36.今はただ祈るだけ
兄の治療は、今も続いている。
治療室前の廊下には灯りがぽつぽつと並び、私たちの影は長く伸びている。
ドアの隙間から、金色を帯びた青い光が、時々輝きを増して漏れている。ただ、それを見つめるだけの、しんとした時間。
私はずっと体の震えがカタカタと止まらず、頭の中でただ、兄を失ったらどうしようという不安だけが頭を巡る。後ろから力強くフレンの腕が私を抱きしめ、支えてくれるが、その腕もまた、震えている。
あとから到着したラヴィニアも、祈るように両手を組んで、治療室の扉を見つめる。
崩れそうになる母を、父が抱きとめる。両親もまた、強く震えている。
そして、その横にいるレナータ陛下は、母を支えつつ、握りしめた手が強く震えていた。
誰も口を開かない、静かに兄のことを信じて祈るだけの時間は、胸が張り裂けそうで、永遠より長い――そう感じた。
ただ、紋章の光が脈打つように光っていることで、兄を信じるだけだった。
どれだけの時間が経っただろうか、ギィ……と治療室の重い扉が開いた。
中からは薬草の香りと、白いやわらかな光がふっと漏れ出る。
奥から、疲れ切った表情のセシリオ伯父様が出てきた。法衣は汗で全身に貼りつき、額には汗と、疲労の影が見える。
「……伯父様……! お兄ちゃんは……?」
私は歩み寄り、兄の容態を聞いた。
伯父様はふっと短い息を吐き、レナータ陛下へ視線を向け報告する。
「……一命は取り留めました。当初想定されたよりも深い魔力の傷ですが……時間をかければ回復します。状態も安定しております」
その声を聞いた時、空気がふっと緩み、視界が滲んだ。その場にいた全員の目にも、涙が浮かんでいた。
報告を聞いたレナータ陛下は一瞬目を閉じ、少し肩を震わせる。
目を開き、伯父様へ柔らかく声をかける。
「……よくやってくださいました、神官長」
セシリオ伯父様は、深々と頭を下げる。
陛下は中にいる兄の様子を伺い、強く頷き、治療室の扉を静かに閉め、振り返る。その瞳は冷たい炎のように深い。
そして力強く、揺れないはっきりとした声で、告げる。
「フラヴィオが助かった今、私はもう迷いません。このような事態を引き起こしたブラゼッティ家の罪を――今夜、裁きを決します」
空気がぴん……と張りつめる。
陛下はさらに一歩前に踏み出し周囲を見渡した後、命じる。
「王太子、騎士団長、神官長。会議室へ……!」
父は即座に片膝をつき、「はっ……!」と声を震わせる。
私を支えていたフレンが離れ、私の肩にそっと手を触れ、静かに口を開く。
「ルエリア。……すぐに戻る。もう、君を傷つけさせるものはない。すべて終わらせる」
私の胸が深いところでじんと熱くなり、震える。
(今は――みんなを信じよう)
私の手は胸の前でぎゅっと握られ、一瞬目を閉じる。
レナータ陛下を先頭に、フレン。父、伯父様が後に続き、会議室へ向かう。
一度だけ、フレンが振り返る。
瞳が、強く光っているように見えた。まるで怒りや悲しみ、そして誓いをたたえたように。
私は彼の姿を、深く頷き見送る。
ラヴィニアと母も頷き、視線で見送っていた。
母は深く呼吸をし、ゆっくりと口を開く。
「フラヴィオは大丈夫よ。――あとは、信じましょう。全てを」
会議室へ向かう長い影を、私たちは静かに見送った。




