったりと滲むように広がって、骨は断ち切れ動かない。紫色の皮が何とか繋ぎ止めているだけだ。

それなのに目の前に向けられた剣先のせいで痛みが遮断される。


彼の目も生を望んでいた。口は笑っている。とはいえ、嬉しいのかはたまた哀しいのか分からない。

こんな状況で頭だけが冷静な自分に嫌気がさす。

…本当は憎んで良いはずだ。しかし心はその気にならない。どうしてだろうか。

頭が状況に即さずグルグルと回る。


あぁ、もう首元には冷たい刃が当たっている。そして一分も立たないうちにもうここに居なくなるのだ。もう仕方がないのだ。為す術が無いのだ。ある意味ほっとしているのかもしれない。安心しているのかもしれない。


冷たい。冷たくて、そして淋しい。

突然にあのときのことが流れ出してきた。


_____________________________________

_____________________________________


騎士団見習いには厄介ごとが降りかかってくる。

これはこの王国では当たり前のことだった。


この日は雨雲がどんより立ち込めていて朝から少し気分が良くなかった。

昼ぐらいに急に通達が来た。とある罪人を見張っていてほしいのだということ。

うちの制度はかなり大雑把で本気で危ない人間でない限り下っ端にこういう面白くない仕事が回ってくる。

心では面倒くさいなと愚痴を呟きながらも、この見習のみである以上ここで反抗するわけにもいかないし、わざわざ新しい面倒ごとを引き起こすなんて馬鹿な真似はしない。

先輩に率いられて同僚一人と一緒に廊下を歩いた。

先輩は部屋につくなり、暴れるようなことがあったらすぐ伝えろよと言ってすぐさっき来た道を歩き出した。

本来はおそらく先輩の持ち場だったのだろう、そそくさと行ってしまい、もう見えなくなった。



ここ数年、王国はとても不安定な状況にある。

二十年前。周辺地域全体が巻き込まれた争いによって、勝利はしたが大量の人間と莫大な資源がなくなり王国は危機的状況にあるのだと風の噂で聞いた。

その噂通り、王国内の物価は超止まることを知らず跳ね上がり続け、王国民は生活に必要な物を何とかして集めている。それだけではなく。物品が売れないから商店が次々になくなっていった。そのせいで失業者多数。だからといって王は身近なことにしか興味がないようで、なんにもしてくれていない…らしい。

そのせいなのかは分からないが、騎士団も真面目にやっても給料がまともに入ってこないんじゃあ仕事する意味ないよね、と上の人が言っているのを小耳に挟んだ。


鉄でできたひんやりとしたドアノブをゆったり回してドアを開ける。部屋はすごく無機質で気持ち悪い感じもした。色彩が吸い取られているみたいだった。

中には一人、これまた罪人っぽくなさそうな地味で特筆すべきこともなし、みたいな雰囲気を醸し出している。


「次の指示が出されるまでこの部屋で待機せよとのことだ。お前が逃げ出さないように監視する」


そう言って罪人の左右を固めるように立った。そいつは少しこくりと頷いて口をしばらく閉ざした。

ただ、そいつの手はうざったいくらいに動いていて視界に入るととてもうるさい。

すっと沈黙が流れる。

ぱくぱくと音は出ていないがそんな感じにそいつの口が動き始めた


「私は…少し私について話したいと思ってしまった」


本当にいきなり言った。罪人がこう急に話し始めるのはよくあることだから気にする必要は…と落ち着かせようとした。やはり、罪人は罪人。わざわざ罪を犯すのだから常識では測れないおかしいところがあるのだ、としたいところだが、やはり気味の悪さを感じた。視線が自然に同僚のほうへ向いた。何やらおかしいぞのまばたき。同僚も察知したのだろう、同じようにまばたきした。


「たいていの人間は馬鹿なのだ。大馬鹿者なのだ」


罪人は微笑んだ。前触れもなく。


「だから騙される。だから思うようにいかない。大衆は賢くない。だから利用されるのだ。大衆ではない者に」


含み笑いしている。息が漏れ出ている。

急に語り始めて何なんだこいつは。第一声でほとんどの人を敵に回して。もう筋が通っているかのように淡々と言葉を並べていった。自分のことを話そうと思ったのなら、せめて理解できる範囲のことを話してくれよ。そんなよくわからない自分ならではの理論など押し付けないでくれ、気色悪い。背中がぞっとする。


