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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第八章 崩壊を引き起こす怨嗟

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32.怨嗟にのみ込まれたアミティエ

 その時、扉がギィ……と音を立て、勝手に揺れ始める。

 光の粒がすうっと引いていき、空気がひりつく。足元をひんやりとした冷たい、禍々しいものが落ちてくる。


 ゆらり、ゆらりと私の前にある百合の紋章が脈打つように揺れる。


 兄が、鋭い表情に変わり、剣を構え直す。

 「来るぞ……構えろ!」


 ラヴィニアが私をかばうように抱き寄せ、セシリオ伯父様が、杖を立て、前に出る。

 爆音とともに祈りの間の大扉が吹き飛ぶように開く。

 祈りの間の光が揺らぎ、同時に影が流れ込む。


 淡い茶色の髪は乱れ、肌の色は青白く目元には薄くクマがあり、そして怒りと悲しみ、そして混乱が入り混じった光のない目をした人影がゆらり……ゆらりと近づく。

 ――アミティエだ。

 アミティエの周囲には濁った赤紫色の炎のような魔力が濁流のように渦巻いており、怒りと嫉妬で動かされている「人形」のようだった。


 私は首を振る。

 「こんなの……あの明るいアミティエじゃない……!」

 さっとラヴィニアが、私の前に立ち、叫ぶ。

 「アミティエ! ここは神殿よ! ……あなた、自分がしたことを……わかってるの!?」

 

 アミティエはゆらり、ゆらりと更に近づいてくる。

 そして、口を開く。

 「ルエリア……どうして……どうして、あなたばかりなの……?」

 その声は狂気をはらんで、震えている。

 目には涙が浮かんでいたが、魔力の熱で蒸発するように、すっと消えた。


 「フレン殿下が……光の紋が……全部……全部あなたのものになって……! なんであたしじゃないの……? どうしてあなたばっかり!」


 ラヴィニアが、静かに言い放つ。

 「それは……光がこの子を選んだからよ! ……どんなことがあっても、ルエリアは静かに耐えた。私はそれをずっと見てきた。 ……あなたには、わからないでしょうね!」

 アミティエが目を見開いたその時、バチッ……! と火花のような音がし、背後の空気が歪む。

 アミティエの手が震え、魔力が、憎しみの形を持とうとしている。


 その時、伯父様が叫ぶ。

 「アミティエ嬢、落ち着きなさい! その魔力では自分すら――!」

 アミティエの周囲の禍々しい魔力の炎が燃え広がる。


 「――うるさいっ!」


 その時、アミティエを囲む赤紫色の炎が細く集まり、矢へ形を変える。彼女の手元に浮かんだそれは、まっすぐ私の方を捉えている。

 アミティエの目には、涙が浮かんでいた。

 「あなたなんて……消えてしまえば……!」

 彼女の悲痛な叫びが響き渡る。


 心が、息もできないほど締め付けられたその時、百合の紋章が光を放ち、私たちを守る盾のように広がった……がアミティエの魔力におされ、光に亀裂が入る。

 

 「っ……! ルエリア! 伏せて!」

 ラヴィニアが叫ぶ。

 私に魔力の矢が放たれようとしたその時――。


 兄の足が、床を蹴り、衣の端が翻る。

 光と影の中を一直線に走り出した。

 その時――。


 魔力の矢は、兄の背に突き刺さる。

 その瞬間、赤紫色をした矢が、弾け飛ぶ。

 

 「……っ……!」

 

 兄の身体がガクリと折れ、そのまま――私をかばうように倒れ込んだ。


 「――お兄ちゃん!」

 倒れ込む兄の手を、私は必死に掴んだ。


 アミティエの表情がさっと変わる。

 瞳が大きく開き、足はガクガクと震えている。

 アミティエを包んでいた炎は霧散し、空気は色を失う。


 彼女は震えながら叫ぶ。

 「……え……? いや……いやだ……そんな……!」


 床に滴る兄の血と魔力の衝撃で、床の光の文様が乱れる。

 その時、祭壇の光が揺らぎ始め、天窓の光は柱が崩れるように細かく砕け散る。そして、床の紋は青白く光り、ひび割れ始めた。


 兄の手は、思っていたよりもずっと重かった。

 掴んだ指先から伝わる体温が、ゆっくりと、確実に失われていくのがわかる。


「待って……ねえ……」


 声が、喉で絡まる。

 呼びかけた名前は、音になる前に震えて崩れた。


 床に広がる血の匂いが、鼻を刺す。

 さっきまで聖なる場だったはずの祈りの間が、急速に現実の重さを取り戻していく。


 兄の身体は、私をかばうように半身を投げ出したまま、動かない。

 その重さが、腕に、胸に、現実としてのしかかる。


「……いや……」


 アミティエの声が、掠れた。

 先ほどまでの叫びとは違う、音になりきらない声。


 彼女は一歩下がり、口を開いたまま立ち尽くす。

 言葉が、そこから先へ進めない。


 赤紫色の魔力は、彼女の意思を失ったかのように揺らぎ、形を保てずに散っていく。

 怒りでも、憎しみでもない、ただ制御を失った力として。


 床の紋章が、意味を失ったようにぐにゃりと歪む。

 光はもはや守るためのものではなく、ただそこに溢れる現象へと変わっていた。


 神殿そのものが、答えを出せなくなっていた。

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