30.ラヴィニアの抱擁
暖かい空気の中、ドアからトントンと落ち着いた音がした。
フレンがドアの方をちらりと見て、頷く。
「来たようだよ」
開かれた扉には、ラヴィニアが立っていた。
光の反射とかすかな風に緑色の髪がふわりと柔らかく揺れる。
その表情は、唇を噛み、心配と怒りが混ざったような様子だった。
ラヴィニアは、私の方を向くと微笑み、口を開く。
「……ルエリア、来たよ」
ゆっくりと私の方へ近づき、膝をつく。
そして、私の手の痣を見て、彼女は一瞬言葉を失い、震える口を開く。
「……誰が……こんなことをしたの?」
彼女の顔が、一瞬歪む。
「許せない……!」
呟いたあと、彼女は一度だけ深く息を吸い込み、怒りを押し込めるように瞼を閉じた。
私は視線を落とし、「大丈夫」と笑おうとするが、頬が引きつる。
ラヴィニアが、ふわりと私を抱き寄せる。
そして、優しい口調で話す。
「また平気なフリをしようとした。……泣いていいんだよ」
そして、彼女は呪文の詠唱を始めた。
ふわりと百合のような香りがし、私の手が暖かく光る。
痣が、ゆっくりと消えていく。
「大丈夫じゃないよね」
ラヴィニアは真剣な目で私を見る。
私は、ゆっくりと頷く。
「どうして……こんなことに。アミ……アミティエは、あんな子じゃなかったのに……」
私の目からゆらりと熱いものがこぼれる。
ラヴィニアはゆっくり首を振り、静かに口を開く。
「ルエリアは悪くない。あの子に裏切られただけ。……あなたが悪いんじゃない。大丈夫。どれだけあなたが傷ついたか……」
「ありがとう……ラヴィニア……」
静かにはらはらと、私の手に雫がこぼれ落ちる。
彼女はしっかりと、優しい口調で告げる。
「もう一人じゃないよ。これから私もルエリアを守る」
「ルエリア、オレもいるぞ」
顔を上げると、扉のところに兄が立っていた。鎧が光に照らされ、銀色に輝いている。そして、躊躇いがちに呟く。
「……入ってもいいか?」
兄は一歩部屋に入り、ぐるりと見渡して私とラヴィニア、そして両親とフレンを見た。その瞳が一瞬だけ揺れて、私に向けて柔らかく細められた。
「オレもそばにいるから。もう一人じゃないぞ……っていうか。ルエリア、一人で抱え込むなって……子供の頃から言ってきただろ?」
兄の諭すような声も、どこかやわらかい。
ラヴィニアが、ふわっと顔を上げる。
「神殿の……祈りの間に行こうか。あそこなら……あなたの心も癒えるはず」
それを聞いて兄が頷く。
「行くなら……俺も護衛として一緒に行く」
ラヴィニアと、兄の言葉に、胸が暖かくなる。
後ろにいたフレンと両親も、深く頷く。
「フラヴィオ、ルエリアを――頼む」
「ああ」
兄が頷く。
母が私の隣に歩み寄り、ゆっくりと頬に触れる。
「……あなたは、強い子。でもね、強さには限界があるの。だから今は――皆に頼りなさい」
母の手は、昔触れてくれた時のように温かかった。
父は、落ち着いた声で話す。
「神殿の光の下へ行きなさい。必ず、心の傷が癒える」
そして兄を見て、兄にも声をかける。
「フラヴィオ、頼んだぞ」
兄は胸に拳を当て、父の方を向き、深く頷く。
神殿への廊下は、差し込む光が床に長い影を落としていた。
しんとした、荘厳な雰囲気が漂う。
「ルエリア」
後ろから、フレンの声がする。
振り向くと、彼は柔らかい口調でゆっくりと口を開く。
「……大丈夫。君の心は、もう独りじゃない」
私の胸の中がふるりと震えた。
そして、フレンの目を見て、頷いた。
扉の前で、私は一度だけ振り返る。
家族とフレンの姿が柔らかな光の中に立っていて――胸の奥が、じんわりと温かく満ちた。
ギィ……と重い音を立てて、神殿への道の扉が閉まった。
三人の足音だけがコツンと静かに廊下に響いた。
ゆらゆらと私たちの影が揺れている。
ラヴィニアの手が、私を支えてくれて、少し前方に、兄が周囲を警戒するように歩く。
歩いているうちに重く沈んでいた心が、静かに整っていく気がした。




