22.花のような少女は氷に閉ざされた
今から数十年前、当時の王太女レナータ・デ・ヴァローツァは、親友ルエラの曇った表情を覗き込んだ。
「ルエラ? どうかしたの?」
声をかけられたルエラは哀しそうに顔を上げる。まるで諦めの色を含んだその表情は、レナータの胸を締め付けた。
「……卒業したら、入団試験を受けなくちゃ。昨日、両親からその道以外は許さないって、念を押されたわ」
「王族も、アルデンツィ家も、似たようなものね。敷かれたレールをゆく。私たちはそれに乗って生きるだけ。私も卒業したら、いずれ来る女王になる日のために、生きなくちゃ」
レナータはふぅ、とため息をつく。
ルエラもまた、苦笑いをこぼす。レナータは卒業したら婚約者と結婚する――その事実がルエラを貫いていたのだ。
彼女らが話をしている隣の席でもうひとり、暗い顔をしている少年がいた。
少年の名は、ヴァレリオ・コルシー。神官長の息子だ。彼の兄も神職という一家に育った彼もまた、悩んでいた。
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ある日の放課後、学院の訓練場でルエラは、剣の稽古をしていて、怪我をしてしまった。
「痛……っ!」
うずくまるルエラ。
そこに通りかかったヴァレリオが駆け寄る。
彼は呪文の詠唱を始めた。
「ルエラさん!? 大丈夫!? ……ルメアの息よ、静かに満ちて。セルヴィア・リムナ——傷よ、光へ還れ」
ルエラの受けた傷が塞がっていく。
「……ヴァレリオ君、回復呪文、使えるの?」
ヴァレリオは、首を振って、俯く。
彼は絞り出すように、呟いた。
「……これしか使えないんだ。兄さんも、もっと高度な呪文が使える。父さんからは――僕は見放されてる」
彼は、肩を震わせながら天を仰ぐ。
「僕は、コルシー家の出来損ないなんだよ。ただ、家に……帰るのが怖い」
ルエラは、彼にどんな言葉をかけてよいかわからず、ただ隣りに座り、頷く。
「……それなら」
ルエラが立ち上がり、ヴァレリオの方を向く。
「一緒に剣の稽古に、付き合ってくれない? ヴァレリオ君は動きが素早い。きっと、剣の素質がある。私、教えるから!」
ルエラの提案に、彼は一瞬目を丸くする。そして、強く頷く。
それからヴァレリオとルエラの剣の稽古の日々が始まった。
ルエラより軽々と剣を扱う彼に、彼女は圧倒された。
訓練場に、たまにルエラの母、騎士団長であり武術教官のアマリアが顔を出す。
アマリアのルエラに対する突き刺すような目線と叱責の言葉が、彼は気がかりだった。
毎日、ともに剣の稽古をするうちに、ふたりの間には友達以上の絆が芽生えていた。
ある日、訓練の終わりにヴァレリオはルエラに真剣な表情で、話した。
「ルエラ」
声をかけられた彼女もまた、顔を向ける。
「卒業したら――結婚を前提に付き合ってくれないか? 君を、一番近くで、守るから」
彼女の顔がみるみるうちに赤く染まる、そして、静かに頷く。
「私が言おうとしてたのに……どうして先に言っちゃうかな。ヴァレリオ。ありがとう。喜んで」
花のようにルエラが笑う。
そして、王立学院を卒業して数年、騎士団に入ったふたりは結婚した。ヴァレリオがアルデンツィ家に入る形で。
そこで彼が見たアマリアとルエラの関係は、想像していたより惨憺たるものだった。
ヴァレリオには笑顔を向けるアマリアも、ルエラに対しては褒め言葉ひとつ言わず、叱責以上の言葉を浴びせる。
学院では花のようだったルエラの笑顔も、ここでは凍りついたまま。いつしか彼女から笑顔が見られなくなった。
アマリアが亡くなっても、花のようなルエラの笑顔を見ることができなくなるくらい、彼女は既に氷の中に閉ざされた人形のようだった。
(いつかルエラの顔に笑顔が戻る日まで――僕は、ルエラを守る)
ヴァレリオは、頷いた。




