「地味で華がない」と婚約破棄されましたが、前世は江戸の女花火師『おたま』でい! お年玉代わりに特大の魔導花火をぶっ放したら、爆炎の魔術師団長に「結婚してくれ」と求婚されました
⏬後堂愛美の作品リストは本文下にあります。
王都の冬は、骨の髄まで凍みるほどに寒い。
吐く息が白く染まる中、厳かな鐘の音が神殿の石造りの回廊に重々しく響き渡る。
今日は「星始の儀」。この国で一年の始まりを祝う、最も神聖な行事である。着飾った貴族たちが列をなし、祭壇へと進んでいく。煌びやかな宝石、鮮やかなシルクのドレス、洗練された笑い声。視界を埋め尽くすその華やかな光景の中で、私はひとり、枯れ木のように佇んでいた。
「ヴァイオレット。やはり君は、この場に相応しくないな」
隣を歩いていた婚約者、セドリック・バーンズ子爵令息が、路傍の石でも見るような目で私を見下ろした。
私の名はヴァイオレット・エルロード。
濃紺の飾り気のないドレスに、艶のない黒髪をきっちりと結い上げただけの姿は、確かに華やかさとは無縁だ。けれど、これは「慎ましさこそ美徳」というエルロード家の家訓を忠実に守ってきた結果なのだが。
「……セドリック様、それはどういう意味でございましょうか」
「言葉通りの意味さ。地味で、華がなく、面白みもない。新年を祝う晴れやかな席に、君のような陰気な女は不吉ですらあると言っているんだ」
セドリック様は鼻で笑うと、私の手を埃でも払うかのように振り払って立ち止まった。
周囲の視線が集まる。彼はそれを楽しむように、ことさらに声を張り上げた。
「ヴァイオレット・エルロード。君との婚約は破棄させてもらう。僕は、もっと春の日差しのように明るく、僕の隣に相応しい華を持った女性と歩んでいくことにしたからね」
ああ、まただ。
視界の端で、目が痛くなるような派手なピンク色のドレスを着た男爵令嬢が、扇子で口元を隠しながら勝ち誇ったように笑っているのが見えた。
私は俯いた。悲しいからではない。あまりの屈辱と、こみ上げる虚無感に、表情を保てそうになかったからだ。
「……左様で、ございますか」
震える声でそう絞り出すのが精一杯だった。
これ以上、惨めな姿を晒したくない。私は逃げるように踵を返し、神殿の長い石段を降りようとした。
けれど、涙で潤んだ視界と、履き慣れない高いヒールのせいで、足元がぐらりと揺らぐ。
「あっ」
世界が反転し、身体が宙に浮く。
石段を踏み外した。
冷たい風が頬を打ち、灰色の空がぐるりと回る。
このまま転がり落ちれば、ただでは済まない。打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。
死ぬ?
その瞬間、脳裏の奥底で、強烈な閃光が走った。
腹の底を突き上げるような轟音。網膜に焼き付く光の菊。
鼻孔を突く、懐かしい硫黄と硝煙の刺激臭。
ざわめく群衆の熱気。提灯の明かり。隅田川の川面を渡る湿った夜風。
そして、親父の怒鳴り声。 『おたま! 湿気らせたら商売あがったりだ! 魂込めて火薬を詰めろ!』
――てやんでぇ!
カッ! と見開いた目に、力が戻る。
身体の芯が熱くなる。血液が沸騰し、指先まで意志が駆け巡る感覚。
私は空中でドレスの裾を翻すと、石段の手すりを蹴って体勢を立て直し、猫のような身軽さで石畳の上にタタッと着地を決めた。
ヒールの踵がカツンと乾いた音を立てる。
静まり返る周囲。
私はゆっくりと顔を上げた。
(あぶねぇあぶねぇ……危うく三途の川を渡っちまうところだったぜ)
心の中で、べらんめえ調の悪態が飛び出す。
そうだ、思い出した。
私はヴァイオレットであると同時に、前世は江戸の世で「鍵屋」と双璧をなす花火屋「玉屋」の一人娘、おたまでい!
