17.あなたへの誓い
次の日、目が覚めて一階に降りると、母が立っていた。
今まで以上に冷たい、私自身を貫くような視線を感じ、一瞬全身がきゅっとなる。
「昨日、書斎で何か読んでいたようね。――あなたは何も考えなくていいことよ。アルデンツィ家のために入団試験のことだけ、考えなさい」
そう言った母の言葉は、何か呪いをかけているような口調にも聞こえた。
私は黙ったまま母をちらっと見て、食卓につく。
もう母の言葉は聞きたくない。すべて塞いでしまいたい。むしろ同じ空間にいたくない――そう思った。
私は黙って食事を済ませ、家を出ようとする。
「――次の試合は七月。それが終われば、最終選抜。あなたは勝つことだけを、考えなさい」
母の声を背に、私は黙って家を出た。
(……家にいるのも嫌だし、かといって予定はないし。喫茶でハーブティーでも飲もう)
こんな時は喫茶で甘くてピリッとしたものが飲みたい。
喫茶の二階、窓辺の席に座った私は注文したお気に入りの|甘くてピリッとするお茶を飲む。
窓の外を見ると、季節はすっかり透明感のある夏の空がきらきらしていた。
気がつくと、目の前にコトン、とカップが置かれる音。
「ルエリア、どうかした? ここ座って、いいよね?」
見上げると波のような緑色の髪がふわりとなびく。ラヴィニアだ。
私は頷き、ぽつりとこぼす。
「詳しくは言えないんだけどさ。私――入団試験を辞退しようと思ってる」
ラヴィニアは一瞬目を丸くし、その後、微笑んだ。
「フラヴィオ兄さんからざっくりと事情は聞いた。――決めたんだね」
「うん……、母さんはやっぱり怖いけどね」
ラヴィニアは笑って頷く。
「応援する。ルエラ叔母様がわかってくださらなくても、影で応援してるよ、皆、ね」
「ありがとう……」
その後、私とラヴィニアは遅くまで他愛のない話で盛り上がった。
最近のこと、恋のこと、気のおけない話に、私は次第に心がふわっと軽くなっていった。
ラヴィニアは卒業してコルシー家代々の神殿勤めをしているが、どこか楽しそうだ。
同じ敷かれたレールでも、彼女は楽しんでいる。私は、レールの外を見始めた。
見ている世界は違っても、そこに希望を見出せば、いいのだと知った。
その夜、裏庭で私は殿下に入団試験を辞退しようとしていることを、伝えた。
「あの、王族と騎士って結婚……できないんだね」
殿下は、はっとして、頭をかく。
「知ってたのか……ごめん、黙っていて」
私は笑って首を振る。
「家の書斎にあった書物にね、書いてあった。騎士にならなきゃって、私は、もう思わない」
「俺に――気を遣ってるのか?」
殿下が不安そうな表情をする。私は真剣な声で、伝える。
「いいえ。私があなたと一緒にいたいの――フレン」
初めて『殿下』ではなく『フレン』と呼んだその時、彼の顔がほころんだ。
ふわっと彼に抱き寄せられた時、甘い香りがした。
この国では王族しか使うことのないその香りが私たちを包む。
私が彼を見上げた時、彼が安心したように微笑む。
そして――彼の顔が近づく。
目を閉じたその時、溶け合うように彼の唇がゆっくりと触れた。
「……ごめん、いきなり」
フレンがぽつりと呟く。
「ううん……ただ、嬉しい」
これが、私たちの、確かな誓いだった。
騎士のレールを外れ、フレンと生きることを、私は選ぶ。
母のことを考えるとまだ身が縮こまる感覚になる。それでも、その時がきたら、正面から向き合う。
この夜、私は、レールを外れて生きる、そう自分で選んだ。
私は、胸の前でぎゅっと手を握った。




