19.騎士の家柄のその影に
夜、城の裏庭で私はふぅ、と肩を落とした。
それを見たフレンの手がそっと私の髪に触れる。
「どうした? 何かあった?」
彼が柔らかくも心配そうな表情で、私を覗き込む。
(フレンの前で隠し事なんてできない。いつもお見通しなんだから)
「……今日ね、騎士団長室へ行ったの。そしたら……部屋の奥で、両親が言い争ってた。『辞退させる』『いや、ありえない』って」
私は力なく笑う。フレンはただ、私の髪を撫でてくれる。
「なんで母さんってあんなに強情なんだろう。亡くなった私のおばあちゃんも、母さんには強情だったし、冷たかった。私と母さんみたい」
「アマリア様……か」
長年騎士団長を務め、王立学院の武術教官までしていた祖母は、この国では知らない人はいない。
フレンは、静かに口を開く。
「学院でのアマリア様は、厳しくも優しい先生で、騎士としても立派だった。ただ……家では冷徹だったと、おふくろから聞いた」
「そう、おばあちゃんは私や、お兄ちゃんには優しかったし、父さんに対しては弟子みたいに気にかけてた。ただ……母さんには」
私は視線を落とす。
「なぁ」
沈黙の中、フレンが呟く。
私はふと顔を上げる。
「婚約を……発表したらどうだろう。――そうしたら君のお母さんも、表立っては反対できない」
急に言われて、私の鼓動は早くなり、口をパクパクさせる。
「こ……婚約!? ま……まだ私、成人したばかりだよ?」
「君もまだ成人したばかりだし、結婚はまだ先かと思ってた。でも――君を守りたい。たとえ、どんな手を使っても」
私はただコクコクと頷く。
フレンといると、母の怖さも、冷徹な視線も忘れられる。ふたりでいると、あたたかい。
ただ、急すぎる展開に、私の頭は追いつかない。
横にいるフレンの目は、どこまでも真剣だった。
私は、静かに首を振る。
「婚約は――ちょっと待って。母さんとのことは、私が向き合わなきゃいけない問題だから」
私は、フレンの手を握り、彼の目をまっすぐ見つめる。
「絶対、自分で母さんを説得して、入団試験を辞退して――そして、正式にあなたと結婚できるようにする。信じて」
その言葉の後。私は、急に彼のほうに――強く抱き寄せられた。
「ルエリア。君はなんでそんなに、強くいられるんだ……」
甘い彼の香りに、包まれる。私は目を閉じて、答える。
「あなたがいるから。フレン、あなたがいるから――私はもう、怖くないの」
しばらく、沈黙がふたりを包む。
その時、ガサっと裏庭で音がし、遠くに人影が見えた。
遠くてよく見えないが、長い髪、月に照らされる鎧。
私は、何かとても嫌な予感がした。
私は目を閉じ、まっすぐフレンを見つめた。
「あなたが私を守ってくれるように――私も、あなたを守るから」
彼は微笑み、そして強く頷く。
家に帰ったら、母がいつもより力なく座っていた。
「ルエリア……あなたは、いいわね。殿下と結ばれることでレールから降りられるんでしょう?」
そう言った母が、キッと私を睨みつける。
「なんで、あなただけ。あなたは、この家から、抜けられるの――?」
母は、いつもの冷静さも欠いていた。まるで、何かに囚われたように。
もう、母に対して恐怖もなかった、ただ目の前の母は――哀しそうな目をしている、ひとりの女性に見えた。
私は、静かに母に告げた。
「母さん、私は――もう、あなたの言いなりにはならない。この家にも、縛られない!」
母は、一瞬目を丸くし――私を憐れむような目で見つめ、黙っていた。
おそらく、もう少し、母との戦いは続くだろうな――私は肩を落とした。