火薬の調合でヘマをして吹っ飛んだ記憶が最後だが、まさかこんな異世界の、しかもこんな辛気臭い貴族の娘に生まれ変わっちまうとはな。
石段の上から、セドリックとあのピンク女が、口を半開きにして呆気に取られているのが見えた。
「地味」だの「華がない」だの、好き勝手抜かしやがって。
こちとら江戸っ子の端くれ、宵越しの金は持たねぇが、職人の意地とプライドだけは誰にも負けねぇんだよ。
人の恋路にケチつける野暮天はどこのどいつだい!
はらわたが煮えくり返る思いだったが、ここで啖呵を切っちゃあ、エルロード家の名折れになる。今の私は、あくまで伯爵令嬢ヴァイオレットだ。
私は深呼吸を一つして、にっこりと、しかし眼光鋭く淑女の微笑みを貼り付けた。
「……ご心配をおかけしました。足元が少々、滑ったようでございます」
極めて丁寧な口調とは裏腹に、私の目は据わっていたはずだ。
セドリックが、ひっ、と小さく悲鳴を上げて後ずさる。
私はドレスの裾をつまみ、優雅に一礼してみせた。その所作に、もはや迷いはない。
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたしますわ。セドリック様のような素晴らしい方には、私のような地味な女は不相応でございましょうから」
(あのスカし野郎、後でドデカイ花火打ち上げて度肝抜いてやらぁ! 首洗って待ってな!)
心の中で盛大に中指を立てつつ、私は背筋をピンと伸ばしてその場を去った。
風が冷たい。だが、今の私には心地よかった。
私の胸には既に、真っ赤な火種がチロチロと燃え始めていたからだ。
◇ ◇ ◇
屋敷に戻るなり、私は自室に籠城した。
侍女たちが心配して声をかけてくるが、「傷心なので一人にして」と殊勝な嘘をついて追い払う。
重厚な扉に鍵をかけると、私は窮屈なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい古い乗馬服に着替えた。
そして、鏡の前に立つ。
映っているのは、線の細い、幽霊みたいに青白い令嬢だ。
だが、その瞳だけはギラギラと、獲物を狙う猛獣のように燃えている。
「さて、と……」
私は腕まくりをした。
まずは軍資金だ。先立つものがなけりゃ、戦はできねぇ。
もらいものの宝石類、それに今まで着せられていた重苦しいドレス、使っていない装飾品の数々。これらを全てひっつかむと、私は屋敷を抜け出して街の質屋へと走った。「地味で華がない」と言われた私の私物は、質屋の親父には「確かな職人の手による質の良い品」と高く評価された。皮肉なもんだが、金になるなら何でもいい。
手に入れた大金を持って、次に向かったのは錬金術師の店と、鍛冶屋だ。
硫黄、硝石、木炭。花火の命とも言える「黒色火薬」の原料。
鉄粉、銅粉、その他諸々の金属片。花火の彩を司る「炎色反応」の元。
その他、紙、糊、麻紐。
それに、この世界特有の「魔石」の粉末。
大量の荷物を抱えて屋敷に戻った頃には、日はすっかり暮れていた。
私の部屋は、甘ったるい香水の匂いから、一気に火薬と鉄の匂いに満たされた。
鼻腔をくすぐる、懐かしい戦場の匂い。親父の背中を思い出す。
この世界には魔法がある。空を飛んだり、火を出したりする魔法使いがいるらしい。
だが、そんなもんが見世物として面白ぇか?
