9.輪郭を帯びてくる気持ち
「ルエリアー! すごいじゃん!」
試合が終わって訓練場に立ち尽くしていた私に、淡い茶色の髪の束を揺らしてアミティエが近づいてきた。
後ろには、ラヴィニアも柔らかい笑みを浮かべて立っている。
「アミ、ラヴィニア! 来てくれてたの?」
「あったりまえじゃん! 親友の初戦を見に来ないわけがないでしょ?」
ふふんと言わんばかりにアミが得意げに言う。
後ろにいるラヴィニアは親友であり、私とは従姉妹にあたる。
「それにしても、相手は卑怯な手を使おうとしてたのに……ルエリアはやっぱりすごいわ」
ラヴィニアも感心しきりといった表情をしている。
騎士になることへの迷いはあるけれど、親友が見に来てくれたのは素直に嬉しい。
「ふたりとも、ありがとね! それにしても剣術に魔術を掛け合わせるとか、見たことなかった」
私は試合で相手が使ってきた見たことのない戦法に、驚きを隠せなかった。
ラヴィニアが静かに口を開く。
「ブラッドフレア・ファング。自らの精神を削って刃の破壊力を上げる魔法剣の一種ね。……騎士道に反する、禁じ手よ」
「へー! ラヴィニア、やっぱり詳しい! そして相手はめっちゃ卑怯ってことね!」
アミは、むーっとした口で話す。
ふたりが話す光景を見ていると、自然と私の心も緩む。
アミがこちらにくるんっと振り向く。
「喫茶に行こうよ! ルエリアの祝勝会だ!」
「いいね、賛成」
ラヴィニアも微笑んで頷く。
王立学院を卒業したら、この国では成人とみなされる。酒場だって行けるが、私たちは喫茶がちょうどいいのだ。
カランと喫茶の扉のベルの音が鳴る。
喫茶は今日も人が多い。ざわざわとした雰囲気が、なぜか私の心を落ち着けてくれる。
「それにしても、ルエリアの圧勝、爽快だったわー」
ラヴィニアが珍しくケラケラと笑う。
「そりゃ、武術の授業負けナシのルエリアに勝てるわけないわ!」
アミもつられて続けた。
「卑怯な手を使ったって、ルエリアに剣で勝てるわけないって!」
ふたりの褒め言葉に私は俯いて頬に熱を持つ。
「……いや、ふたりとも、褒めすぎだから。私なんて――」
ふうっとひと息おいて、ラヴィニアが口を開く。
「――やっぱり、騎士にはなりたくないって顔してる。ヴァレリオ叔父様が心配していたのもわかる気がする」
心の内を覗かれた気がして、私ははっとする。
「……やっぱり、ラヴィニアには隠せないか」
「何年一緒にいると思ってるの? それに従姉妹だし、だいたいのことはわかるよ。『ルエリアには騎士以外の道もあるって知ってほしい』って叔父様が前話してた。……ルエラ叔母様の前では言えないみたいだけどね。私の父さんだって、心配していたわ。『ルエリアは本当に大丈夫なのか、無理している気がする』って」
ラヴィニアのお父さん――セシリオ伯父様はこの国の神官長。コルシー家は代々神職を務める家系だ。そんな家に生まれた父さんが、なぜ剣を取り、騎士団長にまで上り詰めたのか……私はその理由を聞いたことがない。
「なんか……皆に心配かけちゃってるね、私」
ぽつりと私が呟くと、アミが口を開く。
「ねぇ、ホントは何かあるんでしょ? 私たち、いつでも聞くから」
ラヴィニアも笑って頷く。ふたりの優しさに私は思わず胸がじーんとなる。
「ありがとう、ふたりとも」
この時、私は気づかなかった。アミが視界の隅で――笑顔が消えていたことに。
その視線は、私ではなく――もっと遠い何かを見ているようだった。
喫茶を出て、ふたりと別れた頃には、あたりはもう暗くなっていた。
少しずつ輪郭を帯びてくる殿下への感情と、自分の本当の気持ちにどう折り合いをつけようか、私は考えあぐねていた。
次第に私の視界がじわりと滲んでいた。




