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サマーンの憂鬱 ~アルヘシーラス包囲戦~  作者: 蘭鍾馗


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7/8

7.夜襲

「サマーン、ちょっとハサンの所へ行ってくる。」


 ◇


 ダンタリオン隊長、行政府の中に陣を敷く準備を途中で抜け出して、軍の総大将のハサンさんの所へ行った。何の話だろう?また今日みたいに、隊長が空から偵察をするための打ち合わせだろうか。


 ◇


「ハサン。」


「ダンタリオンか。」

「今夜来るぞ。」

「……お前もそう思うか。」

「今回はムハンマド王が居るからな。一発逆転を狙うんなら、絶対に来る。私がカスティーリャの衛兵だったら、必ずやるぞ。」


 ハサンとダンタリオンが心配しているのは、王の寝所への夜襲だ。

 ビジャ・ヌエバに兵がほとんど居なかったのは、多分本当に衛兵の数が揃えられないからだ。しかし、それにしても兵の数が少なかった。少人数がどこかに隠れている可能性は、十分にある。


「どこだと思う?」

「やはり、ここではないか?」


 今グラナダ軍が幕営地にしている行政府の建物の中は、一度くまなく調べたつもりだが、それでも建物の内部を完全に把握している訳ではないから、少人数なら隠れる場所はあちこちにあるだろう。

 そして、王が寝所に入り、数人の夜警を除いて寝静まったところで、背後から夜警の兵の口をふさいで殺し、王の寝所へ侵入して王を殺す。今回の作戦の指揮官でもある王を失えば、兵は統率がとれなくなり、ここから引き揚げるだろう。ビジャ・ヌエバの衛兵達がそう考えても不思議ではない。いや、むしろそう思わない方がどうかしている。


「近衛兵を3名ほど王の寝所に潜ませる。残りは夜警を除いて、武器を持ったまま寝たふりをさせる。警護を固めて諦めさせるよりは、一度襲わせて、そこを捕らえてしまおう。」

「そうだな、少人数とはいえ、敵が隠れたままでは後が厄介だからな。」


「何人出て来ると思う?」

「多くて十人。」

「それくらいだな。」


 ◇


 やがて、夜を迎えた。

 今夜は半月。夜襲を掛けるにはちょうど良い明るさだ。


 サマーンは、王の寝所の前で夜警に立たされていた。

 一番最初に襲われる役回りなので、首まで覆う鎖帷子を着て、それを隠すために上着を着て襟を立てる。今は7月である。夜とはいえ暑い。腰には半月刀を帯び、短い槍を持って王の寝所の入口に立つ。


 怖い。襲われると分かっているので心の準備は出来ているが、それでも怖いものは怖い。

 やがて、人の気配が近づいたかと思うと、突然廊下の明かりが消えた。


 来た。左からだ。


 サマーンは相手が背後に回る寸前で身を躱し、相手の腹を槍で突く。硬い手ごたえ。相手も鎖帷子を着ているようだ。槍で押したまま足払いをして倒す。潜んでいた他の近衛兵達が明かりを灯す。もう2人いた。近衛兵達が捕らえ、組み敷いて床に倒す。

 近くで別の物音がした。こちらはハサン大将の部下たちが取り押さえた。


 ◇


 全部で6人。後ろ手に縛り、行政府の中庭に引き立てる。その前に立つハサン大将とダンタリオン、ムハンマド王に、彼らは口々に悪態をつく。


「悪魔め!」

「異教徒の手先め!」

「神は見ておられる!」


 彼らの悪態の矛先は、どうやら翼を出した姿のダンタリオンに向けられているようだった。


「誰が悪魔か。」


 落ち着いた口調でダンタリオンが言う。

「残念ながら私は悪魔ではない。翼が生えておるだけの、ただの異形の民じゃ。その昔、お前たちと同じキリスト教徒に村を襲われ、それを逃れてここへ流れ着いた。」


「おい、ダンタリオン。その話は……」

 ハサンが話を止めようとする。


「構わぬ。冥途へ行くこ奴らへの土産話じゃ。」

 ダンタリオンが続ける。

「昔、我らはその姿を悪魔になぞらえられて、討伐の対象にされた。何も悪いことなどしておらぬのにな。そして、その騒ぎの中で、私は想い人をキリスト教徒に殺された。」


 捕らえられた兵達が、悪態をつくのをやめて静かになった。


「お前たちに問う。信仰とは何じゃ。」


 誰も答えない。

 答えられない。


「信仰が、自分と違うものを殺すための言い訳になっておらぬか?」

 

 空が白み始めた。


 ◇


「それは違う。」

 捕らえられた衛兵の一人が、答えを返す。

「神は全てを見ておられる。人間は、何処にいても神に恥じぬような生き方をしなければならぬ。」

 衛兵は、ダンタリオンの目を真っすぐに見返した。


「貴女の話が本当であれば、それは申し訳なかったと思う。」

「お前に謝られても何にもならぬが、気持ちは受け取っておく。」

「だが、我らとてこの町の人々が殺されるのを、黙って見ていることは出来ぬ。」


 ダンタリオンは、一瞬驚いたような顔をした。


「我らは町の住人を放逐するが、殺しはせぬ。南の城門から全て逃がすつもりじゃ。」

 衛兵の顔に、わずかに安堵の色が見えた。

「だが、お前たちは死なねばならぬ。王の命を狙ったものを許す訳にはゆかぬ。」


「相分かった。」


 ◇


 6人の衛兵達は、ダンタリオンが首を刎ねて殺した。

 その後で、ダンタリオンは大泣きしてしまった。


「やっぱりこうなるか。」

 ハサンが言う。




 東の空が、少しずつ明るくなってきた。


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