否、だ。
魔法使いが杖を振って出す火なんて、所詮は個人の力。見上げるもんじゃねぇ。
私が目指すのは、誰もが空を見上げ、心を一つにする「祭り」の華だ。
火薬の爆発力と、魔法の色彩美。
二つを掛け合わせた、この世界にまたとない「魔導花火」を作ってやる。
「まずは小手調べといくか」
私は机に向かい、調合を始めた。
前世の記憶と、ヴァイオレットとしての知識が脳内で融合していく。
魔石の粉末を火薬に混ぜ込む比率が肝だ。多すぎれば暴発してオダブツ、少なければ不発で恥をかく。
秤なんぞ使わねぇ。指先の感覚だけが頼りだ。
数時間後。
私の手には、細長い和紙縒のようなものが数本握られていた。
試作品第一号、「魔導線香花火」だ。
「よし、さっそく試しだ」
私は人気のない裏庭へと忍び出た。
冬の夜空は高く、星が瞬いている。
雪がうっすらと積もった庭の隅、大きな樫の木の陰にしゃがみ込む。
手には蝋燭と、試作品。
震える手で、縒りの先に火を点けた。
チリ……
最初は小さな火の玉ができるだけ。
失敗か? と思った次の瞬間。
静寂を弾く小さな破裂音と共に、火の玉から繊細な光の矢が四方八方へと飛び出した。
それはただの火花ではない。
魔石の効果で、赤から青、青から紫、そして黄金色へと、瞬く間に色が変化していく。
松葉のように広がり、柳のように垂れ下がり、最後は散り菊のように儚く消える。
小さいけれど、そこには確かに「宇宙」があった。
「……へへっ、たまんねぇな」
思わず口元が緩む。
こいつは美しい。江戸の花火よりも鮮やかで、魔法よりも温かい。
これならいける。もっとデカい筒なら、夜空にどでかい花を咲かせられる。
「ほう。それはなんだ?」
突然、頭上から声が降ってきた。
心臓が跳ね上がる。
バッと見上げると、屋敷の屋根の上に、黒いローブを纏った男が立っていた。
月光を背負い、長い銀髪が風になびいている。
顔立ちは整っているが、どこか狂気を孕んだ赤い瞳が、私……いや、私の手元の残り火を穴が開くほど凝視していた。
「なっ、何奴だい!?」
驚きのあまり、素の口調が出てしまった。
男は音もなく地面に降り立つと、私との距離を一気に詰めてきた。
背が高い。威圧感がある。
だが、その目は好奇心でギラギラと輝いていた。いや、あれはもっと危ない目だ。完全にイッちまってる。
「私が誰かなどどうでもいい。それより、今の美しい火花はなんだ? 魔法か? いや、術式の構成が見えなかった。錬金術か? にしては火勢の立ち上がりが早すぎる。火の理が、私の知る理論と全く異なる!」
男は私の手首をガシッと掴み、燃え尽きた線香花火の残骸をまじまじと観察し始めた。鼻先が触れそうな距離だ。
無礼な野郎だ。
だが、その熱っぽい視線は、職人が極上の道具を見つけた時のそれに似ていた。
「離しておくんなさい! これはまだ試作品で……いや、あなた様には関係のないものでございます!」
慌てて令嬢口調に戻し、手を振り払う。
男はハッとしたように私を見た。
「君は……この屋敷の令嬢か? その煤だらけの顔で?」
「っ!」
指摘されて袖で顔をこすると、白い布が真っ黒になった。
最悪だ。貴族の令嬢が顔を煤で汚して夜遊びなんざ、不品行極まりない。
だが、男は笑わなかった。むしろ、感心したように深く頷いたのだ。
「美しい。その煤汚れは、真理を探究した勲章だ」
「は?」
「私はイグニス・ヴォルテクス。王宮魔術師団の長を務めている」
イグニス……ヴォルテクス?