「注意深くないから、彼らの思うが儘にされる。どうしてこれを馬鹿ではないといえようか」


罪人の手は自身の頬を撫でるように、包み込むように、笑っているその顔を覆った。

元気で快活という感じな笑い声が響く。

同僚の目がピクピクと動いている。


「お前は何が言いたいんだ、何がしたいんだ。まったく」


同僚は眉をひそめている。面倒くさい仕事に当たったかと思ったら、急に一人で笑い出すような奴に出会ったのだ、苛ついても仕方ない。


「これからの君たちの道はきっと今度は私たちが決めてしまうのだろう。抵抗する気づきすら与えられず…」


そいつはクククと笑って噴き出して、そのまま地面に視線を下ろした。灰色で、傷や汚ればかりが目立つ。

君たちの道は私たちが決めてしまう、だ?妄想も対外にしろ。どこをどうしたらそんな思考になるんだ。根本的な部分が欠如しているはずだ。見えないところにあるんだ。俺らの道を、お前が決めるだと?お前にはそんなことができる権力も糞もないだろ、俺たちはお前のつまらない戯言に付き合っているんじゃあないんだ。仕事をしているんだ。もしこっちに少しでも手を出したらとてつもないやらかしでもしたらお前の首が飛ぶぞ。それくらい俺とお前の立場ははっきりとしてる。

俺は大きな溜息をついた。

罪人は気にも止めず、語り続ける。


「自分の本当の幸福など求められていない、無意識化で諦められていることを認識できない、そういう人間の集まりだ。目標が見つからず他人に与えられた縋れる物に縋るだけ縋って、どうせ最期は幸せな生でしたと勘違いして消えていく。正しさを己で決定できず、賢さを知らない。

いつのまに傍にいる私たちに気づいていない。本来この世界は人間中心ではなく、一部の者が一部の者と闘う流れが軸になって、誰もが思いすらしていないがその大半の人間のほとんどの意思とも言えぬ意思は見えざる神の手のように見えざる世界の流れで決まって、明瞭にあるものだ、と感じていても実は流れによってできたものだなんて悪夢の中ですらも見えない」


ただつらつらと単語をかけ流して怖がらせて何が楽しいのだ。


「だからといって、たとえ己の正しさが知れても突拍子のないことをただぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるのは論外だ。大衆はそれを求めていない。いくら正しかろうともその正しさを理解できない。

元からそういうものだった。どれだけ嫌だろうが、心が否定しようが、正しさではなく賢さを使え。見極めるのだ。証明できなくても経験がある、知識がある。賢さを考えろ。

本気で一番良いやり方というのは、感情で決めた己の目標、夢を達成するために、夢以外は合理的であれ。合理的な賢さを正しさとはき違えるな。大衆の、人間の心を抜きにした合理性は大衆の気質、人間味を欠いていて、どこまでも縋り辛いものだ。

賢さを追い求める立場にない正しさの決まらないほとんどの人間はやはり自信を持って馬鹿であると言える。この世界がこうである以上、人々は逆らえない、忘れた頃どころではない、一瞬の認識できる隙間もなく世界はある人間の過ごしやすいように設定される、人為的にも自然にも。この運命から私たちも逃れることはできない。たとえ君たちでも」


息継ぎを忘れたかのように早口で捲し立てるように、うざったい話し方を使った。ついでにほくそ笑みながら。こいつの言うことは聞く価値のない事だ。聞くエネルギーさえ無駄だ。どうせ罪人だ。聞かないでもいい、気にしたらそれでこそ負けだ。


「お前が何と言おうと、俺らには関係のない話だ」


一言放った。

その瞬間地面を向いていた罪人の目が大きく見開いてこちらに向いた。

笑みは消えて真顔に戻っている。

急になんだ。何がしたいんだ。一体何を考えているんだ。気持ちが悪い、そう思った。


「関係の無い話…。そうなのかもしれない…。私も世界に躍らされた一人なのかもしれない…」


「どういう思考をしたらつぎの言葉がそうなるんだ」


声量が大きい。同僚は苛ついている。

俺は警戒した。次何か苛つかせるような変なことを言い出したら、黙らせるために頬を殴るかもしれないような気迫だった。何もしていないのにこっちが暴力行為などしたら懲戒処分後に失業ルートだ。このご時世に及んでそれだけは勘弁だ。


「とにかく、お前がどんなことをしようが暴力行為をしない限りどうこうするつもりはい」


そう言い捨てた。

さすがにこれ以上苛つかれたら大変困るため、ちらっと見て同僚に口パクで落ち着けと伝える。本当は睨みつけたいが、それでさらに彼の怒りの火に油を注ぐようなことをしてしまうわけにはいかない。

