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サマーンの憂鬱 ~アルヘシーラス包囲戦~  作者: 蘭鍾馗


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8.海からの風

 ビジャ・ヌエバ地区を制圧した翌日、町を管理する部隊を残して、グラナダの軍は川の対岸のビジャ・ビエナ地区に向かった。攻城塔と投石器カタパルトは持ってゆくが、ビジャ・ヌエバの区長が、市長に例の恐ろしい偽の報告を伝えていれば、これらの大道具は「見せるだけ」で事は片付く筈だ。

 制圧部隊が橋を渡る。攻城塔や投石器カタパルトが橋を渡れるか心配だったが、なんとかなった。


 ◇


 天気は快晴。

 海からの風が吹いていた。

 

 グラナダ軍は、ビジャ・ビエハ地区の城壁をぐるりと取り囲んだ……と言いたいところだが、こちらはビジャ・ヌエバ地区より倍ほど広く、全周を囲むには人数がちょっと足りない。まあ、そんな事は最初から分かっていた事で、川沿いの南側は兵を置かず、残りの三方を兵で囲む。そして、ダンタリオンが上空から偵察する事で足りない所は補う。

 脅しに使う攻城塔と投石器カタパルトは東の正門の前に据えた。


 ◇


「ちょっと考えれば嘘だと分かるんじゃがな。」

「何が?」

「皆殺しの話じゃ。小さいとは言え、ビジャ・ヌエバ地区の住民全部を殺すには、1日では足りんじゃろ?」

「まあね。でも私は、城壁の向こう側にはハサンみたいに気づく人は居ないと踏んでるわ。」

「そうか。」

「大丈夫。区長が上手くやってくれてるわよ。」


 ◇


 兵員の配置が終わり、ダンタリオンが偵察飛行の準備を始める。

 腰に帯びる剣は、平らで風を受けやすい半月刀ではなく、ムハンマド王が彼女のために取り寄せた日本刀だ。その昔、悪魔と渾名された日本の武将が使っていたものらしい。


「風の中で戦う時はこれが一番よ。」

「まあ大丈夫とは思うが、気をつけてな。」

「うん、ありがとハサン。」

「で、多分すぐに降伏すると思うのでな、市長が降伏の連絡をして来たら、合図をするから、塔に降りてこの旗を掲げてくれ。」


 ハサンが、グラナダの赤い旗をダンタリオンに渡す。


 ◇


 海からの風は、城壁と塔に当たると上に向かう。更に、日が高くなり、暖められた地面から立ち昇る空気がそれに合わさり、上昇気流が出来る。

 ダンタリオンは、地面から飛び立つと、城壁の物見の塔へと向かい、その手前で上昇気流に乗り、翼を広げたまま垂直に上昇してゆく。


 塔の上には、ビジャ・ビエナの衛兵が二人立っていた。

 ダンタリオンは、突然その目の前に現れた。塔の下からの風を翼に受けて、垂直に浮かび上がるようにして現れたその姿は、海鳥のようだった。

 そして、衛兵と目が合うと、一瞬微笑み、それから羽ばたいて塔を離れ、町の上空をゆっくりと飛んだ。


「悪魔だ。」

「笑っておったぞ。」


 ◇


 町の中は、ビジャ・ヌエバ程ではないが、やはり兵が少ない。こちらに弓を向ける者も殆ど居ない。もう戦う気が無いかのようだ。

 やがて、ハサンが合図を出すのが見えた。市長が降伏したのだ。


 先程の物見の塔に向かう。


 衛兵がダンタリオンに弓を向ける。ダンタリオンは大きく羽ばたいて衛兵の矢を吹き飛ばし、塔に降りた。


「戦は終わりじゃ。市長が降伏した。じきここにも伝令が来るじゃろう。お前達の仕事は終わりじゃ。」


 衛兵達は驚くが、すぐに「やはりそうか」という顔をする。彼らは弓を下ろした。


「戦が終われば、我らは誰も殺しはせぬ。恐らく町から追放になるが、持てる程の荷物は持ってゆくことが許されよう。塔を降りて、一度家に戻れ。」


 やがて、塔に伝令が登って来た。


 ◇


 東の城門が開く。

 ムハンマド王と近衛兵達は、市の行政府へと向かった。


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