15.信じたい、本当の理由が知りたい
六月に入り、殿下の王位継承が正式に発表された。
戴冠式は――十一月。
私は、殿下の恋人にはなれたけれど――それ以上には、なれないのかもしれないと思うと、急に胸がぎゅっとした。
信じたい――けど、現実がついていかない。
王位を継承すれば、私よりもっと素晴らしい女性が彼のもとには現れるだろう。
そう思ってしまうことが、何よりつらかった。
夕刻の城の裏庭は、風が夏の香りをふわりと運んでくる。
少し蒸し暑いけど、心地良い空間。
「……ルエリア? どうした? 顔が暗いぞ」
殿下が私の顔を覗き込む。私は、慌てて首を振る。
「なんでもない。大丈夫」
私は必死に声を取り繕った。
「ごめん。不安にさせてるよな。……ルエリアを守るって言ったのに」
「本当に……、私は大丈夫だから! 殿下も大変でしょ?」
彼の遠い表情に、ふっと不安がよぎる。
殿下は、私の表情を察して、ふわっと私を抱き寄せた。そして、強く、誓うように言った。
「必ず守る。ルエリアに、もう怯えた目はさせない。だから……もう少し、待っていてくれ」
私は、殿下の顔を見る、彼の目は、真剣だった。
ゆっくりと頷いて、私は口を開いた。
「はい、必ず」
(殿下についていけば――大丈夫、だよね)
家に帰っても、嬉しさと不安が混ざった複雑な感情は消えなかった。
その時、部屋の扉を叩く音がした。
「ルエリア? 何だよ、夕飯も食べないで」
兄が心配そうに尋ねた。
「――お兄ちゃん、相談があるの。部屋の鍵、しめて」
兄は頷き、部屋に入ってドアの鍵をかけた。
椅子に腰をおろし、兄が口を開いた。
「……フレンのことが、不安なんだろ?」
私は頷く。
「王位継承が終わったら、たぶん私じゃなくて、もっと素敵な女性が現れる、そう思うと――」
言いかけたところで、兄が遮るように言う。
「フレンは、そんな奴じゃない。お前を守りたい、そばにいたいって言葉に、偽りはない。本当は――」
その時、一階から母の声がした。
「フラヴィオ! ちょっと降りてきなさい。話があるの」
「……悪い。続きはまた今度で」
そう言い残し、兄は一階に降りていった。
(お兄ちゃんが言いかけた、本当の理由、それが知りたい)
そう思った時、私の心を覆っていた靄のようなものに、光が見えた。
言葉の先に、答えがあるはず。
私の胸が高鳴る。そして、殿下をこのまま信じて、傍にいようと改めて誓った。
(お兄ちゃんが、ああ言うんだもの。それに――殿下の目は、真剣だった)
殿下を信じて傍にいたい。敷かれたレールから降りて殿下の手を取りたい。――そう思うが、母の顔がちらつく。
私は、まだ未熟だ。敷かれたレールしか見てこなかった私には、他の世界が見えていなかった。
階下では、兄と母が何やら言い争っている。それを諌める父の声もする。
私は目をぎゅうっと閉じた。心の奥も――なんだか痛い。
私の中で、母は絶対だった。外れることなんて許されないと、そう思っていた。
ただ、私を縛っていた心の鎖のようなものが最近、緩んでほどけてきているような気がする。
騎士団長室に行く決心は、まだつかないまま。兄と殿下が話す言葉の本当の意味。
私は、それが知りたいと、そう思った。
(明日、誰もいない時に父さんの書斎を見てみよう――古い本がたくさんあったはず)




