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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第四章 伶輝な仮面の下で流した涙

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22/45

22.花のような少女は氷に閉ざされた

 今から数十年前、当時の王太女レナータ・デ・ヴァローツァは、親友ルエラの曇った表情を覗き込んだ。

 

 「ルエラ? どうかしたの?」

 

 声をかけられたルエラは哀しそうに顔を上げる。まるで諦めの色を含んだその表情は、レナータの胸を締め付けた。

 「……卒業したら、入団試験を受けなくちゃ。昨日、両親からその道以外は許さないって、念を押されたわ」

 「王族も、アルデンツィ家も、似たようなものね。敷かれたレールをゆく。私たちはそれに乗って生きるだけ。私も卒業したら、いずれ来る女王になる日のために、生きなくちゃ」

 レナータはふぅ、とため息をつく。

 ルエラもまた、苦笑いをこぼす。レナータは卒業したら婚約者と結婚する――その事実がルエラを貫いていたのだ。


 彼女らが話をしている隣の席でもうひとり、暗い顔をしている少年がいた。

 少年の名は、ヴァレリオ・コルシー。神官長の息子だ。彼の兄も神職という一家に育った彼もまた、悩んでいた。


 ---


 ある日の放課後、学院の訓練場でルエラは、剣の稽古をしていて、怪我をしてしまった。

 「痛……っ!」

 うずくまるルエラ。

 

 そこに通りかかったヴァレリオが駆け寄る。

 彼は呪文の詠唱を始めた。

 「ルエラさん!? 大丈夫!? ……ルメアの息よ、静かに満ちて。セルヴィア・リムナ——傷よ、光へ還れ」

 ルエラの受けた傷が塞がっていく。

 「……ヴァレリオ君、回復呪文、使えるの?」

 ヴァレリオは、首を振って、俯く。


 彼は絞り出すように、呟いた。

 「……これしか使えないんだ。兄さんも、もっと高度な呪文が使える。父さんからは――僕は見放されてる」

 彼は、肩を震わせながら天を仰ぐ。

 「僕は、コルシー家の出来損ないなんだよ。ただ、家に……帰るのが怖い」

 ルエラは、彼にどんな言葉をかけてよいかわからず、ただ隣りに座り、頷く。


 「……それなら」

 ルエラが立ち上がり、ヴァレリオの方を向く。

 「一緒に剣の稽古に、付き合ってくれない? ヴァレリオ君は動きが素早い。きっと、剣の素質がある。私、教えるから!」

 ルエラの提案に、彼は一瞬目を丸くする。そして、強く頷く。


 それからヴァレリオとルエラの剣の稽古の日々が始まった。

 ルエラより軽々と剣を扱う彼に、彼女は圧倒された。

 

 訓練場に、たまにルエラの母、騎士団長であり武術教官のアマリアが顔を出す。

 アマリアのルエラに対する突き刺すような目線と叱責の言葉が、彼は気がかりだった。


 毎日、ともに剣の稽古をするうちに、ふたりの間には友達以上の絆が芽生えていた。

 ある日、訓練の終わりにヴァレリオはルエラに真剣な表情で、話した。


 「ルエラ」

 声をかけられた彼女もまた、顔を向ける。

 「卒業したら――結婚を前提に付き合ってくれないか? 君を、一番近くで、守るから」

 彼女の顔がみるみるうちに赤く染まる、そして、静かに頷く。

 「私が言おうとしてたのに……どうして先に言っちゃうかな。ヴァレリオ。ありがとう。喜んで」

 花のようにルエラが笑う。


 そして、王立学院を卒業して数年、騎士団に入ったふたりは結婚した。ヴァレリオがアルデンツィ家に入る形で。

 そこで彼が見たアマリアとルエラの関係は、想像していたより惨憺たるものだった。

 ヴァレリオには笑顔を向けるアマリアも、ルエラに対しては褒め言葉ひとつ言わず、叱責以上の言葉を浴びせる。

 学院では花のようだったルエラの笑顔も、ここでは凍りついたまま。いつしか彼女から笑顔が見られなくなった。


 アマリアが亡くなっても、花のようなルエラの笑顔を見ることができなくなるくらい、彼女は既に氷の中に閉ざされた人形のようだった。

(いつかルエラの顔に笑顔が戻る日まで――僕は、ルエラを守る)

 ヴァレリオは、頷いた。

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