6.ビジャ・ヌエバ
1369年7月28日早朝、グラナダの軍船5隻がアルメリアを出航し、アルヘシーラスへと向かった。
今回の戦いでは、ムハンマド5世が直接指揮を取る。艦隊の先頭をゆく船には、国王ムハンマド5世が乗っていた。ということは、ダンタリオン達近衛兵もまた、必然的にこの船に乗り組むことになる。
ダンタリオンは、船の舳先に立って風を読む。先陣を切って、自らの翼で飛んで上陸するつもりだ。
◇
「相変わらず、美味しいところを持っていくのう。」
大将のハサンが乗るのは、二番目の船。先頭の船がアルヘシーラスの軍船を火器で蹴散らした後、港に船をつけて攻城塔と投石器、それと兵員を下ろすのが役目だ。
「まあ仕方ありませんな。この戦はあの方の発案でございますし。それに、黒翼の悪魔が先陣を切って飛んでくれば、アルヘシーラスの衛兵共も肝を潰しましょう。」
「ザキよ、悪魔ではない。守護天使様じゃ。」
「そうでした。」
「まあ、戦の場では悪魔の方がしっくり来るがな。」
ハサンが笑う。ダンタリオンとは旧知の仲だ。ダンタリオンの派手な陽動の隙に本隊を突入させるのは、この二人のいつものやり方なのである。
◇
アルヘシーラスは河口の町で、ミエル川を挟んで南側のビジャ・ヌエバと、それよりも大きな北側のビジャ・ビエハの2つの地区からなる。
グラナダ軍が、まず最初に包囲するのは、南側のビジャ・ヌエバ。
7月28日朝、グラナダ軍は、まず港を制圧した後、攻城塔と投石器を船から下ろし、南のビジャ・ヌエバに向かい進軍した。
それに先立ち、ダンタリオンが空から城壁に近づく。日が高くなるにつれて強まる上昇気流に乗って、一度大きく上昇し、そこからゆっくり下降しながらビジャ・ヌエバの城壁内部の様子を伺う。
衛兵が少ない。どうしてこんなに少ないのか。
私の姿を見つけて慌てふためく様子からは、何かの罠とも思えない。恐らくはカスティーリャ現王のペドロ様と、その異母兄弟の『トラスタマラのエンリケ』との間の王権争いに動員されて、港の守りが手薄になっているのだろう。
この様子ならば、包囲戦の勝ちは決まった。
だが、まだ油断は禁物だ。北のビジャ・ビエハの様子がまだ分からないのだから。
ダンタリオンは、城壁の物見の塔の上に降り立ち、右手を高く挙げた。
◇
「合図がありましたな。」
「どういうことだ。塔に誰も居ないのか。まさか一人で塔を制圧した訳でもあるまいに。」
「ダンタリオン様がOKと言うのですから大丈夫でしょう。攻城塔の部隊を突入させましょう。」
「よし分かった。突入!」
◇
攻城塔で城壁を乗り越えた部隊が見たのは、兵が殆どいない町の様子だった。市民は皆、家の中に閉じこもっているのか、通りは閑散としていた。
ハサンの部隊とダンタリオンは、行政府の建物を探して包囲した。そして、隠れていた区長らしき人物を捕えて、今からここはグラナダのものになること、抵抗したものはその場で殺すことを説明した。
区長は大人しく従った。
「区長、一つ頼みがある。」
ダンタリオンが言う。
「これから貴方を逃がす。」
「へ?」
「その代わり、頼みを一つ聞いてほしい。」
「……は、はい。」
「ここを出たら、ビジャ・ビエハのアルヘシーラス市長の所へ行って、こう告げて欲しいのだ。」
「………はい。」
「ビジャ・ヌエバの兵と住人は、一人残らずグラナダの兵に殺された。生き残ったのは自分だけだ、とな。」
区長は、それを聞いて恐怖で顔が引き攣った。
「安心せよ、本当に殺しはせぬ。ただ、それを聞いて、ビジャ・ビエハが無駄な抵抗を諦めてくれれば、お互いそれが一番だと思うのでな。」
「………分かりました。」
◇
城門を開け、外にいる兵達を中に入れる。今夜はビジャ・ヌエバの行政府に陣を張り、兵を休ませる。
明日は、ビジャ・ビエハを落とす。




