4.それぞれのレール
泉の横には、思い詰めた表情の殿下がいた。
それはあまりにも悲しそうで――私の胸がぎゅっとなる。
私は、思わず声をかけた。
「――殿下」
フレン殿下は、ゆっくりと私のほうを振り向く。
「……ルエリア。どうしてここに?」
「……いえ、個人的なことです。殿下こそ、どうしてここにいらっしゃるのですか?」
殿下は、ふっと視線を下に向ける。そして、押し殺したように声を出す。
「おふくろが……俺に王位を継げと」
私ははっとして、でも、目を逸らしたまま殿下の声を聞く。
「体調が悪いのはわかってたんだ。でも、わかってたこととはいえ、俺には覚悟が……できてない……」
フレン殿下の母君、レナータ女王陛下。フレン殿下と同じ髪色を持つ慈愛に満ちた高貴で、なにより太陽のような包みこむ温かさに満ちた女性。
私も城の近くの代々騎士団長が住まう屋敷に住んでいるためか、よくお目にかかる。
実の母に冷たい目線を向けられ、威圧的な扱いを受けている私にも、陛下は向日葵のような暖かい笑顔を向けてくださる。
母のあたたかさというものは、本来こんなものなのだろうとお会いするたびに胸がじんわり温まる方だ。
あまりお体の調子がよくないと両親が話しているのを聞いたことがあるが、こんなに早く位を譲られるのか。
私が物思いにふけっているのを察した殿下が私の顔を覗き込む。
「ルエリア。フラヴィオから聞いてる。入団試験……受けるんだろ?」
「しょうがないでしょ――じゃなかった。仕方がありませんよ。これがアルデンツィ家に生まれた者の宿命。敷かれたレールですから」
殿下は、ふっと心配そうな目をして笑う。
「前はそんな話し方じゃなかっただろ。いつも通りに話してみろよ」
「――私は王立学院を卒業したの。もう子供じゃない。陛下と、あなたにお仕えする……騎士として生きるの」
「フラヴィオが心配していた。ルエリアが――入団試験を本当は受けたくないんじゃないかって。別の道に進みたいんじゃないかって」
胸が、痛む。張り詰めたものが、軋む音がする。
「……受けたくないよ。本当は私だって自由に生きたいよ! でも、それじゃ私がアルデンツィ家に居場所がなくなるの。騎士にならないと……私に価値はないの」
目から熱いものがつたって、落ちる。
「――敷かれたレール、か。……なんか似てるよな。俺だってまだ王になるには早すぎるし、できれば、自由に――」
殿下も目を伏せる。その眼差しに、私は胸が焼けるように熱くなる。
「殿下――ここで話したこと、お兄ちゃんには内緒にして。父さんたちにも」
殿下は強く頷く。
「ああ、ここで話したことは秘密だ。俺達だけの」
ふたりだけの秘密に、私は思わず胸が高鳴る。
――本当は、殿下のそばにいたい。でも、それは……できない。思っちゃ、いけない。
殿下と別れ、森を出ようとした頃には空がオレンジ色に染まり始めていた。
私は――ただ、家に帰りたくない。それだけだった。
暗くなって、街灯がぽつり、ぽつりと灯る道を、まるで重しでもつけられたかのように重い足取りで歩く。
ただ、私は明日が来てほしくない、夜のまま明けなくていいとさえ思っていた。
入団試験は来週から始まる。本当に私はこれでいいのか考えあぐねる。
敷かれたレールのまま生きているのが正しいのか、かといって私は他の道を知らない。
考えるうちに胸がぎゅっとなり、めまいがしてくる。
私は、広場の噴水の縁にへたりと座りこみ、空を見上げる。
ただ、月が輝いているのだけは、感じられた。




