24.ブラゼッティ家の令嬢
それは、祝福の言葉であるはずだった。
少なくとも――私にとっては。
『王太子フレン・デ・ヴァローツァ殿下とルエリア・アルデンツィの婚約を正式に発表する』
城の庭園に掲示されたそれは、人々にざわめきを残した。
「騎士団長の娘? ――所詮、平民じゃない」
「陛下は何をお考えなのか」
「王家の配偶者はブラゼッティ家からと決まっていたはずでは――?」
侍女や貴族たちは、ひそひそと会話をする。
魔導士会長を代々務めるブラゼッティ伯爵家。王家の配偶者は代々ブラゼッティ家の一族から選ばれてきた。
まさか騎士の娘が王妃に選ばれるとは――誰も思わなかったのだろう。そもそも、王族と騎士は婚姻できないという掟すらあった。王国が再建されて以来、前代未聞だったそれは、プレヴァリス王国を揺らした。
私はその声を聞きながら、騎士団長室に赴いた。
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騎士団長室。奥には父が待っていた。
「騎士団長。私、ルエリア・アルデンツィは選抜を――正式に辞退いたします」
私は父の目を見てはっきりと告げた。
今日は家での柔らかな空気ではなく、厳しい空気が包んでいた。
父の目は穏やかだったが、表情は曇っている。頷いた後、絞り出すように話しだした。
「ルエリア。王族になるということは、これから君も知らない試練が待っている。騎士は……貴族社会では、最も軽んじられる立場だ。――覚悟は、できているね?」
一瞬、私は俯く。そして、正面を向き直す。
「わかっています。それでも私は、選んでくれた殿下の隣に立ちたい。剣の道ではなく、……私自身の選んだ道で」
父は、深く頷く。表情は、どこか悲しげだ。
そして、ふわりと優しく私の肩に手を置いた。
「……行っておいで。ルエリア。どんな道を選んでも、父さんは君の味方だ」
「はい……!」
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いずれ王妃になる者として、私は教育を受けるため、城内に立つ。
そこは、剣をずっと持って生きてきた私が知らない世界――殿下や、陛下とは個人的に付き合いがあったが、それを取り巻く貴族社会に初めて足を踏み入れたのだ。
「やぁだ……、騎士の娘は、無骨ねぇ」
「まるで剣しか持ったことありません。そんな子が殿下と、ねぇ」
煌びやかなドレスに身を包んだ女性がひそひそと話す。
(私に聞こえないと思ってるのかな?)
私はぎゅっと手を握りしめる。顔には笑みをたたえて。
ギィ……と豪華絢爛なドアが開かれる。
今日から、私はここで『いずれ王妃になる者』として教育を受ける。
ドアを開けてくれた侍女が私の耳元でボソッと口にする。
「身の程知らず――」
その後、彼女は何事もなかったかのように、貼り付けた笑みで支度を始めた。
私は、騎士団長室しか城の中を知らない。
思わず豪奢な空気にのまれそうで、手元が震える。
周りの他の侍女の目を見ても私から次々に目を反らす。
奥にいた鋭い目の女性――王太子妃になるための教育の師を務める彼女は、私を上から下へ見定めるように視線を滑らせる。
「ルエリア・アルデンツィ。あなたに王族としての資質は、あるのかしらね? 所詮あなたは――騎士の娘でしょ?」
私はぎゅっと唇を噛む。母に言われてきた冷たい言葉など比にもならないくらいの言葉が城の中では次々に浴びせられる。
殿下を信じて進んだ道――それは今までに経験したことのない厳しさにさらされることでもあった。
その時、聞きなれた鈴のような声が響く。
「あれ? ルエリアー! 久しぶり! 殿下の婚約者って、あなただったんだ? ――アルデンツィ家の格なんて、あたしの家とは全然違うのに、ね?」
そこにいたのは親友――だと思っていたアミ。アミティエ・ブラゼッティ。彼女は今まで見せたことのない不敵な笑みを、私に向けた。そして、笑みを消し、私に言い放つ。
「私も殿下が好きだった――! 殿下に選ばれるのがブラゼッティ家の私ではなく、所詮騎士の娘のルエリア。でもね、殿下の隣にふさわしいのは……あたしだから!」
私の心に、黒い靄のようなものが、ゆっくりと立ち込める。
私は、アミを睨みつけた。