聞いたことがある。「爆炎の貴公子」と呼ばれる、国内最強の魔術師だ。
爆発魔法が好きすぎて、演習場をいくつも更地にしたというイカれた噂も聞いている。
だが、その実力は紛れもなく本物。ドラゴンを一瞬で消し炭にした、敵国の軍勢を一人で吹き飛ばしたなど逸話には事欠かない。
まさか、そんな大物がなんでこんなところに。
「先ほどの光……燃焼の推移が実に芸術的だった。儚く、しかし力強い。私の爆裂魔法はただ破壊するだけだが、君のそれは『創造』していた。素晴らしい」
「はぁ……」
「頼む、もう一度見せてくれ。いや、もっと大きなものを作れるのか? 原理を教えてくれ。君となら、究極の爆発について朝まで語り合える気がする!」
イグニス団長は私の両肩を掴み、顔を近づけてきた。
距離が近い。そして暑苦しい。
だというのに、悪い気はしなかった。
私の技術を、花火を、「美しい」と言ってくれた。
地味だの華がないだのと言われ続けたヴァイオレットの心が、少しだけ救われた気がした。
そして、職人としてのおたまの魂が、ニヤリと笑った。
(こいつ、話のわかる変態だ)
私は不敵に微笑んだ。今度は、令嬢としてではなく、花火師として。
「お生憎様ですが、完成品はこんなもんじゃございませんよ、団長様」
「なんだって?」
「もっとデカくて、もっと高くて、度肝を抜くような特大の華を準備中でしてね。見たいなら、新年の祝賀会まで待っておくんなさい」
「新年の……王宮のか?」
「ええ。そこで私の『最高傑作』をお見せしますわ。ただし」
私は人差し指を立てて、彼の唇に押し当てた。
「それまでは、秘密ですよ?」
イグニス団長は、呆気に取られたように瞬きをし、それから子供のように破顔した。
「ああ、約束しよう。楽しみにしているよ、煤まみれの職人殿」
彼はそう言うと、風のように屋根を飛び越え、闇夜へと消えていった。
後に残されたのは、私と、かすかに漂う火薬の匂いだけ。
「……へっ、キザな野郎だ」
私は泥だらけの手で胸を押さえた。
鼓動が早い。
それは武者震いか、それとも恋の予感か。
いやいや、今はそんなことより火薬だ、火薬!
私は拳を握りしめ、夜空を見上げた。
「見てろよセドリック、それにあの泥棒猫。私の本気、特等席で見せてやらぁ!」
私の戦いは、まだ始まったばかりだ。
それからの日々は、まさに戦場だった。
屋敷の裏で火薬を練っては、「おや、また美しい火の気配がする」と現れるイグニス団長を煙に巻く日々。
彼に見つからないよう、私は王宮の庭師を買収し、夜陰に乗じて打ち上げ筒の設置を進めた。失敗は許されない。湿気、風向き、そして魔力の充填率。すべてを計算し尽くし、私の指先は黒く、硬くなっていった。
◇ ◇ ◇
そして迎えた新年の夜。
王宮の大広間は、むせ返るような熱気と、百花繚乱の香水の香りに包まれていた。
新春祝賀会。国中の高位貴族が一堂に会し、王家への挨拶と新年を祝う、この国で最も華やかな宴だ。
頭上には巨大なシャンデリアが太陽のように輝き、生演奏のワルツが流れ、極彩色のドレスの波が揺れている。
その光の渦の中心へ、私は静かに一歩を踏み出した。
「あら、あれはエルロード家の……」
「例の、婚約破棄されたという……」
さざ波のようにざわめきが広がる。
好奇の視線、嘲笑の囁き。それらが無数の棘となって突き刺さるが、私は背筋を槍のように伸ばして歩を進めた。
今日の私の装いは、この会場で最も異質だろう。
深い、深い濃紺のドレス。深海の底のようなその色は、一見すると喪服のようにも見える。レースもフリルもなく、装飾は極限まで削ぎ落とされていた。
だが、生地だけは最高級のシルクを使い、歩くたびに光沢が夜の水面のように妖しく揺らめく。髪飾りもダイヤ一粒のみ。
圧倒的な「闇」を纏った姿は、周囲のけばけばしい色彩の中で、異様な存在感を放っていた。
「プッ、あはは! 何よあの恰好。これからお葬式でも始まるのかしら?」
甲高い笑い声が私の鼓膜を打つ。
人垣が割れ、主役気取りの二人が現れた。
元婚約者のセドリック様と、その腕にぶら下がるように張り付いた男爵令嬢だ。
彼女は目が痛くなるようなショッキングピンクのドレスに、これでもかと宝石をジャラジャラと下げている。まるで歩く宝石箱だ。品がないにも程がある。
「やあヴァイオレット。招待状を送ったのは温情だったのだが、まさか本当に来るとはね」
セドリック様が、路上の野良犬を見るような憐憫の目を向けてくる。
「しかも、その恰好……。僕に振られたのがそんなにショックだったかい? 『地味』を通り越して、闇に溶けて消えてしまいそうだ」
「ええ、左様でございますわ」
私は扇子で口元を隠し、淑やかに、しかし氷のような微笑みを返した。
「私は夜空でございますから。主役はあくまで、これから咲く『華』。背景は暗ければ暗いほど、華は美しく映えるものでしょう?」
「は? 何を訳の分からないことを……負け惜しみも大概にしたまえ」
セドリック様は不快そうに顔をしかめると、懐からジャラリと小銭袋を取り出した。
「君の家は貧乏くさい家訓があるそうだし、新しいドレスを仕立てる金もなかったんだろう? ほら、僕からの慈悲だ。これで何か明るい色のリボンでも買うといい」
チャリン。
銀貨や銅貨が数枚、私の足元に投げ捨てられた。
乾いた金属音が響き、会場が凍り付く。 「手切れ金が必要だったかな?」と彼は鼻で笑った。
それは、貴族としての誇りを踏みにじる、これ以上ない侮辱だった。
(……上等だ)
私の中で、何かがプツンと切れる音がした。
違う、切れたんじゃない。導火線に火がついたんだ。
こちとら江戸っ子、宵越しの金は持たねぇが、受けた借りは倍にして返すのが流儀でい!
