12.手紙とルエリアの決意
部屋の扉からノックの音と、兄の声がして、私は目が覚めた。
「ルエリア、入るぞー!」
兄が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫かー? 父さんからルエリアが怪我したって聞いて、様子見てこいって言われて、帰ってきた」
「……ありがと、お兄ちゃん」
兄は椅子に腰を下ろし、話を続ける。
「父さんから聞いた。ちゃんと言えたじゃん。騎士になりたくないって」
私は、少し俯く。
「父さんには、ね。でも、母さんが何ていうか……」
兄は静かに頷き、口を開く。
「……だよなぁ。問題は母さんだ」
「何て言うか、簡単に想像できるでしょ? 怒るのが目に見えてるもの」
私と兄は同時にぷっと吹き出す。
兄が腰のカバンから手紙のようなものを差し出す。
「これ、フレンから。ルエリアに渡してくれって。……読んでないから安心しろ」
「殿下から……」
手渡された丁寧に封がされた封筒に、思わず胸が高鳴る。
「じゃ、俺は戻るわ。手紙、ちゃんと読めよー!」
そう言って兄は手をひらひらさせ、部屋を出ていった。
私は、ぎこちない手つきで、手紙の封を開ける。
手紙の内容を見て――私の鼓動がだんだん早くなり、体が熱くなる。
『ルエリア、話がある。これを読んだら五月の三十の日の昼刻、この前会った泉に来てくれ――フレン』
今日は五月の二十の日。
まだ少し先のその日付を見て、時がゆっくり流れているような感覚を覚える。
(殿下は、私に何を伝えるつもりだろう? 初戦の後の言葉の意味を、知りたい)
私は、その手紙を一瞬抱きしめ、そして、大事に引き出しにしまった。
休んだからか、父の回復呪文が効いたのか、体はさっきより随分と楽になっていた。
私は、台所でハーブティーを淹れ、部屋に持ち帰って机の上に、ことんと置いた。
さっぱりとした温かい味がしみわたる。そして、私は、自分の気持ちを考えてみる。
(もし――もし、殿下が私のことを想ってくれているとしたら、私はそれに応えたい。そうじゃなくても、自分の気持ちは、伝えたい)
心の中にあった靄が、少し晴れた気がした。
母が気になるし、怖い。それでも、殿下とともに生きていけるなら……いつかはあの母と向き合わないといけない。
そう思うと、少し躊躇する気持ちはあるが、自分の感情に少しずつ答えが見えてきた。
夕刻になり、両親と兄が帰宅する。
「お、今日はオムレツ! これ、ルエリアが作ったのか?」
兄が目を丸くする。私は、少し頬がゆるむ。
食卓に座る母は、相変わらずだが、その顔は少し穏やかだった。
台所に穏やかな空気が流れる。私は、張り詰めていた心が、少しだけ緩んだ。
自分で作ったオムレツを口にする。ふわりとした卵の味が広がり、じゅわりと温かい。
(もしかして、私って料理の才能あったりする?)
心が軽くはずむ。そして、殿下からの手紙の意味を考える。
騎士になることを辞めたいということを、母に打ち明けるのは怖い、しかし、殿下のことを考えた時、私の中に熱い火のようなものが灯る。
そして、今まで私の中にあった母に対する怯えは、少しずつ、するすると音を立ててほどけていく。
いつか打ち明けなくてはならなくなった時は、たぶん、向き合える。そんな気がしていた。
向かいに座っている母をちらりと見て、その時が来るまでは、母に黙っていようと思った。




