31.神殿で心ひらく時
神殿に近づくたび、柔らかい光の中にぴんとしたものが張り詰める。
一瞬、三人の影がゆらりと揺れ、前にいた兄の手が、剣の柄に添えられる。
そして、緊張をほぐすように兄が柔らかい口調で呟く。
「……大丈夫だ。……オレもいる」
廊下を歩きたどり着いた神殿は、大理石と白金の装飾で作られており、夕刻の淡いオレンジ色の光を受けて、淡くもしっかりと輝いている。
神殿の前には長い階段があり、登る前にラヴィニアが優しく声をかける。
「……ルエリア、大丈夫? 登れそう?」
私はゆっくりと頷く。
「……大丈夫。行こう」
兄が警戒し、周囲を見渡しながら先に進み、私たちも少し後から続く。
私の背中に、ラヴィニアの手がふわりと優しく添えられる。
コツン……コツンと足音が石に吸い込まれるような音を立て、響いている。
階段を進むにつれて空気がひんやりとし、空気が張り詰める。
光につつまれ、まるで別世界のような感じがする。
私の心が、少しずつ、しんと静まる。
神殿の前に立つと巨大な扉があり、そこには光の神アウレシア様を象ったレリーフが彫られていた。
「……綺麗」
思わず呟く。横にいるラヴィニアが、微笑む。
扉の隙間からは、すべてを包み込むような柔らかな光が漏れていた。
兄が、静かに大きな扉を開ける。
神殿の中には、白銀の法衣に身を包んだ神官長のセシリオ伯父様が柔らかい表情で立っていた。
「……よく来ました。この先は光の領域。心を落ち着けて入りなさい」
一瞬、ごくりと息を呑む。
ラヴィニアの手が、ふわっと私の手を握る。
伯父様は、私たちを見渡して、微笑んだ。
「ルエリア。……光の前で、心を解きなさい」
そして、兄の方を見て伯父様は口を開く。
「フラヴィオは、彼女たちの後方で見守りなさい。……危険のないように」
兄は深く頷く。
伯父様の先導で祈りの間に向かう。廊下の小さな窓からは線のように淡いオレンジ色の光が差し込み、ここが光の神アウレシア様の領域であることを感じる。歩みを進めるごとに、私の心の中にひとつ小さな光の種のようなものが、暖かく灯ったことを感じる。
大扉の前で私たちはふぅ、と一息つく。
祈りの間の大扉が、ゆっくりと開かれる。
中から金色の粒子のようなものがふわりと流れ出し、かすかに香の甘い匂いが漂う。
私は、ひとつ呼吸をするたびに、心拍が落ち着いていく感覚がした。
剣の柄に手を添えた兄の先導で、祈りの間に入る。
天井は高く、天窓から差し込む光が柱のように落ちている。
中央には、アウレシア様の像がある光の祭壇。
床には祭壇を中心に光の園が流れるように刻まれており、大理石に金の細い文様が刻まれている。
一瞬固まる私に、ラヴィニアが囁く。
「大丈夫。……ここは、心がほどける場所だから」
胸の奥にあったチクリとする痛みが、少し和らぐ。
儀式を始める前に、伯父様が静かに準備の指示を出す。
「ルエリアとラヴィニアは中央へ。フラヴィオは少し後ろへ」
私たちは静かに移動し、私とラヴィニアは、跪く。
伯父様が祭壇の前に立ち、すっと静かに杖を掲げた。
そして、低く澄んだ声で祈りを始める。
「光の神アウレシアよ、慈しみの御手を、この子へ……」
天窓から差し込む光が伯父様の祈りに合わせふわりと揺れる。
私の呼吸は、ゆっくりと、だんだん深くなってくる。
あたたかな光が私の肌にふわっと触れるような気がし、私の心の奥に張りついていたものが、柔らかく溶けていく感じがした。
私の視界が少しだけ、じわりと滲む。
それをちらりと見たラヴィニアが、そっと私の背中に手を添える。
光のように、あたたかかった。
その時、私の中が溶けていく感覚と呼応するようにゆっくりと光の花が全身に開いていく感覚がした。一枚、また一枚と開く時、胸の奥から光があふれる感覚。全てが、ほどけていく。
その光は体の外に出るほど強くなり、私の胸元に百合を象った紋章がゆっくりと浮かび上がる。
それを見て、横でラヴィニアが涙を落とす。
「これ……コルシー家の……紋章……!」
後ろをちらりと見ると、兄が拳を握りながら、見守っている。
伯父様が、威厳のある静かな声で、宣言する。
「光よ! ……この子を未来へと導き給え!」
その時、空気が一瞬ぴんと張り詰めた。
不気味な静寂が、私たちを包んだ。
百合の紋章がゆらりと揺れる。
伯父様が、鋭い表情で、静かに呟く。
「……来ます。光の外から――強い乱れが」
(この気配……魔力、どこかで覚えがある……。けれどこんな荒れた、禍々しいものでは……)
兄がさっと私たちのところに走り寄り、剣を抜いた。