私は拾いもせず、投げられた小銭をヒールのかかとでカツンと踏みつけた。
「セドリック様。お心遣い、痛み入ります。ですが……」
私はゆっくりと顔を上げ、会場の隅々まで響き渡るような凜とした声で告げた。
「わたくしには不要でございます。本当の『華』というものを、今から皆様にご覧に入れますから!」
私はドレスの裾を蹴り上げ、窓際のバルコニーへと疾走した。
突然の行動に、セドリック様たちが「な、なんだ!?」と慌てる気配がする。
私はバルコニーの手すりに手をかけ、凍てつく冬の夜空を見上げた。
王都の空は暗い。新月だ。星も見えないほどの漆黒の闇。
絶好のキャンバスだ。
「準備はいいかい、おたまちゃん!」
私は自らの魂に問いかけ、懐に忍ばせていた起爆用の魔石を強く握りしめた。
王宮の広大な庭園、その四隅に配置しておいた特製の打ち上げ筒が、私の魔力に共鳴してブォンと唸りを上げる。
右手を高く掲げ、指を鳴らす。
パチン!
それが、開演の合図だった。
風を切り裂く鋭い音が、静寂を破る。
会場中の人々が、何事かとバルコニーに殺到し、夜空を見上げた。
闇の中に、一筋の光の尾が龍のように昇っていく。
「なんだあれは?」
「攻撃魔法か!?」
誰かが叫んだ、その瞬間。
腹の底を揺さぶる重低音と共に、夜空に巨大な光の輪が弾けた。
赤、青、緑、紫。
宝石を砕いて夜空にばら撒いたような煌めきが、視界いっぱいに広がる。
王宮のガラスがビリビリと共振する。
「きゃあああっ!?」
「な、なんだこれは!?」
悲鳴にも似た歓声。だが、それは恐怖ではない。圧倒的な「未知の美」への驚愕だ。
私の花火は、ただの火薬じゃない。
魔術で色を制御し、錬金術で燃焼時間を延ばした、この世界初の「魔導花火」だ。
一つ目の輪が消えないうちに、私は次々と指を振るった。
二発、三発、四発。
間髪入れずに打ち上がる百花繚乱の速射連弾――『スターマイン』だ。
夜空に黄金の柳が垂れ、銀色の星が瞬き、極彩色の牡丹が咲き乱れる。
前世では技術と資金の限界で夢に見るだけだった光景が、魔法の力を借りて今、現実に顕現する。
爆発音が重なり合い、心地よい律動となって人々の心臓を叩く。
光が降り注ぐたび、貴族たちの顔が、ドレスが、色とりどりに照らし出される。
セドリック様も、ピンクの男爵令嬢も、口をあんぐりと開けて空を見上げていた。腰が抜けたのか、二人してへたり込んでいる。
その顔の見事なこと!