俺たちは罪人を鋭い視線で見つめた。



それから担当の人間が入ってくるまで静寂が俺たちを襲った。

担当の人は慣れた手つきで在任を連れ出した。出ていくときに先輩の名前を挙げて、あいつはどうした?と聞かれたけれど、知りません、で押し通した。



_____________________________________


あれから三年は経った日だと思う。あの罪人のことはすっかり忘れていた頃だった。

彼は宰相になった。

新聞、王国速報紙を読んでいたら顔写真が載っていたので、まさかとんでもない犯罪を犯したのではと思った。それならまだ良かった。見出しを見たら大きく、新宰相決定、王国の行く末は?とあった。

まず、どうしてという疑問が勝った。そいつは元々罪人だ。罪を犯したんだ。なのになんでだよ、と。それにこいつが宰相になるんだってことは俺ら騎士…このときはもい俺は昇級して騎士になっていた…の上に立つってことになるのが大変むかついた。知らないやつだったらましだったのに、なんでこいつが、よりによってこいつが。

新聞の端のほうに論説が書いてあるのに気づいた。


____

新しく宰相となったが、前科があることに私は疑問を持つ。何故王や人々は彼を選んでしまったのだろうか。確かに推している方針は私達市民の心に即していて、支持したくなるような内容だ。しかし、手段を選ばないような人間だ。王院議会員だったころの取材にて、私は王国民の為ならなんでもする、と答えた。三年前逮捕された際、裁判では罪を犯した理由についてこう述べた。私は確かに罪を犯しました。それは許されざることです。私は早とちり過ぎたのです。一秒でも早く王国を良くしなければ、と。このように、言動には王国のためという一貫性がある。しかし、早とちり、のようなことを今後しないことを約束してもらいたい。

____



やっぱり、と思った。

やっぱりあいつは信用できない。宰相として俺の上に立つんだったらもう騎士も辞めてしまおうか。流石にこんな阿保らしい理由で騎士という仕事を失って途方にくれるわけにはいかないので、俺は結局騎士を辞めなかった。

それから半年ぐらいこの王国速報紙を買い続けた。この宰相のことが気になった。

しかし見出しが、

宰相政策で失業率低下、宰相の手腕が効く。王国経済超改善、宰相…罪のない罪人…

などだったので、王国速報紙を取るのを止めにして、王国情報を買うようにした。宰相上げが少なかった。けれど、いつの間にか王国情報が発行されなくなった。だから王国速報紙に戻った。



しばらくして、俺は弟と二人で家に住むようになった。

元々俺は首都の狭い家一人暮らしをしていたのだが、騎士になってある程度の給料が入るようになったので一人にしては少し余裕のある家へと移った。その後弟が首都の国王直属オーケストラ団に入りたいというので弟の愛楽器と共に俺の家に引っ越した。家は二人でちょうどいいくらいの広さだった。出張で居なくなる日もあるが、ほぼ毎日弟の楽器の練習で演奏を聴かされた。音楽全般に見聞のない俺ですら弟の演奏は王国一だと同僚に自慢した。弟の演奏の聴こえる家はどの家よりも俺の中では価値のあることだった。


ある時になって宰相人気が大爆発した。街のどこへ行こうと宰相ばっかり。数カ月かが経って、俺もその宰相を信じるようになった。


それから二年ぐらい経って、俺たち騎士にこんなことが告げられた。


____

隣国へ侵攻せよ

____


と。


そして俺は家にいる時間が少なくなった。弟は王直属オーケストラ団に所属して新星手として活躍していた。

弟の演奏を月一回でしか聴けなくなった。最初の一か月はこんな感じだった。

翌月の初めの日、国王、宰相主役のパレードが行われた。演奏は王直属オーケストラ団だった。騎士は行進した。美しく。完成と喜びで満たされていた。

だんだん怪しくなってきた。


もう演奏は三ヶ月聴いていないだろう。



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_____________________________________

刃はもう首を切り始めている。生温かい血が流れていく。

冷たくて、冷たくて、淋しい。


なんて情けない走馬灯なんだ。最期にもう一回だけ演奏を聴けたら良かったのに。

_____________________________________






こうして彼は死亡した。

約七か月、彼の弟は爆発に巻き込まれ死亡した。

彼の死から約一年後、宰相は死亡した。現在原因を調査中。

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彼はまるで般若のようでした。

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