16.書斎の奥で見たもの
久しぶりに入る父の書斎の奥は、光も小窓からわずかに入るのみの静かな、薄暗い空間だった。
少し古びたインクの香りが鼻につんとくる。私は、少し咳き込む。
本棚にはおそらく家に代々伝わっているであろう古い書物もあった。
私は、それを一冊、一冊読んでいくことにした。
おそらく時間がかかる。
それより、私は殿下と兄が話す言葉の本当の意味が知りたい――その一心で次々に書物を読み進める。
中には古い言葉で書かれているものもあり、これまで知らなかった言葉も出てくる。
そのたびに、別の書物で意味を調べていく作業を繰り返す。私は母の冷徹さ、騎士の家系の重みの意味、全てを知りたかった。
――知ったうえで行動をしたいと思った。
その時、ひらりと一枚の紙が本の間から落ちる。
手に取ってみると、インクがところどころかすれている。
『――お母様の、言葉は絶対――ならなければ。――伝えていかなくては。お母様の――ご先祖様のために』
誰が書いたのだろう。何やら追い詰められている緊迫感のようなものを感じる。
その言葉に、私は胸の奥が痛む。
次に手に取った本は、誰かの古びた日記のようだった。
『騎士団長に代々誰かがなる、この家に生まれた者は騎士として生きなくては――その考えを、私は植え付けたくない』
いつのものだろう。この家に、そう考える『誰か』がかつていたのだ。
呪縛のような考えを解こうとした『誰か』が存在していた。それは今を生きる私の心をふっとほどいてくれる。
書斎には様々な本があった。かつて誰かが書いたであろう日記や、手紙のようなもの。
それは私に何かを語りかけているようだった。
次に手に取った本――この国の歴史について書かれていた。
『かつて、我が国、プレヴァリス王国の女王と、騎士団のとある騎士が結婚した。野心を抱いたその騎士は、この国を我が物にしようと軍を率いて周辺の国に争いを起こし、プレヴァリス王国は一度、焦土と化した――後に再建されたプレヴァリス王国では、次のように定めた。過ちを繰り返さぬように』
私は、次に描かれた言葉を見て――言葉を失った。
『今後、王族と騎士団員の婚姻を禁じる』
血の気がさーっと引き、体が内側から冷たくなっていく。視界がぼやけ、霞んでいった。
(この家にいる限り、母さんの言う通り騎士になれば、殿下の傍にはいられないってこと……?)
遠のく意識の中、殿下と兄の言葉、父の言葉、母の視線が交差する。
殿下が『俺が望んでいない――』と言った時の切なそうな表情。絞り出すように言った言葉の意味が、カチリと音を立ててはまり込んだ気がした。
意識が戻った時、私は目からとめどなく流れてくる熱いものを感じていた。
このままレールに乗っていては、いけない。でもこの家に生まれた者は――。
自分がどうしたいかはわかっているはずなのに、どうしても母の言葉が、まるで呪いのように私を締め付ける。
敷かれたレール、それは、私にとって呪いのようなものだ。
信じた道を生きたい。しかし、母の言葉が締め付けてくる。
殿下とともに生きたいと願うなら――いつかは母に初めて反発をしなくてはならないだろう。
その事実が冷たい刃のように、私を貫く。
呼吸が浅く、途切れそうになる、自分の心と、体が別のもののような感覚を覚えていた。
それでも、私は、殿下の言葉を心の中で繰り返し唱えていた。
まるで、呪いを解く方法を探すかのように。
時間はすでに夕刻になっていた。
私は、部屋に戻り、窓の外を見上げてぼうっとしていた。