「……たまんねぇな」
私はバルコニーの欄干に足をかけた。淑女としては最悪の行儀だが、叫ばずにはいられない。魂がそう言っている。私の心を突き動かしている。
「たーまーやー!!」
私の大声が、爆音に負けじと夜空に響き渡る。
意味なんて誰も分からないだろう。
でも、それでいい。これは私の、おたまとしての魂の咆哮だ。
ラスト一発。
私が全魔力を注ぎ込んだ、特大の「冠菊」が夜空へ昇る。
遥か上空、頂点で弾けた光は、ゆっくりと、どこまでもゆっくりと金色に輝きながら垂れ下がり、夜空を巨大な黄金のドームへと変えた。
真昼のように明るくなったテラスで、私は影絵のように浮かび上がりながら、セドリック様を見下ろした。
「いかがですか、セドリック様! これが『地味で華がない』女からの、お年玉だよ! 釣りはいらねぇから受け取りな!」
もはや敬語などかなぐり捨てていた。
呆然とする元婚約者に啖呵を切り、私は肩で息をした。
終わった。やりきった。
最高の気分だ。
その時だった。
「素晴らしい……!!」
石壁を粉砕する轟音と共に、隣のバルコニーの壁が崩れ落ちた。
粉塵と瓦礫が舞う中から現れたのは、黒いローブを翻した長身の男。
王宮魔術師団長、イグニス・ヴォルテクスだ。
彼は瓦礫など気にも留めず、狂気と歓喜がないまぜになった燃えるような瞳で、私に駆け寄ってきた。
「イ、イグニス様!? 壁を壊して……!?」
「壁などどうでもいい! 君だ、やはり君だったか! あの美しい爆発、計算された火の配分、そしてあの魂を揺さぶる詠唱! 全てが神技だ!」
イグニス様は私の手を取り、その場に跪いた。
周囲の貴族たちが「団長が!?」「乱心か!?」と蜂の巣をつついたように騒ぎ立てるが、彼の耳には一切入っていないようだ。
「僕は求めていたんだ。ただ破壊するだけの爆裂魔法ではなく、人々の心に残り、夜空を焦がすような情熱的な炎を!」
彼は私の煤けた手――花火の点火で少し汚れてしまった手――を、宝物のように両手で包み込んだ。
「ヴァイオレット嬢! いや、職人殿! 僕の人生には、君の火花が必要だ。君の作る華を、一番近くで見続けたい!」
その真っ直ぐすぎる、熱のこもった赤い瞳に見つめられ、私は言葉に詰まった。
この人、本気だ。
私の家柄でも、容姿でもなく、私が作った「火薬と魔法の芸術」に、魂ごと惚れ込んでやがる。
こんな変人、前世でも今世でも見たことがない。
……でも、悪くない。
私が作った花火を見て、こんなに子供みたいに目を輝かせてくれるなんて。
セドリック様は完全に蚊帳の外で、パクパクと口を開閉させているだけだ。
私はニカっと笑った。
淑女の仮面はもういらない。これが私の素顔だ。
「へい、喜んで! 私の火遊びは金もかかるし危険ですよ? 一生付き合ってもらいますからね!」
「望むところだ! 共に世界中を爆発……いや、花火で彩ろう!」
イグニス様が私の手を引き、力強く抱き寄せた。
その背後で、最後の花火の残り火が、パチパチと祝福のように瞬いて消えた。
「ちょ、ちょっと待て! ヴァイオレット、団長!? 何がどうなって……」
セドリック様が何か言おうと立ち上がりかけたが、イグニス様が「うるさい」とばかりに指を鳴らした。
間の抜けた破裂音と共に、小さな爆炎がセドリック様の頭部を包み込む。
煙が晴れると、そこには自慢のサラサラとした金髪の面影はなく、チリチリに焦げて膨れ上がった、見事なアフロヘアだけが残っていた。
会場がドッと沸いた。
「野暮天め、ざまあみやがれ!」
「『華』を解さぬ男には、ちょうどよいお仕置きだ。さあ、行こうか、僕の美しい花火師」
「ええ、どこまでも!」
私たちは手を取り合い、騒然とするパーティー会場を後にした。
これから忙しくなるぞ。
王都だけじゃない。世界中の夜空に、でっかい華を咲かせてやるんだ。
隣には、最高のパトロン兼パートナーがいる。
新しい一年、そして私の第二の人生、ここからが本当の「打ち上げ」だ!




