14.本当のことは、まだ言えない
泉からの帰り道、森の中で殿下とふたり、歩いていた。
私の心は早鐘を打ったままだ。しかし、横にいる殿下の顔が、少し曇っているのが気になる。
「殿下……? どうしたの?」
彼は首を振る。
「いや、何でもない」
私は首を傾げ、彼を軽く覗き込む。
「何でもないって、顔、してないよね」
殿下は、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。一瞬俯き、そして、重い口を開く。
「――俺は、王位を継ぐ」
突然の彼の言葉に、私は、返事ができなかった。
しばらく、ふたりの間を静寂が包む。
沈黙を破るように、殿下が言葉を続ける。
「ルエリア、君を守るには――強引にでもこうするしかない」
決心したような彼の真っ直ぐな目線の意味が、まだ私はわからなかった。
「今度から――会う時は城の裏庭で。あそこなら君の家からも死角になっていて見えないはずだ」
言葉の意味がよくわからないが、私は殿下の気持ちを信じることにした。
「……わかった」
「おそらく、君のお母さんに、俺達のことがバレたら、まずいことになる」
その言葉に、なんとなく事態が掴めてきたような気がした。
母のことだ、交際も――しかも相手が殿下なんて、許さないはず。
――森を出て、家に帰る道で、私はあたたかい気持ちの奥に、何か影がかかっている気がした。
でも、殿下との間には、確かに信頼がある。それだけは確信を持った。
「ルエリア、帰ってたの?」
家の扉を開けたその時、後ろから母の声がする。
私は一瞬びくっとして、後ろを振り向く。
母が、何かを疑うような、鋭い目線でこちらを見る。
「……どこに、行ってたの?」
突き刺すような厳しい声に、言葉が出ない。
「この間、試合で散々恥をかかせて、まさか訓練もせず遊び歩いていたわけじゃ、ないわよね?」
「……申し訳、ありません」
母の厳しい口調に、私はそれしか返せなかった。
「……まぁいいわ。次の試合では、家の名に恥じないようになさい」
私は押し黙り、二階の自分の部屋に入り、鍵をかけた。
ただ、熱いものが流れるだけ。机にぽつり、ぽつりと涙の雫が落ちる。
(殿下に、愛していると言ってもらえて――幸せなはずなのに、やっぱり、敷かれたレールからは逃げられないのかな)
ただ、私の中にずしりとしたものが残った。
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俺は、彼女に想いを伝えられた――それなのに、彼女に本当のことが、言えなかった。
彼女の母親のことを、ルエリアは一番心配しているし、怯えている。
ルエリアは、まだ卒業して成人したばかり。掟のことは、まだ知らない。
そんな彼女に、本当のことを伝えていいものか、迷っていた。
俺は、おふくろの部屋の扉を叩いた。
「母上――話があります」
開いた扉の奥の椅子に、おふくろは座っていた。
「フレン? どうしたの急に」
俺は一瞬俯いた。そして、おふくろの方を向いて、告げた。
「母上、王位継承の話――謹んでお受けします」
その言葉におふくろは頷いた。
「伝えたのね、彼女に」
俺は一瞬、返事をためらった。
「はい。しかし……掟のことは――」
おふくろは、ふぅ、とため息をつく。
「彼女は成人したばかりだし、荷が重いわよね。それに、ルエラも――」
彼女と、その母親の関係を考えると、まだ掟のことを口にするのは早い、そう思った。
しかし、いつかは本当のことを告げる時が来るだろう。
それまでは、せめて平和であってほしい――俺はそう願った。




